2-Ex1. 1週目……片付けなきゃ!
オマケ回です!
主人公、金澤 仁志の家での小話です。
テンポよく読めると思いますので、楽しんでもらえますと幸いです!
日曜日。まだ日差しが部屋に十分すぎるほどに差し込んでくる夕方、まだ昼の熱気を残した外の暑さに負けないように俺の部屋のエアコンがガンガン動いている。
それにも関わらず、俺は汗だくになっている。部屋の片づけをしているからだ。
まあ、初めての彼女が来るのだから、そうなるのも仕方ない。
「ふぅ……ここまでやれればいいか」
その結果、丸々2日掛けて俺は「見せてはいけないものを完全封印」+「ちょっと男子高校生にしてはオシャレな感じ」の2つを達成した。まあ、ちょっと100均で買ったアイテムで雰囲気だけ作っただけとも言えるけど……。
「あれ? お兄ちゃん、部屋すごい変わったね? なんか、無理にオシャレな感じ!」
「無理は余計だな……」
「じゃあ、無駄にオシャレ?」
「無駄は余計にひどくなってるだろ!」
部屋の外、掃除のために開け放っていた扉の奥からひょっこりと顔を出して、さらにニヤニヤとしながら一言も二言も余計な言葉を投げつけてきたのは妹の彩だった。
彩は学年で4つ下の小学校6年生、習い事の水泳のせいか、夏になると少し小麦肌になる。さらに長い髪が嫌いなのか、ショートカットに切り揃えた髪型にするせいで、やんちゃでボーイッシュな感じな見た目にも見えるけど、俺と遺伝子的に違うのかなって思うくらいに我が妹ながらかわいらしい顔立ちをしていて、コミュ力も高く学校でも人気者と母さんから聞いたことがある。
いや、同じ親のはずなんだが……と本気で疑いたくなる。以前、父さんに「お前がうっかりいろいろと置いていった力を全て拾い上げて2人分以上になったのが彩」と言われて「やかましい! 自分だって大概抜け落ちてんだろうが! 今じゃ髪とかも!」と返して取っ組み合いの大喧嘩になったこともある。
「で、なんで、100均のちょっとオシャレアイテムまで買い足して、部屋の模様替えなんて急にしたの? お母さんに何度言われても、受験の時だってオタク臭いままだったのに」
本当に一言余計なんだよな。それさえなければ、完璧な妹なのに。というか、一言余計な割に学校で人気者なのか。それとも、俺にだけ一言多いのか。
まあ、この気兼ねない掛け合いをお互いに楽しんでいる節もある。
「オタク臭いは余計だな……ただ――」
「ねえー、2人ともー、そろそろ降りて来てー。夕ご飯の食器とかー、出してほしいのー」
俺が言いかけた拍子に1階のキッチンから母さんのぽやぽやとしたのんびり声が聞こえる。
「はーい」
「はーい」
「そうだった。お母さんにお兄ちゃん呼んできてって言われて来たんだった」
「それを先に言ってくれ。今のは晩飯の会話でもできただろ」
俺と彩は1階へと降りていく。そこにはキッチンで料理途中の母さんが機敏な動きでサラダ、味噌汁、煮物を作っていた。
母さんは髪の毛が彩同様に短い方で、容姿よりも人当たりが良さそうな印象から人に好かれるタイプである。
しかし、俺も彩も母さんに逆らうことはない。母さんは口調も印象もどこかぽやぽやとしていて、優しさの塊のような雰囲気なのだが、実際は一旦へそを曲げるとテコでも動かなくなるほどにめんど……丁寧に扱わないといけない性格だ。
「お母さん、お兄ちゃんの部屋、すっごくきれいになってたよ!」
「えー、彩が言うほどー? 仁志、すごーい」
彩の言葉に母さんが手放しで俺のことを称賛し始めた。彩と母さんの感覚がだいたい似通っているのか、どっちかが褒めるレベルだと、もう片方もほぼほぼ認めてくる。
「いや、まあ、人が来るし」
「……え?」
先ほどまで俺を嬉しそうに褒めていた母さんの空気がピシッとひんやりしたものへと変わった。母さんは感情の変化が口調に露骨に出てくるから分かりやすいっちゃ分かりやすい。
だけど、あれ? 俺、なんかマズいこと言ったか?
ふと、隣にいた彩の方に視線を送ってみると、彩は「あちゃー」って感じで俺のことを見つめ返していた。
あ、ダメなんだ、俺。
「人が来るって……湖松くんって、名前で言わないってことは別の人ってこと?」
湖松は俺の昔からの親友で、母さんとも彩とも面識がある。容姿は俺よりも遥かに上だが、地獄耳でよく同級生や先輩後輩の弱みを握って来るので、付かず離れず良くも悪くも周りから一線を引かれてしまっているタイプだ。
そんなわけでそういうのが気にならない俺みたいなのと親友になれるわけである。
「そうだけど」
「高校でできた新しいお友だちとか?」
一瞬「友だち」と答えそうになるが、「友だち」と答えると美海と聖納に悪いし、なんか親に嘘を吐いている感じになるなと思い、きちんと打ち明けることにした。
「いや、友だちというか彼女だけど」
「は!? 彼女!?」
「は!? 彼女!?」
母さんと彩がステレオスピーカーのように同時に声が出る。
「ちょ、びっくりするだろ……急に大声でハモるなよ」
「お兄ちゃん、彼女がいるなんて聞いてないよ!」
「言ってないからな……」
聞かれてもないことを言うって、しかも、彼女ができたって妹に言う兄なんているのか?
「言わなかったら分からないでしょ! そもそも、無頓着な仁志に彼女ができるなんて思わないじゃない!」
母さん、言葉のナイフをしまってもらえますか。これでも外ではいろいろなことに気を揉んでいる息子ですよ。
「母さん、それはひどすぎるだろ……」
「それより、彼女さんはいつ来るのよ!? まさか明日じゃないでしょうね!?」
「いや、明日じゃなくて、火曜と木曜だけど? どっちも朝10時くらいに外で待ち合わせてから、俺と一緒に家に来るから10時10分くらいとか」
母さんが目を見開いた。
あ、完全に怒っている。
「火曜の朝って……明日しか片付ける時間がないじゃない! なんで言わないのよ!」
「え、だって、俺の部屋に来るだけだし?」
この俺の発言の直後、母さんの激怒のオーラが俺にも目視できた気がする。
「あのねえ! 家の前! 玄関! 廊下! 階段! 仁志の部屋に入るまでに、これだけの場所を通るのよ!」
母さんがビシビシビシとその場所の方を指し示して、準備をする必要があると俺に説明し始める。
「え、別に、そんな気にしなくても」
「何を言ってんの!? 友だちじゃなくて彼女さんでしょ!? 家が汚くて彼女さんに幻滅されたらどうするの!?」
「そんなことないって」
そもそも美海も聖納もそんなことで幻滅するようなことはないと思うし、俺の部屋がとてつもなく汚いとかならともかく、母さんや彩が意識的に綺麗にしている共有スペースなら大丈夫だろう。
「もう! こっちは仁志が初めて女の子を連れてくるって言っているから心配しているのに! それに、お昼ご飯はどうするの!? 昼前に帰るの? 何か用意した方がいいの? 仁志の部屋で食べるの? ここで食べるの?」
あ、そうか。それはきちんと考えてなかった。美海も聖納も弁当を作って持ってくるって言っていたから、小さい折りたたみ机を出して俺の部屋でいいか。
「えっと、夕方までいる予定だけど、昼飯はなんか弁当を作って持ってきてくれるらしくて……だから部屋で適当でいいかなって」
「彼女さんがお弁当持参なの!? 手料理を彼氏に振る舞うなんて、いじらしくてかわいい子ね。ところで、彼女さん、甘いもの好きなの!? お菓子は買ってあるの!?」
正直、イチャイチャするか、できないなら勉強するくらいしかイメージなかったから、3時のお菓子なんて全然考えてなかったな……。
「えっと……家にある煎餅とかーー」
「っ! 明日、オシャレなお菓子を買ってきなさい!」
俺がすべてを言いきる前に母さんが俺の言葉を遮った。
「お母さん、お兄ちゃんにオシャレなお菓子って言っても分からないと思う」
「分かるわ!」
「じゃあ、お兄ちゃんは何を買ってくるつもり?」
改めて聞かれると言葉に詰まる。
えっと……オシャレなお菓子か。
「……マシュマロとか?」
「バーベキューキャンプで焼いて食べるくらいしかイメージないよ!?」
なんでだよ! マシュマロに謝れ!
「言い過ぎだろ! もっとイメージあるわ!」
「そうね、彩の言うとおりね。仁志、ここは家よ?」
なんで彩の肩を持つんだよ! 「ここは家よ?」じゃないんだよ! マシュマロはオシャレで美味しいだろうが!
「そうね、じゃないんだが!?」
俺の言葉は既に届いておらず、母さんが自分の財布から千円札を2枚取り出して、俺の胸に叩きつけるように渡してくる。
「彼女さんのため、仁志の見栄のため、臨時お小遣いよ! それで火曜と木曜の2日分だからね! あと、無難に、一口チョコとか、クッキー、いえ、フィナンシェやマドレーヌとかの焼き菓子……それとそうだったわ……紅茶のティーバッグも買ってきなさい!」
「え、麦茶じゃダメ?」
「洋菓子なんだから、ダメに決まってるでしょ!」
「洋菓子なんだから、ダメに決まってるでしょ!」
「ええ……麦茶、美味しいじゃん……」
再び母さんと彩のステレオで叱られた上で、お茶のことを思い出したかのように追加で千円を渡されて、お菓子とお茶の軍資金が三千円になった。
さらに、翌日の月曜に買い物へ行こうとすると、「お兄ちゃんのことだから心配」と彩に付き添われて、近所のスーパーにお茶とお菓子を買いに行く羽目になったのだった。
家族からの信用がなさすぎるだろ。
ご覧くださりありがとうございました!




