第十三章 さよならへのカウントダウン
昼休みにスマホを見たら、LIMEアプリに赤丸のバッチ通知が1の数字と共に表示されていた。トーク画面の一覧を開くと、一番上にNagiの文字が来ていた。凪くんからのLIMEだ。そう思っただけで心臓が一度だけ、とくん、と分かりやすく音を立てた。
【あんた、ライブ来る? 来るならじーちゃんの分のついでにチケット取ってやるから来れば】
「……っ!?」
表示されているメッセージに声にならない悲鳴を上げそうになってしまった。来れば、ってぶっきらぼうに言っているけど――……これって、じいちゃんと一緒に来てほしいってお誘いだと思っていいの?
自惚れだと笑われたとしても嬉しかった。ただただ、嬉しかった。
でも私には、Shangri-Laのファンとして、シャングラーとして参戦したいという固い意志があった。いくらちょっとした知り合いだからって、ライブ会場にシャングラーとして推しを拝みに行くなら自分だけ特別扱いをされるのは嫌だ。ちゃんと正道でファンとして正規のルールで、好きなアイドルのライブのチケット争奪戦に勝ち抜いたうえで、全力で楽しみたい。
ファンとはとても複雑な感情を持ち合わせている生き物で、それだけは絶対に譲れなかった。
【凪さん……大変申し上げにくいのですが……】
【何でさん付け敬語? きもちわる】
【気持ち悪い言うな】
【何だよ、観たくねーの? 俺たちのライブ。ならいいけど】
【違うの。そうじゃなくて。チケット持ってる! 自分でちゃんと申し込んでたの!】
【あ~そういうことね】
【そういうこと。やっぱりライブはちゃんと自分の力で行きたい。ズルしたくないんだ】
【Shangri-Laの、俺のファンだもんなあんたは】
【そうですが、何か問題が?】
おちょくられていると文面からはっきり分かっていたが、私は開き直ってメッセージを返していた。
【いや、そーいうとこちゃんとしてんの、あんたの良いとこだと思うよ。それならじーちゃんのフォローはスタッフに頼むわ】
【待って。実は、当選したチケット、着席がルールのシートで二枚申し込んでて、最初からじいちゃんと一緒に行こうと思ってたんだ】
【身内はチケット買わなくても演者が招待するだろ、フツー】
【だよね。当たり前なのにチケット申し込むの初めてだから必死で、そんで初ライブということに大変テンション上がっていたのでうっかり忘れてたんです。誠に申し訳ない……】
土下座の絵文字を文末に付けて送ると、ややあってから【さすがだな。ウケる】と相変わらずの憎たらしいあの口調が、表情が思い浮かぶような返事が届いた。そして続けざまに、【ありがとな。】と一言だけが通知音と共に画面に表示される。
思わず自分の頬が緩むのが分かった。彼のこういうところがずるいし、こういうところが好きだと思ってしまう。さっきも良いところとか言ってサラッと褒めてくれたりするし。散々、馬鹿にしたり憎まれ口利くくせに、大事なところではちゃんと『ありがとう』って真っ直ぐ伝えられる彼の誠実さ、その気持ちに、いつも胸が甘く痛む。朝、あの電車の中では感じなかった、うるさい心音と身体の熱。じわじわとそれは高まっていく。まるで火がついた導火線がチリリとゆっくり焦げていって最後には爆ぜる、その時までのカウントダウンなのだと教えてくれるように。画面をなぞる指が少し痺れる。
――ああ、なんだ。何だろう、これ。ドキドキして、画面越しなのに、表示されているのはただの文字なのに、私、こんなことでさえも緊張しているんだ。
好きが膨らんでいくのがはっきりと分かった。
――でも、それを自覚するたび、苦しくて、それと同じくらいやっぱり愛しくて。どうしようもなく泣きたくなるのはどうしてなんだろう。
過去、彼氏がいたこともちゃんとあるというのに、言いようのない不安にも似ているその感情に振り回されて、こんな風になるまで誰かに恋をしたのは初めてだと気付かされた。本当の初恋なのかもしれない。
絶えず響く心音は、胸の中が彼への想いでいっぱいになり、やがてそれが爆ぜ、溢れかえってしまうまでのカウントダウン――そう思っていた私は、後になってそれが大きな思い違いをしていたと気付くことになる。
苦しくて、愛しくて、彼を想うだけで泣きたくなってしまうこれは。
この気持ちは、彼との別れを予感する私自身の、サヨナラまでのカウントダウンの証だったのだと――。




