1-6. 4月……交換しよ?(2/4)
ちょっとしたあらすじ。
朝に美海と会って、連絡先、スマホアプリのリンクのID交換を提案しようとして、予鈴に阻まれて失敗。だが、まだ諦めていないぞ!
土日に思ったんだ。
あれ? 連絡先を交換してないな、って。俺が言うのはおかしいけれど、ちゃんとした彼氏彼女の関係じゃない……んだけど、友だちでも連絡先を交換する……よな? 俺、今まで女子の連絡先なんて聞いたこともないし、持ったこともないから分からん。
ちなみに、スマホでよく使われるコミュニケーションアプリの Link-Ring、通称、「リンク」とか「リンリン」とか呼ばれるアプリを使おうと思ったわけだ。
とまあ、そんなこんなで、月曜に何の気なしに聞こうと思ってから、意識し過ぎているのか、タイミングが悪く失敗続き。
月曜日の俺をバカにしていた火曜の俺が意気揚々として失敗し、その火曜の俺をバカにしていた水曜の俺も失敗し、今日、木曜の俺は3日分の俺を起床時にバカにしつつ、朝、さっきのタイミングは見事なまでにミスったので、自分のことも先行してバカにしておいた。
で、今日、残るタイミングは昼休みだけだ。業間休みはお互いに体育や音楽なんかの教室移動でのんびり話している時間がないことは先週把握している。さらに、放課後は部活動の体験入部期間ということもあって、場所も帰りの時間もバラバラなので、話すタイミングがない。
「というわけで、昼休みがカギか」
明日の俺にバカにされないように、いい加減、この木曜の俺が決めたいところだ。
「なんのことだ?」
俺の独り言に不意に声が返ってきて、驚いてそちらをバッと向いてみると友人Kがいた。
いたのか、友人K。
「あぁ……悪い、いたのか、友人K」
「はっはっは……相変わらず雑な対応をしてくれるじゃないか。仮に友人Kって思っていても言うとは、さすが金澤だな。ん? 待て! さっきの独り言ということは、さっきまでのオレの話を聞いてないな?」
「……すまん、こまっちゃん。マジで聞いてない」
俺の横にいたのは小学校の時からの腐れ縁……思い出した、湖松だ。
名前はまだない。
……嘘だ。俺が覚えていないだけで、当たり前に名前はあるんだが、本当に下の名前が出てこない。なんだっけな……。いつも「こまっちゃん」って呼ぶから、正直、苗字もすんなり出てこない。だから、友人Kとぼかすこともある。
「……まったく、金澤は昔っから集中すると周りが見えなくなるからな。きっと能々市さんのことだろ? まだ新たな学園生活が1か月も経っていないと言うのに、もう1年生の間じゃ、話題になりっぱなしだぞ?」
こまっちゃんが手をぷらぷらとさせながら、たまにさりげなく指をどこかしらに指し示す。その方向をちらっと見ると、男子なり女子なり、別クラスのやつらも何人か含めて、俺とこまっちゃんの方をちらちらと見ているようだった。
俺と目が合うと、途端にさっと顔を別の方向に向けるのだから、俺たちの方、特に俺を見ていたんだと分かりやすい。
俺なら後から「ん?」って気付いた感じで見つめ返すけどな。
「まあ、美海は小さいけど目立つからな」
俺が美海のことを下の名前で堂々と呼ぶと、こまっちゃんはにやにやと面白いものを見たと言わんばかりの表情でこちらを見てくる。
別に名前で呼んでいることを隠し立てする気もない。だいたい、美海は大声で俺を名前で呼ぶんだから、察するくらいは容易だろうし。
「逆に金澤はかなり地味だけど、身長はでかいからな」
やかましいわ!
「やかましいわ!」
「はっはっはっ……先ほどのお返しだから甘んじて受け入れろ。まあ、それにあれだけ露骨に楽しそうな会話していれば、誰にだって分かるというものだ。能々市さんを狙っていた何人かは特攻する前に玉砕したからな。同中はやっぱずりぃという話になっているぞ」
……そんな美海を振る先輩、すごくない? ものすごい偏見も交えて言っていいなら、サッカー部なのにチャラくない時点ですごいのに。サッカー、バスケはそうじゃないの? 次点で野球が硬派寄りだけどしっかり彼女いる感じ。
完全なる偏見だけど。
今さらながら、先輩の名前が知りたくなってきた。ある意味、先輩がこの繋がりを作ってくれた感あるしな。
「へぇ……って、何人も狙ってたって、どこ情報だよ?」
美海は何人にも告白をされたことがあると言っていたけど、まだ高校生になってからは告白をされていないと言っていたはずだ。そういう意味では「特攻する前に」というこまっちゃんの話は間違っていないだろう。
俺が聞くと、こまっちゃんは使い込んでいる感じがありありと見受けられるスマホを片手にふりふりとシェイクするかのように振っていた。
「おいおい、それまで忘れたか? オレの情報網を舐めないでくれよ」
地獄耳の湖松。中学時代のこまっちゃんのあだ名だ。
「あぁ……こまっちゃんは昔っから情報通だもんな」
こまっちゃんは通話や連絡用の新しいスマホのほか、機種変更前の旧スマホも活用している。指紋認証や顔認証の登録もわざわざ解除した旧スマホにはいろいろな情報が眠っているらしく、6桁の暗証番号でのみ開くように徹底しているらしい。
生体認証を使わないのは、なんでも捕えられたときの対策として、らしいけど、一体どんな情報を握ったら、そんな危ない橋を渡る可能性が出てくるんだよ……。
だが、そのスマホはあくまで補助具であり、目も鼻も耳も利くこまっちゃんは一度見聞きしたことを忘れないと豪語していた。
もちろん、こまっちゃんは新聞部に入る予定らしい。想像通りすぎる気もする。
「まあ、それはともかくだ。能々市さんと仲良くなったのなら、たとえ、朴念仁の金澤であっても浮かれるのもしょうがないけどな」
誰が朴念仁じゃい!
「誰が朴念仁じゃい!」
「そういうところが、だよ。しかし、中学の時、能々市さんとオレらって全然接点なかったと記憶しているのだが、急にどうしたんだ? 情報通のオレでも2人がくっつくなんてこと、未だに信じられんな」
こまっちゃんにそう言われて、俺も正直、心の中で頷くしかなかった。
そもそも、同中で顔くらいは知っていたとはいえ、あそこであんなに話すようなことになるのだろうか。
……分からん。
美海の気持ちも分からないどころか、俺自身の気持ちさえも分からない。
俺は、美海のことをもうとっくに好きな気もする。だけど、恋している、愛している、という感じかと言われると正直分からない。好かれているから好きになっているなんて、なんとなく不誠実な気もする。
だけど、友だちから始めようって言って、キープしている時点でそもそも不誠実じゃないか、俺。
……あー、うだうだしても仕方がない!
「すまん、正直、俺もよく分からん。聞かないでくれるとありがたい。戸惑いっ放しだ。あと、仲良くしてもらっているけど、まだ友だちなんだ」
こまっちゃんは顎に指を添えた後、少し考えるような目つきで俺を見てから、ふと笑みを浮かべながら視線を外した。休憩時間も終わりに近づき、席に戻るつもりなのだろう。と言っても、名前が「か」と「こ」で近いだけあって、俺の席のある列の最後尾にこまっちゃんの席がある。
「そうか。聞かれたくないなら聞くことはしない……数少ない良き理解者、友人だからな」
「あぁ、助かるけど、良き理解者というもったいぶった言い方はやめてくれ」
こういうちょうどよい距離感で接してくれるのもこまっちゃんの良さである。まあ、秘密を握られている奴らからすれば、気が気じゃないだろうけど。
「はっはっは……ところで」
こまっちゃんが去り際に何かを言おうと、俺の注意を自分の方に向けさせてくるのでそれに逆らわずに従った。
「ん?」
「友人として一言言っておくと、昼休み……能々市さん襲うなよ? ここは神聖な学び舎だからな」
んなことするかあああああっ!
「んなことするかあああああっ!」
思わず心の声がそのまま出た。
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