3-5. 9月……今、どういう心境なんや?(1/2)
簡単な人物紹介
金澤 仁志:本作主人公。高身長、顔は普通よりちょい下。
能々市 美海:ヒロインその1。低身長の小動物系女子。栗色の長髪持ち。
津旗 聖納:ヒロインその2。胸部爆盛。黒髪で完全目隠れ、眼鏡あり。せーちゃん。
松藤:仁志の友だち。バスケ部。美海のことが……。
9月も半ばに差し掛かり、さすがに蝉しぐれという言葉が似合わなくなってきたものの、まだまだうだるような残暑が続くそんな日の放課後。俺は中学校からの同級生である松藤に呼び出されていた。
……嫌な予感がする。しかし、逃げ出すわけにもいかない。
「お前から呼び出されるなんて思わなかったよ。部活はどうしたんだ?」
俺は努めて明るく振る舞っている。そもそも、そこまで明るくないので、ちょっと元気いいかなくらいが関の山だが。
「部活なら用事があるから遅れるか休むかって言ってあるわ。もちろん、鶴ちゃんや美っちゃんには内容も伝えとるけどな」
「部活をサボってまで呼び出すなんて珍しいな」
「俺もそう思うわ。だから、鶴ちゃんや美っちゃんにも心配されたけどな」
松藤はバスケ部で高身長、瞳が見えないほどの糸目というか狐目というかが特徴的で、美海と小学校からの仲であると同時に、今聖納と同じクラスという俺の周りとも縁のある俺と近いような遠いようなという距離感の友人だ。
ちなみに、鶴ちゃんってのは鶴城、美っちゃんってのは美河といって、松藤や美海と小学校からの同級生で、松藤と同じミニバス出身のバスケ部仲間のことだ。松藤、鶴城、美河とよく3人でつるんでいるのでトリオ扱いされている。
「まあ、そうだよな。で、話ってなんだよ?」
呼び出されたのは放課後になってから20分以上過ぎた頃の松藤のクラスだ。その頃には聖納も部活に行っていて姿が見えず、それどころか周りに人の姿もない。うだうだと放課後を過ごすようなクラスメイトがいないので、つまり俺と松藤が2人きりなわけだ。
ちょっとだけ居心地が悪い。松藤って糸目の上にいつもニコニコしているから視線も感情も考えも読めなくて、身長も俺くらいあるから若干威圧感あるんだよなあ。
「慌てんなや、大した用事ないやろ?」
それはその通り。文化部で参加必須ではない部活のため、俺はさっそく幽霊部員と化しているし、今日も美海や聖納と帰る約束をしているから暇を持て余していると言えば持て余している。
だからって、松藤と2人きりでいて話したいかと言えば、そんなわけもなく。
「そりゃそうだけど……お前だって早く終われば部活に行けるだろ?」
松藤は顎に手を掛けて、少し考えている仕草を見せる。松藤は部活に全力を掛けているようだから、今のサボりのような状況を好ましく思っていないはずだ。
「まあ、そりゃそうやけど、ほんなら、さっさと聞くわ。今、どういう状況なんや?」
……どういう状況? 美海とのことか? いや、決めつけはよくないか。
「どういう状況……ってのは?」
「察しの悪い奴なあ……俺がお前に聞くんやから、ののちゃんとのことに決まっとるやんけ! それとも何か? 俺が部活でレギュラーになるかどうかお前に聞くと思うんか?」
うん、初手で読み間違えた。美海のことだろうから、さっさとそういう確認をすればよかった。
しかし……ニコニコされながら、強めの言葉を吐かれると頭が混乱するな。
「いや、そういうことはないと思うけど」
「たとえ話に決まっとるやろうが。早よ、意識を元の話に戻さんかい」
俺から見て、松藤は察しの良い方で、こちらの説明が足りなくても補完できるほどに頭の回転が速くて、しかも推測する力に長けているように見える。ただし、その逆に察し力を求められるとちょっと困るというか、だから、松藤と会話するの難しいというか。
「いや、それはお前が……って、話がまた脱線するか。えっと、美海とのことだろ。相変わらず仲良くやってるよ」
松藤の欲しかった答えが出てきたようで、松藤から感じる圧は少し下がった。
松藤は終始ニコニコニコとしているが、ちっとも楽しそうじゃないのもすごいと思う。
「それはええこっちゃ。で、津旗さんとは別れたんかいな?」
うぐっ……痛いところを突かれる。
松藤は美海のことを気に掛けていて、俺が美海と聖納の2人と付き合っている二股関係を良く思っていない。
「それは……まだ……だけど……」
俺は取り繕うこともできずにたじろいでしまう。
今、何も考えずに聖納と別れるなんて選択肢がないから、よけいに言葉の歯切れが悪い。
松藤の圧が再び上がっていくのを感じる。
「……なあ、金澤。俺はな、夏休み前にお前がののちゃんに言われて、了承してしまった二股に本気で悩んでる姿を見て、あぁ、ののちゃんのことをちゃんと考えてるんやな、って思ったんよ」
つうか、松藤は美海のことを気に掛けているというか、美海のこと今でも好きなんだと思う。中学校の頃にそんな話がちょくちょく出ていた。だけど、美海は誰とも付き合うことなく、松藤は別の女の子と付き合ったから、そんな話も消えてしまったけれど。
「美海のことはもちろん一番に考えているよ」
俺のその言葉は本物だ。
松藤もその言葉に幾分か溜飲が下がったのか、圧がちょっとだけ下がり始めた。
松藤は美海のことになると圧が乱高下するけど、つまり、松藤がそれだけ美海のことを気にしている証拠でもある。
「1番なんは疑ってないんやけどな……2番がいることが問題なんや。それこそ、ののちゃんからは昔のこと、聞いとるな?」
「あぁ、二股されて、フラれたって聞いた。だからこそ、よけいに意味が分からないけどな。いくら聖納が2番目でもいいからって言ったって、心変わりしないなんて言いきれないだろう?」
実際に聖納の心変わりがあったわけだ。
しかし、それを美海が分からないわけもないだろう。
だから、どこか美海の行動が美海自身の気持ちや過去の傷とちぐはぐな感じがしている。
「……そうか。まあ、そうなるわな。俺もそれだけやったらそう思うわ」
……それだけ?
「それだけだったら?」
「ちょっとだけ教えたるわ。ののちゃんな、津旗さんに対して、抱え込まんでもいい負い目があるんや」
は? 負い目?
そんな話、美海からも聖納からも聞いていない。
いや、松藤の言い方からすると、本来ないはずの勝手な負い目ってこと?
もしかして、美海にはあっても、聖納は感じていない?
それが美海のちぐはぐの原因なのか?
「それってどういうことだ?」
「それはののちゃんから聞きや。というか、金澤、意外とののちゃんに信用されてないんとちゃうか?」
「俺が信用されていない?」
「ようけ隠されてるやん」
「なっ……誰だって言いたくないことの1つや2つはあるだろ」
俺はズキリと心が痛む。
松藤が知っていて、俺が知らない。
そんなことが多い気がして、俺は美海から松藤よりも信用されていないと言われている気がした。
正直、松藤のことが羨ましかった。
美海が俺に話してくれないようなことを、松藤には話しているかもしれない。そんな目に見えない境界線のようなものが垣間見えた気がしたからだ。
「ま、それもそうやな、それは俺が悪かったわ」
「なら、もういいか? 二股の話は俺なりにがんばっているからさ」
これ以上はこの場に居たくない。嫌な予感が的中、いや、これ以上に嫌なことが起きそうでさっさと逃げたいという気に駆られている。
「待ちや。まだまだや、聞き方変えるわ。なあ、金澤、お前……今、どういう心境なんや?」
松藤のその言葉は少なくとも、本当に今の嫌な気持ちのことを聞いているわけではないことだけしか分からなかった。
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