2-Ex2. 2週目……洗いざらい話しなさい!
オマケ回です!
主人公、金澤 仁志の両親との家族会議での小話です。
テンポよく読めると思いますので、楽しんでもらえますと幸いです!
居心地が悪い。俺の今の心境はこの一言に尽きる。
普段はくつろいで飯を食っているはずのダイニングテーブルには、俺の居心地の悪さとは真逆に酒とつまみを楽しんでいる父さんと、ほとんどの皿洗いも終わって俺の目の前でこの場を設けた母さんと、後はもう寝るだけの半袖半ズボンというラフな格好をしている俺の3人がいる。
テレビも点いていなければ、1人で勝手にぺちゃくちゃと喋りまくる彩も席を外すように言われてこの部屋にいないため、正直、無音に近くてそれがより居心地の悪さを感じさせる。
そもそも、父さん、我関せずって感じでこの場にいるが、話を聞く気があるのか?
「さあ、私とお父さんに洗いざらい話しなさい!」
始まった。
母さんが俺の方を向いて、若干身体を前のめりにして問いただすような口調で会話を始めた。
「洗いざらいって……悪いことをしているみたいじゃないか。母さん、刑事ドラマが好きだからって、取り調べのシーンの真似をしなくたっていいだろ」
そう。この時間なら普段、母さんはリビングの方で1時間ものか2時間ものかのドラマを見て石像のように動かなくなる。だから、飯も俺と彩と母さんの3人だけでもこの時間までに食べ終わらせる。
父さんは帰ってくるタイミングがまちまちということと、あまり時間のことでがちゃがちゃ言われるのが好きじゃないようで例外扱いだ。
「二股が悪くないって言うの!?」
ぐふっ。
ド直球の言葉はボディブローのように俺の心の中心を抉ってくる。
二股が悪くないなんて思っているわけないだろ……。
だが、実際に二股をしているのが俺なので、そんな言葉を売り言葉に買い言葉で口に出せるわけもない。
「……その回答に黙秘権を行使してもいいか?」
一旦、話したくないということを差し挟んでみる。
もちろん、それが通るならこの場など設けられているはずもない。
だから、ワンテンポ遅らせるためだけの方便だ。
「ふざけてないで話しなさい! ……心配なのよ。あんたが人を傷付けるタイプじゃないって信じているけど、傷付けないように優柔不断になって周りを結果的に傷付けているんじゃないかって」
痛い。
母さんの「心配」って言葉だけでも若干辛いが、俺の美海と聖納の2人を傷付けまいとする気持ちも汲み取った上で間違っているんじゃないかと突きつけてくるその言葉が痛い。
優柔不断。
そうだよな、俺。優柔不断だよな。
「分かったよ。いい機会だから相談させてくれ」
ただ、俺の優柔不断だけで起きたわけじゃない。
今の状況を正確に知っている大人は高校の図書室の司書だけだ。この機会に、親に相談してみるのも悪くないか。まあ、正直、思春期という時期もあってか、こういう家族会議みたいの自体ご免被りたいが、逃げるのも癪だ。
と、後で思い返せば訳が分からないだろうなという心境の中、俺は母さんと父さんの前で4月から始まった美海との出会いや聖納との出会い、今の状況になったきっかけを要点だけ伝えてみる。
親身になって聞いてくれた母さんは一瞬だけ顔を俯かせていたが、すぐに顔を上げて軽い笑い顔で俺を見てくる。
「……そうなのね。美海ちゃんと聖納ちゃんからそう言われているのね」
母さんからの理解は得られたようだ。
一方の父さんはお猪口を片手に酒をくいっと煽るように飲んでいて、始まってから今まで無言を貫き通している。
「あぁ、だが、俺は美海だけとそういう関係でいたい。聖納とは友だちでこれからも仲良くしたい。それってワガママなのかな」
俺は自分が間違っていない確認をしたかった。
俺は優柔不断なりに自分が正しいと誰かに証明されたかった。
美海や聖納じゃ近すぎるし、友だち……こまっちゃんじゃ興味がないことへの明言を避けるし、司書は面白がるだけだろうから、こういう機会がなかった。
俺が母さんの方を見ていると、母さんは首を横に振っていた。
「ワガママじゃないと思うわ。それにしっかりと先を見据えているのね。母さんは安心したわ」
「俺だって、さすがにこれがいいとは思ってない」
母さんが味方をしてくれた感じがした。
俺は少しだけ気持ちが晴れた。すると、重苦しく感じていた無音が雑音のない優しい空間にも感じてくるから不思議だ。
「分かったわ。ねえ、あなた。さっきから話に全然参加していないけど、ちゃんと聞いているの?」
「あぁ」
……優しい空間になったと思っていたが、一瞬で空気が変わった。
父さんはちょっとムッとしている母さんに非難気味の言葉を言われてしまい静かに低い声で返事をした。
それだけだ。
たった一言のそれだけだったが、先ほどの母さんの作ってくれた雰囲気が壊れた気がした。
「だったら、何か言ってちょうだいよ」
「……いいのか?」
なんだ、この同意を求める言い方は。
「いいのかって……ええ、いいわよ。じゃなかったら、あなたのいる前で仁志に話をさせたりなんかしないわ」
俺に分からない何かを母さんは何か察したようで、小さな溜め息の後に父さんに同意した。
「そうか。仁志」
俺に声を掛けた父さんの所作は変わらない。
自分の持つお猪口に酒を注ぎ、くいっと煽り、たまに母さんの作ったつまみを口にする。そのループの中に、俺への話しかけが加わっただけだ。
「なんだよ」
「決めつけるな」
俺が父さんの作る雰囲気に息苦しさを感じて、少しばかりつっけんどんに言葉を言い放つと、すぐさま父さんはたった一言を俺に言い放ち返した。
決めつけるな? 何を?
俺が何を決めつけたって言ってるんだ?
「……はっ?」
「美海ちゃん? も、聖納ちゃん? も俺は知らんが、せっかく二人と真剣に交際をしているんだ。最初から決めつけて動くなって言っているんだよ」
えっと、父さんはじゃあ、二股容認? で、できるんだったら二股続行しろってことか? せっかくってなんだよ。なんて言い草だ。
理解してもらえない怒りが沸々と沸きあがってくる。
いや、違う。
俺は理屈っぽい父さんが母さんと同じように、むしろ、母さん以上に早く今の異常な状態を解消しろと言ってくるとばかり思っていたんだ。
おそらく、それはそれで苦い気持ちになっただろうけど、納得できそうだった。
だけど、父さんの話は違った。
「さっきの話を聞いていたのか? 本来だったら美海とだけ付き合うはずで、でも、聖納もってなって、それで——」
「色気付いた高校生がまるで永遠の愛を誓うかのように言うな」
大人というか親からの冷たい一言。
正直、想像していなかった一言だった。
二股を非難されることくらい分かっていた。だけど、全然違う方向から叱られるのはわけが分からない。
「なっ!?」
「……言い過ぎたな……俺は3人だ」
お猪口の酒を空にした父さんが急に3人と言い出した。
「何がだよ」
「話の流れで察しろ。俺がこれまでに付き合った人数だ。もちろん、母さんが最後だ。だけど、それまでに2人と付き合って、それで別れている」
親の恋愛遍歴なんか知らん。
今までそんなことを話したことないだろ。
それに3人って言葉だけで察せるわけないだろ。
イラっとする父さんの口振りに俺の顔が複雑になっているだろうなって自覚する。
「何が言いたいんだよ」
「高校の時に付き合った女の子といつまでも続くかと思ったが、結局別れた。で、大学でも付き合ったし、同じように思ったが、これも別れた。もう分かると思うが、お前は今高校生だ。美海ちゃんと付き合い続けるかどうか分からんし、もしかしたら、聖納ちゃんの方が実は気が合うってこともあるだろうし、なんだったら2人ともとあっけなく別れて、大学生や社会人になってから付き合ったやつと生涯を伴にする決意をするかもしれないってことだ」
そりゃ漫画のように、高校生で、付き合った1人目で、運命の人を見つけたなんてことはないのかもしれない。
だけど、異性と付き合い始めた自分の子どもに向ける言葉か、それ。
父さんの感情よりも理屈を優先する言い方が炸裂した感じがする。
「それはそうかもしれないけど」
「まあ、なんにせよ、ぜいたくな悩みだな。仁志、お前はまだ悩める時期なんだから、せいいっぱいにぶつかってみて最後の最後まで悩んでみろ。それができるのが子どものうちだってことは後から気付くんだよ」
さっきから重いんだよ、言葉が。
酸いも甘いも嚙み分けた大人の一言って感じがして、反論できる余地も残されないほどの圧倒的な何かを見せつけられて、俺がどう思うかなんて気にした様子もなくて、俺のこのやり場のない怒りかどうかさえも分からなくなった感情はどこに行けばいいんだよ。
「それって子どもに向かって親の言うことか?」
せいいっぱいの反論。いや、反論にもならない言葉。
それに父さんはこの場で初めての笑みを浮かべる。
「いや? あとで母さんにしばかれる前提だ」
「しばかないわよ……」
父さんなりの場の空気を和ませたつもりなのだろう。
母さんはいやいやと首を横に振っている。
「とりあえず、今はすぐに決めるな。もっと時間をかけてみろ。そうすると見えてくるものもあるだろうさ」
「それらしいこと言いやがって」
「それらしいことが言えるようになるのが大人になったってことだ」
「……あぁ、もう、わかったよ」
俺はなんか負けた気がして悔しいが、今日はほぼほぼ負けるつもりでいたから、素直にここで退くことにした。
今今は母さんからも父さんからも間違ったことは言われていないと思う。
でも、それが分かるのももう少ししてからなのだろう。
転ばぬ先の杖なんてないし、周りの人が持っている杖を自分が使えるとも限らないことを示された気分だ。
「母さん、酒を頼む。燗がいいな。天狗踊か菊妃がいいな」
「はいはい。たしか、菊妃が空きそうだったからそっちにするわね」
父さんが空になったのだろう徳利をふりふりと振って、さらには酒を温めてくれと母さんに要求していた。
母さんも父さんの頼みはほとんど断らない。普段は母さんが何かと父さんにあーだこーだと言うのだが、父さんが何かを頼んだり指示したりしたときは母さんが反論もせずに従うってのは役割が明確なのだろうなと思う。
母さんが父さんから徳利を受け取って席を外すと父さんがずいっと俺の方に顔を近付けた。
「仁志、ところで」
「な、なんだよ」
父さんが急に顔を近付けてきたのが母さんに内緒話をしようってことだとは思わず、父さんの小声に思わず引き気味になってしまう。
「美海ちゃんも聖納ちゃんもかわいいのか? 写真ないのか?」
「は?」
さっきまでそれらしいことを言ってきていたのに、急に彼女を見せろとか言ってきたぞ?
「義理の娘になるかもしれないんだろ? 見てみたいじゃないか」
いや、さっきの言葉よ。
「いや、さっき、2人ともと別れるかもって」
「それはそれ、これはこれだ。見せてくれ」
なんでさっきの言葉より圧が強いんだよ。
見たくなり過ぎて圧が強いんだよ。
「息子の彼女を見てどうすんだよ」
「いいから、いいから」
圧に負けた俺はスマホを手に取って、俺と美海と聖納の3人で撮った写真をすっと父さんに見せた。
「……ほら」
父さんの目が丸くなった。
「でっっっっっ!? どっちがこの大人しそうな娘さんなんだ?」
おい、写真とはいえ、聖納の胸を絶対に凝視しているだろ。
人の彼女になんて目をしやがる。
「聖納だけど」
「そうか。で、こっちのかわいらしいのが美海ちゃんか」
「そうだが」
美海の方にも目を向けて、ふむふむといった様子で凝視している。
まあ、美海も聖納もかわいいから無理ないな。
「……で、もう2人とはヤったのか?」
はあああああっ!? なんてこと聞きやがる!? 絶対に「や」が「ヤ」で意味が叡智なことだろ!?
「はあああああっ!? なんてこと聞きやがる!?」
俺の叫び声はさすがに母さんに聞こえないようにしたつもりだった。
だが、そう甘くなかった。
「そうよねえ」
「あっづ!」
母さんは既に父さんのそばにいて、鍋敷きを父さんの物を乗せやすそうな頭の上に敷いてから、熱々に温めた徳利をその上に載せた。
シューっという音が徳利から聞こえていて、父さんはものすごい形相で熱さに耐えていた。下手に動くと、マジで大惨事になるからな……だけど、よく耐えられるな、鍋敷きがあるとはいえ、髪の毛がないから地肌にほぼ直接だろ。
その後、母さんが徳利と鍋敷きを回収して、ドンと父さんの前に置く。
「お父さんは何を考えているのかしらね、うふふ……お父さん、これから2人きりでお話をしましょうね。しばいてもいいんでしたっけ? あ、仁志はもういいわよ?」
「あ、あぁ……おやすみ」
この場にいたくない。
俺は母さんの申し出に内心感謝して、その場を即座に立ち去った。
その後、父さんがどうなったかは別のお話だ。いや、話さないけど。
ご覧くださりありがとうございました!




