4-22. 3月……もっと仲良くか
簡単な人物紹介
金澤 仁志:本作主人公。高身長、顔は普通よりちょい下。
能々市 美海:ヒロインその1。彼女。低身長の小動物系女子。栗色の長髪持ち。
津旗 聖納:ヒロインその2。特別な友だち。胸部爆盛。黒髪で完全目隠れ、眼鏡あり。せーちゃん。
乃美 梓真:美海の友だち。あーちゃん。
3月中旬の最大イベント、ホワイトデー。
俺はとりあえず、「3倍返しをしなくてもいい」と美海や聖納に念押しされたので、選べる中で高めのものを選んだ。まあ、市販品じゃないから3倍返しとか難しいよな。かといって、材料費を聞いて確かめるのも失礼この上ないしな。
ということで俺は、美海に動物系の形をしたキャンディを詰め込んでいるキャンディボックス、聖納にカラフルなマカロンの詰め合わせ、母さんや妹の彩にバウムクーヘンを贈ることにした。
あと、義理チョコをくれた乃美にも用意してあって、俺は昼休みに渡すつもりで事前に連絡しておいた。義理チョコのお返しでクラスメイトとかに見られるのも乃美がからかわれる原因とかになると困るだろうし、最近の定番スポット1階のミニホールに来てもらうことにしてある。
「義理チョコのお返しだとしても緊張するな。乃美は甘いものでも大丈夫って聞いたから、とりあえずこれを選んだけど」
俺はキラキラと七色の光に反射する袋のラッピングで包まれたお菓子を軽く手に持っている。
乃美にリンクで聞いたら、「まあ、好きだけど」と返ってきたし、「アレルギーも特にない」とも聞いたので、何を渡しても大丈夫だろうと思った。
「すまない、金澤、待たせたな」
考え込んでいたら、いつの間にか乃美が俺の目の前に現れていた。
相変わらず忍者のように音も気配もなく現れるのはちょっと怖いな。
「いや、待ってないけど? というか、時間前だし」
それほど待ってないというか、ここでご飯を食べていたので待っているという感覚もあまりなかった。
「それでも、先に待ってくれていたんだから——」
「まあまあ、いいじゃないか。そんな細かいことは気にしないでくれ。むしろ、そう言われちゃうと、わざわざ呼び出した俺の方が気になるしな」
乃美の律儀な返事が長くなりそうなので、俺はへらっと笑ってまあまあと言葉を遮りつつも乃美が気にしないようにと言い続ける。乃美もこれ以上は不要と判断したのか、小さく息を吐いてから気持ちを切り替えたように真っ直ぐ俺の方を見つめてきた。
乃美が綺麗な顔でキリっとした眼差しと表情をするので、俺は思わずぎこちなくなってしまう。乃美は髪も短めで中性的な雰囲気の綺麗系の美人なので男女関わらず人気が高めの女の子だ。
「そうか。で、用件って?」
……乃美が用件を分かっていない。
「あれ? てっきり分かってくれたと思ったんだけど」
甘いものが好きかどうかを事前に聞いたし、今日がホワイトデーってことは気付かれていると思ったから、それで来てくれたのだと思ったけど。
「……決闘か?」
空手経験者の乃美が不穏な言葉とともに、すーっと自然な流れで構え始める。
この圧……そして無駄のない動き……確実に……負ける! って、そうじゃないわ!
当然俺は焦って、お菓子を持っていない方の手をぶんぶんと横に振った。
「なんでだよ!? 呼び出しは果たし状じゃないからな!? だいたい、乃美と闘ったら速攻で負ける自信あるわ!」
「その自信は情けなさ過ぎるだろ」
乃美は構えを解いた。
ひとまず俺は安心したが、乃美が若干軽蔑の眼差しをしているようで辛い。
そんなこと言われても、乃美に勝てる気が一切しない。寝込みを襲えば、勝てるかもしれないが、なんかそれは別の意味でマズい気がするからできるわけもない。
「俺は自分を過大評価しないことにしている。って、そうじゃなくて、この前、甘いモノは食べられるかって聞いただろ?」
「あ、あぁ」
どうやら乃美はまだピンと来ないらしい。
もしかして、義理チョコをくれたことすら忘れられている?
そりゃ俺なんて渡しても渡さなくてもいいような存在かもしれないけれど、一応、こっちは友情を感じているのだから、このタイミングになったらちょっとくらい思い出してくれてもいいんじゃないかなとほんの少しの不満も覚えた。
「ほら、義理チョコくれただろ? これ、お返し」
つい思っていたことが態度に出てしまって、ぶっきらぼうに乃美の方へと差し出してしまう。
「え? あ、ホワイトデー?」
乃美が本当に今思い出したかのように珍しくびっくりした顔をするので、普段とのギャップにすっかりやられてしまって溜飲も下がってしまった。
まあ、そのびっくり顔に免じて許そうじゃないか。
というか、まあ、俺もちゃんと言っていないから悪いんだけどな。
「なんだ、本当に気付かなかったのか? 俺みたいだな」
「金澤みたい?」
「俺もバレンタインデーを言われるまで気付かなかったからさ」
「金澤と同じ……」
乃美が眉間にシワを寄せて不思議そうというか難しそうな顔をしてきた。
なんか悲しくなってきたぞ。少なくとも俺たち、友だちの端くれくらいだと思うんだけどなあ。
「そんな嫌そうな顔をしないでくれ。で、これ、受け取ってくれるか?」
俺がキラキラしたラッピングの袋をずずいと前に出すと、乃美が先ほどまでと打って変わって、ちょっと嬉しそうに恭しく両手で受け取ってくれる。
やっぱり、お菓子がもらえると嬉しくなるんだな。
さっきからギャップ萌えというべきか、普段と違う顔を見せてくれる乃美が、特に嬉しそうな顔をする乃美がかわいらしいと思える。
……浮気じゃないぞ? 別に女の子をかわいいと思うこと自体は浮気じゃない。
それにこのプレゼントは義理チョコのお返しだから、浮ついた気持ちのプレゼントではない。
俺はそう自分に言い聞かせる。
「あ、あぁ……ありがとう。中を見てもいいか?」
俺の顔をもう一切見ていない乃美がまじまじと袋を見て、視線も寄越さずに開けていいかと言葉だけを俺に向けてくる。
そんなこと聞かずとも開けてくれていいんだけどな。
「もちろん。乃美みたいに手作りじゃないのは申し訳ないけど」
「いや、異物混入される心配がないからその方がいい」
なんでだよおおおおおっ!?
別に乃美に恨みも何もないし、俺が今まで乃美に何をしたって言うんだよ!?
すんと真面目な顔で袋を開けつつ、何の気なしに言うレベルの冗談じゃないからな!?
「そんなことしないが!? もっと俺を信頼してくれないか!? だいたい、何を混入するって言うんだよ!?」
「興奮剤とか? 媚薬とか?」
あ、俺、そんな節操なしに見える?
えーっと、俺、毒牙に掛ける奴だと思われている?
いや、冗談……だよな? その言葉を言ってから、乃美がなんかちょっと笑っているし。
「乃美でもそういう冗談を言うんだな……仮にそんなものを使っても、力の差で乃美を押し倒せる気がしないけどな」
俺が安心してくれと伝えたつもりで言った言葉だが、乃美にはあまり面白い冗談ではなかったようで急にムッとした顔になる。
「私だって女の子なんだけどな……」
……たしかによくなかったな。
「すまん、すまん。冗談に冗談を重ね過ぎたな。開けて中を見てくれ」
「……これは……マドレーヌ? ……マドレーヌ!?」
乃美が出てきたお菓子を二度見するような勢いで驚いている。
乃美にはマドレーヌを選んだ。マドレーヌの意味は「もっと仲良くなりたい」らしいので、会ったころと比べても友だちとして徐々に話すようになってきているし、もっと仲良くなりたいってマドレーヌがぴったりだと思った。
「そうそう、マドレーヌ。乃美も知っているのか? なんか意味を調べたら、もっと仲良くなりたいって意味らしいから」
「そ、そうか……もっと仲良くか……」
乃美の表情を見る限り、悪い印象はなさそう。
まあ、嫌われていない限り、仲良くなりたいって気持ちで悪い気はしないものな。嫌われていない限り、だけど。
「ほら、最近、クソザコカスチキン野郎とか言われなくなってきたし? もっと乃美とも仲良くなりたいなって思って」
あと、あれか、何とも思っていなかったのに、急に仲良くなりたいって思われるのも怖いか。まあ、でも、何とも思っていないこともないだろう。友だち感もあるし。
……なんで、俺、心の中で必死に弁明をしているのだろうか。
ふと乃美を見ると、乃美は徐々に表情が柔らかくなってきた。
「……ありがとう」
乃美の柔らかな笑みにドキッとした。
いやいや、美人に微笑まれたらドキッとくらいするからな?
「あ、あぁ……そう言えば、聞いていいのか分からないけど、乃美は本命にチョコを渡せたのか?」
俺はふと思い出して、少しデリカシーに欠けているかもと思いつつも乃美の恋の行方を聞いてみた。乃美ほどの女の子が本命を渡したのだから、きっともう付き合っているんじゃないだろうか。
待てよ……すると、義理チョコのお返しとはいえ、俺と乃美が2人きりになっている状況って乃美に彼氏に悪いか? マズいな、そこまで考えていなかった。
俺の気まずさと別に、乃美も俺に気まずそうな表情を見せる。
「え……あぁ……まあ、どうにかこうにか?」
「どうにかこうにか? 結構モテる奴なのか?」
「意外とそうみたいだな」
どうやら本命と付き合えていないようだ。乃美でも難しいのか。
「そうか。とりあえず、マドレーヌでも食べて元気出してくれよな。じゃあ、またな」
俺はどう言えばよく分からなくて、何の足しにもならないような励ましの言葉を乃美に掛けた。
乃美は複雑な表情だったけど、それでも俺に笑みも浮かべてくれていたのだった。
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