1-Ex6. 6月……なんで?(2/2)
簡単な人物紹介
金澤 仁志:本作主人公。高身長、顔は普通よりちょい下。
能々市 美海:ヒロインその1。低身長の小動物系女子。栗色の長髪持ち。
津旗 聖納:ヒロインその2。胸部爆盛。黒髪で完全目隠れ、眼鏡あり。せーちゃん。
司書:図書室の受付お姉さん。仁志を「少年」呼びする。
俺は一体いつから……美海が図書室で勉強していると錯覚していた?
いや、今までは、たしかに図書室をちらっと覗くと美海がいて、司書と話しているか、勉強しているかをしていた。その度に、気付かれないように俺はこそっと帰っていた。
そう、今まで、正確には、昨日までは、だ。
今日もそうだとは限らない、という当たり前のことを意識していなかった。
「え? これって……」
「ちょ、ここで?」
「修羅場か?」
「元カノと今カノのバトル的な?」
「浮つきやがって……爆発しろ」
「なんであんな奴が……」
「勉強しろよ……」
周りがざわついている。
って、待てい。
なんで、美海が元カノで、津旗が今カノなんだよ。いろいろとおかしいだろ。勝手に変な方向に妄想を持っていくなよ!
「…………」
しかし、俺は周りを否定する言葉どころか、一言も、一音さえも喉から出すことができなかった。
今の俺は血の気が引くという言葉がこういうものなのだと身をもって学んだ気持ちだ。
津旗が至近距離にいて、なんならまあ、たしかに傍から見て「もしかしてあの二人付き合っているのかな」とか妄想しちゃうくらいに顔とか身体とか近い。
「…………」
逆に、美海が遠くて、教室の外から顔というか半身くらい飛び出してこちらを見ている。いや、物理的な距離よりも心の距離の方が遠ざかっているような気がする。
美海を見ると、無表情? いや、きっと、怒りを超えた何かなのだと思う。
なんなら、「あぁ、ダメだこいつ懲りてないな」みたいな感じでちょっと哀れんでいるようにも見える。
「あ、美海ちゃん。私、今、金澤くんと勉強を始めたんですけど、美海ちゃんも一緒に勉強しませんか?」
津旗が先制の言葉で美海を見つけて嬉しそうに手を振ってそんなお誘いをし始めた。
いや、無自覚、無敵、強い!
多分、津旗的には、津旗自身が間に入ることで俺と美海の2人が仲直りをするチャンスづくりをしているくらいに思っているんじゃないかと思う。
でも、この状況は、この状況では、それは悪手なんだ。というか、多分、津旗が前に出ると場が悪化するんだ。
「うわ……」
「おい、まさかここでバトるのか?」
「今カノ自信すごすぎ」
「これはおちおち勉強してられん」
「浮つきやがって……爆散しろ」
「なんであんな奴が……」
「勉強しろよ……」
なんとなく、なんとなくだけど、津旗の周り、特に女子が擁護派と糾弾派に分かれる理由を分かった気がする。
まあ、俺は、津旗のこと嫌いじゃないけど、嫌いにはならないんだけど、ちょっと今は勘弁してほしいとか、ちょっとだけ思う。
美海は津旗の言葉に、ぶんぶんと頭を振って、両手でバツを作って意思表示をした。
うん。喋らないという鉄の意志なんだろうけど、どうだろう、なんか身振り手振りでがんばっている姿がかわいい。
怒っていても返事をきちんとするの偉い。かわいい。
……待てよ。
怒っていても返事?
「美海。あの、話を聞いてくれるか?」
「…………」
美海は微動だにしなかった。
いや、表情はものすごく変わった。
今まで見たことないかもってくらいの冷たい目で俺を見ている。
あぁ、なるほどね。理解した。
津旗には全然怒ってないわ、これ。
俺にしか怒ってないわ。
なんか俺が浮気した感じの雰囲気になっているわ、これ。
「あれ? 彼氏にだけ冷たい?」
「まだ元カノじゃなくて今カノで、彼氏の方が他の子に手を出しているってことね」
「今カノと元カノは仲が良い?」
「やべえ……」
「浮つきやがって……灰塵に帰せ」
「なんであんな奴が……」
「勉強しろよ……」
一瞬で。一瞬ですべての矛先が俺に向いた。
まあ、そうなるよな。
うん、まあ、俺が悪い。
美海と中途半端な状態なのに、津旗とも仲良くしていたら、そりゃ怒られるわ。
「金澤くん、どうしましょうか?」
ようやく、そういう雰囲気じゃないと、ようやく察した津旗が困ったように俺の方を向く。
その瞬間。
美海が俺に向かって、あっかんべー、とばかりに眉間にシワを寄せて目の下に指を当てながら舌を出す。
うん、かわいい。でも、めっちゃ怒っているんだよなあ……。
俺がその感想を抱いたと同時に、脱兎のように逃げ出す美海。
「ごめん、津旗。ちょっと俺、美海と話してくる」
「ごめんなさい。きっと、私のせいですよね?」
津旗が落ち込んでいるように見える。
たしかに津旗にも一因があるようにも感じなくもないが、でも、それは俺の逃げだと思う。どっちにしろ、美海が津旗を怒っていない以上、俺が津旗のせいだと責めるような言葉を告げるのは間違っている。
津旗もフォローしとかないと。
「いや、津旗のせいじゃないよ。気にしないで。俺が悪いからさ」
「金澤くんも悪くないと思います」
なるほどな……津旗は気付いていないかもしれないけど、この言い方は解釈がだいぶ分かれるよな。
「そっか。ありがと。だったら、誰も悪くないってことで。今回はたまたますれ違っているだけだからさ」
「……はい」
俺は図書室に向かう。
いるはずだ。
その予想はバッチリ当たっていた。
俺が入ると、司書と話していた美海が俺に気付いて司書の後ろに隠れた。司書は美海に聞こえない感じで溜め息を吐くかのような表情、つまり、呆れた表情で俺の方を見る。
「美海、話を聞いてくれるか?」
俺からは美海が見えない。あまり近付いて刺激するのもどうかと思ってちょっと離れていて、美海が司書の後ろにすっぽりと隠れてしまっているからだ。
司書にも悪いことしているなあ。すべてが終わったら、きちんと謝っておこう。
「少年、美海ちゃんは、今は話を聞きたくないそうだが?」
司書はその言葉を言いつつも顔を少し動かして、「構わず話せ」と言葉にせずに俺に伝えてきている。
そう、ガツガツしないなら、ガツガツされて嫌われるのが怖かったら、俺はこのまま美海に言われるがまま退いていたかもしれない。
だけど、さすがに、ここで退くわけにはいかなかった。
「じゃあ、俺の独り言になるけど……津旗とは本当に何もなくて、普通に友だちなんだ」
俺の言葉のあと、司書が後ろを見るように少しだけ振り返って頷いている。
どうやら、美海の言葉を聞いているみたいだ。
「ふうん。私とも友だちやもんね? 私とも何もないもんね? 私と同じくらいってことやよね? だそうだ」
あ。しまった。言葉の選択、完全にミスった。
案の定、司書が「バカかお前」と喉元まで出掛かっている表情で俺を見る。
「いや、それは違うよ。美海は特別だし、津旗は普通だよ」
「それ、せーちゃんにも言っているんじゃない? だそうだ」
「そんなことないよ。さすがに、それは信じてほしい。俺は美海のことを特別だと思っているんだ」
俺は正直に思っていることを伝えるしかなかった。
誠実に、正直に、本心を伝えるしかできない。
嘘で気持ちを込めてうまく伝えられるほど、俺は口が達者じゃない。
「……信じられないよ! この浮気者! どうせあの大きなおっぱいにつられたんだ! ガツガツしてみっともない! やっぱり男なんてみんなそうなんだ! 心底失望したよ! そんなに大きいおっぱいがいいなら、せーちゃんとくっつけばいいじゃない!」
司書が美海の気持ちを慮ったのか、やけに熱のこもった言葉の刃がぐさりぐさりと俺に刺さる。
もうなんか泣きたい。
いや、でもな、さすがに、おっぱいに惹かれたって、俺への心象が最悪すぎるだろ。
俺、美海の慎ましやかだと思ったけど意外にある胸も好き、って、俺も胸から離れろ!
「待ってくれ! 違うんだって! 失望しないでくれ……俺は……ん?」
なんか、美海が動いているのか、司書がちょっと痛そうにしている。
「いてて……すまん、今のは私がちょっと脚色した……いてっ、すまん、分かった、分かった。ごめんね、美海ちゃん。少年、改めて。今のは私がすべて捏造しました。はい、ごめんなさい」
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおいっ!
さすがにシャレにならんぞおおおおおいっ!
「割と真面目に俺、傷付いたんですが!? 美海に言われたと思って、すごくヘコんだんですが!?」
ちょっと泣きそうになったし。
「すまん、すまん。本当はだな、分かった。でも、もう少しだけ、心の整理させてもらえる? 期末テストが終わる頃までにウチなんとかがんばるから。だそうだ」
ふっざけんなあああああっ!!
全然違うじゃねえええええかあああああっ!
「さっきと全然内容違うじゃないですか!?」
「はっはっは。捏造って言っただろう? 少年もまだまだだな。美海ちゃんが少年を露骨に傷付けるようなことを言わないさ」
お前が言うかあああああっ!?
捏造にも限度ってもんがあるだろうがあああああっ!
「状況! この状況! TPOって言葉知ってますか!?」
「T・P・O? 三人称視点での操作?」
「違いますよ! それっぽいやつにしないでください! 分かっていて言ってませんか!?」
「すまん、すまん。お茶目のつもりだったんだがな。まあ、この場をとりなす私へのちょっとしたお礼ってことで、さっきのはまるっと許してくれ」
「うぐっ」
うっ……なんだかなあ……。
お茶目で片付けていいものかは悩むが、司書を巻き込んだ手前、そう言われると強く出られないんだよなあ。
大人ってズルい。
「とりあえず、今日はお開きだ。少年は帰りたまえ。私と美海ちゃんはもう少し話す」
「でも……」
「聞こえんのか? あ?」
……ここでパロディをぶちかましてくる精神は嫌いじゃないが、タフ過ぎるだろ。
「分かりましたよ。じゃあ、最後に一言。美海、期末テストの勝負続行してくれてありがとう。ただ、期末テストの勝負、俺、絶対に勝つからな。勝って、美海にしてもらいたいことあるから」
俺の言葉を聞いた美海からの言づてを聞いて、司書が笑っているように見えた。
「私がまた勝って、仁志くんにしてもらいたいことしてもらうもん。だそうだ」
俺は安堵した。
まだ俺は美海に見限られてはいない。
「お互いにがんばろうな」
そう言って俺は図書室を後にした。
負けられない。
絶対に勝つ!
ご覧くださりありがとうございました!




