1-25. 7月……すごくない?(1/4)
簡単な人物紹介
金澤 仁志:本作主人公。高身長、顔は普通よりちょい下。
能々市 美海:ヒロインその1。低身長の小動物系女子。栗色の長髪持ち。
津旗 聖納:ヒロインその2。胸部爆盛。黒髪で完全目隠れ、眼鏡あり。せーちゃん。
司書:図書室の受付お姉さん。仁志を「少年」呼びする。
テスト最終日の翌日。
「ねえ? 聞いた?」
「聞いた、聞いた!」
「金澤と能々市が」
「そうそう」
廊下を歩いていると、教室で座っていると、そこかしこでそんな耳打ちをし合うようなひそひそ声が微かに聞こえてくる。
当然、視線の先には俺や美海がいるわけで、先輩が美海にフラれたことや俺と美海がヨリを戻したことがどうやら全学年に広がっていた。今まで友だちだったから、ヨリを戻したわけじゃないけど、付き合い始めたんだから細かい話はしても仕方ない。
この話の出どころは、こまっちゃんこと俺の親友でもある湖松だ。なんで分かるかって、根掘り葉掘り聞かれたしな。俺は俺で、こまっちゃんなら上手いことしてくれるか、という気持ちもあって洗いざらい話したってのもある。
ただ、この手の恋愛話は実際、さじ加減が難しい。
中高生にもなると、恋愛事、しかも、性的な話が起こりそうな話だと、先生にはやっぱり目を付けられやすくなるし、貴重な昼休みの時間に保健室で性に関するちょっとした話を美海とは別々でされてしまう。
というのも、美海の「抱いてほしい」宣言もあって、俺と美海がもうそういうことをしているって、噂になったからなあ。
まだしてないけどな。いずれはしたいけどな!
まあ、ともかく、噂を組み合わせると、どうしても性的な話だと誤解される。
「最近、君の噂は学校でもちきりだけど、まだまだ高校生で若いからね。とはいえ、何が良くて何が悪いかはもう分かるはずよね。要は健全な高校生活を送ってね、ってこと」
「は、はい」
消毒液の独特な臭いが広がる保健室で、保健室の先生がニコニコ笑顔と真面目に伝えようとする顔を使い分けて俺にそう釘を刺してくる。
どうせと言ってはなんだが、健全なお付き合いになるよう努めなさい、という話だろうと思っていたら、案の定それだった。
いったいぜんたい、健全とはなんだろうか、という深い議論はしない。
大人の言う理想的な中高生こそが健全だと言われて押し切られるだけがオチだからだ。それに、仮にその点を論じたところで、論点をすり替えられて、最終的に「君は彼女に対して責任云々」みたいな話もされると耳が痛いし、面倒だからだ。
まあ、先生ということもあるから、本音はともかく、建前で動くしかないのだろうし、それも分かる。
それと話は変わるが、多分、こまっちゃん、何か握ったんだろうな、先輩から「美海や金澤に自分から近付かない」という言質を取ってきたと今朝言われた。
うん、仕事が速い。
ただし、これまた話が変わるのだが……困ったことに、昨日の一件にはもう一つ厄介な話のネタができていた。
それは「金澤 仁志は能々市 美海とも付き合っているし、津旗 聖納とも付き合っていて、それが3人の中で合意が形成されている」という華麗なる公認二股だ。
俺にとって最悪の風評被害である。
もし先ほどの「健全なお付き合いになるように」という先生のありがたいお言葉がこちらに掛かっているのであれば、ぐうの音も出ないほどに同意だ。
この話の発端はこまっちゃんではなく、「津旗が金澤に告白していた」、「津旗が予備彼女でいいと言っていた」、「それからしばらくして、能々市と津旗が気絶している金澤を抱えて図書室に入っていった」というあたりにある。逆に、この話はこまっちゃんに薄めたり消したりする方向で頼もうと思ったけれど、「既にオレの手に余る」と言われてしまった。
こうして、男子からの熱かったり寒かったりするさまざまな視線とともに、大抵の女子からのゴミを見るような視線が突き刺さる。
……いや、泣いてないよ? ちょっと目にゴミが入っただけだから。今日はなんだか部屋が埃っぽいなあ……。
で、ここで、一旦、経緯の話は終わり、今の話をしようと思う。
放課後、俺、美海、津旗、司書の4人で話をすることになったのだ。もちろん、話は津旗のことである。
2人目の彼女ということをどうにか別の形、もっと言えば、普通の友だちくらいに説得できないかと俺が美海に昨夜リンクで相談した。本当は付き合い始めたのだから楽しい話で笑い合いたかったのだが、津旗のことが気になってそれどころじゃなかったってのもある。
すると、美海がどこかのタイミングで司書に相談したらしく、昼休みのとき、「放課後に図書室に集合」と伝えに来てくれた。
「おぉ……聖納ちゃんのは何度見ても、まあ、立派なものだ」
心底感心している素振りの司書がそう言う。司書の視線はずっと津旗の胸である。
ガン見だ。津旗の胸と会話しているんじゃないかってくらいにまじまじと見ている。
いや、いくら司書と津旗が同性でも露骨すぎやしないか。まあ、同性だからといって、触ったり揉んだりしないだけ良識は残っているようだが。
「あの、ちょっと恥ずかしいです」
ですよね。
「司書さん、やめてあげてください」
「何をかな? 少年。で、もう揉んだのか?」
揉むわけないだろおおおおおっ!
「しませんよ!?」
「おいおい、彼女なんだろ? 真面目と度胸ナシは別だぞ?」
それをやめさせるために、司書に美海が相談したんじゃなかったのか!?
ちらっと美海の方を見ると、なぜか、俺に対して申し訳なさそうな顔で微笑んでいる気がする。
あれ? なんで俺に申し訳なさそうにしているんだ? 昨日、あんなに俺に津旗のことで怒っていただろう? もしかして、昨日、俺に一撃を見舞ったからだろうか? でも、それは昨日謝ってもらったし、俺も別にそれで怒っていないしな。
「俺の彼女は美海だけです。津旗は彼女じゃないですし――」
「はい! 私、あくまで予備彼女で、2番目で、待機中なので彼女じゃないです!」
俺が司書に話しかけている途中で、津旗が力強くガッツポーズ的に両手の拳を握って力説している。津旗の目は見えないけれど、表情は割と口に出るようで読みやすい。
うん、そういう解釈じゃないからね? 少なくとも俺はそう思っていないよ? というか、今、津旗に話に入って来られると場が収まらなくなっちゃうんだけど?
「なるほど。少年にとって、都合の良い女だな」
「はい! 金澤くんの都合の良い女です!」
言い方あああああっ!
「言い方あああああっ!」
「もし、少年が聖納ちゃんに『彼女にしないけど身体を使わせてもらう』とかひどいことを言ってきたら?」
俺の叫びは普通に無視された。
そして、最悪なたとえ話をされているんだが。
「もちろん! どうぞ好きにお使いくださいって言います!」
どうぞお使いください、じゃないんだよおおおおおっ!?
俺の意志に反しているのに、俺への風評被害が広がる方向にしかいかないのは何故!?
俺が求めているのはそんな覚悟じゃなくて、友だちとして仲良くしたいだけなんだけど!?
なんで、津旗はこっち見て、両手でサムズアップしているんだろうか。
イイネ、ではない。イイネ、ではないんだよ。
「見事なまでの徹底ぶり。認めよう。津旗さんが少年のものであることを認めよう!」
「ありがとうございます!」
俺の意志はどこへいったあああああっ!?
ってか、美海はどうして何も言わないんだ。
俺が美海に助けを求めると、美海は俺の服の裾を掴んで、やはり申し訳なさそうにこちらをじっと見ていた。
美海にとって、津旗が友だちだから何か思うところがあるのか、はたまた、津旗に「これからも仁志くんのことよろしく」と言ってしまったことでこうなったと思っているのか。
……とにかく、俺の知らない何かがあったんだな。それは後でゆっくりと話を聞いてあげることにしよう。
ただし、だからといって、俺もここで引き下がるわけにはいかない。
「俺が認めていません。津旗は俺の友だちです。大切な友だちですが、彼女とか恋人とかじゃないです」
「あぅ……ううっ……」
先ほどまで意気揚々と嬉しそうにしていた津旗から泣く手前の呻き声のようなものが漏れてきている。
まずい、強く言い過ぎたか? でも、そうとしか言いようが……。
「あっ、いや、その泣かれるのは困るんだが……」
瞬間。
ぞくりとした何かが全身を駆け巡った。
悪寒? 何か、触ってはいけないものに触りそうになっているときの虫の知らせのような危機感が俺に伝えようとしている。
直後、津旗が人目もはばからず、俺に哀願するためか誘惑するためか抱きついてきた。
津旗の顔を見ると、ほんのりと頬が赤みがかっている。
「金澤くん、やっぱり優しいです……。でも、優しい金澤くんに私を認めてもらうには……私が、金澤くんの1番目になればいいのでしょうか」
哀願とも誘惑とも異なる、津旗のその言葉に俺も美海も司書も凍りついた。
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