3-7. 9月……え、えっと、嘘やよね?(1/2)
簡単な人物紹介
金澤 仁志:本作主人公。高身長、顔は普通よりちょい下。
能々市 美海:ヒロインその1。低身長の小動物系女子。栗色の長髪持ち。
津旗 聖納:ヒロインその2。胸部爆盛。黒髪で完全目隠れ、眼鏡あり。せーちゃん。
松藤:仁志の友だち。バスケ部。美海のことが昔から好き。
9月もそろそろ終わりを迎える頃、少しばかり涼しさが感じられるようになってきた日の昼休み。
9月も末になると、2学期の中間テストの試験範囲が発表されて、再び部活動休止期間になる。また、この高校は3学期制なのだが、生徒会役員や委員などは前期後期で変わるためにちょっとだけ変化があって慌ただしくなる。
で、俺は今、美海が来る予定の体育館裏で普段どおり「イチゴなオ・レ」を飲みながら待っていた。
松藤の「告白する」宣言があってからもう1週間くらいになるけれど、美海の様子を窺っていても特に変わった様子もなく、いつもの明るく朗らかな感じで楽しく過ごせている。
松藤は告白したんだろうか。それとも、やっぱり気が変わったのだろうか。告白しているなら、美海はどう思ってどう答えたのだろうか。それを考えると、美海が聖納の発言で不安に駆られたことを俺もまた身をもって経験しているような気がする。
「よう、金澤」
「松藤!?」
ふと気付くと、俺の不安など知る由もない松藤がいつもの糸目とニコニコした表情で体育館横からひょこっと顔を出していた。
美海が来るかと思っていたのに、急に違う人が現れるとけっこうドキドキする。
って、松藤!? ま、まさか!?
「今日、ののちゃん来るんやろ? これから告るわ」
そのまさかだった。松藤は宣言通り、美海に告白するようだ。
しかも、俺がいる近くで? 俺に美海の返事を聞かせようって魂胆か?
つまり、俺から美海を奪える自信があるのか?
「本気か?」
「本気や。せやけど、お前に隠れてコソコソなんて真似はせんよ。だから、邪魔せんでな。お前に自信があるなら、俺がののちゃんに告白したって問題ないやろ?」
「おい、邪魔って……それに、問題あるなしとかでも……」
俺が松藤に何かしら文句の1つでも言おうと思った瞬間に遠くから足音が聞こえてきて、俺は思わず声を潜めた。
……なんで、俺、声を潜めたんだ?
俺自身も美海がどう答えるか……気になっている?
自信があるわけじゃない。むしろ、自信なんて……。
「お、ののちゃん」
松藤はいつもより少し元気で明るく、それでいていつもながらの飄々とした雰囲気で美海に話しかけていた。
「あれ? 松ちゃん、こんなところでどうしたん? ひーくんは?」
松藤が俺の側、美海が逆側となると、俺が顔を出すとバレる可能性がある。だから、俺は体育館裏にいるままチラ見をできるわけもなく、言葉と声色だけを頼りに松藤と美海の会話を聞くことになった。
まるで、4月の美海の告白を聞いた時と同じような状況だ。
ただし、4月と今では全然状況が違うけどな。
「金澤? 知らんけど、今はおらんみたいや」
「あれ? そうなん? ひーくん、どこいったんやろ?」
美海は当然、俺がいるかどうか気になったようだが、松藤が体育館裏を覗き込んでいたくらいから見ていたのだろう。松藤が「知らない」と言った時点で俺がいないと錯覚したようだ。
「トイレなんちゃう? それよりも、俺、ののちゃんとちょっと話したいことあってな」
いるはずのない俺がこの後の話を聞いていることになる。嫌な言い方だが、美海の本心が聞けるんじゃないかと思って、俺の胸には期待と不安が綯い交ぜになって絡まっていた。
「ちょっとなんやったら、リンクでもよくない?」
あ、やっぱ、松藤ともリンクしているのか。
それを知って、なんだか胸がズキっとした。
いや、なんでだよ、俺。美海が松藤とかほかの男友だちとリンクをしていたって普通じゃないか。なのに、胸の奥がざわつき、嫌な気持ちが込み上げてくる。まるで、美海を誰にも渡したくないと叫んでいるみたいにだ。
……やめろ。こんな醜い独占欲は、俺らしくない。そう、無理やり自分に言い聞かせる。
「時間はちょっとかもやけど、内容は大事なことなんや」
松藤の空気が変わった感じがした。
「大事な内容? え? 何? もしかして、恋愛相談的な!? ウチとひーくんのこと見て、また彼女作りたくなったとか?」
美海の勘は鋭いのか鈍いのか、当たらずとも遠からずと言うべきか。松藤の雰囲気から恋愛的な印象を受けたようで、声を聞くからに恋バナが好きで嬉しそうな感じでキャピキャピし始めた。
「どーやろな。まあ、でも、恋愛絡みやな」
「えー! ほんとのほんと? いいじゃん! 相談乗るよ!」
まさか、対象が自分だと夢にも思っていないのだろう。美海はきっと松藤に少し近付いていて、話を聞く気満々になっている元気そうな声を出している。
「その前に聞きたいんやけど」
「え? 何を聞きたいん?」
松藤の言葉に、美海がちょっと高めの聞き返しをしている。きっと美海はきょとんとした顔をしているんだろうな。
「金澤と上手くいってんの?」
「…………」
「…………」
沈黙。
「…………」
「…………」
長い沈黙。
「…………うん! もちろん!」
ようやく出た美海の元気な声。いや、だけど、間が空きすぎでしょ……。思わず飛び出してツッコミを入れたくなったくらいだ。ってか、俺は美海と仲良く話せているし上手くいっていると思っていたけど、美海から見て上手くいってなかったのか!?
「嘘吐くの、ほんまに下手やよな、ののちゃん」
「嘘吐いているわけじゃないよ!」
「じゃあ、何なん?」
俺はゴクリと喉を静かに鳴らして、松藤の問いに対する美海の答えを待つ。
上手くいってない理由は何なんだろうか。
「ちょっとだけ、今、不安なだけ」
「不安なだけ?」
「うん、せーちゃんがひーくんの1番になりたいみたいな感じになっちゃって……でも、大丈夫! ひーくんはウチのこと1番って言ってくれてるもん」
美海は不安で心がいっぱいなのだろう。
当たり前だけど、俺の言葉やちょっとした態度くらいじゃ、聖納に抱いている不安が取り除けるわけでもない。
ただ、少しでも不安にさせないようにしてきたことが徒労に終わっていると知って、俺は自身への不甲斐なさで眉間にシワが寄ってしまっていた。
「二股に1番も2番もないやろ。だいたい、2番なんてあったら、1番やろが2番やろが、両方ともただの不純な遊び相手やないか」
……そうだろうけど、そうなんだろうけど、俺も思わないわけじゃないけど、だけどもうちょっと恋敵とはいえ手心というか。
「そんな言い方は……ひーくんに悪いよ……ウチがお願いしたんやもん……」
「それやそれ、不安なら何で金澤に津旗さんをフッてほしいって言わないんや? 夏休み前に金澤に打ち明けたんやろ?」
松藤は美海にもあまり容赦のない感じだ。
そのストレートな物言いが松藤の美海に対する正直さや好きな気持ちの表れのようにも聞こえる。
「打ち明けたけど……せーちゃんの心の傷がまだ治ってないんやもん……ひーくんにそんなお願いしたら、せーちゃん、せっかく治りかけているのにまた傷ついちゃう……」
「やったら、それで金澤取られてもええんやな?」
松藤は告白しに来たんだよな?
いくら率直な態度で接しているとはいえ、なんで説教っぽくなってるんだ?
……いや、これはあれか。美海に辛かった過去を想起させているのか。また傷つくことになるかもしれないって美海に想像させているわけか。
「そっ、それは……嫌やけど……」
「あんなあ……前にも言うたけど、あれはののちゃんが気にすることやないやろ」
あれ……か……。あれってなんだろうか。おそらく、美海が聖納に対して感じている負い目とやらで聖納の辛い過去にまつわることだろうが、俺と美海は聖納と中学校が違ったのだから、聖納の辛い過去のできごとに美海が関わっていると思えない。
それとも、美海も少しは関わっている? でも、それなら、聖納は美海を赦すはずもないと思うが、しかし、そうか、どう関わっているかにもよるか。正直、俺は美海と聖納がいがみ合うようなことも避けたかった。同じ部活の友だちなのだから、2人とも仲良く過ごしてほしい。
「それもそうかもしれんけど……今日の松ちゃんイジワル……」
「むっ……ごめんな、ののちゃん、そんなつもりで言いたいわけやないんや」
松藤の説教タイム終了のお知らせ。
少し拗ねたような美海の声が聞こえてきたから、松藤もさすがにこれから告白するからこれ以上はマズいと思ったのだろう。
ちょっと拗ねた感じの美海、見たかったな。
「ねえ、ウチのことよりも恋愛相談的な話じゃないの?」
「せっかちやなあ。あぁ、そうか。金澤に俺と2人でいるところ見られたら困るか?」
「ひーくんはそんなことで怒らんもん」
その点は美海から信用されているようだ。だからこそ、先ほどの醜い独占欲は絶対に見せたくないな。
「そうか。じゃあ、まあ、言わせてもらうわ」
ついに来た。告白の瞬間だ。
なんでか、俺までドキドキしてきた。
「うんうん。どの子を好きになったん? 女バスの子とか? みんな、かわいいもんね。松ちゃん、大人っぽい人が好きなんやったっけ?」
知る由もない美海は再び楽しそうな声で松藤に聞いている。これがどうなるのか。
つうか、松藤が大人っぽい人を好きってどこ情報?
「……ののちゃんや」
言った。
松藤が「ののちゃん」と美海に告げた。
「……え?」
美海は面食らったようで素っ頓狂な声をあげる。
「ののちゃん、俺、ののちゃんのことずっと前から好きなんや」
「……え、えっと、嘘やよね?」
松藤の告白に、美海の声が明らかに動揺の色を表していた。
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