3-Ex2. 9月……今はどっちも1番でいいんじゃないか?(2/2)
簡単な人物紹介
金澤 仁志:本作主人公。高身長、顔は普通よりちょい下。
能々市 美海:ヒロインその1。低身長の小動物系女子。栗色の長髪持ち。
津旗 聖納:ヒロインその2。胸部爆盛。黒髪で完全目隠れ、眼鏡あり。せーちゃん。
司書:図書室の受付お姉さん。仁志を「少年」呼びする。
司書は俺を見て不思議そうな顔をする。
「どうした? そんな鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして」
「え……いや、えっと、それは……どっちも……1番でいいって?」
俺は司書の言葉を聞いて、よほど驚いた顔をしっ放しだったのだろう。
「そもそも1番ってなんだろうな? 少年は答えられるか?」
しかし、司書はそんな狼狽えた俺のことなどお構いなしにさらに困るような質問をしてくる。
1番ってなんだろうな、だって? 今さらそんなことを……そりゃ1番ってのは……あれ?
1番? 1番の彼女って……なんだ?
「えっと、1番ってのは……」
「たとえば、先に付き合い始めたのは美海ちゃんで、その後に聖納ちゃんだから、1番と2番は決まっているが、それでいいのか?」
それならそうだろうけど、そういうことじゃない……と思う。
「そういうことじゃ……」
俺のシンキングタイムはほとんど設けられていないようで、少しばかりまくし立てられているような印象も受けながら、俺は司書の言った順位付けに待ったをかける。
司書は小さく肯いた。
「ふむ、では、時間か? これまで、美海ちゃんと聖納ちゃんだと、どっちの方が長く一緒にいた?」
「それは聖納の方が若干長いけど……どっちも同じくらいで……それも違うような……」
彼女になってから一緒にいる時間の長さなら、なんだかんだで聖納の方が長くて、昼休みに会う頻度も聖納の方が多い。
でも、だからって、それで聖納が1番かと言われるとそれも違う気がしている。
「では、一緒にいて楽しいとか嬉しいとか、逆に辛いとか苦しいとか、そういうのは?」
美海も聖納も一緒にいて楽しいことも嬉しいこともあった。
もちろん、美海にも聖納にも苛立ったこともあるし、心苦しかったり辛かったりしたこともあった。
「美海も聖納もちょっとした違いはあるけど、どっちも一緒にいて楽しいし嬉しいしドキドキしますから……どっちが上とか下とかはなくて……」
言葉に出してみると、やっぱり、それが1番や2番を決める要素でもない気がしてきた。いや、正確にはそれだけで順位付けできるようなものではないという感じだろうか。
「そうだろう? 順位なんて結局、どの物差しで測るかでしかないだろう? とはいえ、総合的に見てなんて、美海ちゃんにも聖納ちゃんにも良いところ悪いところがあるんだから一概には決まらないだろうな」
そう、司書が言うように、一長一短というか、美海にも聖納にも長所や短所があって、それは2人の個性とか持ち味とかだから、全体的に見ても優劣が決まるものじゃない。
「それは……なんかズルい言い方じゃないですか?」
俺がそう言うと、司書は怒る様子もなく、むしろ、満面の笑み、したり顔といった感じで俺を見てくる。
「ズルいとは随分な言いようだな? 何の指標も持たずに、どの指標も使おうとせずに、ただ闇雲に1番や2番と順位付けする方がよっぽどズルいじゃないか」
「そ、そんなことは……」
そう言い返されてしまって、俺は次の言葉が見つからずに目が泳ぎ、口が開けないままに黙り始めてしまった。
司書が笑顔をイタズラっぽいものに変えてきた。
「ははは、すまない、すまない。問い詰めたようになってしまったな。では、私なりの回答を示そう。まず私が思うに、彼女……恋人というものは本来唯一無二の存在なんじゃないか? 少年が二股を許容できなかったように」
恋人が唯一無二の存在。俺は内心で激しく同意した。
「……そうですね」
一緒に遊んで楽しかったり、ちょっとしたことで喧嘩したり、それでもちょっと寂しくなって仲直りしたり、そういう特別な時間を作れる人が恋人という感じがする。友だちとは違う距離感で、すごく近い距離で、だから、気持ちや想いが近く感じるのが恋人なんだと思う。
「そうすると、恋人は友だちと違って、より親しいとかないんじゃないか? というよりも、友だちと既に一線を画している恋人という時点で最上級だと思わないか?」
そういう意味でも、美海も聖納も間違いなく恋人だろう。そこに違いはないと思う。
あれ? ってことは、美海と聖納に違いがない?
「つまり、恋人という最上級で特別な存在の2人に対して、1番とか2番とか決める方が矛盾している、と?」
「細かな表現は置いておくとして、そうだな、少なくとも私はそう思うぞ。順位を決められない、決めつけてはいけないものだとな。まあ、状況が状況だし、1番や2番と決めたくなるのも分かるけどね」
司書の言葉を聞いて、俺は改めて、父さんに言われたことを思い出した。
「……似たようなことを父さんにも言われたんです。美海とは彼女で、聖納とは友だちでいたいって言ったら、『せっかく二人と真剣に交際をしているんだ。最初から決めつけて動くな』って」
「おや、そういう部分に理解のあるお父さんなんだな。2人と真剣に交際、ね」
司書は目を瞑って、父さんの言葉を噛みしめるようにゆっくりと小さく首を縦に振っていた。
「その言葉があって、俺はようやく聖納を彼女と思えるようになった気もします」
「いいことじゃないか。少年のお父さんのその言葉を借りれば、どちらかが1番と最初から決めつけて動くな、かな。まあ、さっき言ったことでもあるけれど」
ふっと、司書が微笑む。
俺は父さんの言葉に司書の言葉が重なったことで、降参とばかりに苦笑いで肩を竦めておどけて見せる。
「……でしょうね」
「そう、少年には特別な存在が2人もいるんだ。そして、その2人とも少年のことを同じく特別だと思っているんだ。まだ時間はあるんだから、そう答えを急ぐものじゃないと思うぞ」
特別な存在。その言葉とともに、司書が改めて、目の前のリストから美海と聖納の名前を交互に指し示していた。
ここでふと、あることが気になり始める。
「美海にもそう言ったんですか?」
「ん?」
「時間があるから急ぐなって。さっきの質問をしてくるってことは、美海に相談されたんでしょう?」
美海の相談内容を聞き出している下世話な質問だと、質問を口から出してしまってから思い始めたものの、今さら言葉が口の中に戻ってくるわけもないので言いきって聞く状態になるしかなかった。
「そうだな。慌てるな、とは言ったな。ただ、不安なことはきちんと少年に伝えた方がいいとも言ったな」
司書もそれに気付いたのだろう。少し考えた後に要点だけを簡潔に伝えてくれたような気がする。
「そのせいで俺が悩んでいる気がしますけど?」
「だから、今、フォローしただろ? それに、美海ちゃんが不安を抱えたまま、少年にひた隠しにした方がいいって思うのか?」
ちょっと意地悪な冗談を言ったつもりが、倍返しぐらいの意地悪な冗談で返ってきてしまう。
……もし、美海が不安を俺に隠してしまうようだったら、俺はいつか自分の意思で離れてしまうかもしれない。
だって、お互いに気持ちを伝え合えない関係なんて……恋人どうしだとなお辛いだろうし。
「そんなわけないですよ。司書さん、ちょっと言い方が……はあ、なんか周りに振り回されっぱなしな気がします」
「はっはっは、振り回されて見えてくるものもあるさ」
振り回されっぱなしだと、全然立ち止まれなくて見えてこない気もするけどな。
「他人事ですね」
「そりゃ、どれだけ近付こうと他人事だからな」
司書が当たり前のようにそう返す。
そりゃそうだ。俺はなんてバカらしいことを言ってしまったのか。
なんだか悩んでいる自分が滑稽に思えてきた。すると不思議なことに悩みも少し軽く感じ始める。
「俺、もう少し肩の力を抜いてみます」
結局、父さんに言われたときと同じく、俺は1番を決めつけないと決めた。
いずれは決まる。だけど、決めようとして決まるものじゃない。
悪い言い方をすれば、時間がいずれ解決策を持ってくるような気分だ。
でも、今はそれしかない。
「そうだな……あっ!」
司書が突然何かを閃いたようだ。
ロクでもないことじゃないといいけど。
「どうしたんですか?」
「いやな、少年でも、1発……いや、2発でどっちも1番だと確実に思える良い方法があると思ってな」
「そんな方法あるんですか? ……って、2発?」
なんか嫌な予感がしてきた。
「あぁ、思いきって3人で仲良くヤ——」
やっぱりかあああああっ!? なんで最後はそっちに持っていくんだよおおおおおっ!?
つうか、2発って、美海と聖納に1発ずつってことかあああああっ!?
「言わせないですけどおおおおおっ!?」
俺はギリギリのところで言葉を遮った。
司書は邪魔されたのにも関わらず、なんだか俺に感心しているような素振りを見せる。
「……さすが、少年。察しがいいな」
「司書さんはオチを下ネタに頼りすぎなんですよ……」
「照れるじゃないか」
何か知らんけど、司書が突如として照れたようなポーズを取る。
「褒めてないんですよ……というか、照れる要素ないですよね……」
俺はがっくりと肩を落としつつも、なんだかんだで心にあったつかえが取れたような気がした。
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