4-12. 2月……どうでしたか?
簡単な人物紹介
金澤 仁志:本作主人公。高身長、顔は普通よりちょい下。
能々市 美海:ヒロインその1。低身長の小動物系女子。栗色の長髪持ち。
津旗 聖納:ヒロインその2。胸部爆盛。黒髪で完全目隠れ、眼鏡あり。せーちゃん。
司書:図書室の受付お姉さん。仁志を「少年」呼びする。
全然減っていない聖納のチョコを少し脇に置いて、俺は対面にいる美海と聖納の提案してくれた「お茶を飲む」に乗ろうとする。
「たしかに口の中が甘すぎるからお茶を飲んでもいいかもな。自販機で買ってくるか」
あいにく自分の水筒を昼に空っぽにしてしまったので、自販機でお茶を買ってくるしかない。
そう言って立ち上がろうとすると、2人が首をふるふると横に振っていた。
「私の水筒に温かいお茶がありますよ」
「ウチ、冷たいお茶を持ってきたんやけど」
どうやら俺にお茶を振る舞ってくれるようだ。ただ、2人とも気が利くなとも思いつつ、聖納が温かいお茶で、美海が冷たいお茶というきっちりと分かれているところに少しの違和感を覚える。
「2人とも用意がいいな?」
俺が放った言葉を気にした様子もなく、2人とも水筒を取り出した。
「どっちにしますか?」
「どっちにする?」
あれ? いつもならこれくらいの言葉にも応えてくれるはずなんだが……あえて、俺の言葉に反応しなかった?
いや、さすがに勘繰り過ぎか、俺。さっき信じるって言ったばかりじゃないか。きっと聞こえなかっただけだろう。
さて、温かいお茶か、冷たいお茶か。
2人からもらえるなら、この際両方をもらおうかな。
「うーん、どっちももらえるか?」
2人がピクリと小さく身体を震わせるから、普段と少し違う反応に見える。
「はーい」
「はーい」
やけに声が軽くないか? それになんかちょっと……。
いやいやいや、待て待て待て、俺。疑心暗鬼って言葉もあるように、疑わしく思うと何でも何かあるんじゃないかって勘繰ってしまうな。
よくない、よくない。
「はい、どうぞ」
「はい、どうぞ」
しかし、その後に2人から出されたお茶がそれぞれコップの半分くらいだったため、俺の疑問は大きくなるばかりだった。
「なんで半分ずつなんだ?」
「2杯だとちょっと多いかなと思いまして」
俺の質問に聖納が澱みなく答えて、美海がうんうんと首を縦に振っている。
なんか怪しい……けどまあ、たしかに、お茶を2杯だと多いか?
でも、2キロオーバーのチョコレートを渡してきた聖納に言われるようなことだろうか。
……俺はハッとして頭の中にあるもやもやっとした疑念を振り払った。
「そうか。たしかにそうかもな。気遣ってくれてありがとう」
本当に疑わしかったら、次に疑わしいと思ったら、正直にきちんと聞こう。勝手に疑って、勝手に幻滅するのは良くないからな。
「いえいえ、それで、どうでしたか? 想い出に……記憶に残るようなものでしたか?」
聖納は先ほどからずっと気になっていたのか、想い出になったかと確認してきた。
「いろいろな意味で一生忘れられない想い出になったよ」
聖納がホッと胸を撫で下ろしながら小さな溜め息を吐いた。
隣で美海は先ほどから頻りに首を縦に振って、すっかり赤べこ状態だ。
「それはウチもそう……せーちゃんのチョコ、なんかすごかったもん」
「よかった。美海ちゃんのチョコも素敵でしたし、2人のチョコが仁志くんの想い出になって本当によかった」
3人のバレンタイン。
この二股恋愛でいろいろなイベントを当たり前のように3人でしてきた。
だけど、2人とも、俺と2人きりでいるときと全然違う。
もちろん、当たり前と言われれば当たり前なんだけど……だけど、2人ともどこか緊張と不安が心の中で蠢いているような感じだった。
2人ともを不安のままでいさせるのか、1人を悲しませても1人を安心させるのか。
正解なんてない。解はあっても、最善解だ。
選ばないなんてない。それだけは避けると決めた。
「聖納、ありがとうな」
だけど、今じゃない。
美海から話を聞いて、それからだ。
「仁志くん……先ほどは言えなかったのですけど、大好きです」
聖納が先ほどの美海のように、愛の告白を口にした。
本当に俺のことを愛おしそうに言ってくれる。
「あ、ありがとう」
「お礼を言うのは私の方です。暗くなってしまっていた私の生きる道を仁志くんは明るく照らしてくれました。その光は決してまばゆい光ではなかったけれど、優しくて、温かくて、安心できて、信頼できるものでした」
「そこまで言われるとなんだか照れるな」
俺からすれば大袈裟だなって思うことでも、聖納にとっては紛いのない事実だ。
「私も仁志くんにそう思ってもらえる光になりたいです。お互いにお互いを照らし合って、これからも優しく温かい光で導き合えるような……そんな関係であり続けたいと思っています」
ズキリ。
聖納の言葉はいつも俺を容赦なく突き刺してくる。
いや、これは俺が悪いんだ。どうしようもなく、俺が悪い。
「聖納……嬉しいよ」
「……ふふっ。これが私の仁志くんへの想いです」
聖納は少しだけトーンを抑えた様子で告白タイムを終了させる。
2人の気持ちに応えられればどれだけ気持ちが楽だろうか。
「2人ともありがとう。2人の気持ち、すごく嬉しくて……俺は……」
ここで俺は、話すのに夢中になっていてお茶を一口も飲んでいないことに気付いた。
せっかく聖納のくれた温かいお茶が冷めてしまう前に飲まないとな。
そう思って、お茶を口にしようとした瞬間。
「…………」
「…………」
……なんか、2人にめっちゃ見られている。
聖納は前髪で目が隠れているのにも関わらず熱い視線を俺に送っていることが分かる。
美海も美海で、いつも以上に俺の顔を凝視している。
「……なんでそんなにじっと見ているんだ?」
俺がすっとお茶の入ったコップを下ろすと、少なくとも美海は残念そうな顔を隠さなかった。
「特には何もないですよ?」
「うんうん、そう、何もないよ?」
……次に怪しいと思ったら正直に聞くと決めた。
決めたことをやり遂げる練習として、意を決して聞いてみよう。
「えっと、正直に言ってほしいんだけど、もしかして、チョコじゃなくてお茶に何か仕込んだのか?」
かなり捻った解釈をすれば、俺が咎めたのはチョコに精力剤を入れることだ。お茶なんて想定していなかったので、そこまで禁止にしていないと言えばしていない。
だけど、普通、チョコでダメと言われたら、お茶に入れないよな?
「…………」
「…………」
そのはずなんだが、無言で凝視されている。
えっと、目を逸らさないから潔白なのか?
いや、でも、ちゃんと言葉で聞かないと、勝手な解釈をするのは良くないな。
「……美海? 聖納?」
再度、俺は2人の名前を呼んで、答えるように促した。
すると、美海が聖納の方を向き、聖納は美海の方を向いてコクっと頷く。
まさかまさかの……本気……なのか?
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
俺は一瞬、裏切られたと思って怒りが全身を駆け巡るも、ビクッとして俯き加減で怒られ待ちのような美海と聖納を見て、一気に怒りの炎が鎮火した。
手段はともかくとして、興奮した俺に襲われてもいいくらい、2人とも俺のことが好きってことでいいんだよな。
全然モテない俺だから、そう考えてしまうと溜飲があっという間に下がっていった。
はあ……。
「……俺を興奮させてまで俺のことを求めてくれる2人の気持ちは嬉しいけど、学校とか人の目があるところではしないって言っただろ?」
「はい……」
「うん……」
俺に露骨に怒られていないものの、俺の声が低いことに気付いた2人はすっかりとしゅんとしてしまって、先ほどまでの元気がこの寒空に外へ飛び出してしまったかのようだ。
2人の自業自得と思わないこともないが、俺も俺で2人を不安にさせているわけだしな。
ここは仲直りといこう。
「……今はこれで我慢してくれるか?」
俺は2人の方へと回り込み、2人の後ろからそれぞれの頬に軽くキスをする。
その後、2人を引き寄せるように腕を回した。
「んふふ……はい!」
「えへへ……うん!」
よくよく考えると鼻につくようなキザったらしい行為なのだが、美海も聖納も俺の腕を愛おしそうに両腕を絡めて抱きしめつつ嬉しそうな声を漏らす。
恋は盲目と言うけれど、本当にこんなキザな感じの俺でもいいのか?
2人とも、もうちょっと俺のことを見た方がいいかもしれないぞ?
「なんだ健全な感じで終わってしまったか。まあ、らしいっちゃ、らしいか」
しばらく3人でそのままいると、遠くからちょっと残念そうに微笑んでいる司書が俺たちに聞こえるくらいの大きさでそう呟いていた。
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