1-32. 7月……がんばろ?(4/4)
簡単な人物紹介
金澤 仁志:本作主人公。高身長、顔は普通よりちょい下。
能々市 美海:ヒロインその1。低身長の小動物系女子。栗色の長髪持ち。
津旗 聖納:ヒロインその2。胸部爆盛。黒髪で完全目隠れ、眼鏡あり。せーちゃん。
松藤:仁志の友だち。バスケ部。美海と小学校からの知り合い。
終業式。なんてことのないただの通過儀礼だ。
というか、来週から1年でも夏期補習あるし、文化祭の準備も夏休み中に設けられているし、夏休みの宿題や実力テストの勉強もあるし、で正直夏休み感はほぼない。
ちなみに、美海や聖納とみんなで海や山に出かけようかという話もあったが、美海が海を却下し、聖納が山を却下したので、みんなで遊ぶ話は決まっていない。
「はあ……緊張する……」
はい、現実逃避終了。
終業式が午前中に終わり、あっという間に放課後になった。俺は美海を「体育館裏に来てほしい」と呼び出している。
夏なのにちょっとヒンヤリしているのは、体育館裏の日陰のせいだけじゃないだろうな。俺が今日聞こうとすることは美海を怒らせるかもしれないし、また喧嘩になるかもしれない、もしかしたら……それ以上のことになるかもしれない。
そわそわする。聞きたいことは明確だ。だけど、性急かなとも思い始める。
だって、まだ付き合って1か月経ってない。しかも相手が何度もはぐらかしてきた話題だ。しつこすぎるかもしれない。もっと落ち着いてから聞くべきか。
だが、俺はモヤモヤしたままも辛い。そう、こればかりは自分のことだけで、完全な自己満足だ。どうしようもないほどにワガママな気持ち。
「はあっ……はあっ……ひーくん……」
俺が俯いて、「呼び出しておいて今さらどうしたもんかなんて」と優柔不断な自分に苛立ちまぎれで頭を掻いていると、美海の声が聞こえてきた。
だが、どうしてだ。なんだか泣きそうな声に聞こえる。いつもの明るく元気な声じゃなくて、悲しそうにトーンの落ちていて、しかも震えた声に乱れた息で、俺は俯いたままで戸惑う。
……まだ俺は呼び出した理由を言っていないぞ。そう思って俺が顔を上げた瞬間に見えたのは既に涙をいくつもポロポロとこぼしている美海の顔だった。
「え? み、美海、なんで泣いて……」
「嫌……」
え? 嫌? 何が?
「え? 嫌? 何が?」
「ごめん! ウチが悪かったから別れるなんて言わないで!」
は? 別れる?
「は? 別れる?」
俺がその言葉の衝撃に驚いて次の言葉が全然繋がらない間に、美海が泣きじゃくりながら俺にぶつかるようにしてからひしっと抱きついてくる。
気のせいかもしれないが、いつもより強烈に美海の香りというかを感じた。
「わああああんっ! ウチ、ひーくんのこと好きだからあ……好きだからあ! ずっと前から好きだったからあああああっ! 別れるのは嫌やあああああっ!」
いや、え? 何? もしかして、変な誤解されてるのか? いや、でも、前と同じように普通に「体育館裏で話さないか?」ってリンクでメッセージ送って、「うん! 楽しみ!」って返されたよな?
しかも、なんで俺が別れ話を切り出す雰囲気になっているんだ? この前、俺から告白したんだぞ?
ってか、ずっと前からって何? いつから? 多分4月じゃないよな?
情報量多すぎる。
……俺に整理する時間をくれ!
「ちょ、ちょっと、待ってくれ! 俺は別れるなんて一言も……っていうか、そもそも俺は美海と別れる気全然ないぞ!?」
「……ふぇ? 違うの?」
「この前、俺が付き合ってくれって言ったよな?」
「……違うの? 別れ話じゃないの?」
俺が割としっかりと強めにそう言うと、目の周りを真っ赤にして泣き腫らした顔の美海がきょとんとした顔で俺を見つめてくる。
美海が洟まで少し垂らしているのは笑いそうになるけれど、ちょっと今の状況じゃ笑えない。笑ったらいろいろと終わる。
俺はハンカチを取り出して美海の涙を拭ってから美海に手渡すと、ちょっとごまかしながら洟を拭いていたので気付かないふりをする。
「全然違う。俺は聞きたいことがあったから、それを聞きたいだけ」
美海を下手に刺激しないように、俺がゆっくりと落ち着いた雰囲気で美海の状況整理を待つ。
すると、美海は泣きながら今にも怒りだしそうな眉間にシワを寄せた表情に変わる。
「……松ちゃんのバカあああああっ!」
「え? 松藤?」
松藤? なんでその名前が? 勝負に負けたら自力でがんばれって言ってたよな?
「さっき、松ちゃんに呼び止められて言われたの……『金澤、二股してるの、悩んどるが。二股してる方が悩むって、よー分からんけど、あいつ、クソ真面目やから、自分で二股しとらんのとちゃうけ? このままじゃ、どっちかに別れ切り出すんちゃうんけ?』って」
「松藤……」
なんだかんだで松藤も優勝を逃したから引き分けの折衷案的に、俺が悩んでることを美海に伝えることにしてくれたんだな。
ところで、美海、松藤の物まねをする時、目尻を引っ張って、目を瞑っているくらいに細めるんだな……。
「それに『で、どうせ、ののちゃんがダラなことで中途半端に金澤を悩ませてるんやろ? ののちゃん、そういうの男はうざくらしいなるんや。そんなんやと、金澤、津旗さんの方にかたがるで?』って」
松藤は俺の味方と言うよりも美海の味方だ。だから、美海が良くなさそうなら、きちんと指摘するのだろう。
松藤って、本当に美海のこと、好きなんだろうな。それが異性としてか、友だちとしてかは気になるところだけど、詮索するだけ野暮だな。
でも、それ、言い過ぎだろ……。
「それ、言い過ぎだろ……」
俺は好き嫌いを交渉の材料になんて使いたくない。脅しているみたいで嫌だし、俺は逆にそんなことをされたら一発で恋が冷める自信あるぞ。
「だから、だから……あっ」
美海がまた泣き出しそうになっているから、俺は落ち着かせるために、俺からも美海をぎゅっと抱きしめるようにした。
しばらく無言で、ただ、美海を落ち着かせるためだけに抱きしめる。
冷や汗が引き始め、代わりに、じんわりと夏の暑さも頭が思い出し始めてくる。
「……美海、まず落ち着いてくれ」
「…………うん……ひくっ……ひくっ……」
まだしゃくり泣いている美海だが、話を聞く余裕は取り戻してきたようだ。
「俺が聞きたかったのは、たしかに、美海がどうして二股をOKしているかだ」
「うん……だから、それで、ひーくんが辛くなって……」
美海が焦って俺の言葉を遮ろうとする。
聞いてやりたいが、だけど、そうはさせない。話が変わってしまうから。
「ごめん、最後まで聞いてほしい。俺はまず理由が知りたいだけだ。俺は頭が固いから、訳が分かんなくてもやもやしているだけ。俺は美海の率直な気持ちを聞きたいんだ。それだけだ」
俺がそう言い終わって、少しばかり沈黙が続くと、美海が口を開き始めた。
「うん……分かった……理由を言うね……あのね……あのね……」
「うん、ゆっくりでいいから話してくれ」
俺がそう言うと、誰に言われたわけでもなく数回ほど深呼吸をする。
もう大丈夫か。
「昔、小学生の時に、二股されたことがあって……」
「うん」
ん? なんとなしに相槌打ったけど、小学生のときに二股? マジかよ。俺、小学生の頃って、女の子かどうかとかすら意識したことなかったのに、早くないか。
ってか、二股されたなら、二股嫌がらんか? いや、話が続くから聞こうか。
「ウチが先だったんやけど、1番目やったんやけど、いつの間にか、違ってたんよ。しばらくは多分2番目で、それでもがんばったけど、ダメやったん」
「そうなのか」
えぇ……。
小学生……高学年としても11とか12だろ? マジか。
「二股は怖いけど、せーちゃんが、『2番目でもいい』って、『2番目が許されるなら1番目には美海ちゃんがいる限りならない』って言うから、『2番目がダメなら1番目になりたい』って言うから!」
「そうだったのか」
「それに、せーちゃんが周りの男子のことで困ってるのも知ってるし、2番目になる辛さも知ってるし、せーちゃんが約束したら守るのはなんとなくわかるし、でもせーちゃんがすると決めたら最後までがんばるの部活で知ってるし、せーちゃんと争うのも嫌だし、せーちゃんおっぱいすっごくでかいし、ひーくんおっぱいばかり見てるし、せーちゃんはなんだかんだで押しが強いし、だから、ひーくん取られるんじゃないかって、怖くて、怖くて」
「そうか、そうか」
なんかどさくさに紛れて、俺が胸で判断しているみたいなディスられをした気がしたんだが……。
まあ、我慢、我慢、今はお話を聞く時間。
「だから、ウチは1番目でいたくて、でも、そんなことひーくんに言えなくて……でも、それでひーくんを本当に困らせてるなんて思ってなくて……だから、だから……」
はあ……とりあえず、美海の中で打算が働いて、その打算的に出した答えを言うのが怖かった、ってところか。しかしまあ、美海は重大な落とし穴を見落としているな。
まあ、それだけ俺を信頼してくれているのだろうけど。
ひとまず、俺はそれが聞けてホッとした。美海が心の底から二股を容認しているわけではない。だけど、不安を解消したくて、そうせざるを得なかった、ということか。
……だからこそ、俺はむしろ不安がよぎる。美海の不安はいつまでも残ったままになるんじゃないかって。
それは俺の本意じゃない。だけど、聖納が予想外過ぎるから、今今だと俺も何とも対処しようがない。
だから、まずは美海をきちんと落ち着かせよう。俺ができることをせいいっぱいしよう。
「ありがとう。大丈夫。美海の気持ち、十分に分かったから。俺は美海のこと、1番に好きだから」
「ごめんね……ごめんね……」
「いいんだよ。教えてくれてありがとう」
ようやく泣き止む美海を前に、俺は「聖納を抱くのはいいのか」なんて口が裂けても言えなかった。
嫌に決まってる。彼氏が他の女と寝ることを快く思うわけがない。
だけど、それは俺から言い出すと不安の種になる気がした。
まるで「誘惑に負けてしまってもいいのか」と美海に聞くようなものだと思ってしまったから。
ところで、聖納は……今の状況をどう思っているんだろうか。
聖納が普段口に出している内容と違う……そう単純ではない気がしてならない。
「ひーくん、ありがとう」
「じゃあ、もう少ししたら、帰ろうか。それまで夏休みの計画でも立てようか」
「うん! あ……せーちゃんも一緒の日を作らないとね」
「……そうだな」
だから、俺は美海の気持ちを大事にするためにどうすればいいかをこれからも一生懸命に考えるしかない。
あぁ、俺の恋物語は誰かと付き合ったらハッピーエンドって感じで締めくくられるわけじゃないようだな。
……がんばろ。
ご覧くださりありがとうございました!
この話で第1章【1年生の1学期】は終了です。
次から第2章【1年生夏休み】が始まります。




