1-28. 7月……すごくない?(4/4)
簡単な人物紹介
金澤 仁志:本作主人公。高身長、顔は普通よりちょい下。
能々市 美海:ヒロインその1。低身長の小動物系女子。栗色の長髪持ち。
津旗 聖納:ヒロインその2。胸部爆盛。黒髪で完全目隠れ、眼鏡あり。せーちゃん。
乃美 梓真:美海の友だち。あーちゃん。
湖松:仁志の友だち。こまっちゃん。
司書:図書室の受付お姉さん。仁志を「少年」呼びする。
津旗の願い事は、予想どおり斜め上ではあったが、いや、予想を超える斜め上過ぎる。まさか津旗にまで「抱いてほしい」と願い事で言われると微塵も思っていなかった。
少し見渡すと、司書や美海はなんとなく分かっていたのか、そこまで驚いた様子もないが、乃美は目がいつもの1.5倍は見開いているんじゃないかってくらいにびっくりしているようだ。こまっちゃんは相変わらずのポーカーフェイス、と言いたいところだが、俺から見ると、やはり若干驚いているようにも見える。
「金澤くん……」
黙っていると、津旗が懇願するような声色で俺の名前を呼んでいる。
さて、俺は拒む必要がある。それだけは確実だ。何故なら、1番目の彼女である美海ともしてないのに、2番目の彼女である津旗と先にするというのはおかしいだろう? 順番抜かしはいけないぞ。
いやいや、そもそも、美海とした後だとしても、津旗とする気はないんだが……って思いながら、ちらっと津旗のその豊かな胸と尻を見て触り心地や行為を一瞬でも妄想する俺ってまあまあに最低だよな。
って、自虐している場合じゃない。問題は願い事を聞くと言った以上、どう断るかである。美海とまだだから、と俺が言うのもなんか違う気がする。
ここは毅然とした態度で断るしかない!
「そ、そそそ、それは……ちょっと、むむむ、難しいんじゃないかなあ?」
いやあ、毅然とした態度って難しい。声も小さい上にキョどりすぎて、自分でも何を言っているか聞こえていないだろうなって分かる。
「せーちゃん、ダメ! まだウチもしてないの!」
ここで美海が津旗の方を向きながら、小さく震えつつも俺と津旗の間に入ってきた。そんな美海の姿に、俺は少しのいたたまれなさと自分の身が引き締まるような思いがする。
「え? どういうことですか?」
津旗がきょとんとした様子で首を傾げながら美海に問う。
「ウチのときは抱いてほしいじゃなくて、抱きしめてほしいだったの! だから、仁志くんには、まだぎゅーって抱きしめられて、なでなでしかされてないの!」
「なるほど……言葉が少し違ったわけですね?」
「そうなんよ!」
美海が津旗の納得を得るために、洗いざらい話していた。
うん、これは本来、俺がするべき話だろう。
そのため、司書も乃美も俺のことをジト目で「何やってんだよ」という雰囲気で見てきている。こまっちゃんなんかは呆れているのか、目を瞑って無表情でやり過ごそうとしている感じさえ見受けられた。
はい、まったくもって、反論の余地もございません……。
「えっと、津旗、そういうことなんだ。だから、美海のときみたいに、抱きしめるならいいぞ? 5分間、なでなで付き」
この際、抱きしめてほしいにできるなら、その提案も許されるだろう。
5分間、抱きしめるくらいなら、俺の理性も持つはずだ。いや、でも、津旗の胸は圧倒的な感触がすごそうなんだよな……。俺の理性、耐えてくれよ。
「いえ、それも魅力的なんですけど、でも、私は抱いてほしいんです! 金澤くんに……好きな人に、初めてをもらってほしいんです!」
おっと、マズい。まさかの初めて宣言。
津旗の無敵ラッシュが止まらない。
しかし、このままでは願い事が確定してしまうため、ここで退くわけにもいかない。
「津旗、声を抑えて。そう言ってくれるのは嬉しいけど、やっぱり、俺たちまだ高校生だしさ」
正直なところ、美海ともすぐにそういうことをする気にはなれていない。キスくらいなら、とは妄想もするが、それ以上はハードルが上がり過ぎる。
地味に養護教諭の「責任」という言葉が頭の中で重く圧し掛かっているってのもある。責任が発生する可能性もある以上、少なくとも俺が無闇に提案などできるわけもない。
しかし、津旗を見ると、納得していないようでふるふると震えながら俯き始めた。
「中学のときに知らない人に襲われました」
「え?」
津旗の隠れている目から涙がこぼれているようで、津旗の頬に一筋の涙が伝っていた。
津旗の震えている言葉とその急に泣きだすほどに抱え込んでいる辛さに、俺は衝撃を受けて言葉らしい言葉を発せなかった。
「その時はたまたま通りがかった女性の方が助けてくれて、ひどいことまではされませんでした。でも、それから怖くて、怖くて……中々男の人と話せないし……いつ、また襲われるかと思うと……」
「津旗……」
津旗の男嫌いというか男性恐怖はその経験からもきているのか。
ここまでとなると、むしろ、俺、よく津旗の好印象を勝ち取ったなって思う。
……本当に、俺、何をしたっけ?
「だから、せめて、初めては知らない人じゃなくて好きな人にもらってほしいんです……いつまた襲われるか分からないから、早くもらってほしいんです……」
さて、ここまで聞いてしまうと、これを断るのがだいぶ厳しいけど、それでもさすがにセッ……性行為はなあ……。
「あぁ……えっと……その……」
「いいよ」
俺が言葉を選ぼうとして濁しに濁していると、何故か美海が了承の言葉を呟いていた。
「へ?」
「え?」
「え?」
「ええっ!?」
「…………」
こまっちゃん以外が、津旗でさえも、美海の言葉に驚きの声を漏らしていた。
「だけど、ウチが先。仁志くんもそういう経験がないって前に言ってたから。ウチが1番目だから先に仁志くんの初めてをもらって、仁志くんにウチの初めてをもらってもらう。それはいいよね?」
「えっと、美海さん?」
俺がしばらく固まっていると、美海がこちらを向いてから俺に抱きついてきて、顔だけを津旗の方へと戻して、大胆過ぎる発言を言い放った。
みんな、ここ、高校の図書室だからね? そういうのするしないの話をするような場所じゃないからね?
ごめん、もう俺、わけがわからないよ。名前を呼ぶくらいしかできないよ。
「分かりました。たしかに私は2番目の予備彼女ですから、順番待ちはします。でも、いつですか?」
「えっと、津旗さん?」
津旗もやけに聞き分けはいいんだけど、どうしてこう、変な方向にばかり思いきりがいいんだろうか。っていうか、いつですか、って、図書の貸し出し待ちみたいな表現なの? 俺の身体って貸し借りするものか!?
「ウチは夏休みにする!」
「えええええっ!?」
俺は、頭をガツンと金づちで殴られたかのような衝撃で驚きのあまりに、小声ではあるものの叫んでしまっていた。
「分かりました、では、私はその後で大丈夫です!」
「はいいいいいっ!?」
大丈夫って何が!? 待ってくれるってこと? 大丈夫って表現でそれ合ってる!?
「決まりやね」
「決まりですね」
待て待て待て待て! 本人の許可なく決まったんですけど!? いや、俺、そこまでする気はないんだって!
「いや、待てい。俺の意志は?」
「ごめんね」
「ごめんなさい」
美海と津旗にすごく申し訳なさそうに謝られた。
裏を返せば、この決定を覆す選択肢が俺に与えられていないということである。
いや、嘘だろ?
「……嘘だろ?」
俺が狼狽えていると、司書が俺の肩に手を置いていた。
「はい、じゃあ、美海ちゃんの願い事1つと、聖納ちゃんの願い事1つ目は決定!」
いつの間にか、美海の願い事も「抱いてほしい」という願いになっている。
「いや、ちょっと、待ってくれよ……いくらなんでも」
俺はなりふり構っていられる場合じゃなかった。
おかしいだろ。美海にも、津旗にも、不義理しっぱなしだろ。
俺が美海と恋人なら、津旗とはそういうことが何もない友だちのはずだ。
なのに、どうして、こうなる? 俺のこの考えがおかしいのか? そんなわけないだろ?
「美海ちゃん、ちょっと少年と話をさせてね」
「はい」
司書が俺から美海を引き剥がすようにして、それから数歩みんなから離れて内緒話の耳打ちをし始めた。
「なあ、少年、なんで、美海ちゃんがOKしたか分かるか?」
「いや、分かるわけないでしょ。俺が逆の立場なら速攻で断りますよ」
「きっと、美海ちゃんにも過去に似たようなことが、きっと、あったんだよ」
それは俺も想像した。
美海も美少女だ。津旗の身に起きたようなことが美海にもあったかもしれない。
だけど、だからって、それがこういう結果になるかって言われたら、俺はNOだと思う。
「だからって……」
「まあ、ほら、少年の叡智が下手くそだったら、1回きりかもしれないし、もしかしたら少年への熱も冷めるかもしれないだろ?」
下手も何も経験ないから反応しづらいわ! というか、叡智って言うな! それでむしろ、津旗じゃなくて美海の熱が冷めたらどうするんだよ! 俺、立ち直れないぞ!?
「話をすり替えないでくださいよ。そもそも、なんで丸め込もうとするんですか……」
「……私も若い頃にな、避けられなかった暴走機関車に巻き込まれて苦い思いをしたことがあるからさ。ま、好きな人を寝取られたのを寝取り返してやったがな!」
いや、そんな話、聞きたくなかったわ。ちょっとエグいんですが。
「……経験者は語る、ですか」
「……美海ちゃんが痛み分けくらいの気持ちでないと、少年の心がふらつくだろうからな」
「ほんと、最悪な言い方ですね」
「最悪を想定して、最悪にならないように動くのが大人ってもんだよ」
だったら、俺は、最善最良の最適だけを目指して動く子どもで十分です、と言ってやりたかった。
だけど、それじゃ、本当にただのガキだ。
結局、津旗の問題はそれじゃ解決しない。そもそも解決する必要があるのかさえ分からないが、この問題がいつまでも付き纏う以上、打ち手などそれほど種類もないのだろう。
「……分かりましたよ。どっちにしろ、俺に選択肢がないみたいですからね。せいぜい、健全な男子高校生として楽しむことにしますよ」
「いい心がけだ。さて、では、聖納ちゃんの2つと少年の2つを決めてもらおう」
俺は晴れない気持ちを抱えたまま、司書に肩をバシバシと叩かれたことで気を紛らわすしかなかった。
一方で晴れやかな雰囲気の津旗が再び率先して手まで挙げている。
「はい! 私は、お互いの呼び方を変えたいです!」
「その場合、1つにつき、1人だぞ?」
「はい! 私も美海ちゃんみたいに、金澤くんのことを仁志くんって呼びたいです。あと、私のことを聖納って名前で呼んでほしいです!」
「だそうだ」
もうなるようになれ、と半ばヤケクソだったので、俺は縦に頷いた。
「分かった。これからは聖納って呼ぶよ」
「仁志くん、ありがとうございます!」
津旗……いや、聖納がうっとりとした表情で名前呼びされた喜びを噛みしめているようだった。俺もけっこう現金なもので、嬉しそうにしてくれている聖納を見て、俺までちょっと嬉しくなってしまっていた。
で、だ。このままじゃ、美海と聖納が似たような感じになってしまう。
そこで、俺はあえて自らに罰を課すかのように、少し恥ずかしいあることを思いついた。
「で、俺は願い事を1つ使って、美海に、ひーくん、って呼んでもらおうかな」
乃美のことを「あーちゃん」、聖納のことを「せーちゃん」と呼んでいる美海のことだ。きっと、俺のことももっと親しみやすい愛称で呼びたいに違いない。
そう思って、思いきって、俺は自分のことを「ひーくん」と呼ばせることにした。
案の定、美海の先ほどまでの複雑な表情がパっと嬉しさ一色の笑顔に変わる。
「う、うん! ひーくん!」
あぁ、かわいい。
晴れない気持ちが癒されるなあ。
「素敵だと思います! 私はそこまではちょっと恥ずかしいから仁志くんで十分ですし、仁志くんと美海ちゃんがより仲良しな感じがして素敵だと思います!」
聖納もこういうところはすごくいいんだよなあ。
あえてもっと聖納に近付いてみることで適正な距離感を掴んでみるか……。
「あとは……」
美海へのもう1つの願い事。
それは、美海を夏休みの間に俺の部屋に連れ込むことにした。
その願い事を聞いた瞬間、司書はガッツポーズを決め、乃美と美海と聖納は顔を真っ赤にし、こまっちゃんは何故かうんうんと縦に首を振っていた。
ふぅ……俺もいつまでもうじうじしていないで、言ったからには覚悟を決めねば、な。
ご覧くださりありがとうございました!




