3-Ex1. 9月……今はどっちも1番でいいんじゃないか?(1/2)
オマケ回です!
主人公、金澤 仁志と、司書との小話です。
テンポよく読めると思いますので、楽しんでもらえますと幸いです!
聖納から意味深な話を聞いた日の放課後。
今日は朝も美海や聖納と3人で登校して、帰りも一緒に下校することになっている。最初は「部活があるから遅くなっちゃう」と2人にやんわりと断られたのだけど、どっちにしても最終下校時刻くらいの涼しくなり始めた頃に帰るからと一言伝えたら「それなら一緒に帰りたい!」という旨のお誘いが飛んできた。
聖納の一言で変化が生じ始めていても、今はまだこの3人の関係に亀裂もないことに安堵していて、俺はいつの間にかこの関係がいつまでも続いてほしいという不埒な思いまで抱き始めていた。
「司書さん、こんちは」
俺は勉強をするために図書室へと足を運び、カウンターにいる司書に挨拶をした。
司書は一仕事を終えたのか、小さな溜め息を吐いた後に俺の方を向いて優しく微笑んでくれる。
「おぉ、少年、こんにちは。1人とは珍しい」
「今日は美海も聖納も部活ですから」
「おっと、じゃあ、2人を待っているのか? 両手に花状態で帰るなんて羨ましい人生だな」
「ほんとにそう思っています?」
「ん? 私が花なら……もう片方の手を別の花ごと切り落とすが?」
「急にホラーしないでくださいよ!?」
俺は勉強している人に配慮して極力小さな声で最大限にツッコミを入れる。
「まあまあ、少年の場合は2人の公認だからそんなこともないだろう?」
「いや、そうですけどね」
これくらいの緩いやり取りをできる大人はそういない。
かなり気軽に相談できる雰囲気を出している司書は普通にすごいと思う。
それは俺に限らず、美海も同じようで、割と司書に恋愛相談をしている。
……おかげで俺のことは司書に情報が筒抜けで、故に司書にからかわれる材料と化すわけだが、なんだかんだで司書にからかわれることも嫌じゃなくて放置している。
「あぁ、そうか、まだ暑いからな。夕方くらいに帰る方が少年にとっても都合がいいのか」
「まあ、そういうことですね」
司書は合点がいったようでうんうんと頷き始めた。俺もその頷きに同調するように首を縦に振る。
しばらくしてから司書が作業していた紙の束を手に持って、画鋲の箱と一緒にカウンターの外へと出てくる。
「さて、さっきも配慮してもらったように、殺気立っている3年がいるから静かにな」
殺気立っているは言い過ぎだが、たしかに俺や司書の声がしなくなると代わりにカリカリカリ、シャッシャッシャッ、カチカチカチというシャーペンが出せる音たちが不規則なリズムで大合奏していた。
つまり、図書室では、2学期に入って追い込みの時期になった3年たちによる、問題集や模擬試験にそれぞれ打ち込んでいる音しかしていない。
これは静かにする以外の選択肢などない。
「はい、静かにし……あ、ようやく文化祭のクイズラリーの結果が掲示されるんですね」
ふと、俺は司書の持つ紙をチラ見して、それが文化祭のときに図書室で行われていたクイズラリーの正解者リストだと気付く。正解者リストは2学期の間だけ貼り出されるのだが、俺と美海は想い出作りの一環としてクイズラリーに挑戦して見事に正解したために名前が載ることになっていた。
「あぁ、ようやくだよ。仕事の合間にするから、意外と時間が掛かるんだ」
そうだよな。俺たちにとっては想い出作りだけど、司書にとっては余計な手間の1つでしかないだろう。だけど嫌な顔1つせずに、こうやって丁寧に貼り出すリストの周りを飾るイラストやレイアウトを考えて、楽しい雰囲気の掲示物にしてくれている。
だから、図書室を嬉しそうに利用する生徒は絶えないのだろう。
俺もその一人だ。
「よかったら手伝いますよ」
「ほんとか? 助かるよ」
俺の申し出に司書は変な遠慮をせずにお礼の一言を返してくる。
それから俺と司書は、数枚に分かれている正解者のリストを図書室の外にある掲示板に貼っていく。
総勢100名程度、リストへの掲載希望者の名前がそこそこの大きさで貼り出されるのは思ったよりも迫力がある。
「さて、ありがとう。おかげで早く貼り終えられたよ」
「いえ、大したことはしてないですよ」
「小さいことも気に掛けられる奴の方が何倍も信用できるのさ。ちなみに、ほら、ここに3人ともいるぞ」
「え? 3人?」
俺は司書の指差す紙に目を合わせる。
「少年と美海ちゃん、あと、遅れて数人後の……ほら、ここに聖納ちゃん」
そこには俺と美海の名前があって、その下に何人か挟んで聖納の名前がしっかりと書かれていた。
俺たちが午前中の最後の方にクイズラリーに参加したから、聖納はきっと午前にしていたクラスの仕事を終えてからクイズラリーへ参加したに違いない。
「本当だ。聖納は友だちと来たんですか?」
「いや? 私が覚えている限り1人で黙々と解いていたよ」
「そうですか」
そうか、一人か。聖納にもクラスの友達がいたはずだけど。
「聖納ちゃんもきっと少年とクイズラリーをしたかったんじゃないか? だけど、美海ちゃんにその役を譲ったから、空き時間に後追いで2人の跡を辿るように1人で解いていたんじゃないかな」
「聖納……」
たしかにグループリンクのやり取りを思い出すと、聖納が美海の希望を優先して、残ったものから俺との文化祭デートプランを考えていたな。
あのときは自分が2番目だと、一緒にしたい気持ちを抑えていたんだろうか。
俺や美海にも気を遣って、俺とのクイズラリーを一言も言い出さなかったのだろうか。
そんな聖納の我慢を垣間見えて、俺の胸はぎゅっと何かに掴まれたように苦しさを覚える。もしくは、聖納のその時の気持ちが、俺に重くのしかかってきたようにも思えてくる。
「……美海ちゃんから聞いたぞ。聖納ちゃん、『2番じゃ物足りない』みたいなことを言ったんだろう?」
俺と司書以外に誰もいない図書室の前で、司書は意を決したように訊ねてくる。
いつものへらへらっとしたニヤケ顔なら「からかわないでくださいよ」と一言で済むが、チラッと見た司書の顔は真剣な眼差しでこちらを見ていた。
やっぱり相談していたか。司書はどう答えたんだろうか。
「ええ……まあ……そうですね……」
「少年はどうなんだ?」
「え?」
「今でも美海ちゃんが1番で、聖納ちゃんが2番なのか?」
「ええ……まあ……えっと……」
自分でも分かるくらいに歯切れが悪い回答に、当たり前だが司書は訝し気な表情に変わる。
「おいおい、さっきから歯切れが悪いのは違うって言っているようなもんだぞ?」
俺は改めて考えて……分からなかった。
自分のことが分からなくて、考えたくなかった。
「……正直、分からないんです。俺の中では、二股になってすぐくらいは、美海が彼女で、聖納が女の子の友だちくらいだと思っていたのに」
だから、俺の回答は過去の気持ちの羅列になる。
「そうか。夏にいろいろと経験して、いろいろと知って、聖納ちゃんも彼女だってようやく思い始めたのか?」
俺の気持ちを整理するように司書が聞いてくれる。
「ええ……そうすると、なんだか、曖昧になってしまって……美海が1番だと思っているのに、それだけは自信があったのに、聖納のことも彼女として大切に思えてきて……2人とも1番なんて……最悪ですよね……」
「は? いいじゃないか。だったら、今はどっちも1番でいいんじゃないか?」
司書は納得したように笑った。へらへらした笑いじゃなくて、しっかりとした感じというべきなのか、少なくとも俺をからかうような笑いじゃなかった。
「……え?」
俺は予想外の言葉に目を丸くして、司書をまじまじと見つめてしまった。
ご覧くださりありがとうございました。




