4-21. 3月……それでいいんじゃないか
簡単な人物紹介
金澤 仁志:本作主人公。高身長、顔は普通よりちょい下。
能々市 美海:ヒロインその1。彼女。低身長の小動物系女子。栗色の長髪持ち。
津旗 聖納:ヒロインその2。特別な友だち。胸部爆盛。黒髪で完全目隠れ、眼鏡あり。せーちゃん。
湖松:仁志の友だち。こまっちゃん。地獄耳の湖松。
毎年3月も中旬に入ると徐々に暖かい日がちらほらと訪れてくる。最高気温も15度を超える日だってちらほら出て、ようやく春の訪れという雰囲気もあった。
そうなると、年度終わりをそろそろ迎える実感も湧く。
「もうそろそろ、このクラスともお別れか」
3月もあとは消化試合のような到達度テストと2回目の球技大会、それと終業式だ。自ずとクラスメイトとの思い出もふっと頭の中に、湧いては消え、湧いては消えを繰り返す。席替え、グループワーク、遠足、1回目の球技大会、文化祭、などなど。
しかし……みんなとの想い出はもちろんあるのだが、俺の恋愛模様で迷惑を掛けた方が多い気もしてなんだか申し訳ない気持ちにもなってくる。
あと、七不思議に昇格してしまった動く藁人形がどうなったのかも気になるな。
「金澤どうした? 落ち着いているのはいつものことだが、今日は珍しくもの悲しい感じじゃないか」
一応、周りからは物思いに耽っているようには見えたようだ。
親友のこまっちゃんこと湖松が少し不思議そうな顔をして立ったままで話しかけてきた。
「俺はそんなに能天気じゃないんだが?」
小学校、中学校と一緒のこまっちゃんはちょうどいい距離感で俺といてくれるのでとてもありがたい。
「そこまで言ったつもりはないが、たしかに能天気な部分は大いにあるな」
だが、忖度はないので、ズケズケと遠慮なく言ってくれるのは時と場合による。今はまだいいけど、凹んでいる時にも容赦がないので辛い。
「前半の否定をするだけでよかったんだが……」
「ははは、遠慮するな。適正な評価を下したまでだ」
こまっちゃんはフッと鼻で笑うかのような小さい笑みを浮かべて、特段俺の表情を気にした様子もなくそう言ってくれる。
「それが適正だと信じたくないって意味なんだがな?」
こまっちゃんが「お前は何を言っているんだ?」と言わんばかりの顔をするので、多分、こまっちゃんの中で俺の評価はほぼほぼ固定されているのだと思う。
それでも、お互いに親友と言い合えるのだから決して悪い印象を抱かれていないだろう。
「ともあれ、おめでとう」
「……おめでとう?」
急に祝われて困惑する俺を無視して、こまっちゃんがここでようやく空いている隣の席に座って、内緒話でもするようにずずいっと顔を近付けてきた。
こまっちゃんは顔が良いから、もし女子だったら惚れそうになるんじゃないかなとか思ってしまう。俺は男だからいいんだけど、でも、美海に近付かれるとちょっと心がざわつくかもしれない。
「何を不思議がっている? 金澤がようやく希望通り、二股を解消して、さらには能々市さんと恋人関係になったことを祝わない親友もいないだろう?」
そんな俺の心のうちなど知る由もなく、こまっちゃんは先ほどの祝辞の意味を伝えてきた。
いや、まあ、そうか。俺が二股恋愛に悩んでいたことも話していたからな。それが解消したならお祝いの言葉を1つや2つ言いたくなるのも分からないでもないな。
……ん? あれ? 待て、待て。
「おい、待て?」
「ん? 何か間違ったことを言ったか?」
こまっちゃんが再び不思議そうな顔をしてくる。
不思議そうな顔になりたいのはこちらの方だ。
だって、俺、こまっちゃんに聖納と別れたことをまだ言っていないんだぞ?
「間違っていないから、だよ。どうして、そのことを知っている?」
「はっはっは。俺の情報網を甘く見たか?」
こまっちゃんがおかしなことでもあったかのように笑う。
そうだった。
こまっちゃんは「地獄耳の湖松」と呼ばれるくらいに様々な情報を持っている。それに何度か助けられたこともあるので普段は恩恵の方が多いけど、当然俺のこともいろいろと知っているわけだから、なんだか気の抜けない相手でもある。敵対したことないから恐ろしい目に遭ったことないのが救いだ。
「美海か、聖納か、それとも司書か? 誰かに直接聞いたのか?」
俺が情報源を辿ろうとすると、こまっちゃんはビシッと右手の人差し指と中指を立てて軽い挨拶でもするように数度手を振っていた。
俺が険しい顔をしてしまっているから、周りに何事かと思われないためのフェイクモーションだろうか。
「信用問題に繋がるため、いくら金澤に聞かれたとしても、情報元は秘密だ」
いくら俺でも、という言葉に、俺は諦めざると得ない。無理に聞いたところで、誰も幸せにならないだろうし、こまっちゃんと敵対するデメリットの方が大きすぎる。
「そうか。まあ、無理には聞かないけど。じゃあ、これくらいは教えてくれ。こまっちゃんから見て、俺の判断は正しかったか?」
こまっちゃんは顎に手を掛けて少しばかり唸った後に小さく口を開いた。
「ふむ。その答えを俺は持ち合わせていない。だから、言い換えさせてもらうと、金澤は自分で判断し、それに満足しているのだから、誰から何を言われようとも正しいと思ったらいいだろう」
自分の判断に満足している。
そう言えたら、俺は聞いていないと思う。
「そう、かな?」
「自分でそう思えるなら、それでいいんじゃないか? それとも、俺にそのことを否定されたら今からでも能々市さんから津旗さんに変わるのか? その決断を人に委ねてしまうのか?」
……こまっちゃんの言う通りだ。
どこか自信がなくて同意を求めていたけど、じゃあ、否定されたら今の判断から変わるかと言えば、答えはNOだ。
だったら、誰がなんと言おうと、自分の答えに自信を持つしかない。
「……ありがとう」
「これくらいお安い御用だ。変えられないことを考える意味などない。変わらないことをうだうだと考えてしまっても、それはただの悩みだ。頭で考えるだけの悩みなぞ、解決などするはずもない」
こまっちゃんのもっともらしい言葉に頷きつつ、ふと、こまっちゃんの進級コースが気になった。
理系だろうか、文系だろうか。
こまっちゃんは全教科満点を叩き出す怪物なので、何であろうと問題にならないだろうなって思う。
「そうかもな。そう言えば、こまっちゃんは理系か? 文系か?」
「前にも言ったはずだが、文系だ。大学は法学部か経済学部かを考えているからな」
こまっちゃんは大学の学部まで見据えているのか。ということは、就職先も見据えているのかもしれない。法学部なら弁護士や裁判官、検察官だろうか。経済学部なら商社や金融だろうか。
どれもこまっちゃんならできそうな感じがした。さきほどの回答からして、哲学者とかも向いていそうだけどな。
「悪かった。そう言えば、そうだったな」
俺もちょっと将来のことを考えないとな。
勝手ながら、こまっちゃんと話していると自分を引き締める機会になっていいなと思う。
「金澤と津旗さんは理系だな。俺と能々市さんは文系だ」
「よくご存知で」
もう驚きもしないが、もちろん、美海や聖納の話をした覚えがない。
独自ルートで情報を仕入れてきているのだろう。
地獄耳のあだ名は伊達じゃないな。
「それくらいどうということのないものだ」
「恐れ入りました、よ。話しかけてくれてありがとう。そろそろ準備しなきゃな」
さて、休憩時間もそろそろ終わる。
俺は次の授業の準備を始めるために机の方に向き直ろうとした。
「金澤……1つ言っておきたいことがある」
だが、こまっちゃんはまだ俺の隣にいて話しかけてきた。
「ん? なんかあるのか?」
こまっちゃんの顔がほんの少しだけ曇っている。
「パラメータが見える親友として警告しておこう」
「パラメータが見えるって……」
まるでゲームのお助けキャラみたいな言い方をしてくるので、少し呆れたような声が出てしまった。
「誰とは言わないが、津旗さん以外にも気を付けておけ」
聖納以外にも気を付けておけ?
……どういうこと?
「いや、誰だよ。誰に気を付ければいいんだよ」
「すまないが、それは教えられない。親友のことであろうと深入りはしないと決めている」
「うーん……」
だとしたら言わなきゃいいのに、とまでは口にしなかったが、こまっちゃんなりに俺の身辺を気にしてくれているようだ。
つまるところ、俺の身の回りでなんか起きようとしている?
「とりあえず、能々市さんに直接関係することではないとだけ言っておく」
「そうか。まあ、ありがとう」
美海のことじゃないらしい。最初に思いついたのが、美海のことをまだ好きな松藤のことだった。
しかし、そうではないようだ。ちょっとだけ安心して、やっぱり分からない不安が残る。
俺は答えのもらえないヒントだけを残されてしまい、モヤモヤ感と忘れてはいけない警戒感を抱くことになった。
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