3-18. 11月……忘れられますか?(2/2)
簡単な人物紹介
金澤 仁志:本作主人公。高身長、顔は普通よりちょい下。
能々市 美海:ヒロインその1。低身長の小動物系女子。栗色の長髪持ち。
津旗 聖納:ヒロインその2。胸部爆盛。黒髪で完全目隠れ、眼鏡あり。せーちゃん。
松藤:仁志の友だち。バスケ部。美海のことが昔から好きで告白する。
聖納の言葉が俺の中に深く響いている。
美海を……忘れる……?
「え? 忘れる?」
「そうです。美海ちゃんのことをきっぱりと諦められて、私だけを見てくれますか?」
あぁ、そうか。美海のことを忘れたようにすっぱりと諦めて、聖納一筋になれるかどうかってことか。
俺は笑って「もちろん」と言おうと口を開く瞬間、美海の笑顔や怒ってむくれている顔が脳裏によぎって離れなかった。
……俺は、そんな切り替えの早い人間じゃない。なんてったって、「クソザコカスチキン陰キャのヘタレで優柔不断の豆腐メンタル野郎」らしいからな。うん、自分で言っていて、本気で悲しくなってくるぞ、これ。
「えっと、正直、最初は難しいかもだけど、すぐにはそうできないだろうけど、いずれそうなるんじゃないかな。こんなに好きでいてくれている聖納には本当に悪いと思うけど、でも、いつか時間が解決してくれると思っている」
「それは、嘘もない本音ですね」
前髪に隠れて目が見えないけれど、聖納は俺の方を見つめているのだろう。
やがて、聖納の出した答えは「俺の言葉が嘘ではない」という確信のようだ。
しかし、こうも言い当てられるのは驚きもあるが、気恥ずかしささえも覚えてしまう。
「俺の気持ち当てっこゲームか?」
「それなら私は誰よりも高得点を取れますね」
聖納が口元に手を当ててクスッと笑う。
「だろうな」
聖納は本当にすごい。俺の心を直接覗き見できているかのようだ。だから、同意せざるを得ない。そしてやっぱり、恥ずかしい。
「ところで、その本音、たしかに本音なんですけど、仁志くんが仁志くん自身を分かっていないから出てきていますよ」
「俺自身を分かっていない?」
俺は眉間にシワを寄せて、きっと訝しげな表情になっている。
その表情にお構いなしの聖納がこくりと頷く。
「というよりも、中途半端にすると、美海ちゃんのことをズルズルと引きずると思います。要は未練ってやつですよね」
「ズルズル引き摺る……未練……それは」
「ないですか?」
「そりゃ、聖納がいるからな」
聖納はそう聞いて一瞬口元をほころばせたが、すぐに真面目そうな真一文字の口に変わっていた。
「では、聞き方を変えましょうか。美海ちゃんのことを嫌いになれますか?」
嫌い? え? 美海を嫌いになる?
「美海を嫌いに? どうして? 別れたからって嫌う必要はないんじゃないか?」
「……もしも美海ちゃんが元鞘に収まりたい、つまり、よりを戻したいって言ってきたら?」
「その時は聖納がいるんだから、そんなことはしないよ」
それに、美海には松藤がいる。そんなことを言わないだろう。松藤はノリも良くて、運動もできて、勉強も言うほど悪くなく、それになんだかんだで気遣いのできるいい男だ。松藤と美海が一度くっついてしまえば、お互いに離そうとしなくなるんじゃないかとも思う。
……そんな松藤を相手に、俺はどんな有利な点があると言えるのだろうか。嫌でも自分の不甲斐なさが露わになる。
「でしょうね。でも、きっぱりとできていないと、心のどこかでそれも後悔することになりますよ」
「…………」
さっき言われた自然消滅。たしかに、本当に気持ちも消滅するのだろうか。仮に少しの間に自然消滅だと思っていたけれど、もし美海が戻ってきたら、聖納だけと決めても舞い上がってしまうのだろうか。
聖納のことも好きだ。
だけど、やっぱり、4月から、自分も好きになったのは美海だ。
「今のはイジワルすぎましたね。でも、仁志くんは自分で思っているほど、すぐに前を向ける人じゃないです」
「それは……そうだな」
ぐうの音も出ない。
「私はたしかに1番になりたいんですけど、そんな中途半端な1番は困っちゃいます」
「困る?」
俺が聞き直すと、聖納がここぞとばかりに胸をむにゅむにゅと俺の腕に押し付けて、嫌でも聖納のことを意識せざる得なくしてくる。
「仁志くんが私にメロメロのデレッデレで、私の虜になって、私だけしか見ないような1番になりたいんです」
「メロメロのデレッデレって……」
あまり聞かない言葉に思わず笑いそうになる。
つまり、聖納は俺を骨抜きにしたいようだ。
「だって、じゃないと不安ですから。男は浮気性ですからね」
「む、俺は……」
「…………」
浮気者と思われて、俺は当然ムッとする。
それと同時に、聖納の不安を感じ取った。聖納もまた自分の傷がある顔にコンプレックスがある。俺は問題なく綺麗だと思うけれど、聖納はそう思えないようだ。だからこそ、俺が心の拠り所になっているっぽい。
「俺は自分が浮気者だと思っていない」
「そうかもしれませんね。でも、美海ちゃんは特別みたいですから? 私が不安に思うことも知ってほしいです」
不安という言葉を聖納も使う。
聖納も俺には率直に自分の気持ちを言ってくれる。たまに暴走気味になるけど、それも焦りの表れなんだと思うと最近は怒る気にもなれなくなっている。
「……特別?」
「私からはそう見えますよ、悔しいですけど。だから、その特別を完璧に選択肢からなくさない限り、私は本当の意味で1番になれていない気がします」
「それはさすがに、考えすぎだよ」
「そうですか。でも、今の状況は良くないと思います」
「それはそうかもだけど」
美海は特別か。
その特別な理由を俺は見つけ出さないといけない。
それが分からないと元に戻るにしても別れるにしても前に進めない気がする。
「んちゅ」
「んっ!?」
聖納から急にキスをされた。寒さを感じていた唇に温かさと柔らかさが暴力のようにぶつかってくる。
「んふふっ……だから、早く玉砕してください♪」
「ぶふっ!? おいおい……」
キスをし終えた聖納はド直球にそんな言葉を俺に言ってきた。露骨に俺と美海が完全に別れることを期待している。そりゃそうだ。予備彼女と豪語する聖納が1番になるには美海と完全に別れないといけない。でなければ、安心なんてできないからだろう。
「もう諦めているなら潔く、ですよ? 諦めたんでしょう?」
「……ごめん。諦めきれていない」
俺がそう口にすると、聖納は落ち込んだり寂しそうにしたり悲しんだりせずに、ただ柔らかく優しく微笑んでいた。
「よかった」
「よかった?」
「やっと、仁志くんの本音の本音を聞けた」
「聖納……」
聖納はまるで国語のテストの解答を探るように、俺の気持ちや意図を見出そうとしている。
聖納はおかしい。さっさと俺に諦めさせる言葉を聖納なら手繰り寄せて俺に告げることだってできるだろう。だけど、聖納は決してそうしなかった。聖納は俺すら気付かない俺の本心をなんとか表そうとしてくる。
「私は仁志くんの1番になりたいけど、仁志くんが私にしてくれたように、私の気持ちを救ってくれたように、私も仁志くんの気持ちに寄り添いたいんです。知っていますか? 本気で、無意識で、心を殺すことほど、それに慣れちゃうことほど、辛いことは中々ないんですよ?」
聖納の経験則。
誰も信じられなくなった時期を経て、なぜか俺を好きになってくれた。
その間は、聖納の言う通り、同級生の誰とも心を通わせることもできずに心を殺すしかなかったのだろう。
「……ありがとう、ごめん、いろいろと」
聖納が嬉しそうに俺の方を見ている気がする。
「大丈夫ですよ。それに美海ちゃんが特別だとしても負ける気はないです。だから、仁志くんの思うように動いてみてください。それで今の問題が解決して、美海ちゃんがまた仁志くんの下に戻ってきたとしても、私なりにがんばるだけです」
聖納の小さなガッツポーズ。
勝つ気満々なのが聖納らしい。
「聖納、どうなるかは分からないけど、もう少しだけ待ってくれ」
「うふふ、いつまでも待ちますよ。でも、今がチャンスなのは間違いないので、私も攻めちゃいますよ。元気になるおまじない……んっ、ちょっと冷たい」
聖納がそう言うと俺の手のひらを自分のブラウスとカーディガンの間、つまり、胸の所に思いきり突っ込んでいた。
キスなり、胸なり、性的刺激で俺を元気にしてもらっても困るんだが……。この後、午後の授業があるし、自宅で処理するまで俺のこの興奮はどうすればいいんだ。
「どこを元気にするつもりだ……」
「んふふ……今日も2人きりで話せて嬉しかったです。仁志くん、がんばってくださいね。もちろん、もう諦めて、私だけ見てくれても全然かまいませんよ?」
本当、聖納には勝てる気がしない。
こうして、俺は聖納にまで励まされて、美海との想い出の言葉を本気で探すことにした。
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