2-1. 1週目……待たせちゃったね!(1/2)
これまでのあらすじ。
1年の1学期に、俺、金澤 仁志は、中学校時代からの同級生(でも中学時代に1度も話したことなかったけど)で小動物系のかわいい女の子、能々市 美海と紆余曲折がありつつも彼氏彼女の関係になった。
しかし、ひょんなことから中3のときに塾の夏期講習で会って少し仲良くなったくらいの目隠れ眼鏡の爆乳女子の津旗 聖納とも再会し、まさかの告白を受けて断ったはずなのだが、2番目彼女でもいいという謎の譲歩をされてしまう。
で、美海は辛い過去の経験もあって、聖納が2番目彼女になることを同意した結果、俺は公認の二股男になったのである。
俺はこの二股な状況に疑問を持ち、どうにかこの状況を変えられないかと考えているのだった。
夏休み突入後の最初の月曜日、言い換えると補習1日目で、その補習も終わった昼過ぎ。
外では暑さにも負けずセミが俺はここにいるぞと鳴いている中、俺金澤 仁志は学校の1階にある自販機で購入した「いちごなオ・レ」を飲みつつ、英単語帳を片手に図書室横のロビーにある椅子に座っている。
俺がこの「いちごなオ・レ」というパックジュースがお気に入りな理由は、この甘酸っぱい美味さが俺の舌と脳と心に栄養と癒しを与えてくれるからだ。モテようのない格好良くない顔の俺でも、いつかこの「いちごなオ・レ」のように甘酸っぱく思える恋愛をしてみたいと思っていた時期もあった。
あったんだよ、ほんとうに、そんな時期もさ。
「英単語ってなんで日本語みたいにすんなり入ってこないんだろうな」
こうやって独り言ちながらここにいるのはもちろん、俺たちの溜まり場と化している図書室が飲食厳禁だからだ。さすがに基本ルール的な部分で司書に迷惑を掛けられん。
もっと言うと、もう補習も終わったので帰ってもいい時間ではあるのだが、俺の恋人、美海と聖納が美術部の関係で文化祭の看板づくりを任されており、その2人の帰り時間まで待つことにしたためにここでのんびりとしているわけだ。
「珍しく、いい天気だ」
2人とは恋人になってから可能な限り、晴れの日だけだが一緒に登下校していた。俺は雨にも負けず風にも負けずのオール自転車生活だが、美海は天気の悪い日だとバスで帰っているからだ。
聖納に至っては毎日母親が送り迎えをしてくれているとのことだったけれど、俺や美海と一緒に登下校をしたいという強い意志の下、美海と同じように晴れの日だけ自転車での登下校を許されたようだ。
ちなみに、後から知ったことだが、聖納の中学校が俺や美海の中学校の隣だったこともあり、高校までの通学路が自転車で考えればほぼほぼ一緒だ。夏期講習を受けた塾が一緒だったってところで気付くべきだったな……。
そんなこんなで、先日見た聖納の自転車は、アルミフレームにベルトチェーンタイプで、やけにピカピカしているところを見ると新しく買ってもらったっぽい。
ちょっと乗らせてもらったけど、いや、あれ、いいよなあ。軽くてスピードも出るっぽいし。俺がその自転車を絶賛したときに、聖納に「交換しますか?」と言われた時は丁重にお断りした。恋人だとしても、自転車の交換はしないよな。
まあ、北陸地方は2,3日に1日は雨がぱらつくようなお天気事情なので、毎日のようには一緒に登下校できないのが残念な所でもある。ちなみに登校時に集合場所に集合できない場合、スマホのコミュニケーションアプリの Link-Ring、通称「リンク」に作った3人のグループリンクで連絡を取り合うようにしている。
個別リンクとは違ったやり取りが少し楽しくもあり、グループ通話もなんだかんだで楽しんでいたりする。
さて、別のことで現実逃避する時間終了。俺は「いちごなオ・レ」を一気に飲み干した。
「はあ……俺って、変に悩みすぎなのかな? もっと青春を楽しんだ方がいいのか?」
はあ……俺がなあ、彼女が公認なら二股でも全然気にしない超いい加減な性格だったら、こんなに悩まないんだろうなあ。
で、美海からは二股を容認している理由を聞いている。過去に二股された上に、いつの間にか後から来た女の子に彼氏を取られたトラウマがあって、聖納の「2番目を認めてくれるなら1番目になる気はない」という言質から聖納のことを認めてしまったようだ。ちなみに、トラウマになった話はいつのことかと言うと小学生高学年のときの話だそうだ。
小学校高学年って……その頃の俺って、男子がどうとか女子がどうとかなんて、一緒に遊ぶときの内容やトイレが分かれていて違うとか、生物的に性別が違うらしいくらいの区別しかなかったぞ。
「いかん、頭の中でどうも話が逸れるな……」
……話を戻すと、美海の理由で納得できるかと言われると正直微妙なところだが、美海なりに考え抜いて出した結論だし、まだ俺への信用というか信頼というかが足りなかった結果だと考えると安易に責められるものじゃない。
しかし、俺がもっとちゃんと美海を好きって感じで接するしかないのか。
「問題はどっちかってっと、聖納だよなあ……」
そう、美海からは理由を聞いているからひとまず良しとしよう。だから、次は聖納に「2人目でいい」っていう理由や意味、今後のことを聞いてみなきゃとは思っている。
とはいえ、聖納も聖納でなんか難しいものを抱えている感じがするから、下手に刺激し過ぎないようにしないといけない。聖納は良くも悪くも予測不可能な行動もやってのけるパワーがある。
はあ……高校に入るまで、青い春ってのが青ざめる春だとは思わなかったんだがな。
「そろそろ見に行ってみるか」
俺は飲み干し終えている「いちごなオ・レ」を潰してから自販機横のゴミ箱に捨てて、美術室へと若干足取り軽めに向かう。
美術室は……俺たち1年生の教室もある5階だ。
そう、俺は「いちごなオ・レ」を飲むためだけに1階まで降りたと言っても過言ではない。毎日1本は飲んでいるほどの大好物でゆっくりと飲める時間は至福の一時なのだよ。
そんな下らないことを考えつつ、5階まで昇っていき、美術室の前で3度ほど深呼吸をする。今まで部活中の美海や聖納に会ったことはない。美術部の諸先輩がいる中でなんか顔を出すのが恥ずかしかったこともある。
2年や3年の先輩方にも二股男で有名だしな、俺。
コンコンコン。
「はーい、どうぞ」
「すみませーん、美海と聖納はいますか?」
落ち着いた俺は強くなりすぎないように気を付けてノックしてから、「どうぞ」という誰かの声に反応した感じでそろーっと美術室の扉を引いて、美海と聖納のことを呼ぶように顔だけ美術室にまず入る。
普通教室よりも広々とした特別教室。色相環や濃淡、ビビッドやパステルの色見表のポスター、美術部や書道部の作品が貼ってある壁、誰かが授業で作った優秀作品や美術部の作品が飾られている棚、画材や粘土などの嗅ぎ慣れていない少しツンとした香り、いかにも美術室と言わんばかりのそんな場所。
その特別教室の机や椅子を全部教室の後ろに下げて、ぽっかりと空いたスペースに置いていたのは件の看板だった。文化祭らしいカラフルな色使いと楽しそうな雰囲気がありありと描かれていて、しかも真剣さや一生懸命さが伝わるような看板の雰囲気に、さすがは美術部だなと心の中で尊敬する。
しかし、その看板もまだ今も作業中のようで、そこには汚れてもいいような格好をしていると思われる10人くらいいた。
もちろん、その内の2人は美海と聖納だ。
俺は2人の姿を確認して、完全に美術室へと入っていった。足元に転がっている道具やら材料やらを踏まないように避けつつ、会話ができる程度の距離まで徐々に近付いていく。
「ひーくん! え、待っててくれたの!? 先に帰っててもよかったのに、ごめん、待たせちゃったね?」
「いや、俺が待ちたかったんだよ。それよりも美海……顔に絵の具つけてがんばってるんだな」
「ええっ!? ちょっと誰か教えてよ! 恥ずかしい! ひーくんもそんなイジワルな言い方せんといてよお」
「ごめん、ごめん」
パっと明るくなるような声で俺のことを「ひーくん」と呼ぶのは美海だ。
美海は栗色の長髪を頭の上でお団子にして、制服を汚さないように水色の割烹着みたいなものを着て、何度か触らせてもらったことのあるふにっふにの柔らかい頬に黄色と緑の絵の具を付けて看板に色を塗るための筆を右手にしっかりと持っていた。
美海が俺を見るなり、くりっくりの大きな目の中にある茶色い瞳を輝かせていて、その嬉しそうな顔に俺もすごく嬉しくなるのだが、ちょっと真っ直ぐ見つめられると気恥ずかしさが勝つ。ちなみに、美海は身長がとても小さいので、水色の割烹着姿を前から見るとまるで幼……スモ……いや、さすがにそこまでは小さくないし失礼すぎるか。
とりあえず、「かわいい」の一言だ。
今でも、大して格好良くない俺の恋人だなんて信じられなくなる時もある。でも、前から好きだったって言ってくれたんだよな。それもいつからだったのか、今度きちんと聞いてみたい気もする。
「仁志くん、来てくれて嬉しいです」
「聖納もがんばってるみたいだな」
お淑やかで艶のある声で俺のことを「仁志くん」と呼ぶのは聖納だ。
聖納は黒髪だが真っ黒というよりはちょっと暗めの紺色っぽいという感じでセミロングなとこまでは普通だが、前髪が目を完全に覆うほどに長く、黒縁の眼鏡もフレームのところどころしか見えない。髪のルール的に前髪が長いのはダメだった気がするけど、どう回避しているのだろうか。あと、今度ちゃんと素顔を見てみたいな。
聖納の特徴は目隠れ眼鏡だけではなく、同年代よりもすごすぎる身体つきにある。平たく言えば、誰が見ても分かるくらいの爆乳でお尻もちょっと大きいので、死語で言うならボンキュッボンというやつである。美海とお揃いの水色の割烹着を着ているのだが、なんというか、パッツンパッツン過ぎて……まあ、美海が着ているものと同じとは思えないくらいに印象が全然違う。
俺が来たことに対して聖納は本当に嬉しそうな仕草をしてくれて、なんだかんだで「かわいい」の一言が似合う。
「はい……あ、ちょっと疲れたので元気を分けてください」
「うおっ!?」
「んにゃっ!?」
あと、聖納がすごすぎるのは身体だけじゃなくて、その行動力にある。そう、美術部全員が見ている中で俺にたたたっと近付いて臆面もなく抱きついてきたのだ。
聖納が抱きついてくると、ぐにゅっと柔らかいものが柔らかいなりに当たって、こう女の子の柔らかさを噛みしめる感じになって、まあ、男としてはもうどう表現したら適切か分からないが、とてもムラ……こほん……叡智な気分になる。
いや、恋人だからいいんだろうけど……多分、でも、なんというか……美海に悪い気がしてくる。
一方の美海は完全に出遅れた感があって、目を最大まで見開いて猫っぽい変な声を出すも、身じろぎ1つせずにその場で固まっている。
うん、かわいい。美海は小動物感があって、猫っぽいのも好き。
美海が1番、聖納が2番なのだが、どうもスキンシップの積極性で逆転されているように思える。それで、美海が聖納よりも俺の方を見て「私が1番だよね?」みたいな寂しそうな顔をしてくるので、やっぱりちょっと心が痛くなってくる。
ちなみに、美術部員たちは諸先輩含めてとてもいい性格をしていて、この普通なら修羅場にでもなりそうなやり取りをニマニマニマっと面白そうに見ている。なんか少女漫画か何かのワンシーンだと勘違いしているんじゃないかってくらい楽し気にこっちを見ている気がする。
「……聖納……なんというか、よくみんなの前で俺を抱きしめてくれるんだな?」
「え? 何か問題でもありましたか?」
「いや、なんでもない」
俺は聖納の柔らかい弾力と美海の羨ましそうな視線を受けてどうしようかと固まるしかなかった。
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ここから第2章の開始になります。
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