3-8. 9月……え、えっと、嘘やよね?(2/2)
簡単な人物紹介
金澤 仁志:本作主人公。高身長、顔は普通よりちょい下。
能々市 美海:ヒロインその1。低身長の小動物系女子。栗色の長髪持ち。
津旗 聖納:ヒロインその2。胸部爆盛。黒髪で完全目隠れ、眼鏡あり。せーちゃん。
松藤:仁志の友だち。バスケ部。美海のことが昔から好きで告白する。
美海は松藤から告白されるなんて予想だにしなかったようで、衝撃が強すぎたのか「あ」とか「え」とか言葉にならない声が数回飛び飛びになって出てきていた。まだ遠くで鳴いているセミの方がまともな音を出しているようにさえ思えてくる。
それに対して、松藤は言い切った感があるのかとても静かだ。顔を出せない俺が耳を頼りに雰囲気を感じ取ろうとするが、告白した後の松藤から何も聞こえてこなかった。
この温度差が2人のそれぞれが積み上げてきた気持ちの違いを如実に表しているようだ。
「ちょい、ちょい……嘘ってなんや、せめて、冗談って言ってくれんと」
突然、松藤の声が聞こえたと思ったら、どうも美海をからかうかのような声色で美海の言い方に不満を漏らしている。
「あ、ごめん。松ちゃん、冗談やよね?」
美海はどうもまだ気が動転しているようで、松藤の言葉をそのままオウム返ししていた。
いくらなんでも、ここまできて冗談なわけないだろう。
「いや、冗談でもないけどな」
案の定、松藤がからかい気味のトーンのままで切り返してくる。
「え?」
「本気や」
「本気? 本気って?」
美海はまだ松藤の言葉を理解できなくて、よく分からない聞き返し方までし始めた。
「それ、どんな顔? 本気で、ののちゃんのことが好きなんや」
「え? え、ウチ!?」
まるで天地がひっくり返ったかのように驚きすぎだ。まあ、美海にとってはそれくらいのことだったのかもしれない。
しかし、松藤って今まで告白はしていない感じで言っていたけど、それなりに美海にアプローチはしていたんだよな? なんでこんなに告白があり得ないくらいに思われているんだ?
「俺がののちゃんって呼ぶの、他におるんか?」
「えええ? だって松ちゃん、全然、そんな感じなくて、ずっと、ずーっと、友だちって感じやったやん!?」
いや、それはないだろう。
松藤は露骨過ぎて彼女ができるまで、美海のことが好きってことをネタにからかわれていたはずだが。
「なんで、届いてないんや……周りには俺が茶化されるくらいに気付かれてるんやけど」
「え、いや、嘘? だって松ちゃん、小学3年生のときにウチのこと好きなん? って聞いたら、『ののちゃんはただの友だちかなあ』って言ってたもん!」
……それは照れ隠しなんじゃないか? もしくは、小学3年生だし、その頃だと本当に恋愛感情なかったんじゃないか? え、美海にとって、そこから松藤の情報ってアップデートされてないの?
「小学生の照れ隠しを本気にせんといてや……ってか、それからもうどんだけ経ってると思ってるんや! もう俺ら高校生やで! 気持ちくらいいくらでも変わるわ!」
ほら、やっぱり。
しかし、気付かない美海の鈍感さは若干かわいいな。
……もし美海が途中で松藤の想いに気付いていたら、俺と付き合う前に松藤の気持ちに気付いてしまっていたら、今の関係や状況は変わっていたのだろうか。
「えええええっ!? 嘘おおおおおっ!? 嘘でしょおおおおおっ!?」
いや、どんだけ信じられないんだよ!
少しは信じてあげてほしいって思っちゃったよ!
美海の中での松藤への友だち感が強すぎないか?
「あー、もう、ちょっと驚きすぎや。雰囲気ぶち壊れたし、もっかい言うわ。ののちゃん、俺、前からずっとののちゃんのこと好きやったんや。だから、俺と付き合ってくれんか?」
松藤の再度の告白。
先ほどまでの少しだけコントのような流れや雰囲気をばっさりと断つかのように、松藤のすごく真剣そうな声と言葉が聞こえてくる。
「ちょ! ちょっと! ウチがひーくんと付き合ってるの知ってるよね!?」
ようやく。
ようやく、美海がここで松藤の告白を受け止めた上で俺の名前を出してくる。
でも、ダメとか無理とかは言ってないな。
「知っとるわ」
「ウチに二股しろって言うん?」
そんなわけないだろ……なんで、二股が標準になっているんだよ……。
「んなわけないやろ……金澤と別れて、俺と付き合ってくれってことや」
そうだよな、普通……。
「え、いや、だって、そんな……ウチはひーくんと付き合っているんやよ?」
美海は戸惑っているようだ。
……戸惑っている? 無理とか嫌とか、そういった即答をしていない?
あくまで松藤に告白を取り下げてもらうような感じで、遠回しな言い方をしている気がしてきた。
「なあ、ののちゃん、不安なんやろ? 金澤にフラれるんじゃないかって、あの時の……繰り返しになるんちゃうかって」
「……っ」
美海はどういう顔をしているだろうか。おそらくだが、松藤には嘘を吐いてもバレると思っていて、表情を取り繕うこともなく不安そうな顔をそのまま出しているのではないだろうか。
「金澤が津旗さんにも気持ち揺らいどんのは、ののちゃんやって分かるはずや」
「だ、だけど、それは」
松藤の言葉に美海は反論もできなかった。
俺も松藤にそう面と向かって言われたら反論できそうにない。今だって、美海のことはもちろん、聖納のことも頭にちらついている。
「金澤が優しいからとか言うんか? まあ、それはそうかもしれん。金澤は強く出ることほとんどないし、同級生の中では落ち着いているから大人っぽいところだってある。けどな、その金澤に最終的に選ばれるのは1人なんや」
「で、でも——」
「俺は!」
「っ!?」
松藤の感情が高まってきたようだ。少しばかりまくし立てるように早くなる言葉で、美海の何か言おうとしていたことを遮った。
「俺は……ののちゃん一筋や……二股なんか、せんっ!」
「松ちゃん……」
ズキリ。
俺が今、美海にそう言えないことを松藤が言っている。
松藤ならたしかに何があろうと美海一筋な気がする。俺みたいに説得されて二股をかけるような男じゃない。ダメなものはダメというし、無理なものは無理と断っているような性格だ。
「俺はもう……ののちゃんが傷付くところなんて見たくないんや」
「それは……」
美海は言い澱んでいる。
美海だって傷つきたいわけじゃない。
でも、俺としては……こんなことを言える立場じゃないって分かっているけど……松藤の告白を断ってほしい。
「ののちゃん、付き合ってください!」
「……ちょっと考えさせて」
……え?
美海、松藤への返事を保留にした?
それって……松藤の告白を受け取る可能性があるってコト?
嘘……だろ? 俺のことを好きだって言ってくれていた美海が……俺から離れるかもしれない?
「あの1学期の先輩んときとは違う。俺はメンツを気にするようなことないし、そもそも周りに誰もおらんのやから、フるんやったら今でもいいはずや」
松藤が強気に出ている。
しかし、言っていることはそうだ。1学期の勘違い先輩が周りもいる中でしてきた告白と違って、松藤は人が滅多に来ない昼休みの体育館横で告白をしている。
どう考えたところで、周りには俺くらいしかいないだろし、俺もいないことになっている。
だからこそ、即座に断ることだってできるはずだ。
「……お願い。今すぐ答えを出させようとしないで」
……すぐに答えが出ない?
美海の心が揺らいでいる?
え、本当に美海が俺から離れて、聖納が1番になる……そんな話があるのか?
俺は一瞬だけ不安と安堵が混ざってしまう。
好きな美海が離れてしまう不安と同時に、俺がどちらかを選ばなくても済んでしまうかもしれないという安堵が出てしまった。
「……分かった。たしかに、ののちゃんにも心の整理が必要やろしな。いつまでも待つわ」
「っ……ごめん。本当に、ごめん。整理がまだついてなくて……待ってほしい」
美海はそう言うと踵を返したようで、美海の足音が遠くなっていく。
美海の気持ちが知りたいと思ったが、この結末になるとは思いもよらなかった。
そう俺は、俺よりもかっこよくて美海とも付き合いの長い松藤相手でも、美海に断らせられると無意識のうちに思っていたみたいだ。だから、そうならなくて露骨に凹んでいる。そうやって、俺が自分の抱いていた尊大な幻想を砕かれてうな垂れていると、松藤が再びひょっこりと俺の方に顔を向けてくる。
「金澤、これはどうやら、まだ分からんようやな」
当たり前だが、松藤の笑みがいつも以上にこぼれている。
「……そうみたいだな」
「えらく冷静やないか」
いや、落ち着いているんじゃなくて、凹んでいるんです。
そんなこと口が裂けても松藤に言わないけどな。
「まだ結果は分からないからな」
「そうやなあ、結果分からんよなあ……って、なんでそんな余裕なんや? ののちゃんが即決で断らんかったのにな」
余裕なんかねえよ……。
でも、松藤もヒヤヒヤしたに違いない。なんなら、玉砕覚悟でいたのかもしれない。
しかし、実際は期限を決めていないのだけど、保留扱いに留まる。
もし俺が松藤の立場なら、保留扱いでも喜んでしまうかもしれない。
それくらい、俺にも松藤にも、美海の告白保留がのしかかってくる。
「美海だって、先輩と松藤じゃ違うだろう」
「なんにせよ、俺は本気や」
「そりゃそうだろ」
俺は抑揚のほぼないつっけんどんな対応をしてしまう。
「……張り合いのない。ほんまに、ののちゃんのこと好きなんかいな?」
「好きだよ。それは間違いない」
「さよか。まあ、思わず喜んでしまうけど、結果がいつになるか分からん。フラれる以外で一番返事が遅くなるんは、お前が津旗さんを選んでから、俺の方へと逃げ込んで来るときかもしれんな」
松藤の言葉に俺は顔を上げた。
「美海が俺にフラれたから、次は松藤にいくってか?」
「ののちゃんがそれで救われるなら、俺はそれでもええ。元々、小学生のときにそうしようって思ったくらいやしな。今は何番でもええ。最後にののちゃんの1番になれるんなら、俺はそれで十分や」
「最後に……1番に……」
「んじゃ、またな、俺は正々堂々、お前のいるところでやった。フェアにいこうや」
松藤がそう言って去っていく。
昼休みはまだ残っている。
その時間が急に永く感じた。
「美海……なんで……」
松藤の告白をすぐに断らなかった美海の気持ちが、俺には全然分からなかった。
ご覧くださりありがとうございました。




