3-10. 10月……ほんとに楽しんでるん?(2/2)
簡単な人物紹介
金澤 仁志:本作主人公。高身長、顔は普通よりちょい下。
能々市 美海:ヒロインその1。低身長の小動物系女子。栗色の長髪持ち。
津旗 聖納:ヒロインその2。胸部爆盛。黒髪で完全目隠れ、眼鏡あり。せーちゃん。
松藤:仁志の友だち。バスケ部。美海のことが昔から好きで告白する。
前々からいろいろな人から指摘を受けているが、俺は悩みが顔に出やすいらしい。
多分、松藤の告白の返事を保留にした美海について考えてしまうあまり、悩んでいそうな顔として出てきてしまったのだろう。
だが、それを今告げるのもデートの雰囲気がぶち壊しになるから避けたい。
「美海と一緒に遊んで楽しいけど……え、俺、楽しんでいるように見えない?」
まずは無難に、楽しんでいるということを伝えて、美海の反応を窺う。このまま、美海の心配が払拭されるならこれで通したいところだ。
「ううん、そうじゃないんやけど、なんかちょくちょく別のことを考えている感じがして」
「そんなことないと思うけど」
今一つだったようで、美海は腑に落ちていない顔で何かを言おうとしている。
「……あのね、もしかして、せーちゃんがいないからつまらない? せーちゃんのこと考えてるん?」
予想外の言葉に俺は目を丸くする。
聖納のことで悩むことは今のところない。というか、松藤と美海のことで頭がいっぱいで聖納にまで正直考えが及ばなかった。
だけど、美海からすれば、聖納のことがいろいろと気掛かりで仕方ないのだろう。結局、俺も美海もここにいない人の影に怯えているようなものか。そう思うとおかしさが込み上げてきた。
「え? そうじゃないよ。美海とのデートを本気で楽しんでいるし、今は聖納のことを考えてなかったよ」
「ほんと?」
間違いなく事実だし本音だ。
しかし、不安に思っている美海に届いていないようで、何か理由を言わないとダメだなと思い始める。
正直に松藤のことを言うか、それとも、別のそれっぽいものを言うか。
俺は……。
「……すみません、白状します。美海に幻滅されないかって心配だったから言えなかったんだけど」
「な、何? やっぱり、せーちゃんのこと?」
美海がちょっとだけ身構える。
そんな美海へ耳打ちするために、俺は席を立ってから右手を口元に寄せつつそのまま顔と右手を美海の耳元へと近付けた。
ちらっと美海の顔を見てみると、意外と嬉しそうな表情に見える。
「そうじゃない、違うんだ。えっとな、美海のことを見ていたら、こう、えっと、叡智なことを考えちゃって……」
結局、俺はごまかすことにした。
松藤の告白について美海に告げるなら、正々堂々という言葉もあったけど、松藤にも了解を取っておきたい。って、なんで俺から美海を取ろうとしている相手に配慮しているんだか。俺も律儀というか真面目というか、大概なバカかもしれないけど、松藤に前に助けられた借りもあるしそう思ってしまうのだから仕方ない。
「……ふえっ!?」
美海はビクッと反応し、そのまま至近距離の俺をまじまじと見る。
もう15cmほど近付けば、キスさえもできてしまいそうな距離で俺と美海は見つめ合う。
さすがに周りの人も多いフードコートでイチャイチャとするのは恥ずかしいし、キスなんて無理も無理だ。
「服装もそうだし、今もフランクフルトを食べているから」
俺は席に戻ってからも理由をつらつらと述べている。
美海は顔に徐々に赤みが増していって、フランクフルトを紙皿の上に置いてからもじもじと身体をよじらせている。
「えー……ひーくん、ウチ見て、叡智なことばかり考えてたん?」
嬉しそうに見えるのは俺の願望か。
顔を赤らめながら俯き加減の上目遣いをしている美海にそう言われると、こう間違いを起こしそうになる。
「ご、ごめんな。美海はそんなつもりじゃなかったのに、美海のことそういう風に見ちゃって……気を付けるよ、ごめん」
今日は外で健全なデートだ。
つまり、自制をしなければならないんだ。自省ではいけない。
「ううん……びっくりしたけど、ひーくんに求められている気がして、必要とされている感じがして、恥ずかしいけどちょっと嬉しいかな……ドキドキするかも……」
あ、本当にちょっと嬉しい感じなのか。
俺はホッと胸を撫で下ろしていた。
「でも、ほんと、ごめん」
「もうそれで謝るの禁止! ウチも嬉しいって言ってるし!」
「あ、はい」
どうやら俺の悩みについて、性欲絡みと納得できたようで美海は不安そうにしていた顔をパっと明るくする。
彼氏がムラムラしているって言って、明るい表情をするのもどうかと思うけれど、まあ、懸念の聖納のことではないと分かって安心したんだろうなとは思う。
そのまま、美海のもぐもぐタイムを眺めながら食事を終わらせると、美海がオレンジジュースを飲み干して満足げな表情をする。
俺もいろいろと犠牲にした気もするが、おおかた満足だ。
「食べ終わったけど、すぐに運動できんし、カラオケいこ?」
美海が空の紙コップを傾けて遊び始めていて、突然思いついたようにカラオケを提案してくる。
って、カラオケかあ……。
「え? いいけど、俺、そんなに上手くないっていうか、音痴なんだけど」
どんだけ頑張っても精密な採点で70点台がほとんどで80点台すらほとんどないし。
俺が少し嫌そうな表情をしていたのだろう。美海が少しだけ慌てた感じで首を横に振っている。
「そんなん関係ないよ! 歌は音程じゃなくて、ハートやから! それに楽しめればええもん!」
「分かった。ハートか。だけど、ほんと音痴だからな? 笑わないでくれよ?」
「うん、行こ!」
美海が胸に手を当てて、歌はハート、という名言を放り込んできた。
音痴を笑われないなら、まあ、いいかな。
そう思って、俺は美海とミニカラオケボックスに入る。
さっき叡智な話をしたからちょっとだけ意識したけど、当の美海が選曲用の電子端末を楽し気に眺めているからすっかりその気も消えうせた。これが聖納だったら、危なかったかもしれない。
「じゃあ、比べられると恥ずかしいから俺から先な」
「うん、楽しみ!」
とにかく俺は過去に高めの点数を取れた曲を入れてみる。
楽しみにされる理由はないはずだけど、俺の本気を見せてやる。
そう意気込んで、せいいっぱいに歌って、すっきりした感じで歌い終わってみると、美海が露骨に笑いを我慢しているようだった。
いや、笑わないって言ったじゃん!? いきなり裏切られかけているんですけど!?
「……美海? 歌はハートで楽しめればいいって言っていたのに、なんでそんなに笑いをこらえているんだろうな?」
まあ待て、俺。まだ怒るような時間じゃない。理由があるはずだ。
「だって、ひーくん、ぷふっ、巻き舌すごいんやもん……音程とか合ってないのは別にええんやけど、巻き舌すごすぎてクセが強すぎるんやもん……笑かしにきてない?」
そう、巻き舌ね。音痴で笑われているわけではないようだが、どんな理由だろうと歌って笑われるって意味じゃ同じじゃないかな。
「これは、そういう曲なの!」
「そうなん? ……じゃあ、これ歌える?」
美海が見せてきた画面にはちょっと前に流行った曲が表示されていた。一応、アニメに使われたアニソンだから1題目なら歌えるけど、2題目以降は微妙だな……。
「……まあ、1題目なら。それ以外はうろ覚えだけど」
「じゃあ、いってみよー!」
美海がポチっと送信を押すと、すぐにその曲のイントロが流れ始める。
あれ? 美海は入れてないの?
続けて歌うことに違和感を覚えつつも始まってしまった曲に合わせて歌い始める。
で、俺が後半たどたどしくも歌い終わって、美海を見るとさっきと変わらない感じで口の端がけっこう限界まで上がっていた。
「……なんで笑っているんだよ!」
「ぷっ……ふふふ……らりるれろのクセがすごすぎて……『ら』が『るぅあ』って感じやし……あはは、お腹痛い……」
ついに美海が笑い始めた。
ひどい、笑わないって言ったのに。
「くっ……カラオケが終わったら、次はゲーセンに行こうな!」
俺がそう言うと、美海は思い出し笑いをしながら首を縦に振っていた。
ちなみに、美海もそこまでカラオケが上手い感じじゃなくて、だけど、外れてもかわいい感じがしてズルいと思った。
その後、約束通りゲーセンへ行く。ここからは俺の本領発揮だ。
「すご……ハード、ノーミスやん」
リズムに合わせてボタンを叩く音ゲーを前に、俺はそこそこの動きで高得点を叩き出す。
「音痴だけど、リズム系はそこそこ得意だしな」
極めた人に比べれば全然だけど、少なくとも笑われない程度の動きはできる。
「えー、かっこいい!」
「そう言われると照れるな」
「真剣な感じでがんばっているのが1番かっこいい!」
美海が手放しで褒めてくれて嬉しい。
ただ、がんばっているところがかっこいいという言葉に引っ掛かってしまった。
「まあ、イケメンじゃないもんな」
「それ、ウチがひーくんに4月に言った言葉……もしかして、気にしてるん?」
「あー、うん、まあ、やっぱり、気にはするかな」
そう、4月に美海が先輩に告白した際に、美海から聞いた先輩に惹かれた理由。
がんばっている姿がかっこいい。
そこからさらに引っ張り出てくる思い出が美海の「イケメンじゃない」発言だ。そんなことを面と向かって言われると思わなくて、今でも意外と尾を引いている。
松藤、かっこいいしな……。
「ウチ、ひーくんのこと好きなんやけど、顔がかっこいいとかそうじゃなくて、優しくて安心できて頼りになるからやよ。それに前に言ったやん。イケメンってちょっと怖いって」
「そうか……そうだよな。ありがと」
「あ、でも、身長が高いのはポイント高いのも本音かな」
「……そうか」
松藤も美海に優しいし、身長も俺と同じくらい高いんだよなあ……。
美海の与り知らぬところで、勝手に自分と松藤を比べてちょっとだけ凹む。
「ウチもやってみよっと」
「……ふっ、美海にできるかな?」
そうして美海のゲームにも付き合いながら、終盤は再びスポーツ系でいろいろと遊ぶとすっかり夕方の帰る時刻になっていた。
「あー、今日も楽しかった!」
「俺も楽しかった。あっという間だったな」
駐輪場で俺と美海は自転車を押しながら帰り道を歩いている。
「そう、もっと時間があったらいいのに」
「そうだな。でも、暗くなると家族に心配かけちゃうし、美海はやっぱ女の子だし特にそうだろ? 俺は男だから家族ももう少し雑だけど」
美海も聖納も遊びに門限があるらしいので、それを超えるのは避けたい。友だちとなら門限を守るのに、彼氏と遊んでいたら門限を守らないなんて、2人の親からの心象も良くないだろうしな。
「あーあ、つまんないなあ。早く、ひーくんと夜にもデートできるようにならんかなあ」
美海が口を尖らせて、この場にいない親への不満を漏らしているようだ。
ぶーぶーと文句を言う美海もかわいい。それにそう言われて嬉しくないわけがない。
「そうだよな、花火とか、クリスマスのイルミネーションとか、天体観測デートとかもいいかもな」
夜なら夜で楽しめることも多い。夏の花火はできなかったけど、クリスマスシーズンのイルミネーションは見たいなあ。プラネタリウムもいいけど、実際の星を見る天体観測もいいよな。
「それに、お泊りとかもええよね……」
……おっと、美海が聖納みたいなことを言い始めたぞ。なんだかんだで美海は聖納と自分自身を比べているんだろうな。それでいて聖納に負けないようにと俺を誘惑しているように思える。
美海には美海の、聖納には聖納の、それぞれ良いところがある。
それに比べて、俺は……自分と松藤と比べて、自分の良さが分からなくて勝手に凹んでいるだけな気がする。美海が俺に向けてくれる嬉しい言葉も松藤にも当てはまると思うと、俺は素直に喜べなかった。
「頼むから叡智な想像をさせないでくれ……そのうち我慢できなくなるから……」
「えへへ……もっと、ひーくんがウチのこと夢中で見てくれると嬉しいな」
「俺はもう美海に夢中だよ。それに、俺も美海に夢中になってほしいな」
「……そうやね」
そんな美海の歯切れの悪い返事がはたして、聖納の影がちらつく俺に対してなのか、松藤の影がちらつく美海自身に対してなのか、俺には知る由もなかった。
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