4-16. 2月……私だって好きなんですよ?(2/2)
簡単な人物紹介
金澤 仁志:本作主人公。高身長、顔は普通よりちょい下。
能々市 美海:ヒロインその1。低身長の小動物系女子。栗色の長髪持ち。
津旗 聖納:ヒロインその2。胸部爆盛。黒髪で完全目隠れ、眼鏡あり。せーちゃん。
どれくらい時間が経ったのか、時計を見るまで分からなかった。しかし、ふと近くの壁に掛かっていた時計を一瞥して昼休みがまだあることを知る。
まだ話せる。変に話を終わらせたくない。
俺は不敵な笑みを浮かべる聖納に向かって口を開いた。
「そのことをいつから知っていたんだ?」
聖納は少し困ったような口元を見せて、指で唇をなぞっていた。
「話せば長くなりますから、仁志くんの知りたい部分だけをかいつまんでもいいですか?」
「あぁ……」
俺はそう短く返事をした。
聖納がどこまで言ってくれるのかなんて分からないが、最初から根掘り葉掘り聞こうとするよりも話の流れで話を引き出せばいい。
「実は美海ちゃんが私のこの傷に関係あるかもと分かったのは高校生になってからです」
「えっと、じゃあ、中学生のころはまったく面識もなかったってことか」
聖納は静かに肯いた。
「そうですよ。美海ちゃんのことはまったく知りませんでしたし、知ったのもたまたまですけどね」
感情の出ていない言葉が俺の耳に届く。
この時点で美海のことを嫌っていないことはすぐに分かった。
「そうなのか」
「はい、美術部の体験入部で一緒になって自己紹介のときに、美海ちゃんったら、私の名前を聞いた途端に見る見るうちに顔が青くなっていきましたから」
当時を思い出したのか、聖納は小さく笑った。
よほど美海は反応したのだろう。なんとなく俺の目にもその光景が浮かんだ。
ただ、それだけで急に過去のできごとと紐づくわけもないだろう。
「それだけで?」
「いえ、さすがにそれだけでは。でも、とても気にかけてもらって、さっそく友だちになってくれましたし、私の前髪の中が気になっていたようですから、そこまでされたら私の方だって気になりますよね」
「まあ、それならたしかに……」
案の定、美海から聖納に声を掛けたようだ。
同じ部活とはいえ、聖納と美海なら美海から声を掛けたんだろうなとは思っていたが、美海の罪悪感を持っていた話を聞くと、罪償いの下心もあるように思えてくる。
いや、きっと、あっただろう。だけど、それだけじゃない。それを聖納も分かっているみたいだ。
「ええ、もちろん、その後に美海ちゃんとお話をしていく中で、中学校や小学校の話もしましたから、その表情の真意を汲み取ることもできました」
「相変わらず、聖納はすごいよな」
いくつかの可能性から最適な推測を引き出せる聖納に圧倒されるばかりだ。
参謀や戦略家とも思える聖納の行動は自身の暴走さえもすべて計算の上で把握して動いているかのようで恐ろしくもある。
「ふふっ……それだけならもう気にもせずに、ただの友だちでいられたんです。でも、ゴールデンウィーク前に話は大きく変わってしまった」
「ゴールデンウィーク前?」
ゴールデンウィーク前というと、体験入部が終了する頃か。
何かあったのだろうか。
「もう……鈍いですね……あなたですよ、仁志くん」
「お、俺?」
いや、急に俺が出ると思わなかった。
俺はやはり聖納ほど推測が上手くないか。
ゴールデンウィーク前というと、美海の告白を一度断って友だちになった頃か。
「体験入部も終わる頃に、美海ちゃんと仁志くんが付き合っているという話を聞きました。でも、美海ちゃんからそれとなく聞いたら『まだ友だち』だと言っていたので安心したんですけどね」
聖納の口元が少しだけ緩んだ。今、聖納の表情は当時の気持ちと重なっているようで、次へ次へと表情が変わっていっている。
「あのときか」
やっぱりそうか。
あのときは周りから付き合っていると思われ始めていたが、聖納は美海に直接確認したのか。その確認に対して、美海はわざわざ嘘を吐く意味もないから、聖納に聞かれてきちんと答えたんだろうな。
「そう、美海ちゃんに聞いて、仁志くんが『友だちで』と言ったから、まだ私にも望みがあると思いました。だから、すぐにでも仁志くんのところに行って、好きだと言って特別な関係になりたかった」
「聖納……」
もし、聖納があのころに告白してきたら、俺はどうしていただろうか。
おそらく、断っていたかもしれない。
自分に自信がなくて、疑り深くて、真面目に告白をされるなんて思ってもいなかった。
それが美海と接していったおかげで、徐々に自信や素直に言葉を受け取る気持ちを育めた。
あぁ、そうか。それも俺が美海を1番に思う理由の1つかもしれない。
「でも、私から急に現れてもびっくりされるだけだと思って、ずっと機会を待っていました。そうしたら、仁志くんが私のクラスにやってきて、松藤くんとやり取りしていて、仁志くんが近くにいて、もう我慢できなくて、思わず仁志くんの前に現れてしまいました」
「そうだったのか」
たしかに聖納の登場はちょっと唐突だったな。
「それから、私は美海ちゃんが告白されたタイミングで仁志くんに告白をしようと思いましたが、仁志くんがひどく取り乱しているところを見てから告白しても断られるかもと思って、タイミングを美海ちゃんが返事をするときに切り替えました」
「それはそうかもしれないな」
あのときは美海のことで頭いっぱいだったからな……。
聖納はやっぱり友だちって感じだったし。
「それで私は思いきって告白したんです。その結果、待ったのに見事に玉砕しちゃいましたけどね」
「聖納……ごめんな……」
この謝りが何を意味しているのか、自分でも分からない。
聖納は小さく首を横に振った。
「いえ、それだけ美海ちゃんのことが好きだって分かりました。だからこそ、仁志くんは美海ちゃんの言うことなら聞くかもしれない。そこで私は……ズルいと思われるのでしょうけど、美海ちゃんの罪悪感を利用しました」
俺にも顔向けができないとばかりに、聖納がゆっくりと俯いた。
「美海の罪悪感……」
「でも、本当は、美海ちゃんが罪悪感なんて持たなくてもよかったんです。それに、これからも美海ちゃんには仲の良い友だちでいてほしいです。だって、美海ちゃんが私を傷付けたわけじゃないですから。美海ちゃんの応援だって、私を傷付けるようなものではなかったはずです」
バツが悪いのだろう。
聖納はささっと流したいかのように早口で話していた。
「聖納、それを知っていて?」
ここで聖納が顔を上げた。
さらに自分の前髪を横へとずらし、眼鏡越しに見えるそのつり目がちな目、そこに浮かぶ綺麗な瞳を俺に向けている。
真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに、俺だけを見つめている。
「ええ、分かっていますよ。でも、あのときの私にはそれしかなかったんです。だって、仁志くんの性格なら、美海ちゃんと付き合ったら、好きだって告白した私のことを敬遠するかもって思ったから。予備彼女なんて言ってみたけど、この身体もチラつかせてみたけど、そんなの受け入れてもらえるわけがなかった。それだけ、仁志くんは誠実な人だから」
聖納は目を細めて笑みを浮かべ、口を少し震わせ、目尻から涙をすっと零していた。
「聖納……」
聖納の言うとおり、聖納と友だちを続けていたとしても、美海がいるからそこまで仲良くすることもできなかっただろう。
好きな人が自分から離れるかもしれない怖さ。俺もそれを2学期に美海とのことで感じて、胸が苦しくなって辛かった。
今なら聖納の気持ちが分かる気がした。
「だから、二股になろうと、2番目だろうと、仁志くんに少し煙たがられようと、仁志くんの傍にいたかった。仁志くんに少しでも愛されたかった。仁志くんの特別な人になりたかった。仁志くんに敬遠され、疎遠になってしまうなんて耐えられなかった」
聖納の言葉が続く中、ふと、俺はあることに気付いた。
聖納が求めているのは、恋人という関係性ではない?
どちらかというと、俺といつまでも続く特別な関係性を求めている?
あのときの俺なら、たしかに変な生真面目さのせいで、友だちだとしても聖納から徐々に離れていってしまったかもしれない。
だけど、今の俺たちなら?
「聖納……もしかしてだけど、んぐっ!?」
俺は聖納にあることを提案しようとする。
しかし、俺の口は速攻で聖納の手で塞がれた。
「仁志くん、今は、それ以上言わないでください」
キッと睨むような聖納の表情に俺は身動きが取れなかった。
その後、少し経ってから、聖納は手を離す。
また提案しようとすれば、俺の口は塞がれるだろう。
だけど、だからって、何も言わないわけにもいかない。
「……どうして言わせてくれないんだ? きっと、聖納も納得してくれるような——」
次は指をそっと近づけられて、優しく止められた。
聖納の顔も柔らかくて、ちょっとだけ嬉しそうだ。
「少しだけ、ほんの少しだけ、私に時間をください」
「え?」
時間がほしい?
「だって、大事な学年末テストの前ですよ? 今、心をかき乱すようなことはお互いにしたくないと思いませんか? だから、テスト最終日の放課後、そこで改めてお話をしませんか? そこでなら、多分、仁志くんのお話も聞ける気がしています。それまでは今のままでお願いします」
それもそうか。
俺が提案しようとしていることは、いずれにしても聖納に別れを告げることとなんら変わりがない。
テストにも響くと言われれば、テスト終了後になれば聞いてくれると確約してくれるならば、今無理に言って聖納の顰蹙を買う必要もない。
聖納は分かっているだろう。それで、受け入れる準備が必要だと言っている。
これからの聖納との関係を考えれば、俺も待つべきだろう。
「あぁ……分かった……んぐっ!?」
安心しきった俺が肯いていると、目の前に聖納の顔があって、次の瞬間には唇を重ね合っていた。
不意打ちに驚くも、いつものように柔らかな感触に安心というか安寧というかを覚える。
「んちゅ……んふ……んふふ……指だけだと思って油断していましたね? ふふっ……まだ私は彼女ですよ? さて、今日も甘いひとときをありがとうございました。大好きです、仁志くん」
「聖納……」
聖納はぎゅっと俺に抱きついた後に、前髪をきちんと戻してから、自分の教室へと足早に帰っていった。
ご覧くださりありがとうございました!




