1-26. 7月……すごくない?(2/4)
簡単な人物紹介
金澤 仁志:本作主人公。高身長、顔は普通よりちょい下。
能々市 美海:ヒロインその1。低身長の小動物系女子。栗色の長髪持ち。
津旗 聖納:ヒロインその2。胸部爆盛。黒髪で完全目隠れ、眼鏡あり。せーちゃん。
司書:図書室の受付お姉さん。仁志を「少年」呼びする。
津旗のいつもと違う雰囲気、それと「金澤くんの1番目」という言葉が俺だけではなく、美海や司書でさえも表情を凍りつかせる威力があった。
「せーちゃん、仁志くんの1番は譲らないよ? 昨日、ウチ、そう言ったよね?」
美海が先ほどの申し訳なさそうに俺を見る雰囲気から一転して、津旗に強い口調で釘を刺していた。
ただ、美海はたしかに強い口調だが、津旗のことを友だちだと思っているからか、どこか強くなりきれずに、むしろ、必死に抵抗しているようにも見える。
「そうでしたね……。でも、私、それだとどうしたら……」
津旗は美海の言葉に頷きつつ、頷いた頭が徐々に下がり俯き加減になって、今にも泣きだしそうな震えた声で静かに呟いている。
一触即発なのかとも思うし、下手すると美海と津旗が絶交するレベルだと思っていたが、どうもそうではないようだ。
まるでお互いに警戒しながらも尊重しているようなジレンマを抱えているようだった。
「タイム。私が少年を説得する」
「え?」
司書が唐突に、左手と右手で「T」をつくって、「タイム」と言いだす。
俺はまたふざけているのかと思って、素っ頓狂な声をあげながらも非難しようとしたが、司書の顔が真剣そのもので、いつもの飄々とした笑みが顔からはがれていたために言葉が続かなかった。
「よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いします」
「ええっ?」
美海と津旗が司書に向かって、軽く頭を下げている。どちらも真剣そのもので、俺だけが状況を全く呑み込めずに置いてけぼりにされているようだ。
そのあと、司書は美海と津旗が離れた場所に移って和気あいあいと話し始めていることを見届けてから、俺の方に向き直って話しかけようとする。
「実はな、昨日、少年が気絶している間に、3人で話をしたんだよ」
司書のその言葉に、俺は驚きつつもなんとなく美海や津旗の雰囲気が俺から見て不思議だったことに合点がいった。
となると、既に話が俺のいない中で終わっていることになる。
俺のいない中で! 俺の話でもあるのに!
頭を抱えたくなるが、まずは話を聞かないと何ともならない。
「まさか……その結論が二股の容認になるんですか?」
俺の聞き分けの良さそうな反応に、司書が真剣な表情から一変して、嬉しそうにいつものニヤニヤとした笑みを浮かべている。
「あぁ。理由はあるんだ」
「……まずは聞きましょうか」
俺は二股の理由に疑念しかないが、ひとまず話を促した。
「まあ、そのときに出たのは3つあるんだが、1つ目は少年と聖納ちゃんが付き合っていることになると、男子どもへの抑止力になるらしいんだ」
「それは……彼氏持ちだからってことですか?」
男子どもへの抑止力。つまり、俺と付き合っている宣言は津旗にとって、「付き合いたいから話しかける」という男の下心からのバリアになるのか。
……本気か?
「そうらしい。まだ今日1日だけ……いや、実際は美海ちゃんと少年が喧嘩したあたりからだが、聖納ちゃん曰く、声掛けが激減したらしい。まあ、そこは美海ちゃんもそうだったからか納得していたよ」
「1日でそんな変化が分かるものですか?」
俺の当然の質問に、司書は「チッ、チッ、チッ」と舌を鳴らして、人差し指を左右に振っていた。
「あのなあ。モテる女の子は大小さまざまでひっきりなしに声を掛けられるんだぞ? まあ、男で、しかも、そこまでモテない少年では分からんかもしれないが」
ぐさっ! ぐさぐさっ!
司書の言葉がナイフのように俺の心を抉る。
「なんで俺を今攻撃したんですか……。って、そういう司書さんは経験あるんですか?」
俺は言葉のナイフを返そうと思って、聞き返したものの、司書は綺麗な顔立ちをしているので、モテたんだろうなあ、と言ってから失敗したと反省する。
「おや? 失礼なことを言うじゃないか。自慢じゃないが、私もそこそこにモテていた方だぞ? まあ、私は早々に私にぞっこんな素敵な人を見つけたけどな」
司書はからかうように俺の言葉をまあ想像通りに切り返してきた。
でしょうね。あー、はい、はい、そうですよね。下手な反撃をした俺がよくなかった。
「そうですか……でもまあ、抑止力になるんですね」
「まあ、私が思うに、しばらくしたら寝取りたい系男子が動き始めるかもしれんけどな」
別の需要が生まれるんかいっ!
「最悪じゃないですか……どっちにしろ安心できないですよね」
「いやいや、それが理由の2つ目に繋がるんだが、聖納ちゃんからすれば、少年が心の拠り所になっているんだ」
この話がメインなのだろう。司書の表情が真剣そのものに変わる。
心の拠り所。
悪く言えば、俺に依存しているってことなのだろう。
……依存する理由はなんだ? 夏期講習のときに優しくしたくらいで本当に? ただ、俺は正直、見た目も良いわけじゃないし、金もあるわけじゃないし、運動も勉強も普通くらいだしな……。
ふと、美海と津旗の方を向くと、美海よりも先に津旗が俺の視線に気付いたのか、パタパタと手を俺に振っていた。美海も津旗の反応で俺に気付いて、笑顔で津旗と同じようにパタパタと手を振り始める。
うん、かわいい。正直、2人とも、かわいい。
それは嘘つけない。津旗だってかわいい。
「……なんかそれに近いことは津旗から直接聞きました」
「だろう? これが結構、根が深くてな。友だちではどうも不安らしい。まあ、それは美海ちゃんに友だちからと言って、不安にさせていた少年なら分かるだろう?」
ぐさぐさっ! ぐさぐさぐさぐさぐさっ!
もうだいぶ辛い。
「うぐっ……ちょいちょい俺への攻撃を挟んで来るのはなんでなんですかね」
「面白いからだ」
「…………」
取り繕う気も隠す気もない司書のドストレートな言葉に、俺はほとんど何も言えなかった。
「で、最後の3つ目だが、聖納ちゃんの先ほどの言葉を聞いただろう? 聖納ちゃんは意外と頑固者というか、自分が思ったように動き出してしまうタイプのようだ。昨日、けっこう説得したつもりだが無理だった」
司書は真剣というよりも危険だと言わんばかりに険しい顔をしていた。
たしかに、津旗は俺から見て無敵である。
人の目を気にしているようで、実際、あんまり気にしていないようだ。津旗には「擁護派」と「糾弾派」がいるとのことだが、この物怖じしないというか、周りを気にしない言動が評価を二分しているのだろう。
「それはひしひしと感じますね」
溜め息も出ない。
津旗はいい子だと思っている。美海のことを大事にしてくれているし、俺にも優しくしてくれて、俺と美海の仲を心から祝福しているようにも見える。
ただ、どこかズレていて、それが時々、違和感になって表れる。
で、そのズレが許容できるかどうかだ。幸いにして、かつ、不幸にして、俺はなんだかんだで許容できるタイプなのだろう。
そして、おそらく美海も許容できるタイプなのだろう。
とはいえ、美海から見て、俺が二股するなんて容認できるものか?
俺ならできん。
「で、だ。少年が2番目を容認したとしよう」
「……続けてください」
司書の言葉が続く。
「この場合が、現状においてという枕詞がつくけれども、一番丸く収まると思っている。美海ちゃんが1番目だし、聖納ちゃんは2番目に甘んじてくれて、美海ちゃんと少年の仲を尊重してくれて、少し引いたところで2人を見守りつつ、美海ちゃんが抜けたら即座に入り込む用意を抜け目なくしている、と。まあ、いまのうちは少年には過度なスキンシップくらいしかしないだろう」
過度なスキンシップが困るんだよなあ……。
俺だって男だから、さすがに、我慢にも限界がある。
「過度なスキンシップが俺にどれだけの理性を要求していると思っているんですかね……」
「まあまあ。そこは、彼女だから、ヤってもいいんじゃないか?」
司書がにへらへらと顔を緩め、左手で輪っかを作って、右手の人差し指をピンと立てる。
やめい。絶対にそこから動かすなよ?
俺の思いが届いたのか、まあ、顔に出ていたのか、司書は輪っかに指を通すことまではしなかった。
「いいわけないですよね……」
「相変わらず、お堅いなあ。で、問題は少年が2番目を容認しなかった場合だ」
「……はい」
俺は反応が遅れた。
司書がさらに険しい顔になって、思わず息を呑んでしまったからだ。
「先ほどの言葉のとおり、聖納ちゃんが少年を得るべく、少年の1番目になるために暴走する可能性がある」
暴走するなら、近付かないようにするしかない。
暴走するなら、遠ざけるしかない。
友だちになれればと思っていたが、津旗の心の拠り所と言われて、少し嬉しかったのも事実だが、俺はともかく美海に何か危害が加わるような話であれば、話は別だ。
「……遠ざけるしかないですね」
「おいおい、やけに軽率だな。心の拠り所を失った人間がどういう行動に出るか。少年は考えたことがあるか?」
さらなる暴走か。つまり、危険度が上がるということか。
津旗がどこまでするのか分からないが、なんでもしそうな雰囲気があるから「冗談だろう」と笑って済ますことはできない。
「…………」
「これ以上の推測はやめておこう。あまり実りがない上に、心配を増長させるだけだ。ああ、あと、これは追加の話だが。聖納ちゃんが2人目になると、少年と美海ちゃんにもメリットがある」
「メリット?」
メリットなんてあるのだろうか。
「聖納ちゃんがいることで、2人の仲が適度に進むのさ。恋愛は障害が多いほど燃えるって聞くだろう? 聖納ちゃんが少年の近くにいると、美海ちゃんもがんばらなきゃって思うし、少年も性格から察するに聖納ちゃんと仲良くした分以上に、美海ちゃんと仲良くしようとするだろう?」
漫画の知識だが、キューピッドは恋を燃え上がらせる金の矢と恋を拒ませる鉛の矢の2種類を持つらしい。
津旗の持つ矢は、はたして、金か、鉛か。
どちらにしても、その矢の放つ先が誰になるかが不安だ。
「俺はともかく美海に負担を強いるのは嫌ですけどね」
「本当に優しいな。だが、美海ちゃんは了承したんだ。彼女の覚悟も汲み取ってあげるのも男の甲斐性じゃないか?」
「……はあ……なんでこうなったやら……」
俺は、少なくとも現時点において、了承するしかないと理解した。
その後、俺と司書の話が終わって、俺が了承したことを告げると、2人が同時に抱きついてくるのであった。
うん、これからどうするか決めないとな……。
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