1-19. 6月……ふーん?(3/4)
簡単な人物紹介
金澤 仁志:本作主人公。高身長、顔は普通よりちょい下。
能々市 美海:ヒロインその1。低身長の小動物系女子。栗色の長髪持ち。
津旗 聖納:ヒロインその2。胸部爆盛。黒髪で完全目隠れ、眼鏡あり。
松藤:仁志の友だち。バスケ部。美海と小学校からの知り合い。
鶴城:仁志の友だち。バスケ部。美海と小学校からの知り合い。
美河:仁志の友だち。バスケ部。美海と小学校からの知り合い。
いつも笑ってニコニコしている松藤が笑顔を貼り付けたままで、ピリッとさせているのが分かる。
松藤は顔が笑顔のポーカーフェイスだが、声に感情が出やすいというか、あえて顔を崩さずに声で表現している感じがある。
「おいおい、松藤……俺が津旗と話しているだけで美海を泣かすって……それはさすがに大げさだろうよ。津旗だって、別に見知った顔を見かけたから声を掛けてくれた感じだろ?」
俺がそう言うと、松藤は笑顔なままだが首を横に振って肩を組んでいない方の手で自分の頬をポリポリと掻き始めていた。
「……あんなあ……そら全然違うんよ。知らんのかも知らんけど、この数か月で、男子に一度も自分から話しかけにいったことのない津旗さんが、よもやよもや、自分から男子の方に向かって行って、さらには話しかけにいったってだけで、正直、前代未聞、空前絶後、驚天動地のびっくりもんよ?」
「え?」
「つうか、なんなら、俺、津旗さんが男と会話のキャッチボールしているとこ初めて見たくらいや。いつも『ごめんなさい』って言って、別れの言葉の剛速球を投げて逃げていくからな? 先生とすらあまり話せないみたいで苦労してるよ?」
「は?」
「え? は? じゃないんよ。丁寧に言ったんやから、理解せえよ?」
俺は驚くほかなかった。
さっき、気さくに話しかけてくれた津旗が普段はそんな感じ?
「なんだ? 文脈読めねぇのか? 話聞くの上手じゃねえんだな」
「鶴ちゃん、そのセリフはギリッギリアウトやなあ。もっとボカさんと」
俺は驚くほかなかった。
あれ? こいつら、漫画の話じゃバスケ漫画くらいしか読んでない感じのノリで、SNSなんかもしている感じもなさそうなんだが、そんな有名な煽り言葉出してくる?
って、なんで俺が煽られなきゃならないんだよ!
「……煽るな! ってか、津旗の話、そこまでじゃないだろ? さすがに誇張表現だろ?」
「金澤にそんな即バレするような誇張ついてどうすんの? それにそんなの無駄に喜ばすだけやん。わざわざ喜ばす気ないし、残念やけど、本当のことや」
まあ、そんな松藤が言うほどに喜びはしないけど、たしかにまあ、そう言われて悪い気はしないか?
「って、言われてもな」
でもなあ、訳が分からん。本当に分からん。
……あぁ、あれか? 美海と同じ理屈か? ギラギラしたウルフな男たちと比べて、俺がもしかしてガツガツしていない枯れた感じに見えるからか。
津旗も俺をそんな間違った感じで見ているのか。
そりゃ、津旗に恋愛感情はないけれど……さ……なんか完全な安全牌みたいに言われるのは、それはそれで癪なんだよなあ。
とはいえ、教科書を貸してくれる女神さまに楯突くわけにもいかんな。
「あんなあ……この鈍感が……。もうええから、金澤はののちゃんに……おっと、一旦、終わり」
松藤は何かを言いかけたが、気付いて話を中断し、3人がすっと後退る。
気付いたものはもちろん津旗だった。
津旗は相変わらず目が見えないけれど、口元が優しく微笑んでいる気がする。そんな津旗が俺に現代国語の教科書を手渡してくれようと俺の前に差し出してくれた。
「金澤くん、これでいいですか?」
「あ、ありがと。助かる」
俺は礼を言った後に、すっと手を出すと意図せずに津旗の指に触れてしまう。
「っ」
俺の手が触れて嫌だったのだろう。津旗が手を引っ込めるものだから、危うく教科書を落としそうになった。
それでも俺はしゃがみこんで、すんでのところで教科書をキャッチする。俺の反射神経も捨てたもんじゃないな。借りる教科書を汚さなくて良かった。
一瞬。
津旗と初めて目が合った。
上を向いた時に、髪に隠れた津旗の顔も見ることができた。もちろん、眼鏡や髪の毛でできた影で暗かったのではっきりとは見えなかったけど……意外とつり目な感じで……かわいい……というか、すごいかわいい、よな?
前髪で顔を半分も隠しているから、目とかにコンプレックスとかあるのかなって思ったけど、そんなコンプレックス抱えるような顔立ちじゃないと思う。
うーん、つり目だと若干きつく見えて嫌だとか? でも言うほどつり目でもないから、単に目を合わせるのが恥ずかしい恥ずかしがりか? はたまた、単純に目が見られないから視線をあんまり感じないから安心するのか?
とにかくいずれにしても、見られたくない感じかな、とか勝手に思った。
だったら、まじまじと見るのは悪いな。
「あ、びっくりさせてしまったみたいで、ごめん」
俺は立ち上がった。
先ほどまであまり気にならなかったけど、津旗は美海と頭1つ分くらい違って、女子の平均身長くらいなのかな。
「ううん。大丈夫です。教科書もお役に立ててよかったです」
津旗は手で口を覆いながら話し始める。
うん、顔が全然見えない。
口振りから怒っていたり過度に恥ずかしがっていたりする感じじゃないけど、警戒しているのだろう。
教科書貸すのやっぱりナシってならないかが心配なので、これ以上、刺激するのはちょっと避けたいな。
「5限には使い終わるんだけど、今日6限終わりで、授業後の休憩時間だとちょっと難しいから放課後に返すのでいいかな?」
「はい、大丈夫です。私は今日、午前中に使い終わりましたから」
はい、存じておりますとも。
「ありがと。で、今、テスト週間で部活ないだろ? 津旗って放課後すぐに帰っちゃう?」
「ううん、私、そっちに用事ありますから、放課後にすぐにそっち行きますよ。だから、待っていてもらってもいいでしょうか?」
津旗からの提案に、相手からとはいえ、なんだか悪いと思ってしまう。
「それは構わないけど、借りた方が動かないのはなんだか申し訳ないな」
「ううん、むしろ、私の都合でお願いしていますから」
「それなら分かった。じゃあ、ありがとな。借りるわ」
こうして昼休みの終わりも迫った頃になり、松藤の言いかけた言葉を聞かないままに俺は教室へと戻って授業を受ける。
5限が怒られずに済んで終わり、6限も何事もなく終わり、教室の掃除もして、終礼も淡々にして粛々と終わった。
後は、津旗に教科書を返して、美海と最終下校時刻までテスト勉強をするだけだ。
今日も図書室だろうか。
なんだかんだであの司書の作り上げている図書室の雰囲気は勉強や息抜きに合うが、やっぱり2年や3年もいるので少し緊張する。
司書はやっぱり上級生の方が付き合いの長い生徒も多いようで、いつも俺たちにちょっかいをかけてくるわけじゃない。
そのバランスも含めて居心地がいい感じもあるな。
「金澤くん、待たせてごめんなさい」
「と!」
俺は声を掛けられて、そちらの方を向くと、目の高さ、そう、目の前には特盛、いや、超特盛の胸部が視界そこそこに広がっている。
ちょっと視線を上にずらすと、津旗が首を傾げてこちらの方に顔を向けていた。
「と?」
「と、と……特に問題ありません」
「ふふっ、急に丁寧な言葉遣いですか?」
特盛ですね、と言えるわけもない。特に問題ないという言葉をとっさにひねり出した俺、偉い。
俺は現代国語の教科書を手に持って立ち上がる。じゃないと、特盛が視界のメインになってしまう。
それではあまりにも不誠実だ。
かと言って、見ないのも男として無理だ。
だって、男だもの。ひとし。
「いや、教科書を貸してくれた津旗に丁寧な言葉遣いをするのは当然だろ?」
「ふふっ、普段の言葉遣いのまま話してくれる金澤くんの方が話しやすいですよ?」
俺が別のことを考えていたのは、もう津旗に気付かれているようだ。
俺はバツが悪そうにちょっとヘラヘラと笑ってしまう。
そんな俺と津旗のやり取りをクラスのみんなはざわざわとしながら見ている。
そんなざわつくことか?
「ひー、とー、しー、くー、ん?」
「あ、美海……さん?」
美海の声が聞こえてきて、なんで、そんなゆっくりと俺のことを呼んでいるんだ? と思いつつ、津旗に向けていた視線を教室の扉の方へと移していく。
俺は美海と呼んだ後に、思わず、さん付けしてしまった。
美海がにんまりと笑みを浮かべながら、どこかその笑顔が怖かったからだ。
どうやら、美海は怒っているようだった。
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