3-1. 9月……本当に何もないん?(1/2)
これまでのあらすじ。
俺、金澤 仁志は、中学校時代に1度も話したことのなかった同級生で小動物系のかわいい女の子、能々市 美海と、ひょんなことから中3のときに塾の夏期講習で会って少し仲良くなったくらいと思っていた目隠れ眼鏡の爆乳女子の津旗 聖納の2人と公認の彼氏彼女の関係、つまり、二股恋愛をすることになった。
俺は悩みつつも二股関係を続けていて、本人たちの希望とはいえ夏休み中に2人と身体の関係も持ち、二股関係を認めてしまった美海の苦悩や、前髪で隠さざるを得なくなった聖納の辛い過去を知っていく。
そして、夏休みの最後を締めくくる文化祭で聖納に関わる一件があって、それを乗り越えた結果、2番目彼女や予備彼女と自称していた聖納が「2番目じゃ物足りないかも」と美海に宣言してしまうのだった。
夏休み最終週の文化祭が終わって、9月になって、高校1年の2学期も始まった。始業式のあと、早々に実力テストを受けて、翌日の二日目も無事にテスト終了。
すると、10月の中間テストまで一息吐けるはず、なんだが。
俺、金澤 仁志はその一息が溜め息になっていた。
「はあ……」
昼休み。まだ暑いし、まだセミも鳴いているし、日差しがかなりきついから、体育館裏の日陰は風も吹く場所だから涼しくて助かる。
こんな静かな場所でボーっと考えごとをしたかった。
今、俺の頭の中が1番目彼女の能々市 美海と、2番目彼女の津旗 聖納との2人の彼女公認の二股恋愛のことで頭がいっぱいだ。
これがモテていいだろうみたいな呑気な感じの頭お花畑っぽいいっぱい感ならいいんだが、残念ながら俺はどうもそうポジティブにいられないようで、悩む方でいっぱいになっていた。
「しかし、思考停止しているのか、全然考えがまとまらねえ……そもそも丸く収めようってのが無理な話なのか……」
正直、休憩時間に教室にいるのは辛かった。
その主な原因が文化祭での一件だ。文化祭の時に2番目彼女の聖納を他校の生徒から身体を張って守った男として周りからも持て囃される一方で、聖納が「2番目じゃ物足りないかも」と1番目彼女の美海の目の前で言ってしまった。
つまるところ、この二股関係の激化が周囲からの好奇の目に晒されている。
まあ、ちょっと前から聖納のぐいぐい来る感じがあったので、いずれはこうなるんじゃないかという気はしていたけれど……なってしまったものはしかたない。ほとぼりが冷めるまでは落ち着く場所に入り浸るしかないだろう。
「あれ? イチゴなオ・レってこんな味だったっけ?」
だから、俺は昼休みになるとさっさと逃げるようにこの体育館裏で座っている。
しかし、ストローを口に咥えてズズズという音を立てて飲んでいても、大好きなはずの「イチゴなオ・レ」の味も薄くてどこか冷たいようなぬるいような何かが喉を通るくらいにしか感じられないほどにボーっとしすぎてしまう。
どうすればいいんだろうか。
「ひーくん、いま、大丈夫?」
ふと俺を呼ぶ声が微かに聞こえた気がして、俺は声のした方へゆっくりと真横に首を向ける。
そこには、恐る恐るといった感じで俺の顔を覗き込むように、少し前屈みになっている美海がいた。
美海は小学生と間違われるくらいに断トツに小さくて、腰よりちょい上くらいまで伸びている長い栗色の髪の毛やくりくりっとした大きな目と焦げ茶の瞳とかが印象的で、見た目がかわいい小動物的な感じの女の子だ。顔立ちもあどけなくてちょっと幼さも感じさせるけど、ふとした表情とかはどこか大人びているときもある。
今は夏服のポロシャツとスカート、ご自慢の髪をポニーテイルにして、使っていない黒色の髪ゴムバンドを2つほど手首に着けている。
要は一言で言えば、かわいい。学年でもかわいさ上位クラスだろうし、俺と付き合っていると知っていてもなお狙っている男子は多いんじゃないだろうか。
……よく俺なんかと付き合ってくれているよな。
「……美海、俺は大丈夫だよ」
俺はせいいっぱいの笑顔で応える。
美海がそれで安心しているようには見えないので、俺はやっぱり悩みが顔に出るタイプなんだろう。
「ウチがいてもいい?」
美海は迷惑なんじゃないかと俺に気を遣ってくれているようだ。
考えごとはしたいが、だけど、美海が隣にいてくれる方が何倍も嬉しい。
「もちろん。むしろ、隣にいてくれるか?」
「う、うん!」
「どうぞ」
その言葉にようやく美海の顔がパっと明るくなって、スカートをいそいそと整えた後に座り始める。正座を崩したような女の子座りの上にスカートがふわっと広がる感じで、その座り方だとちょっと重心がズレるから俺の方に寄りかかるように密着してくる。
じんわりと夏の暑さと違う熱が美海と触れている方から伝わってきた。俺も美海も半袖だから、触れ合った腕が互いの感触を確かめるようにくっついていてドキドキしてくる。
「あ、ごめん。暑いかな?」
「いや、嬉しい」
なんだったら俺の胡坐の上に乗ってほしいくらいだ。そうしてくれたら、目の前に来るだろう美海の頭をずっと撫でながら喋ったり考えごとしたりする。
「ウチもひーくんとくっついていると安心する」
「俺もそう。美海といると安心するよ」
近すぎるくらいにお互いの顔が近くて、美海のちょっと汗ばんだ顔や赤みがかった頬が目の前に見える。
美海が許してくれるならキスくらいしたいけど、美海の顔が俺の方から前向きの方へと方向を変えてしまったので、俺も美海にならって前の方を向くことにした。
目の前は金網フェンスと、ほとんど人も通らない路地、それと中に人がいるんだかいないんだか分からない民家が居並んでいる。
「…………」
「…………」
いつもなら、美海が楽しそうにお喋りをしてくれる。
あまり話し上手じゃない俺はその美海のしてくれる楽し気なお喋りが好きなのだが、今日はどこか遠慮がちで、まるで隣にいるのが美海じゃないと錯覚するくらいだ。
「ひーくん、あの……さ……」
「ん?」
ようやく美海が口を開くと、俺に何かを言いたげだった。
俺はちらりと美海の方を見るが、美海は目の方を向いたままで話しかけてきていたので、俺もまた前の方を向き直して会話を促すくらいの短い返事をした。
「あれから、せーちゃんとどう?」
まあ、そうだよな。
美海が意を決した上で俺に問いかけたのは聖納のことだ。
「どうも何も、グループリンクでいつも通り楽しくメッセージのやり取りをしているだろう? 聖納も『あのときは気持ちが昂り過ぎて変なことを言ってしまいました』って、美海に謝り倒していたと思うけど?」
スマホでよく使われるコミュニケーションアプリの Link-Ring、通称、「リンク」とか「リンリン」とか呼ばれるアプリのグループチャット機能で、俺と美海と聖納の3人のグループを作っている。
そう、周囲には説明していないからともかくとして、俺と美海と聖納の間では、聖納のあの発言は「なかったことにしてほしい」みたいな感じで聖納からわざわざ当日の夜に連絡が入っていた。
まあ、美海にはそう言ってみるけど、俺もなかったことにすることを納得していないというか、聖納が確実に変わっただろうから悩んでいるわけなのけれど。
「そうやけど、ほら、ウチの知らないところで……何か……あるんかなって……」
まあ、グループリンクがあるなら、個別リンクももちろんある。美海との個別リンクや聖納との個別リンクもちゃんと使っているから、その懸念はあながち間違いじゃない。
たしかに聖納から好き好きメッセージはしょっちゅう送られるけれど、今に始まったことじゃないし、美海とだってそういう甘酸っぱいやり取りをしている。
美海に疑いの目を向けられて、それが痛くもない腹を探られるような感じだからか、なんか美海の聞き方にモヤっとし始めた。
「……特に変わったことないよ。美海が気にするようなことは何も起きていない。聖納も若干遠慮しているのか、2学期入ってからまだ昼休みとかにも2人きりで会ってすらないし」
「ほんと?」
本当のことだ。文化祭の一件からまだ日も浅いし、まだ2学期入ってすぐだから昼休みも数えるくらいしかない。たしかに昼休みは聖納と過ごす回数の方が多かったけど、まだその数回で聖納と昼休みを過ごしていない。
「あぁ、特には——」
「本当に何もないん?」
美海は俺の言葉を遮り、まるで縋るように俺の方へ身体を寄せて、俺の服の裾を離すまいとぎゅっと握り始めた。
ご覧くださりありがとうございました!
ここから第3章の開始になります。
作者からのお願いになりますが、励みになりますので、
・ブックマークに追加
・評価(広告より下にある)☆をポチり
・いいね
・読んでみた感想
などの作者や作品への応援をお気軽にいただけますと、作者はとても喜びます!




