2-9. 2週目……行きましょう!(2/3)
簡単な人物紹介
金澤 仁志:本作主人公。高身長、顔は普通よりちょい下。
能々市 美海:ヒロインその1。低身長の小動物系女子。栗色の長髪持ち。
津旗 聖納:ヒロインその2。胸部爆盛。黒髪で完全目隠れ、眼鏡あり。せーちゃん。
俺の家の玄関で固まる3人。俺と、妹の彩と、彼女の聖納。
特に妹の彩は何が起こっているのか分からないといった様子だ。それも無理はないだろう。俺が二股状態って知らなかったから、彼女が来るとなれば、一昨日来た美海が今日もやってくると思うに違いない。俺だって、彩が「彼氏を火曜と木曜に連れてくるね」と言ってきたら、同じ彼氏が2日も来るんだなとしか思わない。
正直、俺もなんと説明していいやらわからない。
「はじめまして。仁志くんの彼女の津旗と申します。妹の彩さんですね?」
その中で、最初に沈黙を破ったのは意外にも聖納だった。
聖納は落ち着きを払った雰囲気で柔らかに口元を綻ばせて、彩に自然な笑顔で自己紹介を始めた。普段は男性恐怖症とかでおどおどしている様子も見せる聖納だが、こういう土壇場での度胸だけなら誰よりも持ち合わせているのかもしれない。
聖納はきちんと「彼女」って言葉を使ったな。
「あ、はい……え? ええっ……えええええっ……ええええええええええっ?」
彩は聖納に訊ねられて、まだわけがわからないといった表情を見せつつも聞かれたことにきちんと答えた。
ただ、彩の中で何か限界があったのか、驚きの叫びを小声で続け、こちらを向いたままゆっくりと後退った後、視界から消えていった。
「お、おい、彩」
「…………」
聖納に対して失礼なんじゃないだろうかと思って、チラッと聖納の方を見る。無言ではあったが、聖納の口元は相変わらず笑っているように見えた。まあ、目や眉が見えないから本当にどういう表情をしているかは分からない部分もあるけど……。
「聖納、す、すまない。彼女が2人いるって言ってなかったから、たぶん、美海が来ると勘違いしたみたいで……」
「そういうことですか。仕方ないですね。仁志くんもご家族には彼女が2人もいるなんて伝えづらいでしょうし」
聖納が口元に手を当てて、面白そうなものを見たような仕草をする。
「あ、あぁ……でも、すまない」
……気まずい。聖納からすれば、いくら2番目とはいえ、美海が来ると間違われていたのは嫌なんじゃないだろうか。って、その原因を作った俺が言うのもなんだけど。
あと、タオルとか持ってきてほしいって伝え忘れたので、早く戻ってきてくれないだろうかと彩に向かって念を込めた。
「お母さん! 大変!」
だが、俺の気持ちは届かず、彩は母さんと話し込み始めた。それも大声で。頼むからもう少し音量を下げてくれ。こっちに聞こえないようにしてくれ。絶対に彩が問題発言するから。
「えー? なーにー? 何が大変なの? もうちょっとで出られるから。それに雨に降られたから、仁志も美海ちゃんも濡れているんじゃないの? タオル出した?」
やはり、母さんは大人だ。状況を理解してくれていて、彩にタオルを出すように促してくれている。
でも、やっぱり、美海が来ると誤解しているようだ。当たり前だけど。
「美海ちゃんじゃない!」
「ええっ!?」
これには母さんも予想外だったようで声のトーンが跳ねあがっている。
「おっきいおっぱいが来た!」
言い方あああああっ!
おっきいおっぱい、って!
もっとこう言い方があるだろおおおおおっ!?
「えええええっ!? 別の人ってこと!?」
そうだけど!
そうなんだけど!
それじゃあ、美海が小さいみたいな感じじゃないか!
意外とあるんだぞ!? って、そうじゃない!
「おおおおおいっ!? こっちに聞こえてるからなあああああっ!? なんかいろいろ失礼だろおおおおおっ!?」
俺の言葉が届いたようで、母さんと彩のやり取りが小さい声か無言かに変わったのか、こちら側はシーンと無音になる。
少しして、聖納が堪えきれなくなったと言わんばかりにくすくすと小さな笑い声を漏らす。
「ふふふ、やっぱり、これは武器ですね」
聖納が自分の胸をツンツンと指差す。
「いや、武器って……それよりも、聖納、すまん」
「いえいえ、気にしていませんから。ところで、仁志くんは大きいのは嫌いですか?」
聖納が濡れた服ごと自分の大きな胸を両腕で少し持ち上げるので、つい俺は強調された胸をまじまじと見てしまったが、すぐに自分がいけないことをしているように思えてきて視線を逸らした。
「いや、まあ、好きだけど……俺は大きいとか小さいとか関係なくて……」
胸が大きいとか胸が小さいとかで、俺は女の子を好きとか嫌いとか判断していない。見た目が大事じゃないってわけでもないけど、やっぱり、最後の決め手は一緒にいて楽しいとかドキドキするとか、そういうことなんじゃないかなって思う。
「仁志……うちの玄関で女の子の胸をガン見して好きって言うのやめてくれるかしら? えっと、はじめまして。こんにちは、仁志の母です」
俺が少し悩み始めると、母さんと彩が玄関までやってきていた。
母さんも美海が来た時と同様に室内着ではあるもののオシャレな感じで登場する。
「はじめまして! お義母さま、私、仁志くんの彼女の津旗聖納と申します」
うん。なんか、母さんの呼び方が義理の義の字が入っていそうな言い回しだ。
母さんもその言い方には少しびっくりしたようだ。一瞬ぎょっとした顔をしてしまうが、再び笑顔に戻って前髪で隠れて見えない聖納の目をじっと見つめるように顔を向けている。
「聖納ちゃん、礼儀正しくてしっかりした子ね。えっと……ところで、聖納ちゃんは美海ちゃんを知っているのかしら?」
気になるのは聖納と美海との関係なのだろう。
「はい。同じ部活のお友だちです。美海ちゃんが仁志くんの1番目の彼女で、私が仁志くんの2番目の彼女なんです!」
笑顔でハキハキと答えられて偉い。
でも、1番目とか2番目とか、聞かれていないことまで答えちゃうのは聖納の暴走モード入りかけかなと心配になってしまう。
「2!? 2人!? 彼女が2人!?」
「2番!? ねえ、仁志? どういうこと?」
母さんと彩は普通に驚いて、若干引き気味かつ蔑みの目まで俺に寄せてくる。
言いたいことは分からんでもないが、家族に向けていい目じゃないよ?
「……気になるのは分かるし、驚くのも分かる。ごめん、彩も驚いたよな。俺も話したいのはやまやまなんだけど、ちょっと事情が込み合っていて……でも、美海も知っていることだから」
「……そうなのね」
「あぁ、これ以上の詳細を話すなら落ち着いて話がしたいし、話も長くなりそうだから後にしてほしい。それよりも濡れた服をどうにかしたいんだ。特に聖納が風邪を引くのは避けたい」
話すと長くなりそうなので、俺は母さんの質問に対して無理やりに打ち切ろうとする。
夏だろうと濡れたままじゃ風邪を引いてしまう。聖納は寒そうな素振りを見せていないけれど、俺でさえ少し肌寒く感じているのだからきっと我慢しているに違いない。
「お義母さま、彩さん、私の伝えたことで戸惑わせて申し訳ない気持ちでいます」
ここで聖納の援護が入る。
彩は話を聞きたそうにしているが、聖納の徐々に小さくなる声を前に好奇心を押し殺すことにしたようだ。
母さんは俺の意図するところを理解してくれたようでちょっとした溜め息を吐いた後にゆっくりと数回頷いていた。
「……分かったわ。彩、タオルを持ってきてちょうだい。綺麗めなのものをお願いね」
「うん、分かった」
彩は母さんの指示に従って、すぐさまタオルを取りに行く。
直後、母さんは聖納を再びじっと見つめる。
俺はそんなに見つめられたら、聖納が委縮するんじゃないかと思ってちらりと横目に聖納を見る。
しかし俺の予想に反して、聖納は特にオドオドとした様子も見せず、むしろ、堂々とした雰囲気を見せていた。ふと視線を母さんに戻してみると、母さんも若干気圧されている感じがした。
「仁志、上の服を貸してあげて。下は私のでどうにかなると思うけど、上は入らないと思うわ」
「分かった」
「着替える場所だけど、聖納ちゃんは彩の部屋に一旦行ってもらえる? 彩が戻ってきたら一緒に行ってもらうから」
「はい、分かりました」
母さんはテキパキといろいろと決めて、これからの動きを伝えてくる。
俺も聖納も異論なく、母さんの指示に従おうと頷く。
「タオル持ってきたよ!」
彩は真新しいふかふかなバスタオルを2枚、ピンク色1枚、灰色1枚を持ってきた。
「ありがとね、彩」
「ありがと、彩」
「ありがとうございます、彩さん」
彩が俺に灰色のタオルを、聖納にピンク色のタオルを渡してくる。肌から冷たい水が拭えるとじわじわっと夏の暑さを身体が思い出してきた。
だけど、服が脱げないので体の芯は温まる気配がない。
「彩、聖納ちゃんを彩の部屋で着替えさせたいから連れて行って。あと、仁志とタイミング見計らって、仁志から着替えの大きめのシャツももらって受け渡してもらえるかしら?」
彩は母さんの指示に大きく肯く。
「うん、いいよ! 津旗さん、こっちです」
「彩さんにも聖納って呼んでもらえると嬉しいです」
「じゃあ、聖納さん、こっちです」
聖納は親しみやすいように彩にそう言ってくれた。
まあ、彩からすれば、呼び捨てにするのは憚られたようでさん付けで通したようだ。
「ありがとうございます。失礼します。すみません、少々はしたないですが、靴下のままでは廊下を濡らしてしまいますので」
聖納は靴を脱いで、申し訳なさそうに靴下を脱ぎ始めた。邪魔にならないようにフレアスカートをすこしたくし上げる仕草を見て、また、普段見ることのない聖納の素足を見て、俺はちょっとドキッとした。
「はしたないなんてことはないわよ。そこまで考えてくれてありがとうね」
「いえ、そう言ってもらえますと安心します」
聖納が靴下を脱ぎ終えると、彩は聖納の手を取って、自分の部屋へと向かって行く。
「仁志……今はごたつくからいいけれど……ちゃんと話しなさいよ? お父さんにも話してもらうからね?」
まさか父さんにも言うのかよ……。父さんは嫌いじゃないが、理屈っぽさが前面に出るので、こういう恋愛的なごたごたを話すとなるとどうしても身構えてしまう。
「マジかよ……分かったよ……」
でも、母さんがそう言うなら仕方ない。
「あと、着替えたら美海ちゃんの時と同じように午前中は一緒にいて話をすること、昼ご飯も一緒にすること。いいわね?」
「分かってる」
むしろ、聖納の場合、昼飯が多分三段重だから母さんや彩もいてくれないと困る気がする。さすがに夫婦の三段重を持ってきてはいないと思うが……三段重1つでも4人で食べるには十分すぎる。
「分かってるって……あんたねえ……二股なんて……美海ちゃんが知ってるって言っていたけど……無理させていないでしょうね? あんなかわいくていい子なのに」
その母さんの何気ない一言に俺は痛みと苛立ちを覚える。
分かっているよ……俺だって……。
二股は良くないし、解消しなければいけないことなんだって分かっている。
それに、これは俺が望んだことじゃない。だけど、これは俺だって説得されて飲み込んだんだ。いまさら非難されたところで被害者面するつもりはない。
はあ……どうしたって痛いところを指摘されるとやっぱり辛い。早くこの関係性をどうにかしないといけないよな。
「さっきも言ったけど、聖納のことは美海も知っている。っていうか、全部、美海も合意の上なんだよ……それも後で話す」
「まったく……わけがわからないわ」
俺もだよ、という言葉を口から放り出すことなく、俺はその言葉に返事することなく自分の部屋に向かった。
その後、大きめの白いワイシャツを彩に手渡して、聖納にそれを着てもらった。
「どうですか?」
「似合っているよ」
俺に似合っていると言われて、彼シャツ萌え袖姿の聖納が嬉しそうにする。
聖納もかわいいな、やっぱり。
つうか、目のやり場に困るくらいにでっかいのが強調されすぎているし、それを凝視しかけようものなら母さんと彩の冷たい視線が即座に飛んでくる。
いや、無理だよ。どうしても目線、そっちに行くし。ちなみにがんばって視線外すと、聖納の着ている灰色の地味なスウェット下が見えることもある。母さんから借りたスウェットだが、まあ、聖納ってお尻も大きいから結構ぴっちりしちゃっているんだよなあ……。
「聖納ちゃん、アルバム見る?」
「はい! ぜひとも!」
「ええ……恥ずかしいんだけどな……」
聖納の格好はともかく、午前中は母さんの言ったとおり、美海のときと同様に4人で過ごす。俺の小さい頃のアルバムは聖納にも抜群に効いたようで、他愛のない話もしながら、少なくとも上辺は楽しくできていた。
「それでね……」
「ええっ? そうなのですか?」
「あー、私も覚えてる! あのときのお兄ちゃんってばね」
「ふむふむ……それは興味深いですね」
「おーい、あんまり恥ずかしい話をしないでくれよ?」
俺はともかく、聖納も母さんも彩も普通に話せるのがすごいなと思う。もちろん、内心は不思議でしょうがないだろうし、何なら彩はチラチラと俺の方を見て、何か言いたげにしていた。それでも問題なんてなかったかのようにこうも話せるのは女性だからだろうかとさえ思ってしまうな。
で、最も懸念していた昼飯のことだが、出てきた三段重は1つで済んだ。よかった。それと聖納の料理は母さんも彩も目を丸くして驚くほどに美味くて太鼓判を押すほどだった。
ご覧くださりありがとうございました!




