4-19. 3月……これくらい普通ですよ?(1/2)
簡単な人物紹介
金澤 仁志:本作主人公。高身長、顔は普通よりちょい下。
能々市 美海:ヒロインその1。彼女。低身長の小動物系女子。栗色の長髪持ち。
津旗 聖納:ヒロインその2。特別な友だち。胸部爆盛。黒髪で完全目隠れ、眼鏡あり。せーちゃん。
学年末テストが終わり、3月に入った。
春が出会いと別れの時期とも言われるが、春の一番手とも言える3月は間違いなく別れの時期だ。別れがあってから出会いがあるのだから、人間はそんなに多くのものを一度に持てないようになっているのではないかとちょっとアンニュイな気持ちにもなってくる。
俺は別れの定番でもある3年生の卒業式を見て、2年後にはあちら側になるのかと思うと、そのときはあっという間に来るのだろうと少し不安になる。
ただ、今はまだ在学生としての青春を謳歌したいと思うばかりだ。
「……というわけだ」
俺は卒業式も終わった3月の初週に、美海と対面で話すことになって、もはや定番と化した1階のミニホールで美海と隣り合うように座り、今しがた美海に聖納との成り行きを説明し終えた。
美海は話を聞いている間だとまるでドラマの一幕でも見聞きしているかのようにハラハラドキドキしている感じで目を開いて聞いていたが、俺の説明も終わった頃にはいろいろな感情が混ざったような複雑な表情を見せていた。
「それで、せーちゃんとはそういうことになったんやね」
「そういうことだな」
聖納とは別れた。
その代わりに、特別な友だち、異性の親友という新しい関係や繋がりに結び直した。
さらには、聖納が言っていた予備彼女枠も復活している。
何が変わったのかといえば、聖納に「彼女」という称号がなくなっただけに過ぎない。
と言っても、聖納の「彼女」の称号が消えたことを知っているのはほんの一握りだけだ。
「それで周りには彼女ってことのままなん?」
「それもそう。それは後から決めたことだけど、聖納の3つの願いごとではないんだけど、やっぱり、男が苦手な聖納の周りに男子が近付くのは避けたいからな」
そう、俺と聖納が別れたということになれば、その後狙いの男たちが聖納相手に話しかけてきたりなんかしらの行動を仕掛けてきたりしてくることが容易に想像できた。
だから、俺はあえて誤解させたままにしておこうと判断した。
俺や聖納は当事者として「恋人」から「特別な友だち」への変化を感じているのだが、美海やそれよりも外にいる周りからすれば、おそらくそれでどんな変化があるのかと耳を疑うだろうなとは思った。
まあ、それも覚悟のうちだ。
美海にはこれからゆっくりと分かってもらえればいい。
今は美海が俺の唯一無二の彼女なのだから。
「ふーん? それはひーくんから言ったの?」
しかし、目の前の美海はジト目になって、俺に100%の疑いの目を向けてくる。
うん、相変わらずジト目の美海もかわいい。ちょっとヤキモチ的な感じも見え隠れしていて微笑ましい感じもする。
「え、まあ、そうだけど……な、なに?」
だけど、まあ、居心地もやっぱり悪い。
「……別にぃ?」
美海が意味深な言い方をしてくるので、誤解だけは解いておかないといけないなと思う。
やがて、ぷくっと膨れ始めてヤキモチ餅になっている美海の頬をつつきたい衝動を抑えつつ、俺は真剣な眼差しで真っ直ぐに美海を見つめる。
「あー、いや、別に『聖納をキープする』みたいな、やましい気持ちはないぞ?」
もちろん、聖納が男子と仲良く話ができるようになって、俺以外の異性の友だちができて、その中から恋人ができるなんてことになれば、俺との関係性が「特別な友だち」を超えたものになることはない。
だけど、急いては事を仕損じるとも言うし、すぐには変えられないだろう。
あくまで聖納のペースで考えてあげたい。
「それはそうかもしれんけど」
俺の直視に耐えかねたのか、美海は頬を赤らめつつ髪を揺らしながらそっぽを向き始めた。
ちらちらとこちらを様子見してくる仕草がかわいい。
「だったら——」
「でも、ゆうて、予備彼女ねんろ?」
俺が念押しをする前に、少し不安げにも聞こえる声色で美海はそう呟いてくれた。
間違いなく美海の本音だ。
やっぱり、そこも引っ掛かるのか。
「それもそうだけど……いや、それは聖納からのお願いだから別ものであって……」
まあ、自分がいるのに次の順番待ちがいるってのもたしかに不安だろうとは思う。
実際、美海にも松藤という順番待ちの幼馴染がいるしな。俺も美海も順番待ちの相手がいるなんて、不思議なことこの上ない。
「ほんとかなあ?」
未だに変わらない美海のジト目。
さすがにこうも疑われるのであれば、俺だって黙ってはいられない。
「……なあ、言いたいことがあるなら、ちゃんと言ってほしいんだけどな」
前よりもこんな風に言えるようになった気がする。
お互いに成長したというか、お互いの気持ちをきちんと吐露した結果、何でも言ったり聞いたりできる仲になったと思う。
「あはは、ごめん、ごめん、ちょっとからかっただけやよ」
美海は先ほどの小難しい感じから一転して、ケタケタと子どもっぽい笑みで声をあげている。
まあ、お互いに遠慮がなくなったとも言えるかな。
「まったく……いくらなんでも尋問みたいな会話は心臓に悪いって」
俺は溜め息を吐いて、軽く美海のおでこを小突いた。
抱きしめたり手を握ったりは人の目もあると恥ずかしいからということで、これがスキンシップの派生として定番の1つになっている。
ただし、俺から行う「ちょっと怒っているぞ」もしくは「そろそろ怒っちゃうぞ」の合図でもあるため、スキンシップとはいえ警告表示でもある。
途端に美海が塩もみされた青菜のように、うな垂れるようにしゅんとしながら上目遣いでこちらを見てきた。
「ごめんなさい……でも、ちょっと心配になったんやもん」
「それは、まあ、心配させたのは俺が悪かったと思うけど、聖納とはちゃんと別れたからさ」
「そっか……それで特別な友だちなんやね」
俺も美海も再三の確認をする。
何度も何度も噛み砕いて、それからゆっくりと飲み込むように。
「あぁ、聖納も今の状況でなら納得できるってさ」
「ひーくんに無理させたね」
美海は次に心配そうな顔を俺に向けてくる。
本当にコロコロと表情が変わるので、見ていて全然飽きない。
まあ、ジッと見ていると怒られるので、凝視をしないようにしている。
「まあ、それでも、今の形に収まったからいいと思う」
「ふふっ」
美海が不意に笑い声を漏らす。
「どうした?」
「ううん、やっと、ひーくんのこと独り占めできるんやねって」
美海が頭を傾けて俺の肩にそっと寄せてくる。
「まあ、そうだな」
俺は美海の頭頂部を視界に収めながら、見えない美海の手を探して、見つけて、ぎゅっと握った。
握った瞬間に美海の手がビクッと跳ねて、それから俺の手を握り返してくる。
お互いが手のひらや指の形を覚えるように指でなぞり合う。
これはちょっとロマンチックじゃないか?
「ひーくん」
「美海」
俺が見下ろし、美海が見上げて、どちらからともなく見つめ合う。
潤んだ美海の瞳や柔らかそうな唇、抗いがたい魅力を前にして、俺は学校なのに気持ちが揺らいでいる。
周りに誰もいない今なら、キスくらいは青春の1ページとして許されるだろうか。
2人とも言葉を発することなく、だけど、分かり合っているように、ゆっくりと顔を近付けていく。
「仁志くん♪」
俺と美海の唇がもう数cmで触れようとしている瞬間、急に名前を呼ばれたことでハッとして美海から離れる。
すると、離れた先でとても柔らかい感触が俺の頭を覆った。
「せ、聖納だよな!?」
聖納の声だったので、俺は聖納の名前を呼んだ。
だが、聖納の方を振り向くことができない。
俺が見えるのは驚きすぎて口をあんぐりと開けている美海だけだ。
「んなっ!? せーちゃん!? な、なんでひーくんの頭に胸乗っけるん!?」
そう、頭を覆う柔らかい感触は決してニット帽やマフラーじゃなくて、カーディガンを羽織った聖納の胸部だった。
「これくらい普通ですよ?」
どうにも聖納の顔は見えないけど、なんだか嬉しそうな聖納の表情がありありと想像できた。
ご覧くださりありがとうございました!




