4-18. 2月……特別な友だちで
簡単な人物紹介
金澤 仁志:本作主人公。高身長、顔は普通よりちょい下。
能々市 美海:ヒロインその1。低身長の小動物系女子。栗色の長髪持ち。
津旗 聖納:ヒロインその2。胸部爆盛。黒髪で完全目隠れ、眼鏡あり。せーちゃん。
今日、5日間にも渡る長い長ーい学年末テストが終わった。
手応えはまあまあだから、結果にそれとなく期待したい。
そして、俺にはまだこの後がある。
聖納と話して、恋人としての別れを告げて、親友のような特別な友だちとしての繋がりをお願いする大事な話し合いだ。
十中八九、この流れは成功するはずなんだ。この前の聖納の話している雰囲気からすれば、恋人という関係性を絶対に求めているわけではなく、いつまでも続く友だちのような関係性を求めているはずだから。
もちろん、いつまでも仲良くするという条件もついているけれど、俺と聖納ならできるだろう。
「今日は正念場だぞ」
ほぼほぼ確信しているのに、それでも心配や懸念、不安が一切拭えない。
聖納はいつだって俺の予想の遥か斜め上を行くからなあ……。
それこそ別れを拒否られて、暴走状態になられても困るけど、なんかそれすら超えてくる気がする。
そんなことをいろいろと頭の中でぐるぐるとさせながら、俺は1階のミニホールで待っていた。周りが部活に向かったり、早々と帰ったりとする中で、いつもながらミニホールは取り残されている空間のように寂しい。
「仁志くん、お待たせしました」
ふと声のする方を向くと、聖納がカバンとダッフルコートを手に持ち、手の届かないくらいの距離の所で俺の前に現れた。
学年末テスト前のやり取りから聖納なら容易に別れ話のことを察するだろうけど、今聖納の口元からでは表情が読み取れない。
テストどうだったとか、これから部活かとか、そんな雑談から始めてもいいけれど、いや、ここは主導権を握るためにも話をささっと切り出すか。
「聖納、さっそくだけ——」
「仁志くん! 先に私から……言っても……いいですか?」
俺が話をしようとしたら、聖納が俺の言葉を遮ってきた。
当然、主導権を握るなら頑として俺を先にした方がいい。
「え……ま、まあ、いいけど?」
だけど、聖納の声がちょっとだけ震えていて、俺はそんなことどうでもよくなっていた。
聖納の気が済んだら俺が言いたいことを言えばいいだけの話だ。
「言いたいことが3つあります」
……マジかよ。
譲った途端に3つも先手打たれるの?
しかし、有無も言わせないような凄みが聖納から発せられている。
「え? 3つも? まあ、いいけど」
怒ってないよな?
聖納を見ていたら、聖納は前髪を手で横に払って、額の古傷とともにつり目がちの目を見せてきた。
前髪で隠さない本気も本気な聖納の真剣な眼差しに、俺は思わずゴクリと喉を鳴らす。
「1つ目ですが、私と別れてください」
聖納が静かに淡々と表情1つ変えずに真顔でそう言いきった。
1つ目は……別れるか………………ん? はい? 今、何て言った?
「……え? えええええっ!? げほっ! げほっ、げほっ! せ、聖納!? 俺と別れる!?」
俺は目を白黒させていたに違いない。
飲み込んだ唾が変なところに入って、数度咽ながらも聞き返した。
聖納が、聖納から、別れるって言ってきた?
予想外も予想外の展開に頭が混乱してくる。
一方の聖納は努めて冷静沈着に、小さく縦に頷きながら俺の前に立っている。
聖納が再び口を開いた。
「だって、このまま恋人をしていても、美海ちゃんに勝ち目がないですから。今日だって、私に別れ話を切り出すつもりだったのでしょう?」
図星も図星。
聖納なら気付いていたとは思っていたが、まさか、こんな展開になるか?
いや、待て。まだだ。
俺の話は、別れてからの方が大事なんだ。
「あ、いや、まあ、そうだけど、それだけじゃなくて——」
「仁志くん? まだ私の話は終わっていないですから、私が続けてもいいですよね?」
「あ、はい」
ずっと聖納のターン。
俺はまんまと言いくるめられてしまって、自分のターンが来ない。
「それに、二股は仁志くんにも、美海ちゃんにも負担が大きかったですよね。2人にそこまでの負担を強いてまで……その果てに2人から嫌われるかもしれないことまで続けて関係を崩したくなかったんです」
「聖納……」
このとき、聖納はようやく表情を崩す。
少し悲しげな顔。
聖納もずっと悩んでいたのだろう。
でも、この前言っていたように、聖納はそうせざるを得なかった。
ということは、聖納の中で少し変わったってことか。
「そう思いつつ、仁志くんから別れを切り出されてしまったら、悲しくなりますし、腹立たしくも感じたり、負けた感じにもなったりしそうですから、私から別れを切り出しました。まずこれが1つ目です」
悲しいだけじゃなくて、怒ったりフラれることが嫌だったりしたのか。
聖納って案外負けず嫌いなのか?
まあ、俺としても目的が達成できているのだから、ここは俺が負けても問題ないだろう。
……いや、違うな。
聖納は「俺が別れを切り出せない可能性」や「俺から別れることで離れていく可能性」も考えただろうな。
何でも「する側」よりも「される側」の方が心に残る。
だから俺は、聖納にフラれることで、聖納のことを忘れることができなくなるだろう。
「そうか。2つ目は?」
きっと、聖納は俺が言おうとしていたことを分かっている。
聖納のしてやったりという顔が眩しいな。
俺はもう流れを聖納に任せるしかなかった。
「2つ目は、別れた私と特別なお友だちになってほしいです」
きた。
聖納からの提案。
俺もしようとしていた提案。
特別な友だち。
「あ、それは俺も提案しようと思っていたんだ。親友というか、こう、いつまでも繋がりがある関係を聖納とつくれないかなって」
俺が聖納の提案に補足するような形でそう言うと、聖納が分かっていますとばかりにゆっくりとそれでも強く肯いている。
「でしょうね。仁志くんは優しいですから、私をそのままにするとは思いませんでした。それは先日言われかけたときに感じました」
もうここまで来れば俺が言うことはない。
これまでと違う形で、これまでと違う関係で、聖納とともにまた歩き出せる。
「あぁ、だから、俺からも頼みたい。俺と特別な友だちになってくれないか」
俺はせいいっぱいの笑みで聖納の提案に乗っかる。
すると不思議なことに、聖納がイタズラっぽい笑みを浮かべた。
「んふふ……男性の方から……仁志くんから特別な友だちと言われたら、都合のいいエッチな感じのお友だちになってくれって言われている感じがしますね」
なんでだよおおおおおっ!?
セから始まる友だちってことかあああああっ!?
そこはもっと健全な形にするって信じてくれよ!
「なんでだよ!? 俺だって聖納と健全な友だちでいたいんだけどな!?」
「ふふっ、冗談ですよ、冗談」
聖納がこれまでになくイジワルな笑みで俺に近付いてくる。
1歩2歩ほどの距離、手を伸ばせば、聖納のことを掴めるくらいの距離だ。
「冗談がきつすぎる……俺、そんなに叡智な感じか?」
俺が溜め息混じりに不満を口にすると、聖納は「とことんイジワルをするぞ」とでも決め込んでいるのか、ニマニマニマっとした小悪魔的な笑みで俺を見つめてくる。
というか、こんな顔もするんだな。
聖納もやっぱりかわいいよな。
「あら、いざするとなったら、あんなに私を貪るようにしてきたのに?」
……あー、まー、そのー、ね?
だって、俺だって男だし? そりゃ叡智ができる彼女がいれば、な?
「いや、まあ、それは……はい、言い返す言葉もございません」
聖納は不意に俺に抱きついてきた。
あれ? 俺たち、別れたんだよな?
じゃあ、抱きしめるのは良くないんじゃないか?
ほら、健全な友だちだし?
「私はいいですよ? 美海ちゃんに内緒の……そんな艶やかに爛れた関係でも」
身長差でちょっと背伸びして、俺の耳に小声でそっと囁く聖納の甘い誘惑。
ここでぐらついたら、聖納が本気でそういう関係に持っていくだろう。
なんだかんだで身体の繋がりって強いしな。
「いやいや……浮気はしないぞ。健全な友だちでいてくれ」
ここで聖納は膨れ面でつまらなさそうな顔に切り替わる。
一矢報いた感じだが、俺の精神力はもうかなり削れてきているぞ。
「まあ、仁志くんならそう言いますよね。ほんと、真面目なんですから。で、3つ目ですが、美海ちゃんと別れるようなことがあれば、やっぱり私と復縁して付き合ってください」
聖納は文句とともに3つ目をしれっと溜め息と一緒に吐きこぼすように告げてきた。
美海と別れたら……って予約は……まさか。
「それって……」
聖納が頷く。
「はい、予備彼女枠の復活ですね」
予備彼女。
1学期に聖納が言っていた言葉で、そのとき初めて聞く単語だった。
要はさっき聖納が言っていたように付き合う予約のようなもので、店の予約でキャンセル待ちをしているようなものだ。
「その……予備彼女か……。結局、それも復活するのか」
そう言いつつも、俺の中でのイメージはあのときと異なる。
あのときに聖納が予備彼女と自称しているままだったら、きっとなんだかんだ言って聖納を敬遠して疎遠になっていただろう。
だけど、特別な友だち関係をつくろうとしている今なら、ほどよい距離感でいられると思える。
「ええ。でも、大丈夫ですよ。二股してほしいわけじゃないですし、美海ちゃんと競り合うつもりもないですから。あくまで、本当に、仁志くんと美海ちゃんが別れたときに、です」
今なら聖納を信じられる。
だったら、そう、俺は3つとも受け入れよう。
「……分かった。それも含めて、聖納、俺と新しい関係でこれからも一緒にいてくれないか?」
「ええ、ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします」
こうして、俺と美海と聖納で始まった彼女たち公認の二股恋愛という難解な関係が変わって、俺と聖納は「特別な友だち」という新しい関係を築くことになった。
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