2-2. 1週目……待たせちゃったね!(2/2)
簡単な人物紹介
金澤 仁志:本作主人公。高身長、顔は普通よりちょい下。
能々市 美海:ヒロインその1。低身長の小動物系女子。栗色の長髪持ち。
津旗 聖納:ヒロインその2。胸部爆盛。黒髪で完全目隠れ、眼鏡あり。せーちゃん。
外ではセミがこれでもかと鳴き喚き散らかしているのだが、その一方で俺のいる美術室の中はやけに静かだ。
人はいる。俺、美海、聖納、そして、ほかの美術部員だ。10名ほどいるにも関わらず、誰一人して今声を出そうとしている人はいない。
ついでに言えば、今、俺は動けずにいる。もちろん、聖納に抱きつかれているから自由に動けないこともあるが、美海やほかの美術部員からの視線が俺を硬直させていた。
抱きつかれた際に両腕は巻き込まれなかったので、引き離すこともできるのだが、聖納も恋人だし、突き放すようでそれはそれでちょっと心が痛む。
「ぎゅー」
「んのおっ!?」
聖納がここぞとばかりに思いきり抱きついて、美海がそれを見てすごい声を出した。美海の頭の上に「ガーン」の文字が見えそうなほどに顔が分かりやすく驚愕している。
身長が少し高めの俺から見ると聖納の頭頂部が見えているため、目隠れの目はもちろんのこと、聖納の口元、唯一表情が分かる部分も窺えない。
でも、なんだかそんな仕草もあって、聖納もやっぱりかわいいなって思う。
俺を好きでいてくれる感じがたまらなく愛おしい。
「せ、聖納?」
「んふぅ……もうちょっとだけ元気を分けてください」
聖納が頬ずりをしているのか、眼鏡の固い感触が俺の首よりちょっと下のあたり、ポロシャツのボタンあたりで蠢いている感じがする。そのもう少し下になる腹部のあたりだと明言しないけど、ものすごい弾力のある感触がむにゅむにゅと押しつけられてたっぷり俺の気持ちを刺激していた。
だから、俺はさらにその下、自分の下腹部に意識がいかないようにすることで精いっぱいだ。美海や聖納にならともかく、知らない美術部員たちに大きくしているところなど見られたくもない。
少し意識を外そうと鼻に意識を持っていくと、美術室特有の絵の具や粘土の匂い、室温が若干高いときに出てくる机や椅子の木の匂い、それとまずいな……聖納の匂いなのか、美術室で嗅いだことのない少し甘い感じのする匂いが漂ってきた。その匂いの元は服か、髪か、汗かと余計なことを考えてしまう。
聖納もがんばっていたんだから汗ぐらいかいているだろう。もしかして、汗の臭いを隠すための香水の香りかとも思ったが、香水特有のふわっとした中にあるツンとした感じもないからきっと聖納の体臭なんじゃないだろうか。
うん、なんで俺、こんな真面目に匂いの考察をしているんだ。
変態か。
「すんすん」
そうこう考えている内に、なんか聖納が匂いを嗅いでいる感じで顔を俺の身体にぎゅぎゅっと埋めてくる。
「いや、嗅がないでくれるか」
「んっ……ふぅ……仁志くんのこと、匂いも好きですよ」
うん、聖納も匂いの考察をしていたようだ。
わー、俺と聖納、仲良しだね! じゃあないんだよ!
なんとなく一緒のことを考えていたのは嬉しいけど、そうじゃないんだよ! なんでもう、ちょっと、こう、ときめくようなことで一緒にならないんだよ!
ちょっと色っぽい声を出すのも反則だろ!
「う、ウチも!」
ここでようやく、美海が「負けてたまるか」と言わんばかりの意気込みで若干鼻息を荒くしているような雰囲気のままに俺の方へ近づいてきた。
このタイミングだと美海が俺の匂いを嗅ぎに来たような感じだが……違うよな?
「はい、美海ちゃんと交代します」
聖納は一度頷いて俺からささっと離れる。ここであっさりと明け渡すのが聖納の良さというか、「2番目」と自ら言っている潔さとも言える。
少し経って、美海がじっと見つめてきた。
俺と美海がじぃーっと見つめ合う。
かわいい。
ちょっと汗ばんでいて、既に聖納とは違うちょっと甘い香りが漂っている。先ほどの考察の続きになるが、人は本能的に体臭で遺伝的に自分に合う合わないを判断していると聞いたことがある。つまり、多分、少なくとも俺からすれば、美海も聖納も遺伝的に合っていると思う。
で、聖納も俺の匂いが好きだと言っていたので、マッチング成功だ。
……正直、いっぱいいっぱいで変なことしか考えていない気がする。男らしくないと言えばそうなるが、今までモテていない俺のような奴がこうなったら絶対にそうなるからな。
絶対に、だ。
「えっと……うんと……」
美海は先ほどよりも頬が赤らんでいるから、きっとすごく恥ずかしいのだろう。美海はちょっと感情的で積極的に動くタイプではあるものの、聖納ほど周りを気にせずに堂々と立ち回れるようなタイプでもない。
それに加えて、俺がそういうことに慣れていないということを知っていて、だから俺に合わせてしたいことを我慢してくれている節もあった。
「美海にも抱きついてほしいな」
自分の彼女なんだから俺から抱きつけばいいだろうよ、とも思ったけど、俺もまたやはり恥ずかしがって自分から動けるタイプじゃない。聖納よりはもちろん動けないし、美海よりも俺は動けない。
と、自分で考えていて情けなくなる。
「うん!」
俺のそんな自嘲と関係なしに、美海はとにかく嬉しそうに俺の胸、ただ、美海の身長がかなり低いので鳩尾くらいの位置にゴンと頭を勢いよくぶつけてくる。
「うっ」
うん、痛い。勢い余り過ぎだろ……。
美海はだいたいなんでもパワフルだ。小柄だから男が力押ししたらどうとでもなるかと思いきや、下手な男だったら返り討ちに遭うくらいになんか強い。
格闘技の経験がありそうだ。まあ、こんなに小柄だから、俺も親の立場なら護身術くらいは覚えさせたい。
「あ、ごめん……」
俺の呻き声で美海が申し訳なさそうにちょっとしょんぼりした声のトーンで謝ってくる。俺は押しつけ過ぎない程度に美海の頭を軽く抱き留めた。美海の頭の上につくられていたお団子をポンポンしたくなったが、髪型を崩したらこの後が大変そうなのでやめた。
オレンジ色のシュシュがなんとも美海らしい活発な感じに見える。
「大丈夫だから、ちょっと驚いただけ」
「ありがと……んんっ……」
俺が聖納の時と違って腕を使って抱き留めたことを喜んでいるのか、美海が頬ずりというよりもおでこを擦りつけているような雰囲気で頭を動かしている。
ちなみに、美海も美海で俺は大変だ。美海の身長の割に決して小さいわけではない柔らかな弾力を持つ部分が身長さから下腹部にぶつかるんだよなあ。
なんか学校でイケないことをしているようにも絶対見えていると思う。だって、美術部員の面々が口元を抑えて頬を真っ赤にして「きゃっきゃ」と嬉しそうにしているのが見えるからな。
もしこれが制服どうしではなくて私服どうしならばどう見えるか。答えは簡単で、美海の身長的に事案にしか見えない。今後、私服でデートする際は絶対に気を付けたい。
「美海、ちょっとくすぐったいな」
「ごめん……すんすん……いい……」
美海よ、あなたも匂いを嗅ぐのか。
そして、聞こえたからな? 俺の匂いが好きなようだな。つまり、美海ともマッチング成功だ。
今日は匂いで始まり、匂いで終わりそうな感じだ。
「さあ、そろそろ休憩終わりにするよ! まだ下地塗りが終わってないからね」
そのような阿呆なことを考えていると、しばらくして俺や美海への注目をやめさせるように、美術部員の1人、室内用の内履きスリッパの色からして3年生、つまり、部長か副部長だろうその人が手をパンパンパンと叩いていた。
すっかり休憩時間の見世物にさせられてしまったな。
ふと俺が真下を見ると、美海がじぃーっと俺の方を見ていたことに気付く。
なんだかじっと見られていて、にらめっこのようなおかしさが込み上げてきた俺は、ふっと美海の方を向いて小さく笑っていた。そうしたら、美海がお返しとばかりに満面の笑みで俺を見てくれた。
うん、満点かわいい。このまま持って帰る事案が発生しそうになるが、さすがに邪魔するのはよくない。そう俺が断腸の思いで美海の頭から腕を離し、美海はもう一回ぎゅっと俺に抱きついてから離れた。
「ところで、俺、ここにいていいかな? 邪魔にはならないようにするからさ」
「あ、聞いて――」
「いいよ! 好きなだけ美海ちゃんと聖納ちゃんを見てていいから!」
俺の申し出に美海はパっと明るい笑顔をしてから後ろを振り返って先ほどの先輩美術部員の方を向く。すると、美海が何かを言い終わるよりも前に先ほどの先輩美術部員が快諾してくれた。
「そ、そういうつもりじゃ」
「うわあああああっ!」
「がんばります!」
三者三様。俺は恥ずかしくなって少し否定気味になって、美海は後ろ姿で顔が見えないけれど絶叫しているからきっと顔を真っ赤にしているし、聖納はいつの間にか俺の隣で嬉しそうにガッツポーズを決めていた。
先輩美術部員がサムズアップでさらに応える。先輩、ノリ良すぎんか?
「それに興味があったらなんでも質問してくれてもいいよ! 美術に関する質問なら美術部は大歓迎! 美術部に入るのも大歓迎!」
しれっと勧誘される。ふと見ると男子生徒は2人しかいない。
きっと男手が足りないのだろうな。美海や聖納と美術部で過ごす青春ってのもアリかな。まあ、ほぼ活動ナシの文化部のさらに幽霊部員の俺にとって、部活に縛られるのはちょっときついかもしれない。
「あはは……えっと、美海も聖納もがんばって。って、あれ? まだ下地なんだ?」
俺は美海や聖納の手招きに誘われて、2人の近く、木製の立て看板の近くまで歩いていく。ふと、ちょっと前から看板づくりを始めていたのにまだ下地塗りなのかと疑問が湧いてきた。
「うん。まずはデザインを決めてからじゃないと、また塗り直しになることもあるんよ」
へえ、そういうもんなのか?
「そうなんだ。ちなみに、下地って白じゃないのか?」
「あ、うん、そうなんやけど、白って言っても明るい白や暗めの白とかあるから、ちょっと色混ぜたりやね」
あぁ、そういうことね。200という有名な数字が俺の頭を過ぎった。
「あれ? さっき別の色がほっぺたについてなかった?」
俺の更なる疑問に美海は急に言い澱み始めた。
周りから「ふふっ」と小さな笑い声が漏れている。何か面白いことがあったのだろうか。
「あー……それはね、水性ペンキを使うんだけど、色合いを確認したいから新しく買ったペンキを開けたの。そのときに、勢い良すぎてピッと跳ねちゃって……」
なるほど。いつものように、パワー制御に失敗したのか。
「そっか。それは美海のおっちょこちょいの結果か」
俺のイジワルな言葉に美海が頬をいっぱいに膨らませた。
「むーっ」
反論できないとばかりに唸るしかしない美海に、俺も聖納もほかの美術部員も楽し気に笑っていた。
その後、特に問題も起きず、今日の段取りを無事に終えて、真夏のまだ夕日と呼ぶには早い太陽の下、3人仲良く自転車で帰って一日を終えるのだった。
ご覧くださりありがとうございました!




