3-16. 10月……一体、何やったんだ?
簡単な人物紹介
金澤 仁志:本作主人公。高身長、顔は普通よりちょい下。
能々市 美海:ヒロインその1。低身長の小動物系女子。栗色の長髪持ち。
津旗 聖納:ヒロインその2。胸部爆盛。黒髪で完全目隠れ、眼鏡あり。せーちゃん。
松藤:仁志の友だち。バスケ部。美海のことが昔から好きで告白する。
乃美 梓真:美海の友だち。あーちゃん。
美海と喧嘩した翌日の昼休み。珍しく連日で雨じゃなかったので、今日も体育館裏にいる。でも、1人で、聖納も別の用事があっていなくて、「イチゴなオ・レ」だけが俺の心を慰めようとしてくれている。
俺はいつ美海にフラれてしまうのだろうか。
俺は美海から言われた通りに待つしかできないのか?
ここは男らしく自分で取り戻すくらいの勢いで……いや、でも、美海が嫌がることをしたら、今度こそ終わる。
そう考えると気が重くなって、この時期特有の雨じゃないけど鉛色の雲が一面の空と同じくらいにどんよりとしてしまう。
「おい、金澤! って……大丈夫か?」
この体育館裏に珍客と言ってもいいほどの相手がやってくる。
勢いよく俺を呼んだが、どうも俺の様子がおかしいと思ったのか、次の瞬間には心配そうな顔して窺ってくる。
「……あぁ、乃美か」
乃美だ。美海の親友で、ちょっと言葉遣いが男っぽいところもあるけど、美海のことを自分のことのように心配できる優しいやつでもある。
しかし、ここでは初めて見る。だが、理由は分かる。美海のことだろう。
「『あぁ、乃美か』じゃないんだよ。またみーちゃんと喧嘩したのか。みーちゃんが昨日は昼休みにぐずぐずに泣いて帰ってくるし、今日はなんだか朝から虚ろだし。一体、何やったんだ?」
乃美には喧嘩した後に見えるのか。
っていうか、美海が虚ろな感じ? よほど俺に幻滅したのだろうか。
あぁ、もうフラれる寸前か……。
「美海とは喧嘩したというか……もうダメかもしれない……俺、嫌われてフラれるかも……」
そう言って俺がうな垂れると、乃美からやけに大きな溜め息が音を立てて出てくる。
「おい、クソザコカスチキン陰キャ野郎」
……なんか増えてる。前はクソザコチキン野郎だった気がするんだけど。
反論するわけでもなく、ただ俺は顔を上げて乃美の方を見る。
乃美は整った顔で俺を怒っているような哀れんでいるような目で見ていた。
「なんか前よりカスと陰キャが増えてるんだけど」
「今のいじけてる金澤にはぴったりだろ。もっと増やそうか? ヘタレ、優柔不断、豆腐メンタル」
どうしてこう……もう少し手心を加えてもらえないものだろうか。
今、自分でも自虐するのにぴったりな言葉を言い当てられて、さらに凹む。
「待ってくれ、もうこれ以上増やすな……辛いから……で、なんだよ」
「割と受け入れるんだな……まあいいや、ちょっと私にも整理させてくれ。何の言い合いになったんだ?」
「それは言えない」
乃美の質問に俺は首を横に振った。
乃美が松藤の告白を知っているとは限らない。そんな状態で少しでもそれを臭わせるような話をすることは控えたい。美海が傷付く可能性が大きすぎる。
そう言えば、話がズレるけど、あんまり松藤と乃美って話しているところ見たことないな。
「言えないって」
「ごめん、それは本当に言えない」
乃美が俺を睨みつけてくる。
おそらく、乃美なりに仲裁に入るつもりで俺から事情聴取をしたいのだろう。裏を返せば、既に美海からも断られている可能性があるな。俺から先に聞き出そうとするようなやつじゃない。
気持ちはありがたいけど、こればかりはやっぱり言えないから、俺も乃美を見つめてできる限り真剣な表情でそうきっぱりと言い返す。
乃美がハッとする。
「……みーちゃんが傷付くのか?」
「多分。乃美に言ったら、美海がより傷付くと思ってるから言えない」
「どうせ嫌われてフラれるんだろ? 金澤からしたら、みーちゃんが傷付いても傷つかなくても同じじゃないか?」
は? 今、乃美、なんて言った?
美海が傷付いてもいいみたいに言わなかったか?
乃美に限ってそれはあり得ない……ってことは、俺を試しているわけか。そう思うと腹も立ってくる。
「いくらなんでも俺をバカにしすぎだろ! 俺はたとえ美海から嫌われてフラれようと、美海のことを嫌ってないし、美海を傷付けるようなことをわざわざするわけないだろ! いくら乃美でも言っていいことと悪いことがあるんじゃないのか!」
俺は乃美を睨みつけ返す。
乃美は肩を竦めて、やれやれといった様子だが、口の端だけは少し笑みが零れているようにも見えた。
「……はぁ、分かった。たしかに今のは私が悪かった。私だって、みーちゃんを傷付けたいわけじゃない。だから、詳しくは聞かない。だけど、これだけは教えて」
「……何だよ?」
急に謝って折れ始めた乃美に少しばかりの警戒心を覚える。
何を聞こうというのだろうか。
「みーちゃんは金澤に『嫌い』ってはっきりと言ったのか?」
嫌い……か……。
「あぁ、似たようなことは——」
俺がそう言うと乃美が手を俺に向けて制止のポーズをするので、俺は思わず口の動きを止めてしまう。
「私の質問は、みーちゃんが『嫌い』って言ったかどうかだ」
「……美海から『嫌い』とは言われてない」
乃美が微笑んだ。
「そっか……じゃあ、まだ大丈夫だ」
何が大丈夫なのだろうか。
美海から散々に突き放されるような言葉を言われて、全然大丈夫じゃないだろう。
さっきも言ったようにフラれる寸前だぞ、俺。
「え? でも、離してとか、話しかけてこないでとか、リンクもしてこないでとか、ほっといてとか、散々に言われたけど?」
「そんなの好きだろうが嫌いだろうが、金澤がその時に鬱陶しかったら言うだろ?」
なんでこう……俺の心を正確に抉ってくるかなあ……。ひたすら辛い……泣きそう……。
誰かに慰めてほしいけど、今だと聖納一択だろうな。聖納ならあの胸で抱きしめてくれるんだろうな。美海にフラれたら聖納だけが彼女だからな。
それで……それの方が……いいのか……?
「鬱陶しい……鬱陶しいかあ……鬱陶しいのかあ……」
「今が一番、鬱陶しい」
「さっきからひどすぎんか?」
「はあ……ったく、今、そんなことで落ち込んでいる場合じゃないだろ」
乃美の言葉が現実逃避も許してくれずに現実を突き付けてくる。
そう、本当なら、落ち込んでいる場合じゃない。
俺はどこかで諦めているんだろうな。だから、落ち込めるんだと思う。
「って言われてもなあ……言われた俺は辛いに決まっているだろうが……」
「そりゃそうだろうけど、『嫌い』とか『別れて』とか言われてないなら、まだ大丈夫だ。まだな」
乃美が珍しくちょっと励ましに近い言葉を言ってくれる。
これが……ツンデレ?
「まだってことは」
「そりゃ、そんな状態が続けば、みーちゃんが金澤のことを嫌いになって別れたくもなるだろうね」
ツンデレにしてはツンが多すぎる。
あと、恋愛要素のないツンデレはなんか辛い。
「あぁ……でも、美海から言われて連絡手段が取れない以上、俺から何かをするわけには……」
乃美は溜め息が続く。
「はあ……相変わらず……まあ、みーちゃんのことを大切にしているのは分かるからいいけど。だけど、今の感じだと金澤の言うこともそうかも、普通のことで連絡を取るなら」
「普通のことで?」
「重要なことなら連絡取ってもいいんじゃない?」
重要なことね。
連絡するなって言われても連絡するくらいの重要なことって何だろうな。
「そうかもだけど、でも、重要なことって?」
「私も全然知らないから、ヒントみたいになっちゃうけど」
「ヒントか……」
聖納も乃美も俺には答えを簡単にくれないようだ。
まあ、乃美の場合は、よく分かってないからヒントというか、乃美なりのアドバイスってことなんだろうけど。
「想い出の言葉を探してみなよ」
「想い出の……言葉……?」
ずっと、ずっと横たわっている何か。
それが……想い出の言葉?
「きっと金澤はなんでか忘れちゃったんだろうな。だけど、みーちゃんは金澤との出会いとなんか心に残った言葉を覚えているようだったよ」
美海が前に言っていた「昔から好きだった」という言葉。
いつから?
それがずっと引っ掛かっている。
でも、思い出せない。
「え? いつ?」
「小学生の時」
「え? だって、俺と美海は小学校が違うから」
俺がそう言うと、乃美は頷いた。
「だから、思い出せるはずなんだ。だって、滅多にないことのはずだから」
「もしかして、美海が4月に告白してきたのって」
美海が4月に告白してきたのって、やっぱり全部が偶然じゃない?
乃美はただただ、くすっと笑う。
「どうだろうね。でも、それはみーちゃんに聞かなきゃダメじゃない?」
たしかにそうだな。これの答えは美海以外から聞いちゃダメな気がする。
「そうだな……ありがとう……あと、笑った方がいいぞ、乃美」
乃美が見る見るうちに笑顔から怒りの表情へと変わっていく。
「っ! 私がなびくと思ったら大間違いだぞ! そうやって、誰彼構わず口説くのか!?」
「あ、いや、そういうわけじゃ……」
口説いているつもりはまったくなかった。
笑った方がいいって普通じゃないか? かわいいとか、好きとか、そういう言葉ならたしかにナンパっぽく口説いていると思うけど。
「ったく……少しは元気が出たか?」
「そうだな、ちょっとは」
俺が小さくガッツポーズで「ちょっと元気」を表現する。
乃美は満足そうだ。
「ま、クソザコカスチキン野郎が陰キャになると呼び名が長くなるからな」
いや、カスもなかったからな? 前はカスなかったからな?
デフォルトでそれを入れるな。
「それ、もう少し減らない?」
「そうだな、金澤がちゃんとみーちゃんと仲直りできたら減らしてやるよ」
乃美はすべてを言い切った晴れ晴れしい顔で、俺とそれ以上話す気がないとばかりにさっさと体育館裏から去っていく。
しかし、想い出の言葉か……。
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