4-20. 3月……これくらい普通ですよ?(2/2)
簡単な人物紹介
金澤 仁志:本作主人公。高身長、顔は普通よりちょい下。
能々市 美海:ヒロインその1。彼女。低身長の小動物系女子。栗色の長髪持ち。
津旗 聖納:ヒロインその2。特別な友だち。胸部爆盛。黒髪で完全目隠れ、眼鏡あり。せーちゃん。
今の状況を整理しよう。
放課後直後に1階のミニホールにいて、俺と美海が寄り添うように隣り合って座っていて、キスも間近なくらいまで密着していた。そのタイミングで聖納が登場して、聖納は俺の頭にご自慢の大きな胸を乗せている。聖納の胸がとても柔らかくて温かくて、ホッとするというか安心するというかドキドキするというか、少なくとも嬉しい方向で感情が振れている。
……途中から状況整理もわけが分からなくなってきたな。あと、そんなことを口に出したら、美海に勢いよくしばかれそうだ。
「これくらい……普通? と、ひーくんも思ってるん?」
美海はまたまたジト目で俺を至近距離で見てくる。
しかし、先ほどの2人きりでちょっとイチャイチャ気味にからかう感じでのジト目よりも、湿度が高いと言えばいいだろうか、なんだかじんわりと汗ばむ感じの雰囲気だ。
「いや、違うと思っているぞ? 勝手に俺まで巻き込むな?」
なんでかな、俺が主犯っぽくなっているのはなんでかな?
まあ、美海が抱いている聖納への罪悪感はそう簡単に拭い去れるものでもないだろう。
ということは分かっているものの、だからって俺に矛先が向いていいと思っているわけでもない。やはり、ちゃんと聖納に矛先を向けてほしいんだがなあ。
「おそらく、仁志くんと美海ちゃんが今お話をした中にあったと思いますけど、一応、周りには恋人関係で二股恋愛継続中という体裁にするので、周りから恋人に見えるようなスキンシップはあるべきだと思います」
聖納はさも当然のようにそう言ってのける。
一瞬、なるほどと思いそうにもなるが、そもそも今までで恋人としてもこれほどの過激なスキンシップを許した覚えもないが?
あくまで健全なスキンシップを心がけてほしいものだ。
というか、それを理由にされると俺が悪いってなるだろう? 聖納を男たちの魔の手から救うための手段として用意したはずが、美海をやきもきさせて、俺を窮地に立たせるための道具にされてしまってはたまったものじゃない。
「もうちょっと——」
「それにしたって、本当はもう恋人じゃないんやし、せめて手を繋ぐとか、肩を寄せ合うとかくらいじゃないん?」
俺が言おうとしたことを美海が言ってくれた。
遮られたのは仕方ない。タイミングがほぼ同じだったから。
「んふふ……仁志くんと私は特別なお友だちですから」
聖納は含みのある雰囲気だ。
しかしだ、そろそろいい加減、頭上の胸をどうにかしてほしい。
胸を乗せられたままなんて、絵面がシュールすぎるだろう?
「……特別な友だちって親友って意味ねんろ?」
「そうだが?」
急に美海がこちらを見て話を振ってくるので、俺は表情を繕うことさえも忘れて、ぶっきらぼうに返事をしてしまう。
ちょっと気まずいなとか思っていると、聖納のすべすべで柔らかい手が俺の顎に添えられて、まるで俺の頭が聖納に抱えられているような状況になる。
「ほら……だ、ん、じょ、の、特別なお友だちですから」
うん、やめて。
「は?」
美海が目を見開いて、ギロリと俺を睨みつけてくる。
これは紛うことなき冤罪だな。
俺と聖納は健全かつ清らかな感じの男女の特別な友だちだ。決してやましい気持ちはない。少なくとも俺にはない。俺にはないからな。俺は潔白無罪だぞ?
「美海、違うからな? 聖納がからかっているだけだぞ?」
俺は自己弁護に徹した。
言わずもがな、美海の冷ややかな視線が容赦なく突き刺さってくるからだ。
「んふふ……私は本気ですけど?」
聖納、やめてくれるか?
やっぱり、聖納は別れたこと自体に不満もあるのか、まるで美海をおちょくって溜まり始めている鬱憤を晴らしているようにも感じる。
いずれこの不満も薄れていくだろうけども、それには俺がしっかりとしないといけないな。
「は? は!?」
美海の怒りのボルテージが徐々に上がり、それに伴って、段々と目じりがつり上がってきているようにも見える。逆に声のトーンは地獄から聞こえてくる呻き声のように低くなっていく。
まあ、正直、俺は完全にとばっちりを喰らってるんだが。
「美海、まず落ち着いてくれ」
俺は両手を肩くらいまで上げて、美海をなんとか宥めようとする。
しかし、美海は口を尖らせて、非難気味の目を俺に向けるばかりだ。
「ひーくんもいつまでせーちゃんの胸を乗っけて話してるん?」
いや、そうなんだけどな?
そりゃ怒りたくなるのも分かるけどな?
それこそ俺が乗っかっている聖納の胸を物理的にどかせるわけもあるまい?
美海、絶対に怒るだろう?
というか、俺の頭に乗っかっているのは俺のせいじゃないんじゃないかな?
「それ……俺のせいなのか?」
「……むー」
美海もその点は何とも言えないことが分かっているのか、口を尖らせたままに頬を膨らませて怒りを表すだけに留まっている。
「それと、聖納? 美海が誤解するからやめてくれるか?」
「んふふ、はーい」
俺が聖納の手に自分の手を重ねるように触れてお願いすると、聖納は満足したのか珍しく素直に引き下がってくれた。
ようやく俺の頭から柔らかくて温かくて少し重めの感触が消える。
ちょっとだけもったいないなと思ったのは内緒だ。
「ふぅん……せーちゃんたら、ひーくんの言うことなら素直に聞くんやね」
「それも普通のことですよ?」
あぁ、そういうことか。
「ふぅん……」
「仁志くんに言われたらいつでもウェルカムですから。だって、特別なお友だちで、予備彼女ですからね」
聖納が従順な感じを装うことで、美海と違うことを印象付けたいようだ。
だから、俺が言ってから従うように動いている。そもそも普通に従順だと言うなら最初からこういうことなどするわけもないが、そこが聖納の戦略なのだろう。
「……むー」
美海のヤキモチ餅がめいっぱいに膨らんだ。
「……聖納? そろそろ勘弁してくれないか?」
そろそろ、聖納に思いきりブレーキをかけないとマズいな。
俺はここでようやく聖納の顔を見る。
相変わらず重たい前髪は健在だが、口元の表情は前よりも幾分か柔和になっている気もした。
「んふふ、ごめんなさい、美海ちゃんをからかうつもりでちょっと過激なこともしてしまいました」
口元に手を添えて、ちょっとお上品な感じで小さく微笑んでいる。
「ちょっとどころではないけどな。それと、美海をからかうのは2人の話だから介入できないけど、宥めるのを俺の役目として押し付けるって言うならやめてほしいんだが?」
「むー……むー」
徐々にヤキモチ餅の膨らみがしぼんでいく。
時間経過とともに、美海の怒りが和らいでいるようだ。
「ほら、仁志くん、美海ちゃんがまだ拗ねています」
「美海、機嫌を直してくれ」
俺はこの3人以外に誰も近くにいないことを確認してから、美海をひょいと持ち上げて自分の膝の上に乗せた。
「……ひーくん? ウチ、子どもやないんやけど?」
どうやらお気に召さなかったようだ。
「す、すまない」
俺は怒られる前にやめようとしたが、どうしてか美海が俺の腕をガシッと掴んだ。
俺が不思議そうに美海を見つめていたら、美海は顔を赤くした。
「……なんでやめるん?」
「え、いや、だって?」
「だって、じゃない。ウチ、やめていいなんて言ってないもん」
美海はそう言って、俺の腕を抱きしめていた。
なんて難しいお年頃だ。
「美海は甘えん坊だなあ」
俺がそう言うと美海は俯いた。
「うん……甘えん坊……やもん……」
「美海、かわいいなあ」
「っ!?」
美海が珍しく自分のことを甘えん坊と認めた。
認めた上で俺を聖納に取られないためか、美海が抱っこを維持してほしいと懇願するかのように腕をひしっと抱きしめている。
「んふふ、美海ちゃんが仁志くんの前なら、私は隣にいようかな」
聖納はそう言って、肩を寄せ合うように寄りかかってきた。
美海が先ほど言っていた許される範囲であろうスキンシップだ。
こうして、俺たち3人は変わったのか変わっていないのか分からない感じのまま、それでも少しずつ確実に変わっていこうという努力をしているのだった。
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