2-10. 2週目……行きましょう!(3/3)
ちょっとしたあらすじ。
夏休み。俺、金澤 仁志は、大人しいかと思えば暴走しやすく、目隠れで眼鏡をしていてさらに爆乳という属性盛り盛りな女の子津旗 聖納を家に招いた。
うっかり彼女が2人であることを家族に言っていなかったため、玄関でひと悶着があったものの何とか説明を後回しの保留にできた。
昼飯を母さんや彩とも一緒にした後、美海のときと違って紅茶とお菓子も部屋に向かうときに持って、俺は聖納とともに自分の部屋に辿り着く。
雨の日だからかエアコンをつけていても湿度がやけに高く感じ、涼しいながらも汗がじわっと滲んでいた。まあ、実際は聖納の彼シャツ姿にドキドキして体が熱くなって汗をかいている可能性もある。
実は聖納に俺の長袖シャツもそうだが、透けないように俺の黒色の肌着も貸している。俺の長袖シャツだけだと確実に見えてはいけない突起が見えてしまうからだ。おかげでシャツ越しに肌色が見えるのは腕くらいになったので、俺の興奮度はかなり低く抑えられている。
「お義母さまも彩さんもとても気さくで話しやすい方ですね」
聖納はニコニコと俺とようやく2人きりになれたのが嬉しそうで、俺の後ろでお菓子を持っていてくれていて、俺がローテーブルに紅茶を置くタイミングで聖納もお菓子をそっと2つに分けて配ってくれる。
暴走さえしなければ周りが見えているというか、こういう細やかな気遣いは美海よりも聖納の方が上手だと思う。
「まあ、話すのは2人とも得意だろうけどな」
自分でそう言ってから、自分で違うと理解していた。
たしかに母さんも彩も話すのは上手いと思うけど、それ以上に聖納が上手い。2番目の彼女という謎のレッテル貼りがあっても、母さんや彩が普通に話せているのは聖納の聴き方や話し方が上手だったからに違いなかった。
自称の男性恐怖症という弱点がなければ、前髪を短くして普通にしていれば、周りの心象は全然違ってくるはずだ。
ともすれば、男からの人気は今よりもかなり高くて、俺なんかに構うわけもなくなるわけだが……。
「仁志くんの彼女が2人だってことにもお話をし始めてからは触れてこなかったですし」
聖納は不意にそのことを俺に投げ込んでくる。
まあ、そうか。聖納からすれば、問いただされても文句の言えないような内容だと確信していたのだろう。それは裏を返せば、問いただされてもきちんと返せる自信が聖納にはあったということでもある。
そうでなければ、わざわざこんな話を俺に振るとは思えない。俺だったら自分が不利になるような内容を蒸し返すようなことなどするわけがない。
「それは後で俺がしっかり説明するってことになっているからな」
俺は聖納の方を向かずにぼそっとそう呟いた。
「そうですか……やっぱり、ご迷惑をおかけしていますね……」
聖納はズルい。ぐいぐいと押し込んで来るかと思えば、急に寂しげで悲しげな表情とともにさっと引いていく。掴み損ねる感じ。そういうギャップに流されやすい俺だと知ってか知らずか、聖納の言動は俺の気を引いてしまう。振り回されて疲れるは疲れるけど、そこまで嫌なわけでも困るわけでもない。
だからこそ、別の意味で困るんだが……。
「いまさらそんなことを言うくらいなら、今からでも友だちとして仲良くするってのも手だぞ」
俺がそんな軽口を言うと、見えないはずの聖納の瞳が動揺しているんじゃないかと思うくらいに、聖納の身体はビクンと跳ねていた。
隣り合って近かった2人は、聖納が近付くことで腕が密着するほどに近くなる。
「……ごめんなさい。私、2番目でもいいので、仁志くんの彼女でいたいんです」
イジワルすぎたか。
懇願するようにすり寄ってきた聖納の顔が近すぎて、俺はわけもなく一旦目線を外す。
「なあ、前からきちんと聞こうと思ったんだけど、どうして俺の彼女でいたいん……んぶっ!?」
一旦外した視線を戻しながら話しかけると、聖納の唇が俺の口を塞ぐようにそっとぶつかってきた。
「くちゅ……ぴちゅ……んふっ……んっ……」
吐息にも喘ぎにも聞こえてくる音。
声にならない声。
身体の柔らかさと温かさを覚えさせる感触。
それ以上に俺の意識を持っていく舌と舌が絡み合う感覚。
短くも長くも感じる時間。
聖納が俺から離れると2人の唇の間に一瞬だけ透明な橋が見えた。
俺は戸惑いボーっとしてしまっていたが、聖納のクスッと微笑む様子にハッとする。
「はっ……いきなりキスかよ!? ってか、俺の質問に——」
俺は言いきる前に聖納に押し倒されかける。いや、聖納がもたれかかってきたのを支えきれなかったとも言える。
聖納が身体をすべて俺に預けるようにもたれかかってきており、俺は肘を床に着いて完全に押し倒されることだけどうにか避けた。
「ねえ、仁志くん……私を抱いてくれますか?」
聖納の舌なめずりを見て、俺の鼓動は早く大きくなる。
聖納がいつの間にかシャツのボタンを上から3つほど外していて、さらに貸したシャツがVネックシャツだからか、聖納の大きな胸の谷間が俺の視界に入り込んでくる。
「抱きしめるじゃないよな?」
いまさら分かっていることを聞いてみる。
聖納もそれが分かっているのか、やり取りを楽しむように首をゆっくりと横に振った。
「ええ、抱きしめるじゃないです。抱いてほしいです。それとももっと直接的な表現の方が興奮しますか? もしくは、行動で示したら仁志くんでも我慢できなくなりますか?」
目が隠れていて見えないとはいえ、見つめ続けるのは恥ずかしくなって俺が視線を逸らすと、不意に聖納が借りていたはずの母さんのスウェット下がテーブルの陰でくたっとなって横たわっていた。
まさか……下に……何も穿いてない?
マズい。俺も着替えて、部屋着の半ズボンなんだよな。つまり、ジーンズほどアレ、俺の分身への拘束力がない。っていうか、俺の分身が普通に聖納の太ももかどこかに当たっている。
聖納もそれに気付いて誘ってきている気がするし、少し身体をくねらせているようにも見えてくる。
「聖納、先に言ったはずだ。美海とできていないから、聖納ともできない。それは美海と聖納の約束のはずだが?」
俺の言葉に、聖納は……笑った。
「ふふふ、そう。仁志くんの約束じゃないのだから、私が美海ちゃんとの約束を破るだけ」
聖納がとんでもないことを口にする。
俺は驚きが隠せず、おそらく、間抜けな顔を聖納に晒しているだろう。
少しの間が空いてから、俺はようやく会話が自分の番だと思い出す。
「……そういうことじゃないだろ」
「仁志くんは悪くない」
やっぱり気付いているのか、聖納がそう言いながら自分の太ももを俺に艶めかしくこすりつけてきている。
本能に抗っている俺の身にもなってくれ。
「っ……そういうことじゃない」
「私が悪いだけ」
聖納の細くて長くて柔らかな指先が俺の身体を衣服越しになぞってくる。
多少のぎこちなさが不慣れな感じと一生懸命さを感じさせて、よけいにポイントが高い。
「そういうことじゃない」
「美海ちゃんに内緒にすればバレませんよ?」
脳内悪魔の囁きが小悪魔レベルだとすれば、この聖納の囁きは大魔王クラスだ。
内緒にすればたしかにバレないだろう。だけど、そんな不誠実なことをするなんてありえない。大切な人を傷付けてまで、俺は自分の欲望に身を任せるなんてことをしたくない。
「そういうことじゃない」
「私が嫌いですか?」
「そういうことじゃない!」
俺を困らせるためだけの聖納の問いに、俺は思わず語気が強まってしまう。
さすがの聖納も言葉に詰まったようで、少しばかりの沈黙が訪れる。
沈黙は沈黙で辛い。脳が五感に集中してしまう。聖納の素足が俺の足に絡んでいることにも気付き始めたし、聖納の胸が柔らかく俺の身体に押しつけられていることにも気付き始めた。
「……じゃあ、なんで?」
聖納は平常心を取り戻し始めて、ようやく小さな声を絞り出した。
どうしたのか、やけにぐいぐいと来るな……。たまに思いきり引いてくるかと思えばこうなるのか。
「まず、俺は美海も好きだし、聖納も好きだ。1番目とか2番目とか関係なく、俺は嫌いな女の子を彼女にしたいと思わない」
二股は解消しなければならないと思っているけれど、それはそれとして、俺は美海も聖納も好きだ。まあ、もちろん、聖納の場合、友だちとしての好きって方が強いけど、彼女だから彼女としても好きな部分がある。
「ありがとうございます」
「あと、美海と聖納の約束だけど、俺は俺の約束だとも思っているし、聖納を約束破りの嘘吐きにしたくないし、美海を悲しませたくない」
「ふふふ」
聖納が再び笑う。ただし、どちらかというと、今聖納が俺に見せている笑顔は答え合わせで正解していてホッとしているような安堵感の強い笑みだった。
「……なんだ?」
「私が仁志くんの彼女でいたい理由は今ので全てですよ」
「どういうことだ」
「仁志くんは、美海ちゃんはもちろんですが、私のことも好きになって大事にしてくれる。仁志くんは誠実ですし、正直ですし、本当にダメなところでは流されない強さも素敵です」
「ありがと……って、俺を試したのか?」
聖納の言葉の1つ1つを理解しようとした結果、思わずこの言葉が口からこぼれた。
正直、こういう笑えない試され方をするのは好きじゃない。
「いえ。抱いてほしいのは試したわけではなく本心です。美海ちゃんに悪いとは思いますけど」
多分、答えになっていない。けれど、言及する気にもなれない。
「聖納の気持ちは嬉しいけど、やっぱり、約束は約束だし、俺の本心も言えば、美海が最初じゃないと俺は自分を許せなくなる。それに聖納だって、俺が簡単に約束を破るような男だと、好きだとしても付き合っているとしても不安になるんじゃないか? この嘘吐きの浮気野郎ってね」
俺は聖納と距離感を出すためにその言葉で牽制する。
正直、もう1回、聖納からアプローチされたら我慢できる自信がない。いつまでも静まらない俺の分身はそれを物語っている。
「ふふふ……そうですか。たしかに、仁志くんの言うとおりかもしれませんね。その答えが聞けてもっと安心しました。私、やっぱり、仁志くんが好きです」
「ありがとう」
「それと……仁志くんは女性に対して自信がないからとても落ち着きますし、それが私は好きなのかもしれません」
聖納のふっと漏らすように出てきた言葉。
俺は聖納から聞く初めての言葉に本心を感じた。
この糸口を見逃すわけにはいかない。
「じしん? じしんって、自分を信じる方か? それとも自分自身の方か?」
どっちにしても、あんまりイメージ良くないけど。
「んふふ……信じる方ですよ」
聖納がはにかむ。
「女性に対して自信がない男が好きって、自信がない奴なんてたくさんいるだろ?」
俺がそう訊ねると、聖納は右手の人差し指を口元に当てつつ困ったような表情を見せてくる。
もしかして、核心に近付いている?
「いえ、仁志くんのタイプの自信がない男の人はあまりいないと思いますよ」
「どういうことだ?」
「私から見て、という話になりますけど、自信がない人はそうですね……3タイプいます」
「3タイプ?」
俺はあまりピンとこないけれど、聞き返してみると聖納がうんうんと頷いている。
「1つ目は自信がマイナス……つまり、女性に対して忌避感や恐怖、怯えるように消極的な人です。私から見てですが、こういう人は決して心を開いてくれません。いつまでも疎遠な感じなのです。別に私も関わりたいわけじゃないのでいいのですけれど」
「なるほど」
女の子に忌避感や恐怖のある男は全員自信がマイナスなわけじゃなさそうだが、と思いつつ、逆ならまあ、自信がないからよそよそしくなると言われれば、そうなのかもしれないなとは思う。
「2つ目は自信が本当はプラスだけど、何かの拍子でゼロかマイナスの人になっていて、見かけだけ自信がない人です。こういう人は、自信が戻ってくると距離感がおかしくなったり、女性に対して雑になったり粗暴になったりします。接すれば接するほど疲れたり心が痛くなったりする感じなのです。この場合、女の子でも大概ひどいですけどね……」
それはなんか分かる気がする。
警戒心が強いタイプというか、距離感が掴めないタイプだな。
それと今、聖納の最後の言葉に重みを感じた。何か過去にあったのだろうか。ただ、それを今聞くのはなんとなく憚られた。俺さえまだ教えてもらえていないその重たい前髪に隠れた聖納の秘密に関係がありそうだと思ったからだ。
「まあ、好かれたと思って急に遠慮しなくなったり横暴になったりする奴はいるよな」
特に好かれていると思ったら遠慮がなくなって雑になるタイプは俺でも面倒だと感じてしまう。それでいて、疎遠になると勝手に怒ってくるような感じだしな、そういうのって。
「ええ。そして、最後は自信が本当の意味でゼロ……つまり、フラットやニュートラルという感じの人です。仁志くんのように女性を本当の意味で対等に考えてくれる人で、ある意味、異性というよりも一個人として見てくれて、私が私らしくいられる、私が私らしくいても許されている気がするんです」
実際俺はそういう風なんだろうけど、そこまで高評価をもらえるとは思わなかった。
それにフラットやニュートラルってある意味、はっきりとした特別感がないってことだけどいいのか?
まあ、そりゃ、美海や聖納とほかの女子だったら、いくら公平にと思っても、美海や聖納を優先はするが……。
「そこまで高評価をもらえると思わなかったな」
「だから、私は仁志くんが好きです。2番目ですけど、好きの気持ちは美海ちゃんにも負けません」
ひとまず、聖納のお眼鏡に適ったということなのだろう。
ほかにそういう男がいて、聖納の心を射止めればいいわけだが。
今、多くを望むのは難しいな。
「聖納の気持ちは嬉しいよ。だけど、今日は抱かない。だけど、一昨日に美海としたことならできる」
これが俺のできる最大限の譲歩だった。
「ふふふ、楽しみです。お願いできますか?」
「あぁ……」
この後、俺は聖納に対して美海にしたように、キスをしたり、服越しに身体を触ったり、真面目に勉強したりして無事に一線を越えることなく夕方を迎えることができた。
夕方には雨もすっかり止んで夕焼けが眩しく、聖納の衣服も着られる程度に乾いていた。乾燥機が使えないものが多かったようで、母さんが扇風機でガンガンに風を送ってなんとかしたようだ。こっち見るなって言われたからブラジャーとか吊るしていたんだろうなって思う。
最後に聖納を家まで送り届けて聖納とのお家デートは終了した。
ご覧くださりありがとうございました!