2-21. 6週目……楽しもうね!(1/2)
簡単な人物紹介
金澤 仁志:本作主人公。高身長、顔は普通よりちょい下。
能々市 美海:ヒロインその1。低身長の小動物系女子。栗色の長髪持ち。
津旗 聖納:ヒロインその2。胸部爆盛。黒髪で完全目隠れ、眼鏡あり。せーちゃん。
乃美 梓真:美海の友だち。あーちゃん。
湖松:仁志の友だち。こまっちゃん。
松藤:仁志の友だち。バスケ部。美海と小学校からの知り合い。
文化祭当日。くぐってきたゲートは美海や聖納の入っている美術部が夏休みの部活動の時間を割いて作った努力の結晶だ。風船や鳥、美味しそうな屋台飯、太鼓やフルートなどの楽器、極めつけに楽しそうな制服姿の女子の笑顔、さまざまな絵がアーチ状に散りばめられている。
見たわけじゃないが、完成したときの美海と聖納の笑顔が容易に思い浮かぶ。
「いよいよだ。午前の部の担当は配置についてくれ。残りは自分の担当時間の5分前に来ること! では、各々、文化祭を楽しもう!」
湖松文化祭総指揮官が朝の集合時間にそう言うと、全員が笑顔でそれぞれ動き始めた。なんだかんだで面倒くさがることもあるけど統率力あるんだよな、こまっちゃん。
「さて、行くか」
「デートを楽しみ過ぎて遅刻するなよ? あと、文化祭は保護者や近隣の方はもちろん、他校の生徒も来るからな?」
「了解。礼儀正しくしておくさ。こまっちゃんも楽しんでな」
俺の掛けた言葉に、既に踵を返していたこまっちゃんは背中越しに片手をひょいと上げて俺に軽く手を振った。
こまっちゃん、顔面偏差値が高いから何をしても似合うんだよなあ。
「ひーくん! 楽しもうね!」
「おはよう、美海。そうだな、楽しもうな」
俺が教室から出ると、今か今かと待ち構えていたような美海がとびっきりの笑顔で出迎えてくれた。
かわいい、満点かわいい。いや、満点どころか、120点オーバーでかわいいな。
俺が美海の笑顔でキュンとしていると、美海は待ちきれなさそうに俺の手を取ってぴょんぴょんと跳ね始めた。
「早く! 早く! まずはウチのクラスで写真撮ろ!」
美海に引っ張られて連れられていく先は隣、美海のクラスだった。
「風船のだっけ?」
「そう! 一生懸命、かわいくしたんやから!」
美海曰く、いくつもかわいい映えブースを作ったらしくて、その中でも壁一面に風船が貼りつけてあるブースがお気に入りとのことだった。
俺と美海はさっそく教室の奥の方へと歩いていく。すると、そこには風船でいっぱいの光景が広がっていて、その中にポツンとカメラマンとして美海の親友でもある乃美が突っ立っていた。
「あーちゃん、お願い!」
「任せてくれ」
美海が乃美にそう声を掛けると、乃美がサムズアップとともにニコッと美海に笑顔で応対している。乃美も笑顔でいれば、かなりかわいいのにな。いつもちょっと眉間にシワを寄せているからちょっと怖いんだよなあ。
「カメラマンは乃美なのか」
乃美は俺の方を向くと、笑顔がスッと消えた。
いや、別に、乃美の笑顔を求めていたわけじゃないけど、なんでいきなりそんな無表情になれるの?
「そうだよ。みーちゃんの頼みだしな。スマホはどっちのだ?」
「ウチの! あと、あれも!」
「これな」
美海が乃美に何かを頼んだ。
俺が不思議そうな顔をしていると、乃美がゴソゴソとポケットに手を入れて何かを探し始めて、その何かが見つかったようで美海にその何かを手渡してくる。
「ピンクの風船?」
俺が美海の手に乗っているものを見て思わずそんな言葉が出てきた。
「ふーっ! はい、次、ひーくん」
美海が勢いよく膨らませると、薄かったゴム風船が膨らみ始めて、ハートの形をし始めた。
そのあと、美海が風船の口を手に持ちながら、俺にも手伝ってほしいと言う代わりに俺の前へと風船を突き出してくる。
俺はとっさに風船の口をつまんで受け取ってしまう。
「え、あ、うん」
……これって間接キスだよな。いや、それ以上のことをしているから今さら恥ずかしがるのもなんだけど、やっぱりドキッとするな。
俺は思いきり空気を吹き込んでみる。ピンク色のハートの風船が8割程度まで膨らんで「LOVE」という文字も見えてくる。露骨なまでにハートな風船だなあ。
俺がそう思っていると、美海が俺の手から風船を受け取って最後の一息を風船に送り込むことでぷっくりとしたハートの風船が完成した。
「ふーっ! できた! えへへ、2人で作ったハート」
美海の頬が若干赤みを帯びているのは、空気入れをがんばったからか、自分のセリフに恥ずかしさを覚えたのか、それとも、間接キスを思い出したからか、いずれにしてもはにかむ美海の顔を見ているとドキドキが止まらない。
やっぱり、美海のこと、好きだよな、俺。
「じゃあ、撮るぞ。ほら、ポーズをいくつか取ってくれ」
乃美の合図とともに俺と美海はポーズを取り始める。
「ひーくん、こんな感じ!」
「あ、あぁ」
まずはハートの風船を抱いた美海を俺が後ろから優しく抱きしめた状態で顔を真横まで近付けてパシャリ。
「んふふ、ひーくん、次はこう」
「こ、こうか」
美海の指示で俺は片膝を着いて、ハートの風船を美海にそっと手渡す感じのポーズを取ってパシャリ。
「最後はこれ!」
「こ、これは」
俺は片膝をついたままで、ハート風船を右腕で抱えた美海から差し出された左手の甲にキスをするシーンをパシャリ。
その後も別のポーズで数枚ほど撮り終えた。
「みーちゃんのお姫様はともかく、ぷぷっ……金澤の王子様ポーズは全然似合わねえな」
乃美の笑顔が俺の方に向く。まあ、笑顔って言っても小ばかにした感じの笑い顔なんだがな。
「やかましい。美海がかわいく撮れてればそれでいいの」
俺は今さらながらいくつかやらされた王子様ポーズを思い出して恥ずかしくなりながらも乃美にそう言い返した。
「……へぇ。ま、金澤が割り切れるならいいんじゃね?」
乃美の笑顔が普通の笑顔に戻った気がした。
「あーちゃん、ありがと! 次はせーちゃんのとこ!」
「はいはい。乃美、ありがとな」
「みーちゃんのためだからな。文化祭、楽しんでこい」
「おう」
乃美と別れてから、俺と美海は聖納と松藤のクラスの方へと歩いていった。すると、客引きの女の子の近くで看板を持っていた聖納を見つける。
「いらっしゃいませー、おいでよ、えんにちの森にようこそー」
客引きの女の子の声を聞きながら、俺と美海は隣にいる聖納に話しかけようとする。
「せーちゃん、法被、かわいいね!」
そう、縁日をイメージしているからか、聖納が体操服の上に赤色の派手な法被を着ていた。
それにしても、やっぱり、聖納ってデカいよな。何がとは言わんけど。
「クラスの人が借りられたらしいです。仁志くん、どうでしょうか?」
「すごく似合っているよ」
「嬉しいです……でも、ちょっときつくて、前をひもで縛れなくて」
だよな。法被の腰ひもを縛ったら法被から胸だけこぼれ出そうだもんな。それは激しく叡智な感じなのでやめてもらいたい。男どもの目が絶対釘付けになるから。
「むーっ! 今はウチの時間なの! ひーくんはウチのなの。せーちゃんにデレデレするの禁止!」
「いや、デレデレは……」
「しとったもん!」
何かを感じ取った美海が頬を膨らませながら俺の手を取って腕組みを始めて、それから俺に気付いてほしいかのように不満を口にする。
嫉妬する美海がかわいくてたまらないな。許されるなら頭をポンポンなでなでし続けたい。
「おーい、たっぱのある兄ちゃん、入り口で集まられると商売の邪魔やで」
俺たちに気付いた松藤が軽口ついでに挨拶しに来たようだ。松藤も法被姿が似合っているし、なんなら本当の香具師のようだ。
「商売って……松藤っぽいけど」
そのとき、松藤は何気なく美海の手を取ろうとしたが、一瞬ピクッとしてからそのまま俺の手を取るように切り替えて、俺と美海をまとめて教室内へと連れていく。
躊躇った? 俺の前だから? ってことは、俺のいないところだと、松藤が美海の手を取るくらいはしているってことか?
……なんか、モヤモヤするな。しかし、男の嫉妬はみっともないしな。
「ほら、金澤もののちゃんも楽しんでや。当てるだけでええよ。軽いから真っ直ぐは飛ばんしな」
俺のモヤモヤなんて知るわけもない松藤は、俺と美海にそれぞれ新聞紙を丸めた野球ボール程度の大きさの球を渡してきた。
美海は俺との腕組みをやめて、球当ての球と目線の先にある立札を眺めている。
立札には駄菓子の名前が書いてあるので、当てればそれがもらえる仕組みなのだろう。
「球当てかあ……ウチ、コントロールないからなあ」
美海がちらちらと俺の方を見ている。
勝負か、俺のかっこいいところか。美海の求めているものを考えつつ、俺は後者を選んだ。
「俺が投げて当ててみせるよ」
「ほんと? お願い! あれがいいな」
どうやら本当にコントロールに自信がないようだ。
俺は自分の選択が正解したと確信して、美海の指差す立札を目掛けて思い切り投げる。
「任せてくれ! おらっ!」
しかし、その球はまったく俺の予想していない方へと飛んでいき、隣の輪投げで係をしていた聖納に当たる。
「あたっ……仁志くんの球? 仁志くんだったら、仁志くんのボールが私に当たりましたので、仁志くんには私をプレゼントします!」
うん、輪投げの準備中とさほど変わらない展開になった。まあ、あの時は聖納のほぼほぼギャグみたいなものだが、今回は俺の要因が大きいな。
はしゃいで俺の方へと寄ってくる聖納に美海の顔がちょっとだけ険しくなる。
今は美海との時間だしな。
「それ、先週の準備のときにも似たようなことしたよな? 今は仕事をしてくれ」
「2番目彼女に働かせて、自分は本命彼女と遊ぶんですね……」
「いや、待って!? 人聞き悪すぎない!?」
俺がツッコミを入れると、聖納がチロッと舌を出して笑って戻っていった。
俺とのやり取りを楽しんでくれているようで少しだけ安心した。
しかし、美海の方からは視線をバシバシ感じる。
「ひーくん? ウチと遊んでるのに、なんでせーちゃんをゲットして、楽しくお話をしてるんかなあ?」
俺が聖納をゲットしたわけじゃないし、ゲットしたかったわけでもないのだが、聖納の言葉に美海はすっかりご立腹だ。
でも、いつも、怒られるのは俺なんだよなあ。
「み、美海、いろいろと誤解だから落ち着いて」
俺が美海を宥めていると美海の表情がパっと明るくなった。
「ふふっ……冗談やよ。じゃあ、ウチが投げるね」
よかった。機嫌は思ったより悪くなってなかったようだ。さすが文化祭デートの効果だな。
美海は球当ての立札の方を向き、軽く片足を上げて投げる準備に入る。
それにしても、球当ての投球にしては美海のポーズが本格的すぎる気もするな。
「ああ、美海ってどれくらい——」
ノーコンなんだ? という言葉を俺が放つ前に、美海の放った球が俺の顔の横スレスレを新聞紙でできた球と思えない速度で掠めていった。
これ、あれだ。漫画だと頬に一筋の血が垂れるレベルのあれだ。
「金澤、知らんの? ののちゃん、投げる系は完ぺきなノーコンやけど球威だけは野球部エース並やで、もちろん本気出せばやけど。でも、ほんと、なんで的の方に投げて、反対側と言ってもいいくらいの金澤の方へ来るんやろな」
冷静に言うなよ。
俺ヒヤッとしたんだから。
「あはは……美海、怒っているのかな?」
「……怒ってへんよ? 次は輪投げしよ? 次はせーちゃんに当てたらダメやよ?」
あぁ、訂正。美海はまだちょっと怒っているっぽい。
「はい」
その後、怒っていないと信じたい美海と一緒に輪投げも楽しんでから、聖納と松藤のクラスを出て、2年の行っているお化け屋敷や脱出ゲームの方へと向かった。
ご覧くださりありがとうございました!




