3-17. 11月……忘れられますか?(1/2)
簡単な人物紹介
金澤 仁志:本作主人公。高身長、顔は普通よりちょい下。
能々市 美海:ヒロインその1。低身長の小動物系女子。栗色の長髪持ち。
津旗 聖納:ヒロインその2。胸部爆盛。黒髪で完全目隠れ、眼鏡あり。せーちゃん。
松藤:仁志の友だち。バスケ部。美海のことが昔から好きで告白する。
あっと言う間に一週間が経って、11月になった。体育館裏はすっかり寒くなってきた。
美海とは言い合いをしてから、一言も話していないどころか見かけることもなくなった。俺が極力目に入れないようにしているのか、美海が俺の目に留まらないように動いているのかは定かじゃない。
もちろん、一緒に登下校をすることもなくなったし、リンクもしなくなって連絡も取っていない。聖納とは個別リンクでやり取りをしているが、聖納からは特に何か言われることもなく、「好き好き」という愛情表現をしてくれている。
「はあ……なんなんだろうな」
それはそうと、俺は最近、「想い出の言葉」でずっと引っ掛かっている。
俺自身、全然ピンと来ないわけじゃないようで、何かモヤっとする。
松藤や乃美との会話から考えるに、小学6年生の夏ごろ?
美海かどうかはともかく、なんかあったような、ないような。
「仁志くん、今、いいですか?」
俺が「イチゴなオ・レ」を飲みながら、ボーっとしていると不意に横から声が聞こえてくる。
ふと見上げると、まず目に入るのは男の目ならほぼ確実に吸い込まれるだろうとても大きくて魅力的な胸部だ。
そんな失礼すぎる俺の内心を見透かせるくらいの洞察力を持つ聖納は、口元を上げながらご自慢の胸部を強調するように少し身体を屈めて俺の方に顔を近付けてくる。
絶対、俺の視線に気付いているよな。
「聖納、もちろんいいよ」
聖納は俺の許可を得たとばかりに俺の隣に座って、完全に俺に身体を預けるように寄り添ってくる。
聖納のじんわりとした温かさが伝わってきてなんだかホッとして心地良い。
「…………」
「…………」
……よくよく考えたら、最近全然聖納とも会話してなかったな。こんなんじゃ聖納にも愛想尽かされそうな気がする。
そもそも、自分のことでいっぱいになる俺に、恋愛なんてものは早かったんだろうか。
それでも今、美海のことを少しだけ横に置いておけることに安心感を覚えて、俺もちょっと聖納の方に身体を寄せてみる。すると、聖納が両手で俺の腕をぎゅっと掴んできた。
「仁志くん」
「聖納、どうした?」
そう言えば、聖納、スカートを挟んでいるけど、ほぼ直に地面に座っているよな。それ自体は俺もそうなんだけど、なんかハンカチでも敷いてあげた方がよかったか? それよりも美海の時と同じように俺の胡坐の上に座ってもらう方がいいか?
そんなことを思いながらも名前を呼ばれて聖納の顔を見つめる。
相変わらず前髪で隠れた目は見えずに、何を考えているかは今一つ判然としない。
「仁志くん、好きです」
ただ、いつものように愛情表現をしてくれるから、悪い感情はないだろう、多分。
頬ずりをする聖納がかわいい。
「ありがとう。俺も聖納のこと好きだよ。いつも気に掛けてくれありがとうな」
「……美海ちゃんと何かあったんですよね?」
今までリンクでは聞かれなかった。
おそらく、対面で聞かないと分からないと思ったのだろう。
しかもすぐじゃなくて、1週間くらい間を開けて、俺がきっと答えやすい頃になって来てくれている。ということは、聖納に何から何まで心配させているってことになる。
よくできすぎて怖いくらいの彼女だ。
「ああ、うん、まあな。美海から何か言われた?」
「ええ、グループリンクはしばらく使いたくないって」
美海も聖納も美術部だ。一緒に部活動をしている以上、話をすることだってあるだろう。
だけど、俺とは全然連絡しないのに、聖納とは普通に喋っているってのもなんだか不思議な感じもするけど、それは俺だからそう思うのだろうか。
「別にグループリンクの会話に美海だけ参加しなくてもいいんじゃないか?」
と言いつつ、俺から発信するのは美海に連絡しているようなものだから気が引けるので、グループリンクが休止状態なのはありがたいことでもある。
「そうですか? 3人のグループリンクで1人が使わないって決めているなら、個別リンクの方がいいですよね?」
「まあ、そうだけど」
「それに、未読を目にするのも嫌ですし、既読にして反応しないのも気まずいですし、私と仁志くんの会話を見るのも辛いんじゃないでしょうか」
未読のままが嫌なのも、既読スルーするのが気まずいのも分かる。
だけど、俺と聖納の会話を見るのも辛いのだろうか。言い合いになって、失望していたり嫌悪していたりして、俺の名前すら見たくないって言うなら分かるけど。
「そうかな? なんとも思わないんじゃないか? もしくは、俺の名前を見たくないとか?」
「……本気で言っていますか?」
聖納の語気が強まった。どうやら俺の言葉は看過できるようなものじゃなかったようだ。そうじゃないってことだろうか。
今でも美海の近くにいる聖納がそう問うのだから、きっとそうなのだろう。なら、美海は今、どう思っているのだろう。美海は失望や嫌悪、苛立ちだけじゃなくて、何か他の気持ちも抱いてくれているのだろうか。
「……どうだろ」
「……そこそこの喧嘩でもしました?」
聖納の「そこそこの」って言葉が状況を曖昧にしてくれる感じでちょうどよかった。
「よく分かるな」
「ええ。まあ、いくつか考えられますけど、今の状況だと喧嘩したくらいじゃないかなって思います」
「喧嘩したくらい……か……」
俺が美海との言い合いを重く見ているのに対して、聖納はどこか軽めのイメージのようだ。乃美からも最初はそんな感じくらいに聞かれたから、実際、傍から見るとそれくらいのちょっとしたことなのだろうか。
「辛いですか?」
「そりゃ、まあ、喧嘩したら悲しい気持ちになるだろ」
「ですから、美海ちゃんも同じ気持ちだと思いますよ」
美海が悲しんでいる、のかな?
「そうかな」
「もう! さっきから投げやりですね? 仁志くんらしくない気がします」
聖納の声色もだんだんと冷えてきている気がする。
そうだよな。おそらく、聖納は励ましに来てくれたんだろうし、そんな後ろ向きな言葉ばかりじゃ嫌にもなってくるだろう。
まずは、謝らないと。
「ごめん……」
俺の言葉に、聖納が口の端を下げて「へ」の字をつくる。
「せっかく仁志くんと2人きりで一緒にいるのになんだか……」
「……なんだか?」
「仁志くんがここにいない感じです」
心此処に在らずというやつだろうか。
「そんなことはないけどな」
「美海ちゃんとも話しましたけど、仁志くんが嘘を吐かないのは、嘘かどうかが本当に分かりやすいからですね」
俺は苦笑いを浮かべる。
嘘は苦手だ。自分さえも騙して偽っている気分になる。だから、周りにも分かるのだろうか。
でも、今は嘘を吐いているつもりなんてない。ちゃんと受け答えもしているから、ここにいないなんてことはない。
「……嘘を吐いているつもりはなかったな」
「だとしたら、無意識に思っていることと言っていることが違っていますよ」
「そんなことは、んっ!?」
聖納が人差し指を立てて、俺の唇にそっと当てる。とっさのことで口を噤んでしまう。
「じゃあ、問題です。最初に、私は『愛しています』って言いましたよね?」
「え、あ、うん。『愛しています』って言われて嬉しかった」
「……ぶっぶー。不正解です。最初に、私は『好きです』って言ったんですよ? ほら、仁志くん、ここにいなかったですね」
……しまった。知らず知らずのうちに、上の空で聞いて、上の空で答えていたのだろう。当たり前だが、聖納が頬を膨らませながら口を尖らせて非難する言葉を呟く。
「……ごめん」
「いいんです。半分分かっていましたから。でも、半分は怒っています。私も彼女なんですよ?」
「ほんと、ごめん」
「それはもう謝らなくてもいいんですけど、次は質問です。美海ちゃんと喧嘩して、それで自然消滅して、美海ちゃんが松藤くんと付き合うことになったら、仁志くんは私とだけ付き合ってくれるようになりますか? 私が仁志くんの1番になれますか?」
ズキリ。
想像して、心が痛い。
でも、そうなったら、そうなるんじゃないか。
「そうなったら、そうなるよな」
それ以外に何かあるか?
もしかして、聖納さえも愛想を尽かして離れていくとか?
「……それで美海ちゃんのこと、忘れられますか?」
俺の想像とは違う方向の質問が、再び聖納の口から飛び出してきた。
ご覧くださりありがとうございました!




