1-24. 6月……今さら?(4/4)
簡単な人物紹介
金澤 仁志:本作主人公。高身長、顔は普通よりちょい下。
能々市 美海:ヒロインその1。低身長の小動物系女子。栗色の長髪持ち。
津旗 聖納:ヒロインその2。胸部爆盛。黒髪で完全目隠れ、眼鏡あり。せーちゃん。
玄関を出てからは勢いしかなかった。
外履きの靴にも履きかえずに便所サンダルのような内履きのままで出ていく。
立ち止まったら動けなくなる。
足取りが重くなる。
告白すらできなくなる。
だから、構わず進めと、そんなある種の脅迫めいた自己暗示をかけて駐輪場の横も走っていく。
俺が息切れを起こしそうになりながら、若干汗ばみながら体育館の方へと向かうと、案の定、遠目から見ても体育館横には誰の姿もなかった。
「もう終わったか?」
いや、いくら俺が津旗と話し込んでいたとしても、まださすがに終わっていないはずだ。もちろん、2つ返事のルンルン気分になって2人で速攻帰ったっていうなら、もういないだろうけど。
ただ、俺は体育館裏まで見ないと気が済まない。
もう、せめて、玉砕くらいさせてくれ!
どんどん近付いて、体育館裏にようやく差し掛かる。
「いやっ!」
そのとき、美海の声が聞こえた。しかも、短い悲鳴が聞こえた。
悲鳴? 何が起きているんだ?
まさか、まさかで断った? で、先輩に乱暴されそうに!?
「美海!」
俺が体育館横から体育館裏へと回り込んだ瞬間。
ブンッ!
「がはっ!」
先輩のみぞおちに、美海の重そうな音を立てて振り回されたカバンがクリティカルヒットしていた。
うん、正直、ちょっと心配の方向が変わる。
先輩、ものすごい形相でぷるぷるして立っているけど、大丈夫か?
あ、倒れた。ビクンビクンしてるけど、大丈夫か?
……大丈夫か?
「美海?」
「ひ、仁志くん! 来てくれたんやね!」
美海は少し涙目になって、俺に抱きついてきた。
あれ? 話を整理していいか?
乃美に聞いた時点では、まだ確定じゃなくて、揺れていて、でも、半々だからもしかしたらって感じという認識だ。
で、その後に、津旗に聞いた感じだと、美海が俺のことを津旗に任せたから、美海は先輩とくっつくんじゃないのか? って、でも、せめて傷付いても玉砕しようって覚悟を決めたんだが。
あれ? 津旗が嘘を吐いた? いや、さすがに、それはなさそう。じゃあ、勘違い?
「あぁ……気になって……居ても立っても居られなくなって……えっと、美海、大丈夫か?」
「うん……大丈夫。ありがとう。でも、ちょっと怖かった……」
「あがっ……」
俺は美海を抱きしめ返して、優しく頭を撫でる。
安心してきたからか、美海が俺を抱きしめる力が徐々に弱まっていった。
「えっと、ごめん、途中から来たから分からなくて……何があったのか、よかったら教えてくれるか?」
俺は問い詰める感じにならないように、細心の注意を払って優しく美海に話しかける。
すると、美海が俺の胸の中で、こくこくと首を縦に振ってから俺の方を見てくれる。
「うん、ウチね、断ったの。ウチ、もう先輩のこと、何とも思ってなかったから」
「うごおおおおおっ……」
「断ったのか。でも、じゃあ、なんであの時にすぐ断らなかったんだ?」
「あんなに人がいるところで、すぐに断ったら先輩がかわいそうだったから……ちょっとでも考えている感じの方がフっても傷つかないかなって……」
まあ、あんなに自信満々で告白してきたのに速攻でフラれたら、今後に何をするか分からんしな。
「そうか」
「うううううっ……」
「それで、さっき断ったら、身体を掴まれちゃって……」
断ったら、まさかの力づく?
この先輩、案外乱暴だな。
「うぐうううううっ」
しかし、さっきから先輩、悶絶して呻きながらコンクリートの上でのたうち回っているけど、大丈夫か?
「それで怖くなって、少し離れてからカバンを先輩にぶつけちゃって」
ぶつけたっていうか、すごい勢いで殴りつけたというか……まあ、うん。
「そ、そうか……怖かっただろうな。話してくれてありがとう。ところで、話は変わるけど、津旗に俺のことなんか言った?」
「ん? うん、せーちゃんと少し話したよ? 仁志くんとこれからも仲良くしてね、よろしくって」
あ、津旗の言っていたこと、本当だったわ。
嘘だとか思って、ごめん、津旗。
「それ聞いたけど、だから、俺、てっきり、美海が先輩とくっつくから、津旗に俺のことを頼んだのだとばかり……」
美海は俺の言葉に目を丸くして首を横に振った。
「ええっ!? 違うよ!? そんなことしないよ!? ウチが仁志くんの周りにいる女の子にヤキモチして仁志くんにいつも怒っていたら、仁志くんにいつか嫌われるんじゃないかって思って、だから、そういうのやめようって、それで、せーちゃんに今までと同じように仲良くしてね、って意味で言ったの」
紛らわしい……けど……そっか……よかった……。
「そっか……よかった……ほんとに……よかった……」
俺が若干呆けたようにぼそぼそと呟いていると、美海がまじまじと俺の顔を見つめてくる。
くりくりっとした瞳で俺の姿を焼き付けるかのようにしっかりと見てきて、俺はその瞳の中に吸い込まれるのかと思ったくらいに惹かれて見つめ返す。
かわいい。
ちょっとあどけない顔立ちは同学年だと思えないくらいだが、雰囲気はどこか大人びているようにも見える不思議な感じ。
「ウチ、仁志くんのこと好き。仁志くんに好きになってもらえるまで、ウチ、がんばるって決めたもん」
「はあっ……はあっ……いたい……」
「なあ、美海……聞いてほしい」
美海にまた「好きだ」って言われたんだ。
玉砕してもいいからテスト明けに告白するって決めたんだ。
美海が俺の方に戻ってきてくれたんだ。
今言わないでいつ言うんだ。
「な、なに? 先輩の告白をすぐに断らなかったから、怒ってるの?」
俺が真剣な顔で美海の方を向いて、抱きしめていた手を美海の肩に掛けると、美海がびっくりした様子で見つめ返してくれる。
「ちくしょう……いっでえ……」
……ちょっとくらいのノイズなんか気にしてられるか!
「違うよ、全然怒ってないよ。あの、俺も……美海のこと好きなんだ、もうとっくの前に。いや、俺の方がきっと好きって気持ちが大きいから、これからは友だちじゃなくて、付き合ってほしい。俺の恋人になってほしい」
ついに言った。
俺の言葉に、美海の目がまたまた驚きで真ん丸になって目をぱちくりとさせている。美海のころころと変わる表情、驚きの表情だけで七変化している。
それから、そのつぶらな目からボロボロと涙がこぼれてきていた。
「うっ……ううっ……うわあああああん」
「ええっ!?」
「やっと、仁志くんと両想いになれたよおおおおおっ!」
これで、晴れて、俺たちは恋人という関係になった。
「俺も嬉しい。改めてよろしく」
「うんっ!」
ようやくと言うべきか、先輩がフラフラとおぼつかない足で立ち上がる。
そのまま、退散していくかと思った。
だが、様子がおかしい。
顔からして憎らしいという様子で、呪われそうな気さえする。
「……何勝手にハッピーエンドになってんだよ! ちくしょう! バカにしやがって! ふざけるなよ!」
先輩がふらつきながらも殴り掛かろうとしてきた。
このままの位置だと、俺じゃなくて美海が殴られてしまう!
「美海、危ない!」
「仁志くん!?」
俺はとっさにくるりと美海と位置を代わり、美海を自分の身体で隠すように先輩側の方に立つ。
「ぎゃっ!」
俺が全身に力を込めて先輩からの一撃に備えていたら、俺の背後、先輩の方から短い悲鳴が聞こえてきた。
「……うん? つ……ばた?」
振り返ると、津旗が両手で重そうなカバンを持っていた。
美術部のカバンは全員重いのがスタンダードなのか?
画集や画材とかでも常時収納しているのか?
「金澤くんと美海ちゃんが危ないと思って」
「うん、そうなんだけど、先輩大丈夫かな……」
先輩は今度こそ大きな呻き声をあげることなく、両手で脇腹を抑えながら完全に伸びていた。幸いにして、呼吸が確認できたので大丈夫だろう。
……大丈夫だよな?
「因果応報です! 大丈夫です! 峰打ちですから!」
カバンに峰はないと思うが、おそらく、手加減したって意味で使っているのだろう。
うん、手加減して、完全にのびているの、ちょっと怖い。
「そ、そっか……」
「せーちゃん、ありがとね」
「その様子ですと、金澤くんと美海ちゃんは仲直りしたんですね?」
津旗の問いに、俺と美海は互いに顔を見合わせてからはにかんだ。
「うん。まあ、そうだな」
「うん!」
俺たち2人を見て、津旗が安堵した様子で両手をとても大きな胸に当てている。
「よかった。ほんとによかった」
津旗はちょっとズレているところもあるけど、いい子だなあ。
「津旗、ありがとう」
「せーちゃん、ありがとね」
不意に、津旗が俺の背中に自分の身体を押しつけてくるというか、抱きついてきた。
俺の前に美海、俺の後ろに津旗という奇妙な状況になる。
「では、約束どおり、私は2番目として、金澤くんのそばにいますね」
…………。
おい……。
おいおいおい……。
おいおいおいおいおいいいいいっ!
約束してないからああああああああああっ!
俺、それ、断ったからああああああああああああああああああああっ!
「……なに? その2番目って……」
美海の冷たい視線で、俺の身体は冷や汗で冷え始める。
「いや、それは」
俺がどこから説明して、そうではないことを伝えようかと頭を高速回転しているとき、それよりも先に無敵な女の子、津旗の快進撃が始まってしまう。
「さきほど、金澤くんとお話をしたんです。今、金澤くんの1番目が美海ちゃんなら、2番目には私がなります、って。だから、金澤くんと美海ちゃんが別れたら、私が次に彼女になります! 予備彼女です! もしくは、今は金澤くんが2人を同時に好きになれないようですが、好きになれるようになったら、なんと、私も彼女です! 美海ちゃん、そのときは一緒に金澤くんの彼女をがんばろうね!」
目隠れの津旗なのに、後ろにいるのに、津旗は眩しいくらいの笑顔だと容易に想像がつく。
って、あるぇ? そんなことまで言ったかな、俺。
ちょっと、あのとき、若干焦っていたから、細かいところまで覚えてないけど、似たようなことは言った気もするけど、そこまで言っていたかなあ?
いや、言ってないぞ!? 津旗を彼女にするなんて一言も俺は言ってないぞおおおおおっ!? ちょっと覚えていないけど、嘘は言っていないかもだけど、解釈が無敵すぎませんかねえええええっ!?
「いや、待ってくれ、津旗、俺、了承してないぞ? してないからな? 告白、断ったよな? 断ったはずだぞ? おーい、津旗、聞いているか? おーい、津旗さん、聞いてますかあああああっ!?」
「金澤くん、好きとも言ってくれました」
あ、聞こえてない。なんかうっとりしている声色っぽい。
なんか背中を頬ずりされている?
あと、うん、たしかに、言った。言ったけど、正確には「逆にここまで突き抜けていると好きかも」であって、愛の告白じゃないぞ!?
待ってくれ! 美海に誤解されるから待ってくれ!
「待ってくれ! 美海に誤解されるから待ってくれ! 好きって言葉は使ったけど、たしかに使ったけど! 俺の話聞いて!? だいたい、それ、友だち的な意味、友だち的な意味だから! 美海? あの、美海……さん?」
美海は抱きしめていたはずの俺から両手を離し、そのまま俺の手を払いのけた。
で、なんか、右足を後ろに動かし、半身の状態で腰を少し落とし、右手にものすごい力を込めているっぽくて、左手を右手に沿える構えを始めた。
格闘技未経験の俺でも分かる威圧感。
これは必殺の一撃……っ!
避けようにも、津旗が寄りかかっていて、下手に避けられない!
「仁志くんのおおおおお、バァァァァァカァァァァァっ!」
「やっぱり、俺なのおおおおおっ!!? ぐふうっ!」
グーパンチ。鋭い一撃、重い衝撃。
その後しばらく、俺は伸びたままの先輩と一緒に仲良くコンクリートの上で寝る羽目になっ……た……。
ご覧くださりありがとうございました!




