4-14. 2月……ちょっと話そ?(2/2)
簡単な人物紹介
金澤 仁志:本作主人公。高身長、顔は普通よりちょい下。
能々市 美海:ヒロインその1。低身長の小動物系女子。栗色の長髪持ち。
津旗 聖納:ヒロインその2。胸部爆盛。黒髪で完全目隠れ、眼鏡あり。せーちゃん。
すっかり玄関の方も静かになったことで、ミニホールも無音に静まり返る。
美海は俺の顔を見られないのか、先ほどから俯いたままでこちらを向こうとしない。
「……ウチの小学校って、ひーくんの通っていた小学校と、せーちゃんの通っていた小学校の間にあったんやけど、せーちゃんの通っていた小学校が割と遠いやん? やから、校区が広かったの」
美海はいつものハキハキした声を出せず、ちょっと弱った感じで息継ぎも多かった。
辛いのだろう。
自分の嫌な部分を俺にゆっくりと見せるようなものだ。
俺だってそんな状況なら暗くもなるし、自分のことが嫌にもなるし、嫌われないかと不安にもなる。
だから、急がせてはいけない。
「そう言われるとたしかに……あの辺りって大学があるけど、小学校はあんまりなかったかな」
小学校や中学校ってもちろん住宅地域もあるから、密集しているところは密集しているけど、間隔遠いところは本当に遠いよな。
「それで中学校になると、ウチの小学校の校区の一部がせーちゃんの通っていた中学校の校区になってたんよ」
「そういうことか」
俺の小学校の校区だと全員が同じ中学校だけど、美海の小学校は校区が中学校の校区を跨いでいるのか。
「それで、小学校のときの友だちがせーちゃんと同じ中学校に通ってて、せーちゃんを傷付けてしまったの」
そんなカラクリで小学校では美海と同じで、中学校が聖納と同じになる友だちができることになるのか。
その友だちも大変だったろうな。中学校で新しい友だちももちろんできるけど、小学校のときの友だちがいないと不安にもなるだろうしな。
まあ、だからって、聖納を傷付けたのは絶対に許せないけどな。一度もその友だちとやらを見たことすらないけど。
「そうだったのか……」
「うん……」
美海が聖納を気にかける理由は分かった。
たしかに友だちが迷惑をかけていたなら気掛かりにもなるだろう。
だけど、それだけで、苦い思い出しかない二股を許容することなんてできるのか?
まだ何かあるのだろうか。
「でも、美海が聖納を直接傷付けたわけじゃないだろ? もちろん、その友だちと仲が良かったんだろうけど、だからって、罪悪感まで美海が背負うことないんじゃないか?」
俺ができる限り優しい感じで接していると、美海はビクッと小さく跳ねた。
「ちょっと……違うの……」
美海の声がどんどん重くなる。
「ちょっと違う?」
まだ何かあるのか?
美海は聖納と直接何かあったのか?
「……あのね……あのね、ウチ……」
重く、重く、潰されて消え入るような声になり、美海の膝にはぽつんぽつんと屋内なのに雨が当たっているようだ。
美海の顔が俯いていて、俺の目からはまったく見ることもできない。
「美海、落ち着いて。泣きそうになるくらい辛いなら、無理に喋らなくてもいい」
俺は優しい感じでひどいやつだ。
聞きたい思いが俺の前に居て、俺は話が進むならと美海のそれに気付かないふりをする。
「ううん。これも言わなきゃ、伝わらないから……」
「…………」
俺は無言で、美海を抱き寄せる腕に力がこもった。
俺がいるよと美海に思わせたいのか、もう逃がさないという弱さの表れか、もしくはその両方か。俺さえもそれはどちらか分かりかねた。
「あのね……ウチ、友だちに負けちゃダメやよって言ってたの」
聖納を傷付けた友だちに……負けちゃダメ?
「……負けちゃダメ?」
友だちの恋の応援をしていた……ってことだよな?
「うん。さっきもあったけど、ウチ、小学校のときに二股でフラれて、そのときにもっとちゃんと動いておけばよかったって後悔してたの」
「そう……だよな……」
この同意が正しいか分からないけど、思わずそう答えてしまった。
「でね、それがあったから、友だちに恋の相談をされたときに、絶対に負けちゃダメって言ってたの、言い続けてたの」
「…………」
「そしたら、友だちがまさか恋のライバルの顔をひどく傷付けたって聞いて……ウチ、そんなつもりじゃなかったんやけど、負けちゃダメって言い続けてしまって、友だちを追い詰めてしまったんかなって。人を傷付けるなんて……そんなことするはずのない子やったもん」
おそらく、美海の応援のせいじゃない。
それくらいで凶行に走るなら、そもそも「そんなことするはずのない子」でもない。
強いて言えば、美海はその友だちのことを見誤っているだけのことだろう。
だけど、その言葉が今の美海にどれだけ意味をもたらすだろうか。
「それは美海のせいじゃないよ」
細かく小さな擁護は要らない。
数学の証明問題でもないから詳細な説明も要らない。
さっきよりも抱き寄せて、頭を優しく撫でて、ただただ安心してもらいたい。
「うっ……ううう……それを聞いてたから、友だちからライバルの名前も聞いてたから、せーちゃんのことすぐに分かって、せーちゃんとたまたま同じ高校で、それも美術部で一緒になって」
「そうか……そうか……」
美海の声に嗚咽が混じり始める。
美海は涙を隠しきれなくなってきていた。
だから俺は抱き寄せていた腕を肩から離して、背中をさするようにする。
「それで、せーちゃんがひーくんのこと好きって知って……ひっく……ひーくんに告白したことも知って……ぐすっ……ひーくんに……ひっく……フラれたのも……知っ……て……ちょっとせーちゃん……悲し……そう……で……やから、やからあ……」
「美海、大丈夫、大丈夫だから落ち着いて……」
美海が感情的になればなるほど、俺は冷静にならなきゃって静かにそう思う。
一緒に泣けるほど俺は感情豊かに共感できない。
「やから、ウチ、せーちゃんに……罪償えるかなって……ウチもひーくんが大好きやから1番は絶対に譲れんかったけど、せーちゃんが2番目でもいいって言うから、ひーくんと付き合えるようにしてあげたら、あのときの罪を償えるんかなって……罪悪感が消えるんかなって……」
「話してくれてありがとう」
だったら、いっそのこと、静かに共感して、美海が安心できる場所になろう。
美海は顔を上げて、涙が止めどなく溢れている目をこちらに向けて、口も半開きのままで小さな子どものように泣いている。
「う……うあ……んぐ……うわあああああん! でも、違ってた! ウチ、また間違った! ひーくんも、せーちゃんも傷つけてる! ウチはひーくん諦められないのに! ウチが諦められないんやったら、最後の最後はせーちゃんに諦めてもらうしかないのに! ウチ、間違ったことをしちゃった!」
美海が涙でぐしゃぐしゃの顔を俺にぎゅっと押しつけてきた。
ダッフルコートはそんな涙を弾いている。
「美海……よしよし……」
美海は自分まで苦しむような選択をしてしまった。
それを正しかったと誰が言えるだろうか。
「ひーくん……ごめんね……ウチ、こんな感じで、ほんと、ごめんね……」
「大丈夫だよ、伝えてくれてありがとう。美海だけで苦しまないで、自分だけで抱え込まないで、もっと俺にも相談してくれていいんだよ?」
「ううっ……だって、知られて、そんな子やと思われたくなくて、嫌われたくなくて……」
「嫌わないよ」
その後、美海が落ち着くまで俺は抱きしめていた。
美海はたしかに間違ったかもしれない。でも、ようやく、それを認めることができた。
間違わない人間はいない。
俺はこうして二股になったきっかけを知り、美海の気持ちや過去も知って、いずれ訪れるその日を覚悟する準備ができつつあった。
ご覧くださりありがとうございました!




