2-4. 1週目……触らないで!(2/2)
簡単な人物紹介
金澤 仁志:本作主人公。高身長、顔は普通よりちょい下。
能々市 美海:ヒロインその1。低身長の小動物系女子。栗色の長髪持ち。
津旗 聖納:ヒロインその2。胸部爆盛。黒髪で完全目隠れ、眼鏡あり。せーちゃん。
「聖納だよな? ごめん、だーれだをされるまで、いることに気付かなかった」
そう、いつの間にか、俺と美海の近くに聖納がいたようだ。
「ふふふ……当たりです。こっそりと、仁志くんにも美海ちゃんにも気付かれないように近付いたので仕方ないと思います」
こっそりすることを心がけたらまったく気付かれないって忍者か何かかな?
俺はまだ俺の目を塞いでいる聖納の手を触る。聖納の手は美海とちょっと違う柔らかさだけど、どっちともいつまでも触っていたくなるくらいだ。ところどころにあるペンだこみたいに硬いところも美術部の活動をがんばっている感じがして尊敬している。
だんだんと聖納の手の温もりがじんわりと俺の瞼に移っていく。なんだかホッとするんだけど、いつまでもこれじゃ話が進まないからな。
「そろそろ目から外してもいいかな」
なんだかんだやっぱり聖納の方がスキンシップも多めだ。美海が俺と楽しく話して仲良くしているからか、聖納が別のアプローチとしてスキンシップで俺と仲良くしようとしている節がある。まあ、聖納も俺も会話はそこまで得意じゃないからってのもあるだろう。
正直、ドキドキさせられるのは聖納の方が強度も回数も多い。
「はい。仁志くんに手を握られるとドキドキしちゃいますね」
俺はゆっくりと聖納の手を俺の目から外して、恐る恐る聖納の声がする方を向いた。いや、ホラーじゃあるまいし、この言い方はなんだか聖納に悪い気もするが、肝はすっかり冷えてしまったのだから、肝試しみたいな表現になってしまう。
そこには口の端が嬉しそうに緩んでいる聖納が両手を置き場と化している胸の上に置いている。
うん、さらに俺の手を置いても余裕あるな。いや、置かないけど。
聖納は珍しくセミロングの髪を後ろで束ねているようで小さなおさげを作っている。それでも重たそうな前髪は変わらずにまるで盾のようにしっかりと聖納の顔の半分を覆っていた。
「まあ、俺にこういうことをしてくれるのは美海と聖納くらいしか思いつかないし、聖納の声がちゃんと聞こえてきたからな」
どこの世界に無差別で「だーれだ」をする女子がいるだろうか。と考えれば、俺の周りだと美海じゃなければ聖納しかいない。
家だと妹がしてくることもあるけど、ここは学校だ。
「嬉しい……私の声、分かるんですね」
それに、聖納って暴走無敵モードじゃなければ、基本的に落ち着いた美声なんだよな。なんか声を聞くと安心する感じだし、たまに耳がくすぐったくなる感じもする。
おやすみボイスとか吹き込んでもらいたいくらい。今度、頼んでみようかな。
「そりゃ、もちろん。彼女の声だしな」
「私、2番目なのに、嬉しいです……」
「2番目とか関係ないよ」
「……そうですか?」
そう言えば、聖納ってスキンシップが多い割に、こっちからちょっと近づく感じになるとやけに「2番目」を強調して引いていくんだよな。
美海に遠慮している感じか。
それとも……俺に警戒している?
やっぱり、なんか「2番目」って言葉に引っ掛かる。
それが大事なのか? なんでだ? モヤっとするなあ……。
「だーれだ?」
そんなモヤモヤしている時に、後ろから小さい手が俺の目を覆って、天使のような明るくハキハキした声が聞こえてくる。
いいんだけど、まあまあ嬉しいんだけど、さっきまで話をしていたのに分からないことあるか?
美海しかいなくない? 俺の周りで俺に仕掛けるのは美海と聖納しかしないってば。
「美海だな」
俺が美海の名前を言うと、パっと手が離れて、すぐに俺の目の前に美海が姿を現す。イタズラっぽい笑みはどことなく微笑ましい。
「当たり! もちろん、声で分かったんだよね?」
なるほどね。俺が聖納の声を分かるって言ったから、美海もそう言わせたかったわけね。
かわいすぎるだろ。
「もちろん」
「んふふ!」
美海が嬉しそうで何より。
ちなみに、美海の声はおはようボイスにしたい感じ、元気良くて朝から頑張れる感じにしてくれる声だ。美海にも頼んでみようかな。
肩をトントンと叩かれて、ふと、聖納の方を見ると口元が微笑んでいた。
「ところで、美海ちゃんは来週の火曜なんですね? じゃあ、私は来週の木曜日に仁志くんのお家に行ってもいいですか?」
聖納は楽しそうに提案してきた。
……おっと。どこまで聞いていたのか。たしかにいつからいたのか、全然確認していなかったな。でも、これではっきりと、俺と美海が約束を交わした時には聖納が近くにいたと分かる。
美海を快諾したのに、聖納を避けるのはおかしい。
2人とも俺の彼女だしな。
それに、2人ともとすると、もう美海も聖納も俺も了承して決まっているからな。
「えっと……俺はいいけど」
「美海ちゃんの次ですものね」
ってことは……もしかして……2倍買っておいた方がいいか?
意外と金が掛かるんじゃないかと思い始めた。いくらだろう。さすがに今スマホで調べる気にはなれない。
「…………」
ちらっと見た美海の顔が一瞬だけ曇っていたが、すぐにいつもの明るい笑顔を見せる。
だけど、俺にでも分かる。
やっぱ、美海、無理しているよな。
彼氏がほかの女の子とそういうことをするのって……俺が逆の立場なら絶対に嫌だ。
でも、約束を反故にするのも違う。聖納だって、いろいろと考えた上で俺の「2番目の彼女」になっているはずだ。なんでそこまで俺に執着するかはこれから聞くしかない。
覚悟を決めろ、俺。
「そういう約束だからな。でも、俺ん家は日中に母親と妹がいるからな? 美海ともできなかったら、聖納もただ遊びに来るだけになるけどいいのか? ちゃんとしたら伝えるから、できなかった場合にどこか遊びに行くでもいいけど」
というか、正直な話、火曜に美海とできなくて、木曜に聖納とできそうだった場合に聖納から求められたら……俺自身が理性を保って距離を置けるか分からない。
それくらいに聖納が魅力的だってことなんだが、そんなことしたら俺は俺を信じてくれている美海に顔向けできなくなる。
だから、美海とできなかったら、聖納が俺の部屋に入るのは極力避けたかった。
「いえ、木曜はできなくても仁志くんのお家に行きたいです」
うん、そうだよね。聖納ってそういう子だもんね。俺の提案、だいたい聞き入れないもんね。
ほぼ絶対、俺の脳内を見透かして俺がちょっと困る方向に行くよね。
「……分かった。でも、あんまり期待しないでくれよ?」
木曜は聖納に迫らないように、朝から処理しておくか……。
「うふふ……楽しみです」
美海が笑顔のまま微動だにしない横で、聖納が嬉しそうに両手を合わせてぴょこぴょこ動いている。
聖納もかわいいよな。
「まったく……ん? 聖納、前髪にゴミが――」
ふと、俺は聖納の前髪にホコリがくっついていたことに気付く。それで、そのホコリをつまんでしまおうと思って、うっかり聖納の前髪の一部も若干つまんでしまう。
その時だ。
「っ! 触らないで!」
豹変。
突然の大声。
今まで聞いたことのないほどの声量で叫びながら、聖納が俺を力いっぱいに突き飛ばした。
俺は突き飛ばされた拍子で椅子に脚を絡めとられるようにして、そのまま床へと横転するように転ぶ。後頭部から床にぶつからなくて助かったと思うよりも先に、聖納が大声で俺を拒否したことに動揺してしまっていた。
見上げると、聖納はかなり興奮していたのか、「ふーっ、ふーっ」と露骨なほどに息を乱していた。
何があった? いや、俺は分かっているはずだ。
スキンシップで胸が当たったり、手を聖納の太ももにわざと置いたりと叡智な感じのことを厭わなかった聖納が、前髪を少しつままれた……いや、もっと言えば、前髪を持ち上げられそうになった瞬間に激昂した。
俺がまるで盾のようだと思っていた聖納の前髪は、本当に何かを守るための聖納の盾だったようだ。
「えっ……」
俺はまだダメだった。
聖納の名前すら呼べないほどに動揺していた。声にならない声を出して、聖納がまだ怒っていないかだけが気掛かりで全然動けなくなっていた。
「せーちゃん? なんで、ひーくんを突き飛ばしたの?」
俺に駆け寄ってくれた美海が俺の代わりに聖納へと声を掛ける。その様子はおっかなびっくりといった感じで、美海からしてもこんなに興奮して激昂している聖納を見るのは初めてのようだ。
それと、どうやら美海には俺が前髪をつまんでしまったことが見えなかったようでもある。
「……あ……あの、その……ご、ごめんなさい……」
「あ、あぁ……俺は全然……」
息を乱していた聖納がハッとして、俺に申し訳なさそうに手を差し伸べてきた。
もう聖納は怒ってないのだろうか。俺の脳内はそれでいっぱいいっぱいだ。
俺は情けないことにようやく自分の身体の痛みに気付き、じんじんとする膝と腕を聖納や美海に悟られないようにする。差し伸べられた聖納と美海の手を両方とも取って、なんとかよろよろと起き上がるので精一杯だった。
「前髪は触らないでください……」
いつもの落ち着いた声ではなく、今にも泣きそうな声。
不用意に女の子を泣かしそうになるとか最悪だろ……。
俺はすごく悪いことをしてしまった気分で自分が嫌になってくる。
「あ、あぁ……すまない……そこまで嫌だとは思わなくて……」
その言葉に聖納がビクッと反応する。
まずい。また何か地雷を踏んだか?
「ごめんなさい……なんで嫌なのか……隠し事はいけないですよね」
聖納の悲痛な声はか細く、どうにか俺と美海が聞こえるかどうかくらいだった。
「いや、そんなことはないよ。誰だって隠したいことはあるだろ」
俺は同意を求めるように美海の方を向くと、美海も首を縦に振って頷いてくれている。
「……仁志くんが初めてをもらってくれた時に、この長い前髪のお話をさせてください」
「あ、あぁ……いや、別に嫌なら話さなくても……」
「いえ、決めましたから……そうさせてください」
うん、やっぱり、こんな時でも俺の提案はダメっぽい。
別の意味でも悲しくなってくる。
「わかった。聖納がそう言うなら」
「ごめんなさい。こんな私を……嫌いにならないでください」
聖納がひしっと抱きついてくる。
いつものスキンシップとは違う弱々しく、懇願するような、こちらが切なくなるような、もの悲しい身体の触れ合い。
「こんなことで嫌いにならないから」
そう、この程度で嫌いになるくらいなら、強引に二股に持っていかれた時点で嫌いになっているんだよなあ。
それと、とてつもなく不謹慎なんだけど、弱っているように見える今の聖納って、こう守ってやりたくなってくるから、むしろ好きというか、心にグッとくるものがあった。
すると、脇腹にポコポコと軽い振動がやってくる。
美海だ。
美海が俺の脇腹を叩いていた。
「むーっ、ウチのこと忘れて、せーちゃんとだけドラマチックになるの禁止やよ?」
美海が若干空気を読まない言動をしてくれたおかげで、気まずい雰囲気を壊れていく。
助かった。さすが美海。
「そうですよね。私は2番目、予備彼女ですから」
俺はいつもの落ち着いた声に戻った聖納のその言葉を、今後しっかりと理解できるようにしたいと思った。
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