3-15. 10月……そんな言い方なくない?(2/2)
簡単な人物紹介
金澤 仁志:本作主人公。高身長、顔は普通よりちょい下。
能々市 美海:ヒロインその1。低身長の小動物系女子。栗色の長髪持ち。
津旗 聖納:ヒロインその2。胸部爆盛。黒髪で完全目隠れ、眼鏡あり。せーちゃん。
松藤:仁志の友だち。バスケ部。美海のことが昔から好きで告白する。
美海が怒っている。俺の胡坐に座ってもらって、背中から抱きしめているから、美海の表情を知ることができない。だけど、怒っていることは声色からも言葉からもありありと感じられる。
しかし、俺は怒られていることを分かっていても、どうして怒られたのかの原因がまだ分かっていなかった。
「言い方?」
美海が「言い方なくない」と発して怒り始めたから、引っ掛かったであろう「言い方」という言葉で聞き返す。
そんなにカチンとくる言い方をしてしまっただろうか。
「だって、そうやん。一生懸命考えてるんに、自己犠牲とか、ごまかしてるとか、なんて言い方ひどくない?」
あぁ、そうか。
自分のことだもんな。
そりゃ自分のことをそんな風に言われたらカチンとくるよな。
でもさ、友だちのことって言っているんだから、もう少しそういう素振りでもいいんじゃないの? いや、そりゃ、友だちのことでも怒ることもあるけどさ、この怒り方は自分に言われた時くらいの怒り方じゃん。
でも、俺は美海と喧嘩をしたいわけじゃないから謝るしかない。
「あ、いや、ごめん。そうだよな、俺の言い方が悪かった」
俺は美海の耳元で囁くように呟いた。
これで許してもらえるだろうか。
だけど、美海の雰囲気は変わらなかった。
「あとさ、ひーくんだって、そうやってごまかしてるじゃん」
「……俺がごまかしてる?」
……やめてくれよ。
そんな言い方されたら俺だって怒りが湧いてくるじゃん。
それこそ俺本人にそう言ってきているんだぞ? さっき、自分でも言われて怒ったのに、なんでそれを俺に向かって反撃するように言うんだ?
「ひーくんだって何か悩んでるんに、なんも相談してくれんやん」
「なんも相談してくれないって……」
美海の不満はごまかしていると言うより、俺が美海に相談していないこと、もっと言えば、何か隠しているんじゃないかってことなんだろう。
あぁ、隠しているよ。
でも、全部を話せるわけないだろ。
「でも、せーちゃんには相談してるんやない?」
美海に言い当てられてドキッとしてしまった。
たしかに聖納には相談したけど……。
「聖納に? なんで聖納が出てくるんだよ。それに、なんでそう思うんだ」
「だって、せーちゃん、ひーくんが悩んでるのを気にしてる感じないもん」
いや、それは俺が相談する前からそうだったよ。聖納は松藤のことを分かっていて、むしろ、俺にそれとなくそう伝えてきた側なんだから。
「聖納は気付いてないだけじゃ——」
「そんなわけない!」
「っ……」
俺が何気なく言った言葉は美海の怒声を引き出してしまう。
その怒声に涙混じりなことも分かってしまって、俺は息を呑んで次の言葉が出てこなかった。
「そんなわけないもん……ウチもせーちゃんもひーくんのこと、いつも気にかけてて、それで話し合ったりリンクし合ったりするんやから。やけど、最近のひーくんの悩みには、せーちゃん、全然そんな感じないもん」
美海からの必死な言葉が聞こえてくる。
美海だって不安なんだ。
それは俺だって分かっている。
だけど、だけど……!
「だったら何なんだよ」
俺はどうしてこの時、抱きしめていた美海の背中から離れてしまったのだろう。それと同時に出た言葉もまるで美海を突き放しているようだ。
出た言葉は戻ってこない。いや、戻す気もなかった。
俺も感情的になっていた。
「……だったらって、なにそれ」
「俺が悩んでるのはそうだけど、だけど、美海だって、本当のこと言ってくれないじゃないか!」
もう取り繕えない。
俺の不安や悩みが今、怒りとともに一気に噴き出してしまって抑えようがなくなった。
「本当のことって」
「さっきのさ……美海のことなんだろ?」
これから言うことは、美海を傷付けてしまうのだろう。
でも、もう引き返せない。
もう不安を自分で抱えきれなくなっていた。
「っ!? 友だちのことって言ってるやん!」
まだその設定を言うんだな。
「だったら……だったら、松藤の告白はもう片付いたのかよ」
「な、なんで、ひーくんが……」
明らかに狼狽えている声。知られてはいけないことを知られて怯えているようにも聞こえる声。
「……ちょうど聞いたんだよ。出られる雰囲気じゃなかったから最後まで聞いた」
「っ……」
美海は俺の傍から離れようとしていないが、不安からか自分の両手で自分を抱きしめていた。
「さっきの友だちって美海のことで、男友だちって松藤のことで、友だちの彼氏ってのは俺で、彼氏のことが好きな女の子って聖納のことだろ」
「分かってて……ひーくんは分かってて聞いてたん?」
そう、分かっていた。
分かっていたんだよ。
それをもう隠す必要なんかない。
「……そうだよ。本当のこと言ってくれないから、そのままそっとしておこうと思ったけど、なんでそれで俺がごまかしてるって責められなきゃなんないんだよ……俺の悩みは……俺の悩みはな、美海と松藤のことだったんだよ!」
「なんなん、それ! ウチが松ちゃんの告白を断るかどうか、ウチのこと試したん!?」
「試したわけじゃない! けど、俺だってもう分かんないんだよ……」
試したわけじゃない……なんて嘘だ。
俺は美海の言っていたことが本当かどうか知りたかったんだ。
イケメンが怖いだなんて言って、俺みたいな平凡な奴と付き合って、でも、本当にそうなのかって。
俺は最低かもしれない。
「……最低」
このときになって、ようやく美海は俺の上から離れてしまう。
俺はとっさに、立ち上がって行ってしまおうとする美海の腕を掴んだ。
「……は? 待ってくれよ」
美海が止まる。
「ううっ……ぐす……ぐずっ……ひくっ……ひーくんが……ぐすっ……そんな人やと思わんかった」
美海は泣いていた。
さっきからずっと顔は見えてないけれど、声が明らかに泣いている。
俺はこのときになってようやく我に返って、かなりマズい状況に陥っていると自覚する。
「み、美海……そんな人に思わなかったって?」
俺はまともな質問が思い浮かばず、美海の言葉をただオウム返ししていた。
「だって、だって! ううっ……ひーくんがせーちゃんに……ウチと松ちゃんのこと相談したってことやん!」
なっ!?
「な、なんでそうなるんだよ」
「さっきも言ったやん! せーちゃんもひーくんのことを心配するって、でも、最近してないって! なんで、人の告白のこと、相談するん?」
美海の言っていることは経緯こそ間違えているが、結果だけ嫌なくらいに合っている。俺が聖納に相談してしまった以上、相談してないってなんて嘘は言えない。
「ちょっと待ってくれよ。ちょっと落ち着いて」
「……違うって言わないんやね? ひーくん、嘘は吐かんもん。それは信じてる。だから、やっぱり、そうなんやね。もういい、離して」
信じているって言葉で傷付くなんて思わなかった。
信じられているからこそ、俺は自分の悪手が露呈する。
だけど、相談しなきゃ変わっていたか? いや、それはない。結局、俺が美海を試していたような状況は変わらないんだから。
……でも、美海と離れたくない。
「なあ、美海」
「離して!」
「っ……」
俺の手は美海が振り払った瞬間に力なく地面に着いてしまう。
引き留めることができなかった。
だけど、美海はまだ行こうとしない。
「……知ってるかもやけど、まだ松ちゃんには返事まだ言ってない」
「…………」
「本当は……ううん、今、ちょっと考えが変わってきてるから、しばらく話しかけてこんといて」
「な……それって……」
それって、松藤の方に傾いているってことか。
……嫌だ。
そんなの嫌だ。
そんなのは嫌だ!
「ちょっと告白の返事、考えるから」
「美海、ちょっと——」
「リンクもしてこないで! 今はウチのこと、ほっといて!」
俺は「嫌だ」という言葉を言えずに、ただただ了承するしかなかった。
「……分かった。でも、これは信じてほしい。俺は美海のこと好きだ。一番に好きだ」
すんなりと言えてしまった「一番に好き」という言葉に俺は自分で驚いていた。
やっぱり、俺、美海のこと、一番に好きなんだ。
「……っ」
美海は俺と一切目を合わせることなくそのまま教室へ1人で帰っていってしまう。
「美海……本気で俺と別れるつもりなのか……?」
不安をぶちまけて引っ掛かっていたものが取れた気持ちと、別の不安に苛立ってしかたがない気持ちでぐちゃぐちゃになっている。
脱力した身体は急に動けるわけもなく、ただ美海のいなくなった膝の上が急に寒くなっていくのを感じていた。
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