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2-17. 4週目……躊躇いは一切ありません!(2/2)

ちょっとしたあらすじ。

 夏休みも中盤。俺、金澤(かなざわ) 仁志(ひとし)は、父さんからの提案で盆休みに1人暮らしの予行演習ということで留守番を任せられる。もちろん、それは建前で、父さんが気を利かせて? 叡智をする場所を提供してくれたわけだが……。

 それで美海や聖納をそれぞれ呼ぶことになり、まずは火曜に美海とムフフな叡智なことをした。次に、木曜の今日、聖納とすることになったわけだが、朝から聖納に振り回されっぱなしで始まってしまった。

「っあ……何時だ?」


 カーテンの隙間から差し込む光の色で俺はまだ今が夕方前だと知って、具体的な時間を知るためにさっとスマホの時刻表示を覗き込む。


 16時過ぎ、8月だからまだまだ明るい。今からならお互いにシャワーを軽く浴びても、聖納が帰る時間までお釣りが来るくらいの余裕がある。


 と、美海のときとまったく同じ表現ができるほどに同じ状況を迎えたわけだが、違うこともあった。


「ふふふ……まだまだ元気ですね」


「聖納もな」


 俺は聖納のドーピングのせいでまだまだ元気が有り余っていて、なんというか、逆に怖くなるくらいに凡人にすら戻らないんだけど、俺このまま一生サルなんじゃないかってくらいにまだ気持ちが高ぶっている。


 まあ、朝飯だけだったら、そんなでもなかったけど、作ってくれて来た弁当を警戒しながらも食べたら復活どころかパワーアップしてしまった。半分分かっていたことだけれども、それでも、作ってくれたものを食べないわけにもいかないので、うん、警戒の意味はほぼない。


 で、聖納は俺と同じくらいに精力剤か何かを摂取したのかなってくらいに元気いっぱいで、俺の全てを搾り取ろうとする姿がまるでサキュバスか何かかと見間違えそうなくらいに妖艶で性にどん欲な感じだ。


 そんな俺と聖納は今も抱き合って離れていない。聖納は俺の物を優しく掴んで離さない。


「美海ちゃんとできなかったことも私でいっぱいしてくれたみたいですね。さすがに初めてでお尻は無理でしたけど」


 聖納は俺を喜ばすためなら本当にほぼ何でもしてくれた。手や胸はもちろん、口でも何の迷いもなく俺を刺激した。


「そういう比較をするのは好きじゃないし、できたとかできないとかで俺は美海や聖納を見てないよ。それに、聖納だって比べられるのは嫌じゃないのか?」


 比べればいくらだって比べられる。


 だけど、そんな比較に意味はあるのか。


 どちらも俺を好きでいてくれて、初めてをくれて、いっぱい愛してくれている。


 俺ももちろん、それに全力で応えたし、1番だとか2番だとかで力の入れ具合を変えたつもりはない。


 覚悟を決めたなりに全力だ。


「私は別に構いませんよ。それぞれ長所と短所は違うでしょうし、私は私なりに仁志くんに尽くして、もっともっと愛してもらうようにがんばるだけですから」


 2番目という立ち位置で比較されることを(いと)わない聖納の心持ちは、どこか俺への愛情は自分が1番だと自信を持っているようだった。


 なんで、聖納はこんなに俺に尽くしてくれるのだろうか。


「前から聞いてなあなあにされていたけど、今、はっきり聞くぞ? 俺って、聖納にそんな何かをしてやれたとは思わないんだ。どうして、こんなに俺に尽くしてくれるんだ?」


 行為中というか、ピロートーク中というか、いずれにしてもそぐわない話題を俺は聖納にぶつけてみる。


「そう言えば、私の初めてをもらってくれたら、私の秘密を教える約束でしたね」


「まあ、そうかな? 一方的に取り付けられたってのもあるけど」


 聖納が俺を初めて拒絶したあの日、俺に一方的に取り付けてきた約束。


 聖納の秘密を開示するということ。


 聖納は自分の顔を寄せて来て、その約束を果たすために前髪をゆっくりと躊躇いがちに手で払い、今まで見せることのなかった前髪の内側、目から上の部分を俺に見せてきた。


「これ、何か分かりますか?」


 俺は聖納の顔を初めて見た。


 つり目がちの瞳に整った美人の額、正直、割と多くの人が一目惚れをしてもおかしくないほどだ。かわいい美海、きれいな聖納、といった感じで見た目だけで言えば、俺には甲乙つけがたい。


「……えっと、これは何かの傷跡?」


 ふと、その顔に見惚れていると、聖納の額に数本の太い線が長く走っていたことに後から気付く。その太く長い線は何かで深く抉られたような傷跡で、横だけでなく縦にも入っており、こめかみ辺りにまで伸びている線もあった。きっと、聖納の言いたかったことはこれなのだろう。


 聖納の前髪の長さに教師の誰もが指摘しないことも俺の中で合点がいった。女の子のこんな傷跡を無理に晒そうという話にならないだろう。


 そうだよ、女の子の顔に跡の残るほどの切り傷なんて、尋常じゃないことくらい俺でも分かる。


「そうです。今でこそほとんど目立たなくなりましたけど、手術前は皮膚が荒れていて相当悲惨でしたね」


 何があったのか。これでも手術でマシだという聖納の表情は先ほどの叡智のときと変わり果てて沈痛な面持ちだった。


 目や眉が見えると、これほどまでに表情豊かな子だったのかとびっくりした。


「手術?」


「ええ。あ、額より下は元々で整形じゃないですよ? 自分で言うのもなんですけど、普通より綺麗でしょう?」


「あ、あぁ……」


 聖納はイタズラっぽく微笑みながら、自分のこの顔が美容整形ではないと冗談っぽく言っている。


 普通より綺麗なんてもんじゃない。正直、傷跡があったとしても俺には不釣り合いなくらいにレベルが高い。


「そう、傷だけを整形手術で目立たなくしました。中学のときにちょっとだけ仲の良かったはずの同級生の女子に傷付けられました」


「え、仲の良かった同級生に、顔を?」


「そうですよ。ひどいですよね」


 聖納が静かに微笑む。


「……なんで、そんなことに」


 躊躇(ためら)った。聞いていいのかどうか。


 でも、聞くしかなかった。ここで終わらせるには俺も、きっと聖納も消化不良がひどい。


「下らない話ですよ? その女子が好きだった男子に告白されて、嫉妬されちゃいました」


「え? 告白されて嫉妬?」


「ええ。当時の私は全然その男子に興味を持っていなくて、ちょっと話すくらいのクラスメイトのつもりでした。というよりも、その女子の恋を応援するつもりで男子と接していました。その女子はその男子と良い雰囲気でしたから」


「そうだったのか」


「私は興味ないって言ったのですけどね。最後の最後、男子が選んだのはまさかのあまり話していなかった私の方で、大胆にもその女子もいる所で告白されました」


「…………」


 何と言えばいいか分からず、俺は無言で聖納の凛とした瞳を見つめる。


 聖納からすれば、最悪な状況だろう。


 仲の良かった女子を応援していて、興味がなかったけれどフォローとばかりに男子とも適当に話をしていて、そうしたら、自分が告白を受けてしまうような状況。


「もちろん、断りました。でも、その女子はそれさえも気に入らなかったようです。まるで自分が私の格下に思えたのでしょうね。私は苛立ち混じりで接するようになってきたその子の相手にしないようにしていましたが、逆にそれが仇となりました」


「…………」


 俺の喉が自分でも自覚できるくらいに大きく鳴った。


 美海の二股を受けた話もそうだが、聖納のおかしな三角関係の話も、俺からすれば漫画やアニメと同じような非現実的にも聞こえる話だ。


 ……二股している今の俺が言うのもなんだけどな。


「ある日、カッターナイフで襲われました。さすがに目だけは守らなきゃと思い、顔の目から下を覆いましたけど、おかげさまで露出していた額や腕で守りきれなかったこめかみの部分をばっさりと何度も何度も……」


 聖納がここで俺の胸に顔を埋めるように抱きついてきた。


「聖納……」


 俺は静かにゆっくりと彼女の頭を撫でた。胸に少し汗ではない何かが流れてきたのを感じる。きっと聖納の涙だろう。それに気付かないふりをして、ただただ聖納の頭を撫で続けた。


「浅い傷はっ……すぐに見えなく……なりました……でも、でも……深い傷はっ……何度か手術をして……ようやく……ようやく、ここまで見えづらくすることができたんです」


 嗚咽混じりの聖納の言葉が荒い息とともに吐き出されているものの、俺の耳にはその感情の吐露とともにはっきりと聞こえてきた。


「大変だったんだな」


 目立たないよ。


 気にならないよ。


 気にしないでも大丈夫だよ。


 そんな言葉たちが頭を何度もよぎったが、聖納の気持ちを考えなおしたら、いい加減な慰めの言葉を言えるわけもなかった。


 だから、俺は「大変だっただろう」と聖納の苦労や痛みを労うようにその言葉を選んだ。


「ありがとうございます。だいぶ良くなりましたけど、それでも、傷は残っています。女の子の顔に傷なんて、やっぱり辛いんです。それに、私は顔の傷よりも、周りに対する恐怖という傷の方が……心に負った傷の方が大きかった。あと、その男子、私にフラれた後も何度か声を掛けていたのに、気持ち悪い傷ができてからぱったりと声を掛けなくなりました」


 あー……マジかよ、その男子。最悪じゃん。


 辛い時こそ支えてやれよ。


 何度も告白したお前の愛はその程度だったのかよ。


 とはいえ、知らない男子をいきなりコケにするのもなあ……。


「そ、それは傷ついてしまった聖納に負い目があったんじゃ……」


「どうでしょうね……その男子、かなりの面食いだったみたいですし」


「……もうその男子に助け舟はないな」


 俺はその見知らぬ男子を見限った。同類だと思われたくないし。


「ふふっ……それと、前に言いましたよね? 自信がなさそうで、実際はなくしているだけで元々持っていた人は自信が戻ると距離感がおかしかったり雑になったり粗暴になったりと」


「あぁ……聞いたな」


 自信のあるなしの3タイプだっけ。


 元々マイナス、実はプラスだけど一時的にマイナスかゼロ、で、俺が該当するらしいゼロとかニュートラルとかいう3つ。


「まさにそういうタイプでした。その男子はそんなに目立つ方ではなかったのに私と仲良くなったと勝手に思い込んで、私に無闇に雑に近付いてきてその女子を苛立たせていました」


「なるほど」


「その女子は女子でさっきも言いましたけど、心の中で私よりも格上だと思っていたんでしょうね。なのに、勝手に私に格下扱いされたと思って自信を失って、それだけなら別にいいんですが、失った自信を取り戻すために私を傷付けた。自信を取り戻してからもひどかったですね」


「もう、ひどいな、それ」


 もうそれしか感想がない。


 自分を上げないとダメだろうに、人を傷付けて下げることに意味なんてないだろうに、それすら分からなくなるくらいになっていったのだろうか。


「ええ。そんなことがあって、私は一時期誰も信じられなくなりました」


「そうだよな」


「でも、仁志くんに会って、それが一変しました」


「え? 俺?」


 うん? ここで、急に俺?


「中学校とは別の場所を求めて、夏期講習という短い時間の中でしたけど、変わろうとしても変わりきれずに冷たく接していた私に、近付きすぎず離れすぎず、余計な自信も持たず自信も失くさず、話を真摯に聞いてくれて、私の好きなキャラをバカにしなくて、それどころか1つも私のことをバカにすることもしなくて、前髪のことも詮索しなくて、顔のレベルは本当にそんなでもないですけど、でも笑顔が素敵で」


 …………おい。


「うん、なんで、一回落とした? シリアスな状況なのは分かるけど、ツッコミを入れざるを得ないんだが。笑顔が素敵だけで良くないか!? 俺の顔のことは俺が一番知ってるけど!?」


 シリアスな雰囲気に呑まれて聖納の話を聞き入っていたのに、急にツッコミ待ちのようなセリフを言われて張り詰めた空気が切れて、そう反応せざるを得なかった。


 多分、聖納が重くなりすぎたと思って、ワンクッション入れたんだと思いたい。


 うん、じゃないと、俺、聖納の境遇と別のところで泣いちゃうかも。俺、罵倒で幸せになれるタイプじゃないんだよ。


「ふふふ……そういうところですよ。私が愛している仁志くんはそういう人なんです」


「俺は……ったく、このままだと話がズレるな。話を戻すけど、俺のことを買い被り過ぎだ。俺はそんなに善人じゃないし、今、美海が好きで聖納の気持ちにきちんと応えられないような奴だ」


 聖納は首を振って俺の言葉を真っ向から否定した。


「いいえ、私の気持ちに真摯に応えてくれています。美海ちゃんが好きなのに、私のことも愛してくれている。それとも、ただただ私のこの身体目当てで、したら満足してポイ捨てしようとしていて、この傷を見て私のことを嫌いになりましたか?」


 聖納は思ってもいないことを言っているのだろう。半ば俺を試すような口ぶりで後半のセリフを吐いている。


「煽るな、煽るな。そんなわけないだろ。さすがにその言い方は怒るぞ? 俺をなんだと思っているんだ」


「ふふっ……よかった……ちなみに気付いていないみたいですけど、私の身体にアザの跡があるんですよ?」


「え?」


 聖納がくるりと半回転して、俺に背中を見せつけてくる。


「もう、お尻ばっかり見ていましたね? 背中とか、パっと見はたしかに分からないでしょうけど、ちょっと色素沈着していて」


 パっと見では分からないけど、たしかにうっすら色の違う部分がある?


「あ、本当だ、って、尻ばかり見ていたわけじゃないぞ!? そんなに目立ってないから分からなかっただけで……」


「ふふっ、冗談ですよ。これ、カッター事件の後にいろいろあって、いじめにも遭ってしまって、さすがに顔はバレるからって、見えづらい所に。本当、陰湿ですよね」


 さっきの夏期講習の話で俺の優しさに感激したみたいな言い方をしていて、全然ピンと来なかったけど、ここでようやく理解できた。


 そうか。聖納、いじめにも遭っていたのか。だとすれば、たしかに同じ中学の奴らには不信感しかないし、逃げ場を求めて、優しくしてくれる人を求めていてもおかしくない。


 すごい絶妙なタイミングで出会ったのか、俺。とはいえ、そんなに俺は優しくできたのだろうか。


 自分じゃ分からないな。


「聖納、辛かったんだな」


 聖納は再び半回転して俺に抱きついてくる。


「……はい。辛くて、辛くて、中学の時は地獄のようでした。でも、今は仁志くんがいるから、あなたがいるから、まるで天国にいるようです」


 たまたま、俺が聖納の隣で無理なく話しかけただけだったんだけど、それが聖納にとっての救いになったようだ。


「天国って、大げさな……」


 俺は聖納のその言葉に大げさとちょっとからかい気味に言いつつも、一昨日に美海の言っていた言葉が再び腹の中に落ちてくるのを感じた。


 俺に気持ちを救われたこと。


 聖納も守ってあげなきゃいけないこと。


 じゃないと、聖納が壊れてしまうかもしれないこと。


 ここで、ふと、どうして美海がそのことを知っているのかが引っ掛かった。聖納が美海に話した? 俺にはこれだけ引っ張っておいて? どうやら、まだ俺の知らないことがやっぱりありそうだ。


「仁志くん、愛しています。あなたが私を2番目と思っていても。私はあなたを1番に愛しています」


 再びの告白。2番目の彼女、以前に「予備彼女」と言ってのけた聖納の愛の告白。


 夏休み前の告白とは意味も重みも感じ方が天と地ほど変わった。


「聖納……俺は……」


 彩に以前言われた「多分、お兄ちゃんだからこそ、もしかしたら、聖納さんを選ぶかも」という言葉に、今の俺を見透かされているような居心地の悪さも覚えた。


「……いいんです。今はそれ以上言わないでください。今、仁志くんは私に同情しているだけです。私はそうじゃなくて、仁志くんの本当の愛が欲しいんです」


「聖納……」


 本当の愛ってなんだろう。


 愛はどうすれば本物になるのだろうか。


「……なんてね。もう一回だけしましょう? 仁志くんと気持ち良いことがしたいです」


「聖納……あぁ……」


 俺はその聖納の誘いに乗って、せいいっぱいに聖納を鳴かせた。


 その後、シャワーをまさかの2人で一緒に浴びてから、何事もなかったかのように聖納を家まで送り届ける。


 今日のこの一件で、美海を一番に思っていたはずの俺の心はオールを失った小舟のように情けなく美海と聖納の間で揺れていた。

ご覧くださりありがとうございました!

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