3-4. 9月……まだ私の出る幕じゃないですよ?(2/2)
簡単な人物紹介
金澤 仁志:本作主人公。高身長、顔は普通よりちょい下。
能々市 美海:ヒロインその1。低身長の小動物系女子。栗色の長髪持ち。
津旗 聖納:ヒロインその2。胸部爆盛。黒髪で完全目隠れ、眼鏡あり。せーちゃん。
俺は聖納の言う「まだ出る幕じゃない」を理解できずに思考が停止している。
聖納が「2番じゃ物足りないかも」って言っていたけれど、聖納はまだ何もアクションを取らないってことか? それとも、何か別の意味か?
「え? それって、どういう意味?」
俺が聖納の真意を確認するために再度質問をすると、聖納は口の端を少し上げて嬉しそうな笑みを浮かべる。
「お話をするなら、膝枕なんてどうですか?」
聖納が改めてスカートの端を自分の足の下に敷き直してから、俺に向かって自分の膝に頭を乗せてほしいと提案してくる。
とても魅力的な提案ではある。前にもしてもらったけど、やっぱこう、女の子特有の柔らかさがスカート越しでも分かるし、聖納の場合だとさらにアイマスクとまで言わないけど顔に重量感のある胸がシャツ越しにくっつく。
待て待て、俺は真剣に話をしたいんだ。
「いや、ちゃんと話を聞きたいから」
俺はキリっとした表情で泣く泣く提案を断る。
しかし、聖納は困ったような表情に変えてもなお膝の上を指し示していた。
「仁志くんに膝枕がしたいです」
「えっと……」
マズい。聖納が頑なな無敵モードに入りかけている。
「うぅ……私の膝枕じゃ嫌ですか?」
聖納が困った顔から今にも泣きそうな雰囲気に徐々に移っていく。
いや……その言い方ズルすぎでしょ……嫌なわけないし、むしろ、望むところなんだけど、状況とかさ、いろいろあるじゃん。
「そんなことない。お願いしてもいいか?」
結局、聖納の懇願と己の欲望に負けた。
「はい!」
「それで——」
「あ、ちょっと水筒が、ごめんなさい」
「んぶっ!? んーっ!?」
「あ、ごめんなさい!」
俺が膝枕をしてもらってから、話すために聖納の方を向くと視界がポロシャツの白で覆われていた。
さらには、聖納が物を取るために少しでも屈むと、視界どころか口元まで胸に覆われて危うく窒息しかけた。口元から取り除けばいいわけだが、それだと聖納の胸を鷲掴みすることになるので躊躇いしかない。
ただ、これでは横向きにならないといけないが、それじゃどっちにしても顔を見ようにも見えない。まあ、胸でそもそも見えてないのでやっぱり膝枕をされると話がしづらいよな。
「えーっと……」
「どうしました?」
「えっとだな……聖納の顔がだな、聖納の胸が大きくて見えないんだが」
「顔が見えなくてもお話はできますよね? 仁志くんが好きな私の胸を見ていてください」
たしかに好きだが、今はそういうことじゃなくてだな。
……待てよ? もしかして、顔の傷、自分のコンプレックスを見せないようにしている?
「いや、ちゃんと話をしたいから膝枕を——」
「えいっ♪」
「ぶふっ!」
俺が膝枕をやめようと言いかけたら、聖納が急に自分のポロシャツや肌着の裾を広げて、俺の顔を服の中へと入れ込んだ。
俺の視界には、聖納の日焼けをしていない白い肌と、レースがあしらわれた妖艶さもある花柄の黒っぽいブラが広がる。
わー、すごいエロ……叡智な下着……って、いや、これ、傍目にアウトだよ!
「んふふ……どうしました?」
動こうにも首元にシャツの裾を引っ掛けられて脱出できないし、無理に動こうとすれば聖納の手や太ももを痛めつけてしまうかもしれない。
俺は降参するしかなかった。
「分かった! 膝枕のままでいいから! だから、せめて、シャツはしまってくれ」
「はい♪」
聖納は語尾が嬉しそうだ。多分、なんだかんだで俺が喜びそうなことができていると確信できたのだろう。
いや、ほんとに、人の目がある可能性も気になることも何もなければ、お礼を言いたくなるくらいに嬉しいしかない。
「まったく……聖納はいつも俺の予想を超えてくるよな」
「仁志くんは優しい言い方をしてくれますよね。そういうところも好きです」
俺の言葉選びを聖納は察したようで、顔が見えないけれどきっと微笑んでいる気がした。
「……はぐらかされる前にもう一度聞くぞ?」
「ふふっ、バレちゃいましたか」
聖納はイタズラがバレたようなセリフとともに俺の頭をゆっくりと撫で始めた。
「それくらいお見通しだ。さっきのはどういう意味なんだ?」
何もなければ、太ももの柔らかさと頭を撫でられる快感に身を委ねたいところだが、そういうわけにもいかないので、俺は改めて問いただす。
「意味も何も言葉の通りですよ。まだ私の出る幕じゃない、言い換えると、私の出番はまだ先なんです」
聖納はようやく答えるが、今一つピンと来なかった。
「出番が先?」
「ええ。きっと」
きっと?
「確証はないのか?」
俺の質問にそれまで止まらなかった聖納の手がピタッと止まる。
「私の中ではあります。けど、他の人から見てもそうなのかは分からないです」
その言葉を吐き出すと、聖納は再び俺の頭を撫で始めた。聖納は聖納で、俺のことを膝枕して頭を撫でることで安心感を得ているのかもしれない。
「それは教えてくれるのか?」
「詳しくは内緒です。でも、教えたところで変わらないですし、きっとすぐに知ることになります」
「だったら教えてくれてもいいんじゃないか?」
「ふふっ、ダメですよ。ですけど、ヒントだけあげます」
お互いに顔が見えない。だから推測するしかないけど、聖納はどうやら俺とのこのやり取りを楽しんでいるようだ。
「答えは教えてくれないのか」
「そうですね。では、ヒントです。美海ちゃんってモテますよね」
「そうだな」
「以上です」
え? ヒントって美海がモテるってことだけ?
美海がモテることなんて、今さら言われなくても分かりきっていることだ。今だって、俺と美海と聖納が二股恋愛中だと周りも知っているから、一筋アピールで告白する男子がたまにいるらしい。
まあ、それは目の前にいる聖納の方にも言えるようだが、聖納は男性恐怖症なのでそもそも取り合わないようにしているとのことだ。
「それだけ?」
「はい、それだけ」
「もしかして、美海が俺から離れて、だから、聖納が1番目になるってことか?」
「ふふっ、そういうことです」
そう、それは最初の約束だ。
俺と美海が別れたら、聖納が次の1番目の彼女になる。
それは聖納が自分を「2番目彼女」や「予備彼女」と言っていた当初からの正式な約束事だ。だからこそ、聖納が「2番手で甘んじる」と美海に約束したからこそ、今の二股関係が公認のものになっている。
「だったらあんな言い方をしない方が良かったんじゃないか?」
あの聖納の言い方だと、美海との約束を反故にして、何らかのアクションを仕掛けるようにしか聞こえない。
「私の想いが変わったことを……仁志くんをより好きになったことを、どうしてもあのときに伝えたかったんです。私は1番になりたいけれど、美海ちゃんとの約束もありますから美海ちゃんのいない所で言うのも違う気がして……」
聖納なりの誠実さなのだろう。
だけど、それが美海や俺にとっては脅威になって不安に変わっていた。
「もし聖納の思うアテが外れたら?」
「……いずれ美海ちゃんとの約束を破ることになるかもしれません」
聖納の覚悟したような言葉の重みを俺はひしひしと感じる。
「今一瞬、躊躇ったのは?」
「仁志くんに友だちを裏切るような嫌な女だと思われたくなかったからです」
聖納はいつも真正直だ。嘘で取り繕わない、いや、取り繕えない不器用さがあると思う。
「それでも言ってくれた理由は?」
「仁志くんに嘘をつきたくないですから。仁志くんのことが好きです。この想いは美海ちゃんにも負けません」
「……ありがとう」
俺は改めて宣言されたことに礼を言う以外できなかった。
気持ちに応えることで美海を遠くに感じてしまう気がしたからだ。
……でも、どうして俺は美海にこだわるのだろう。
たしかにかわいいし、愛嬌もあるし、俺のことを好きでいてくれて、俺はそんな美海に癒されることが多い。だけど、どうして、過去を知って守りたくなった聖納と比べても美海に傾くのだろうか。
美海も傷付いた過去を持っているから?
俺はそんなに優しさを安売りする男だっただろうか。
それとも俺自身が気付いていない何かがある?
「もうそろそろお昼休みも終わりますね」
「そうか」
気付けばすっかり話し込んでいてそろそろ予鈴も鳴る頃だと聖納が教えてくれる。
俺は膝枕の安心感からすっかり離れがたくなっていたけれど、聖納まで遅刻させるわけにもいかないので早々に聖納の太ももの感触から離脱した。
「仁志くん」
「ん? んんっ!?」
美海と違って、聖納はキスに同意を求めない。人前ですることはしないが、そうでなければいつでも俺の隙を狙って、キスをねだって唇を重ねてくる。
それでも今日はちょっと長い気がした。
「んっ……ふぅ……私にはこの身体しかないですから……えっ!?」
俺は聖納が俺の右手に気付くよりも早く、聖納の重苦しい前髪を左半分だけさっと払いのける。
ようやく、聖納と目が合った。
額の痛ましい傷もちらりと垣間見える。
「嫌だったらごめんな。だけど、聖納は決して身体だけなんてことはない。聖納は全部が魅力的だよ。俺がそう思っていることだけはちゃんと伝えておきたい」
聖納の顔は傷があっても、いや、傷なんて関係なく綺麗だ。隠された目もキリっとしていて、鼻も口も形が整っているから美人だし、艶やかな目で見つめられたときなんてドキドキしてしまう。
性格だって嫌いじゃない。振り回されて大変な思いをすることもあるけれど、俺のことを考えてくれていて、俺が本当に困ることはしないように気を付けてくれている節がある。本当に嫌がったり、嫌がる素振りを見せたりすれば、きっと止まってくれるだろう。
「もう……仁志くんじゃなかったら許していませんよ? 絶対に人のいる所ではしないでくださいね?」
聖納は俺の手を優しく下ろしてから、ささっと自分の前髪を整える。
俺は自分が咄嗟にしてしまった行動に少しだけ血の気が引いた。
「あ……嫌なことして、ごめん」
「2人きりの時はいいですよ。私のことをもっと知ってほしいですから」
聖納は口元に小さな笑みを浮かべて俺のことを許してくれた。
こうして俺は聖納の真意を確認し、聖納が予想している一波乱に不安を覚えて胸をざわつかせることになった。
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