3-13. 10月……まだ返事ないけど?
簡単な人物紹介
金澤 仁志:本作主人公。高身長、顔は普通よりちょい下。
能々市 美海:ヒロインその1。低身長の小動物系女子。栗色の長髪持ち。
津旗 聖納:ヒロインその2。胸部爆盛。黒髪で完全目隠れ、眼鏡あり。せーちゃん。
松藤:仁志の友だち。バスケ部。美海のことが昔から好きで告白する。
10月末。さすがに半袖から長袖に変えないと風邪を引きそうなのだが、運動系の部活をしているとどうも身体が火照るのか半袖もまだまだ需要があるようだ。
どうしてそう思うかというと、目の前に現れた松藤が細身で寒そうに見えるのに平然として半袖で立っているからだ。
一方の俺はもう冬服に切り替えていて、上着のブレザーまで着ている。
「すまん、ちょっと遅れたわ」
松藤は開口一番に謝ってきた。松藤が遅れたと言えば遅れたのだが、昨夜にメッセージで昼休みに会えるかどうか聞いて、この時間なら大丈夫と言われた時間から2分くらいしか遅れていない。
「いや、全然。むしろ、悪いな、急に呼び出して」
「別にええけど、それで話ってなんや? あれか、体育館裏に呼び出すってのは喧嘩でもすんのか?」
松藤は軽口とシャドウボクシング風の動きを見せて俺をからかってくる。思ったよりも俺も松藤もぎくしゃくした雰囲気を見せないあたり、お互いに図太いと言われても否定できないな。
「んなわけないだろ。俺のお気に入りの場所を危険地帯にするな。それに俺が松藤に勝てると思えない」
「……自分で言って情けないと思わんの?」
松藤が呆れ返ったようで、高速ジャブの動きを見せていた左手がいつの間にか頬を掻く手に変わっていた。相変わらず松藤の表情は笑顔のままだ。
「情けなかろうが事実は事実だからな。呼び出したのは人のいる所じゃ聞きづらいからだよ。で、最初に聞きたいのは、あれから返事は来たのか?」
松藤がピタリと止まって、先ほどの笑顔よりも幾分か固めの作り笑顔で俺を見てくる。ついでに、掻いている手が頬から頭の方へと移り、その様子が若干面倒そうな印象にも映った。
「まあ、その話になるよな。いや、ののちゃんからまだ返事ないけど?」
「そうか」
あれから、まだ決めかねているということか。
それだけ、松藤が強敵なのか、俺が単純に弱体化しているのか、あるいは、その両方か。
美海といつも通り話している感じだと、おそらく、松藤がよほどの強敵なのだろう。それだけ、よく傍にいてくれた仲の良い幼馴染ってのは強い。
「それどころか、あんまり刺激せんようにこっちからの連絡も少なくしてるんよ」
「そうなのか?」
「そりゃ、ののちゃんはそういうタイプやからな」
てっきり松藤はグイグイと行くのかと思っていたが、ふと、以前に美海が言っていた「ガツガツされるの怖い」という言葉を思い出して、松藤もそれを知っているから安易に動けないんだろうなと思い直した。
過去の俺と同様に、松藤もその言葉に縛られて動けずじまいになっているようだ。
「まあ、たしかに、美海は『ガツガツされるの怖い』って言っていたからなあ」
俺がしみじみと数か月前のことを思い返していると、松藤が小さな溜め息を吐いた。
「待て待て、今のはたしかに俺からした話やけど、話戻そうや。本題はなんや? まさかただ経過を聞きたかっただけか? 堪え性のない奴やな。俺はどんだけでも待つつもり——」
「そのことなんだが、多分、美海がずっと悩んでいるみたいなんだ」
俺は松藤の言葉を遮った。
少しばかり閉口した松藤だが、俺の出した話題が美海のこともあって不満を漏らすまでには至らない。
「……あぁ、まあ、そりゃそうやろな。ののちゃんはいい加減に考えるような女の子違うしな。今も考えてくれているんやろうな」
松藤は頭をガシガシと強く掻き始める。
「それで美海の悩みを聞こうかと思っているんだけど」
「それで?」
それで? って……。
「そのとき、もしかしたら、松藤の話が出るかもしれないだろ?」
「せやな?」
せやな? ……せやな?
「そのとき、俺が松藤から告白することを聞いているってことがバレるかもしれないんだけど——」
「ええんやない?」
「え?」
淡々と返ってきた言葉に俺も返していると、俺の聞きたかった言葉まですんなりと松藤の口から出ていた。
思わず俺が呆けてしまっていると、松藤がちょっとだけ不思議そうな表情になっていた。
案外、松藤もちゃんと見ると表情が分かるもんだな。視線はまだ分からないけど。
「なんや、もしかして、そんなこと確認するのにわざわざ対面の呼び出しをしたんか?」
「いや、だって、文章じゃ誤解するかもしれないだろうが」
たしかにメッセージのやり取りで済むことだったかもしれない。
だけど、文章は往々にして誤解を生じやすいと思っていたから、俺は対面でちゃんと確認したいと思って呼び出した。
しかし、松藤はそう思わなかったようだ。
「はあ……ほんまに真面目というかなんというか……お前とののちゃんを巡って争っているとは思えんわ……毒気抜かれるわ、ほんま」
「その言い草はないだろ、俺だって悩んでいるのに」
ぶつぶつと俺が不満を言うと、松藤はこれまでになく大きな溜め息を吐いた。
「なんでお前まで悩んどるんや……よー分からん奴やな。そりゃたしかに、俺に言わんとこそこそと陥れたりなんかしとったらキレたくもなるけど、だからって、こんなバカ正直にやり取りしてたって言ってもいいかなんて許可を取りに来るのもおかしいやろ」
「正々堂々って、松藤が言ったんだろ」
お互いに本来と違う方向で、お互いに不満を持ち始めている気がする。
それが若干のおかしさを生むも、さすがに笑い合う状況でもない。
「そりゃ言うたけど。まあ、とりあえず、分かったわ。ののちゃんのこと、よろしく頼むわ」
「本当にいいのか?」
そう何気なく聞いたつもりが、松藤を苛立たせてしまう。
「……あのなあ……お前の気遣いって、たまに無神経やよな? いいわけないやろ。せやけど、金澤が彼氏なんは間違いないし、ののちゃんを俺が困らせとるのも間違いない。彼氏特権は悔しいけど、お前にあるんや。ここで俺が出られん以上、ののちゃんをお前に任せるしかないんや。だから、仕方なしに決まってるやろが」
「そうか」
「まあ、今のお前の話を聞いたから言うけど、お前がこそこそと俺の妨害をしたらしたで、まあ、それも仕方なしかなって思うけどな」
「え? それって?」
仮に俺が松藤を妨害しても仕方ないって思う?
正々堂々とかけ離れた内容だと思うが。しかし、松藤はそれでも納得できる?
ちょっと分からないな。
「それって、って……つまり、そういうことするんやから、俺にののちゃんを取られたくないってことやろ」
「そりゃそうだろ」
それは当たり前じゃないか? え、俺、なんか間違っているか?
「まあ、分からんならええわ。それに、いまさら負ける気ないけどな。ののちゃんが俺の方へなびいたら、きっぱり別れて諦めえよ?」
今までなるべく考えないようにしていた。
美海が松藤を選んだら、俺はきっぱりと美海を諦める。
そりゃそうだろ。美海が選んだんだから。美海がそっちの方が幸せになれるって思ったんだろうから。
俺はたとえ心残りだとしても、引き留めたり拒否したりしちゃいけないんだ。
「分かってるよ。俺だって、美海の選んだことなら、美海がそれで幸せになれるなら、うだうだ言うつもりねえよ」
だけど、何故だろうか。松藤に返した言葉は震えていて、身体が思うように動かずに重苦しくなっている。
そう、分かっているはずのことを思うと、俺は否定したくなっていた。
……なんでだよ、俺。美海は過去に二股で傷付いているんだぞ。だったら、美海が選んだことなら、俺は二股で美海を傷付けるより別れた方がよっぽど良いじゃないか。
だけど、今の俺はどんな表情をしている?
「せやったらええ……せやったらええんや……」
松藤は何かを一人で納得したように頷いてから別れの言葉を告げることもなく、そのまま俺の前から消えるように去っていった。
次第に俺も落ち着いてきて、身体も動くようになってきているし、言葉も震えていない。
松藤と変なやり取りになったが、結果として、松藤からの言質も取れたから、次はいよいよ美海だな。
俺はなんとなく1つやり遂げた感じがして少しだけ肩の荷が軽くなったように感じた。
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