1-29. 7月……がんばろ?(1/4)
簡単な人物紹介
金澤 仁志:本作主人公。高身長、顔は普通よりちょい下。
能々市 美海:ヒロインその1。低身長の小動物系女子。栗色の長髪持ち。
津旗 聖納:ヒロインその2。胸部爆盛。黒髪で完全目隠れ、眼鏡あり。せーちゃん。
松藤:仁志の友だち。バスケ部。美海と小学校からの知り合い。
鶴城:仁志の友だち。バスケ部。美海と小学校からの知り合い。
美河:仁志の友だち。バスケ部。美海と小学校からの知り合い。
俺はある日の昼休みにうだるような暑さの渡り廊下を通って4組へと足早に向かっていた。
俺は美海の過去を少しでも知りたくて、でも本人には何度か聞いてもはぐらかされてしまうから、いっそのこと松藤に聞いてみようと思い立っての行動だった。
もちろん、他人経由で人の過去を聞くなんてことはある意味反則的なことだが、俺から見て美海の不可解な行動の原因を知りたかった。
「あれ!? 仁志くん!? どうしたんですか? 今日は別のことがあるって言っていましたけど」
4組には聖納がいて、静かそうな女子数人と机をくっつけて楽しそうに話をしていたが、俺を見るなり友だちそっちのけですぐさま嬉しそうに近付いてきた。
突然、目の前に広がる聖納の胸の迫力には、残念ながらいまだに慣れずに視線がそちらに向いてしまう。男だもの。
だけど、今日の俺の目当ては聖納じゃない。
「ごめん、聖納。今日は俺、松藤に用事があってさ」
聖納の表情が見る見るうちに残念そうになっていき、つまらなさそうに口の端が下がって両手の人差し指を胸の前でツンツンと突き合わせ始める。
「あ、そうなんですか……それでしたら、松藤くんならいつものベランダの方です」
ここまで露骨にしょんぼりとした感じで残念がられると、なんでか分からないけど込み上げてくる申し訳なさとそこまで思ってくれている嬉しさがいっぺんに俺の中にすっと染みてくる。
本当に俺は聖納に好かれているんだなって自信にもなった。
……いや、俺は美海一筋のはずなんだ。だけど、言い方はすごく不謹慎というか嫌な表現だけど、情が移るというか、聖納って普通にいい子だし、かわいいから、接すれば接するほど好きな気持ちが芽生えて成長していく。
早くこの二股状態を解消しないと……気持ちの上でも二股になっちまう。
いや、下手すると、もう……。
「ありがと。ごめんな。今日も美術部だろ? がんばってな」
「……はい! 今日は美海ちゃんと石膏モデルのスケッチをする予定です!」
聖納は俺を見つめて、両手で自分の頭をポンポンとする。これは聖納が俺に頭をポンポンしてほしいときの表現と言われたので、俺はその要求に応えて優しくポンポンとする。
聖納の下がっていた口の端が上がり、頬に赤みが帯びていく。
「そっか。教えてくれてありがと」
真剣に打ち込める何かがあるのはいいことだな。
そんなふうに思いながら、聖納と離れて、俺はベランダに向かう。
いた。前と同じように、松藤のほか、鶴城と美河のバスケトリオがベランダで座ってだべっていた。
「松藤」
俺の声に松藤がピクリと反応する。松藤はいわゆる狐目というか細目というかで表情自体は感情が分かりづらく、実際に普段は飄々としていて誰とでも付き合える軽さとしなやかさと強かさがある。
だが、今日はちょっと様子が違う。あからさまに機嫌が悪そうだ。
「おぉ、金澤やんけ。お前、よう俺に声を掛ける勇気があったなあ?」
「それはどういう意味で言っているんだ?」
俺が訝し気な表情を浮かべると同時に、松藤が立ち上がって、俺の胸ぐらをいきなり掴んできた。おそらく睨まれているのだろう。細目は相変わらずだが、珍しく松藤の眉間にシワができている。
一方の俺は平和主義という名のヘタレなため、胸ぐらを掴み返すような真似をしなかった。ただし、俺は負けじと松藤を睨みつける。
「松っちゃん! やめえよ」
「松っちゃん! やめたりや」
松藤の一触即発の様子に、鶴城と美河が慌てて立ち上がり、2人がかりで松藤の肩を抑えた。2人から見て、松藤が俺に殴り掛かるとでも思ったのだろう。
正直、さっきの勢いで来られたから、俺も一発くらいいきなり殴られるかと覚悟した。
だが、案外、松藤は冷静にブチギレているようで残った右手はまだ動く気配がない。
「俺、金澤に言うたよな? ののちゃん泣かすなて」
ののちゃんとは、美海のことで、美海や松藤が通っていた小学校のミニバスでつけられた愛称だ。かわいい呼び名だと思ったが、この3人から使用許可が下りてないので結局使えずじまいである。
「泣かしてねえよ」
正確には告白したときに嬉し泣きさせたけど、悲し泣きはさせてないから松藤の言う「泣かすな」には含まれないだろう。
むしろ、俺は美海を泣かさないようにしたくて、美海の過去を知りたいんだ。
「んなわけねえが! お前がののちゃんと津旗さんとのことで喧嘩しよるから、変な先輩に嘘まで吐かれて人前で告白されて、それでしんどいけど断らなきゃならんくなって、しかも、お前、ののちゃんと津旗さんで二股かけとるんやないけ! 絶対、どっかのタイミングでののちゃんが泣いとるに決まってるやろうが! お前の神経、焼き切れてんちゃうけ!」
……たしかにそこまで言われると自信ないけど、だからと言って、ここで言い負かされるわけにはいかない。
俺は目を逸らすことなく松藤を見据える。
松藤、いや、この際、聞けるなら鶴城でも美河でもいい。
だけど、松藤、多分、美海のこと好きなんだよな、今でも。だから、こうやって、一線を引きつつも美海のために俺に怒りをぶつけられるんだろう。
「泣かしてねえよ。俺はその話で来たんじゃないんだ。松藤に美海のことで聞きたいことがあったからここにきたんだ」
真剣に、ただひたすら真剣に、俺は松藤に訴えかけた。
「……なんや」
胸ぐらを掴んでいる松藤の力が少しだけ弱くなったようで拳が緩んでいく。
「まず、俺は美海から、聖納との二股関係を容認するように説得された」
松藤の細目が開くかと思うくらいに眉が全体的に持ち上がり驚いていた。ついでくらいに聞いていた鶴城や美河も驚きで目が飛び出そうだ。
「は? んなわけ――」
「だろう? そう思うよな? なんか心当たりないか? 俺は美海とは中学校でまともに話したことないし、小学校なんて知るよしもないんだ」
「……金澤、昔のことをののちゃんに聞いてみたんけ?」
引っ掛かった。小学校という言葉が俺の口から出た瞬間に、松藤の緩んだ拳がピクリと動いていた。
やっぱり、何か原因となるものがあって、それを松藤も知っているな。
そうじゃなければ、こんな言い方はしない。もし俺が本当に何も知らなければ、もしくは、嘘を吐く準備ができていれば、即座に「知らない」もしくは「関係ない」と言ってのけるだろう。
だが、松藤の言葉に被せるように問い詰めたことで松藤の失言を誘い出せた。
俺は一縷の望みをここにかける。
「それとなく聞いてみたけど、はぐらかされた感じだ。だけど、どうなるか分からないから、ド直球には聞いてない」
ここは正直に言っておこう。事実の方が相手を説得しやすい。
「……やったら、俺からも鶴ちゃんや美っちゃんからも言えるわけないやろ」
「せやんなあ」
「せやなあ」
出たよ。その理屈だと、聞かなきゃ「本人に直接聞け」と言われ、聞いて答えてもらえなきゃ「外野が言えるわけない」と言われて、結局どう転んでも聞けないだろ。
俺だって美海から聞けるなら美海から聞きたいよ。
「だろうけど、頼むよ。二股を認めるなんて、美海の立場からすれば、普通じゃ考えられないだろ? 俺はヘタレだからよ、あまり強引には聞けないんだよ」
俺の言葉に美海を想う気持ちが込められていたからか、松藤は少し悩んだ様子で唸った後、大きな溜め息を吐いた。
「……はあ……ヘタレのくせにこういうときはうざくらしいやっちゃ……せやったら、こうしよか。学期末のクラスマッチにバレーボールで参加せえ」
「クラスマッチでバレーボール?」
クラスマッチとは球技大会のことだ。ともかく、松藤が勝負を持ちかけてきたことが容易に想像できる。
「俺もバレーボールなんや。それで8組が4組、もしくは、4組が既に負けとったらその負かした相手に勝て。そしたら、俺からもののちゃんに話していいか聞くわ。それで俺から聞けるかもしらんし、場合によってはののちゃんが自分から言うやろ」
「松藤……」
「ただし、それまでに負けたりしたら自分で強引にでも聞きいや。そんでののちゃんにめっちゃ嫌われても一切責任取らんけどな」
ここでようやく松藤の手が俺の胸ぐらから離れた。松藤なりの理解を示したようだ。
「分かった。ありがとう」
「そんなら、クラスマッチで会おうや」
松藤の最大の譲歩に俺は感謝して、自分の教室へと戻っていった。
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