4-Ex4. 2月……何これ、すごっ!
簡単な人物紹介
金澤 仁志:本作主人公。高身長、顔は普通よりちょい下。
能々市 美海:ヒロインその1。低身長の小動物系女子。栗色の長髪持ち。
津旗 聖納:ヒロインその2。胸部爆盛。黒髪で完全目隠れ、眼鏡あり。せーちゃん。
乃美 梓真:美海の友だち。あーちゃん。
彩:仁志の妹。小学6年生。かわいいけど、イタズラ好きで抜け目がない。
怒涛のバレンタインデーイベントも終わり、帰宅後の自室。
俺は晩飯までまだ時間があるので、聖納のチョコをローテーブルに置いて悩んでいた。
……2キロ近くのチョコ。
唯一の救いは2つの山が分離できたので、胸っぽさが減ったことだ。とはいえ、さすがに1度に食べきれるわけもなく、かといって、冷蔵庫に放り込む勇気もなく、さらには聖納からの本命チョコだから家族と一緒に食べるのも違うよなと思い、いろいろなことが堂々巡りで巡りに巡って今に至る。
「うーむ……しかし、本気でこれ、どうしようか」
この唸りや言葉も何度したことか。
まず本気でどうにかなるものなのか。
もう形がバレる可能性を考慮しても、無難に母さんに伝えて冷蔵庫を使わせてもらうしかないか。
母さんに言えば、ちょうどいいサイズに切ってくれるかもしれない。
いや、切る……か……?
なんだか聖納の身体を切り刻むようでちょっと罪悪感。
だからって、全部、舐めて食べるわけにもいかないんだよなあ……。
「お兄ちゃ~ん、チョコもらっ……た……? え? 何これ、すごっ!」
腕組をしながら考えあぐねているとき、不意に扉の開く音がする。
妹の彩だ。ニヤニヤニヤとイジワルそうな笑みを浮かべていた。
彩がそんな顔をするのはいつものことで、バレンタインになると毎年俺にチョコがもらえたかどうか確認してから、もらえていないの可哀想とばかりに家族からの義理チョコとして渡してくる。どっちにしても作ったならくれるのだろうし、それなら俺がもらったかどうかなんて関係ないと思うんだが……。
しかし、今回はニヤニヤニヤとしていた表情がローテーブルのものを見た瞬間に目玉が飛び出るかと思うくらいの驚きの表情へと変わっていく。
まあ、ビックリするよな。
「ノックしろよ……いや、チョコだよ」
俺はノックのことで先に釘を刺した上で、彩の質問に答えた。
すると、彩がなぜかムッとした顔で返してくる。
「ノックしたのに返事がないから開けたんだよ……って、チョコ!? デカ!?」
そうだったのか、ノックに全然気付かなかった。
それだけ考え込んでいたってことか。
「そりゃ勘違いしてすまなかったな。で、チョコは聖納からもらったものなんだけどな」
「ねえ、お兄ちゃん、さすがにひどくない?」
彩が急に非難の声をあげる。
あれ? まだノックのことで怒っているのか? 謝ったはずだけど聞こえなかったか?
「ひどい? 何を急に、ノックのことなら謝っただろ?」
「ノックの方じゃないし! チョコのこと! だって、これ、真っ二つに割ってるからさ」
……真っ二つに……割っている?
「どういうこと?」
いや、チョコはたしかに山を2つに分けたけど、それで真っ二つって表現をして彩が怒るとは思えない。
彩は何を怒っているんだ?
「え? これ、こうじゃなかったの?」
彩が近付いてきて、チョコを掴み、山2つを底の部分でぴたりと合わせるようにくっつける。
そこに現れたのは、胸の形になっているだけちょっと歪ではあるものの、ハートの形のチョコだった。
「あ、これ……ハートに見えるな」
俺は彩から受け取るようにハート形になったチョコを持ち上げて眺めてみた。
胸の形で立体的な奥行きのあるハートになっている。
「え? これハートの形を2つに割ったんじゃないの? じゃあ、何これ?」
マズい! まさか聖納の胸とは口が裂けても言えないし、彩がハートじゃないって知って本当の答えに辿り着くのも阻止したい!
ただハートだよなと今さら同意しても訝し気に見られるだけだ。
「げふっ……いや、それが俺にも分からなかったから山が2つにしか見えなかった。元から山2つって感じ」
ここは知らないふりで押しきる!
あと、間違ったことは言っていない。山が2つは間違っていない。どういう山かを言っていないだけだ。
直後、彩は顎に指を掛けて何かを考えているような表情になり、やがて、なにかの答えに辿り着いたようにハッとした顔でこちらを見る。
「聖納さん、気付いてほしかったんじゃない?」
「気付いてほしかった?」
「本当にそうかは分からないけど、2つで1つになるから、お兄ちゃんと聖納さんが2人で1人? 1つ? みたいな?」
名探偵アヤの名推理が炸裂した。
聖納が自分の胸だと豪語していたので、間違っていると思うけど、ダブルミーニング的にハートみたいにもなるようにした可能性も否定できない。
しかし、最初から割れていたハートだと考えるとなんだか別の意味もあるのではないかと勘繰ってしまう。
「逆に、2つに分かれましょうだったりしてな」
冗談交じりにそう呟くと、彩の顔が急に険しくなって、先ほどの比ではないくらいに非難の色を濃くしている。
「……お兄ちゃん、それ、本気で言ってるの? 聖納さんにそれ言える?」
……言えない、そんな冗談を言えるわけがない。
彩に気付かされて、言ってしまった後悔と聖納に聞かれなかった安堵と指摘してくれた彩への感謝が内心で一挙に押し寄せて渦巻いていた。
「すまん。自分で言ってひどいと思った」
「だよね。冗談だったと思うけど、傷付けるようなことを言っていると聖納さんも美海ちゃんも離れていっちゃうよ?」
「そうだよな、気を付けるよ」
小学生にガチ目に叱られることは中々に辛い部分もあるが、看過もせず忖度もせずにきちんと言ってくれる彩には頭が上がらない。
「ところで、美海ちゃんにももらったの?」
彩は話を切り替えて、美海のチョコを話題に出してきた。
「美海からももらったよ」
「どんなの? 見せてよ」
彩はワクワクを隠さずに、ローテーブルを挟んで俺の前にちょこんと座っている。
「もう全部食べちゃったから写真で見せるよ」
彩は「なんだもうないのか」という残念そうな表情を出しつつも、俺がスマホで撮った写真を見せるとワクワクした表情がキラキラ付きで蘇り、まるで自分がもらったかのように嬉しそうな様子でまじまじと写真を見ている。
「え、かわいい! ハート! めっちゃかわいい! どんなのだったの?」
彩はさらに詳細な情報を寄越せと要求してきた。
「えーっと、美味しかったよ。それと……」
その後もいくつか美海のチョコに関して話していると彩の気分が最高潮に達したようだ。
「すご! 美海ちゃんのチョコも愛情たっぷりだ! お兄ちゃん、すごいじゃん!」
なんでか俺にまで「すごい」がくっついてきた。
「そうなんだ。美海も聖納も愛情たっぷりのチョコをくれたんだよ」
「そっか。じゃあ、やっぱり、美味しそうだけど、もらえないかあ」
もらう気だったんかい!
さすがに本命チョコはあげられないだろ……たとえ、聖納の2キロオーバーのチョコでもな。
「そうだな。2人に悪いしな。あ、でも、これならどうだ?」
ふと、乃美からもらった義理チョコを思い出して、すっとカバンから取り出した。
「これは?」
彩は露骨に怪訝そうな顔をする。
「義理チョコ」
「ええええええええええええええええええええっ!?」
彩が本日一番の驚き顔を披露してくれた。
……なんでだよ! 2キロより驚くことあるのかよ!
「なんで、そんなに驚くんだよ!?」
「だって、お兄ちゃん、義理チョコももらえたの!? 嘘でしょ!? モテ期だね!」
モテ期って……相手は乃美だぞ? って、彩は乃美を知らないか。
あと、嘘呼ばわりされるほどのことなのか? 普通に考えれば、2人から本命チョコもらったの方がよっぽど嘘くさい話だろうに。まあ、彩は2人とも知っているからそうならないのは分かるけど。
「いや、義理チョコでモテ期はないだろ」
「……これ、本当に義理チョコなの?」
形が歪んだチョコを拾い上げて見つめつつ、彩は俺にそう問いかけた。
「え? そうだけど? 俺が勘違いしないように、義理だって本人が何度も念押ししてそう言っていたし、実際に形も良くないし、誰か分からないけど本命もいるみたいだから」
俺の説明を聞きながらも、彩はまじまじと乃美の義理チョコを見つめている。
「……ふーん。これもらったの、美海ちゃんや聖納さんも知っているの?」
「どうだろ? 俺は言ってないけど、チョコくれた女の子は美海の親友でクラスメイトだから、少なくとも美海は知っているんじゃないか?」
俺がわざわざ「乃美から義理チョコをもらったぞ」なんて自慢みたいに聞こえるから言うわけもない。乃美は美海から俺が義理チョコすらももらったことないって聞いているくらいだから、俺に義理チョコを渡すことくらい美海に伝えているだろう。
「ふーん、そうなんだ」
彩のジト目が気になる。なんか浮気を疑われているようで居心地が悪い。
「やけに意味ありげに言うけど、ようやく知り合いから友だちになったレベルくらいだから、本当に義理だと思うぞ」
「そっか、そうかもね。でも、これももらえないかな。じゃ、これ私からの家族義理チョコね」
「……? あぁ、いつもありがとう」
彩はそう言って、乃美のチョコをもらえない理由も言わずに自分の義理チョコを俺に渡してから、さっさと俺の部屋から出ていくのだった。
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