2-12. 3週目……3人で映画見ましょう!(2/3)
簡単な人物紹介
金澤 仁志:本作主人公。高身長、顔は普通よりちょい下。
能々市 美海:ヒロインその1。低身長の小動物系女子。栗色の長髪持ち。
津旗 聖納:ヒロインその2。胸部爆盛。黒髪で完全目隠れ、眼鏡あり。せーちゃん。
周りからの視線が若干気になる。でも周りの視線がこっちに来るのも分かるよ。2人のかわいい女の子が腕組をしてくれているような両手に花状態の俺を見て、「どこのハーレム系主人公だよ」と思って凝視もしたくなるだろうさ。
それに美海も聖納も周りの視線などお構いなしでがっちり俺の腕を掴んで離さないから、余計に気になるに違いない。俺だって他人なら気になる。
ちょっとだけ……いや、かなりの優越感。って、調子に乗るな、俺。別に俺自身がかっこよくなったわけじゃない。
「さて、もうそろそろか」
見る映画は決まっていて、なんとなくのタイムスケジュールも決まっていた。
「楽しみやね」
「楽しみですね」
午前中に美海が選んだ6月くらいに封切りの恋愛系邦画を観て、昼時にご飯にすると混むからそのまま聖納の選んだ毎年のようにある探偵ものの有名アニメーション映画を観る。その後に、遅めのランチも兼ねてカフェで食事もしながら夕方まで話して、帰宅ラッシュが始まる前にバスに乗り込んで帰るという完ぺきな流れだ。
あー、細かいことを言えば、この流れを決める際に俺が1つも発言できていないってことを除けば、本当に完ぺきだ。プランが決まる際、俺のエスコート要素が一切なかった。なんか聞かれたり、決めてほしいって言われたりするのかとも思ったけど、そんなこと一切なかった。
彼氏としてどうなのかとも思ったが、美海や聖納がノリノリでいろいろと話し合っているところに割って入るように参加するのもなんだか水を差すように思い、グループリンクを眺めてほぼほぼ終わってしまった。
だが、現地での対応力。これはスケジュールを決めることのなかった俺がバッチリとエスコートをすることで彼氏としての尊厳を維持する唯一の策だ。
「ところで、チケットは買ったけど、ポップコーンやジュースはどうする?」
昼ご飯を食べない前提だから小腹が空くだろうし、3人でならポップコーンをシェアしてそこまでお腹いっぱいにならないだろう。
そう考えての提案だったが、美海も聖納もあまりピンときていないというかあまり嬉しくなさそうだった。
しまった、チュロスが良かったか?
「ウチは、ポップコーンとかの食べる系はいいかな。あ、でも、ジュースは飲みたいから買うよ!」
「そうですね、私もジュースは飲みたいです」
嘘だろ……聖納さえも食べようとは思わないのか……こほん。良くないよな、そういうのは。ということで、俺は心の中で聖納に謝る。
さて、話を元に戻すと、なるほど、チュロスだったとしてもお気に召さなかったか。でも、喉が渇くと思ったのだろう。ジュースだけは欲しいと2人とも言ってくれた。
今ならまだ売店に列もできていないし、ここはスマートに買いたいところだ。
「じゃあ、ジュースは何がいい? 2人ともおごるよ」
ありったけの笑顔を浮かべて、俺は2人にジュースを奢る意志を見せた。
「ダメやよ!」
「ダメです!」
しかし、俺のその言葉にすぐさま反応して、俺の両耳に2人の慌てたような声がステレオで入ってくる。
ありがとう、ではなく、ダメ。
ダメ? え、ダメなの?
これは予想外の言葉。
「え?」
これほど強めに拒否されるとは思ってもおらず、俺は素っ頓狂な声が出てしまった。
美海も聖納も俺の腕をぎゅっと掴んで俺のことを見上げてくる。
「ひーくんがそう言ってくれるのは嬉しいんやけど、ウチ、ひーくんの負担になりたくないもん」
「私もです。仁志くんはバイトをしているわけじゃないですし、3人とも親からのお小遣いをやりくりしているなら、仁志くんがおごらない方が一緒にたくさん遊べるじゃないですか」
俺はガツンと頭を殴られたような衝撃を受けた。
そうか、奢るのが男の甲斐性かなとか思ったけど、親からもらった小遣いで甲斐性もないよな。それに小遣いをやりくりしているのはお互い様だもんな。
下手なカッコつけして心配させても仕方ないな。
「ありがとう。俺は良い彼女を持って幸せだなって思うよ」
俺が素直にそう伝えると、2人の口元が緩む。
「えへへ」
「うふふ」
しかし、この感謝の気持ちを金銭的なものじゃなくて、何か別の表現で伝えたいな。
そう思って、ふと今の気持ちをそのまま言葉にしてみた。
「だったら、俺ができることは何でもするよ」
2人の雰囲気が変わった。
「本当!?」
「本当ですか!?」
2人はぎゅっと掴んでいたはずの俺の腕をぐいぐいと引っ張ってくる。
なんか圧が強まった?
「あ、うん……」
その圧に文字通り気圧されてボソッと同意の言葉を呟く。
すると、さらに2人の圧が強まったように感じた。
「本当に!?」
「男に二言はないですよね?」
「おいおい、一体何をさせるつもりだよ?」
さすがに怖くなって、俺は2人に若干おどけた感じでそう訊ねてみた。
「…………」
「…………」
うん、無言はダメだろ……何をさせるつもりだよ!?
「黙らないでくれ……」
結局、何をさせるつもりかの回答は得られることなどなく、なあなあに流された挙句、ジュースを買ってスクリーンの方へと向かって行くので諦めざるを得なかった。
裏を返せば、何も言われなかったので、無茶な要求を回避できたとも言えるから安堵も少しだけある。
さて、気を取り直して入ったスクリーンはこの映画館でミドルクラスの広さのようで、後ろの左右が3シートになっていた。俺たちは一番後ろの席を取っていて、当然のように美海と聖納の間に俺が収まるように座る。
周りをちらちら見ると、満員とまでいかず、むしろ、空席の方が目立っていた。
「この映画、2か月くらい前に出たのにまだ上映しているロングランなんやよ。話題になったから、ネタバレを見たり聞いたりとかしないようにするのが大変やったもん」
美海がまだ明るい場内で話しかけてくれる。
まあ、もう2か月経っているなら、客の入りもこれくらいになるのか。
美海はよほど楽しみだったのだろう。分かりやすいくらいに声は活き活きとしているし、目がこれでもかってくらいにキラキラと輝いている。
「へぇ。前から気になっていたって言っていたけど、まだ観てなかったのか?」
「だって、ひーくんと観たいと思ってたんやもん」
かわいい。はなまる満点かわいい。
しかしだな……そんな返しが来るとは思っていなかったので、自分の顔が熱くなるのを感じた。
「ありがとう。楽しみだよ」
俺がそう言ってからジュースを取ろうと手を出すと、美海がおずおずと手を出してきた。
「ねえ、ひーくん、手、繋ご?」
「あ、あぁ……」
美海から願ったり叶ったりの提案をされて嬉しかった。
嬉しいんだが、ジュースを飲もうとした雰囲気を悟られないようにしばらくジュースを見ないようにした。
まあ、ちょっとしたら逆の手で飲むか、と思った矢先、今まで会話に参加していなかった聖納の方からツンツンと腕を突かれている感じがして、聖納の方を振り向くと聖納もまた手を俺の方に向けていた。
「私も仁志くんと手を繋ぎたいです!」
「あ、あぁ、そうだよな」
これで俺がジュースを飲む手はなくなった。
「始まるね」
「始まりますね」
まるで2人の声が始まりの合図になったかのように、場内の明かりが急に暗くなって、別の映画の予告CMが流れ始める。
しばらくして本編が始まると、美海も聖納も俺の手をぎゅっとする。
映画は良くも悪くも王道という感じだった。
ザ・高校生の青春映画という感じで、吹奏楽部のひと夏の恋というベタっちゃベタだ。
まあ、俺が思うのは、主人公の男がいわゆるあまりモテない設定なんだけど、なんでイケメンアイドルを配役しちゃうかなんだよな。
百歩譲って、性格がめちゃくちゃ悪いとかならともかく、黒縁眼鏡に髪ボサボサで陰キャ風にしているだけで性格も真面目なのに非モテとか……非モテを舐めてんのかな。
これでモテないとか嘘だろ。
と、多分普通の楽しみ方と違う楽しみ方をしていると、あっと言う間に物語も中盤に差し掛かっていた。
夏休みの夕方の音楽室。主人公とヒロインが2人きり。
キスしかない。そう思わせるベタな展開。
ふと、美海の方から視線を感じた。
「…………」
無言で、あれだけ観たがっていた映画そっちのけで俺の方を見ている。
まさか、キスをしてほしがっているのか。
映画館でキス? まあ、ラブコメではよくある感じの展開だし……恥ずかしいけど一番後ろの席だし……誰も見てないなら……。
俺が美海の方に顔を近付けようとしたその瞬間、聖納の方からツンツンと腕を突かれる感じがして、不意に聖納の方を向こうとしてしまった。
それが失敗だった。
「ん? んぐっ!?」
俺がスクリーンの方を向いたくらいで、美海とキスをするはずだった俺の唇は、なぜか聖納の柔らかな唇と重なり合った。
聖納の顔の横からちらっと見える映画も、主人公とヒロインのキスシーンだと思っていた。しかし、実際は主人公にちょっかいを出していた別の女の子が主人公とヒロインの前に現れて、雰囲気を全部かっさらった状態でヒロインを差し置いて主人公とキスをしている。
映画の主人公と俺の状況がまさかまさかで被ってしまう。
「!?」
横目に美海を見ると、美海の目が全開だった。怒りとか悲しみとか、そんなことよりも驚きと呆然という感じの表情が薄暗い中でもはっきりと見えてしまった。
俺が聖納の唇を振り切るように首をぶるぶると横に小刻みに震わせると、聖納は満足そうな笑みを浮かべて顔を少しだけ俺から離した。
「んっ……ぷはっ……聖納、いきなりキスなんて」
俺は小さな声で聖納に非難気味の声を上げるが、内心、聖納のキスで頭がいっぱいになっていた。
美海の唇どうしを重ねるだけのかわいらしいキスと違って、聖納のキスは聖納の舌がうねって俺の舌が嬲られるように激しいキスだ。
「んふうっ……ちょっと我慢できなくなっちゃって……」
興奮したまま抑えきれない様子の聖納は舌なめずりをして妖艶さを俺に見せつけてくる。その前髪に隠れた瞳は俺のことをどう見ているのだろうか。それと、美海の方まで見ているのだろうか。見ていたらどういうつもりでこうしたのだろうか。
「むぅ……」
ふと、美海の方から小さな怒りの声というか唸り声が聞こえてくる。
見るのが怖い、見るのが怖い、見るのが怖い。
しかし、俺は意を決して恐る恐る美海の方を向く。
「み、美海?」
「むうううううっ!」
他の人の邪魔にならないように気配りができつつ、しかし、抑えきれない怒りからか小さな唸り声を上げる美海の頬は、もうパンパンに膨れ上がっていて怒りで口の中が満ち満ちているようだった。
これでもうデートが無事に終わる可能性はなくなっただろうなあ。
ご覧くださりありがとうございました!




