4-11. 2月……仁志くんの好きなものにしました!
簡単な人物紹介
金澤 仁志:本作主人公。高身長、顔は普通よりちょい下。
能々市 美海:ヒロインその1。低身長の小動物系女子。栗色の長髪持ち。
津旗 聖納:ヒロインその2。胸部爆盛。黒髪で完全目隠れ、眼鏡あり。せーちゃん。
本や紙の匂いが漂う落ち着く空間のはずの図書準備室だが、聖納の取り出したチョコレートが雰囲気を異様なものに変えてしまった。
先ほどの美海のチョコレートは美海の両手よりも大きいくらいで済んだのだが、聖納のチョコレートはそれの比ではない。美海のチョコが小さくてかわいらしいと思えるくらいだ。
「え? デカ……」
「え? デカ……」
俺も美海も思わず率直な感想を呟いてしまう。
それだけ大きい。この中にどれくらいのチョコが収まっているのだろうか。
下手すると人の顔より大きいぞ、これ。
「んふふ……仁志くん、受け取ってもらえますか?」
「あぁ……ありがとう。すごく大きいな。これって見た目が大きいだけか?」
あり得る話だ。
聖納は想い出になることにこだわっていた節があった。
だから、笑い話にできるようにわざとラッピングだけ大きく見せて、実は美海と同じくらいの大きさのものがちょこんと入っているだけとか。
むしろ、そうであってほしいと思っているくらいだ。
「ふふふ……はい、どうぞ」
聖納からチョコを受け取った。聖納のチョコが大きいから何の気なしに両手で受け取ったのだが、それは大正解だった。
——ズシッ。
そんな擬音が聞こえてきそうなほどに俺の両手に載せられたチョコは重かった。片手で受け取っていたら、俺の手の甲が速攻で机に押しつけられていただろう。チョコと腕相撲をしているつもりはないが、きっとそんな感じになる。
「おっ、重っ!? え、これ、ダンベル?」
「チョコですよ?」
分かっている! チョコだということは分かっている!
分かっているけど、それだけ重いってことだよ!
これ、本当に、普通に重いぞ?
「ちなみに、これ、どのくらいなの?」
俺がそう訊ねると、聖納は口元に人差し指を当ててかわいらしく考え込む表情を見せる。
「ちゃんと量ってはいないのですが、おそらく2キロはありますね」
「2キロ!?」
聖納の回答に俺よりも先に美海が驚いて声をあげていた。
いや、2キロって……ダンベルじゃん。
「チョコが?」
「はい、チョコだけで2キロです」
チョコだけで2キロ!? 菓子作り用の割チョコだって、大袋で500グラムくらいじゃないか!?
どうりで重いわけだよ!
「さすがに胃もたれするわ! 一生分か!?」
「そんな大げさですよ。バレンタインですから、今日の分ですよ」
だろうさ! 聖納からすれば、そうだろうとも!
でも、違うんだよ! そうじゃないんだよ!
俺からすれば、2キロのチョコは少なくとも今月分でも有り余るよ!
そんな俺の複雑な心中をよそに、聖納はクスクスと小さな声を出して笑っている。
「予想を遥かに超えてきたな……」
「では、外のラッピングを開けてもらえますか?」
外の? ラッピングがいくつもあるのか?
俺は2キロのチョコとやらがどうなっているのかが逆に気になり始めて、逸る気持ちを抑えて無造作にラッピングされている外回りを取り除く。
すると、甘い香りとともに出てきたのは、ベージュ色の大きな山型のチョコが2つ、さらにその山に覆いかぶさるように黒いふわっとした感じで置かれているラッピングだ。
……なんかこの形……見たことあるな。
「……これは?」
「仁志くんの好きなものにしました!」
……俺の好きなもの?
ピンと来なかったけれど、なんかこの黒いラッピング……どことなくブラジャーっぽくないか?
そう見えてくると、山もなんだかチョコじゃなくて別のものに見えてくる。
ちらっと美海の方を見ると、美海がドン引きしていて顔も引きつっていた。
「なあ、聖納……これって、もしかして……」
俺の予想が正しければ、聖納はとんでもないものを作ってきたことになる。
「はい! 私の胸をモデルにしたチョコです!」
俺が勘付いて嬉しかったのだろう。
聖納がパチパチと小さな拍手をしている。
「マジかよおおおおおっ!?」
俺は思わずそう叫ぶしかなかった。
そりゃ、美海だってドン引きするわ! というか、たしかに好きだけど、好きなものって面と向かって言われると恥ずかしいし、美海だっているんだから、もっとこう、ほかに何かあるだろうが!
ってか、見覚えあるとは思ったけど、割と精巧に作られているな!?
「ブラはさすがに本物を使うのは躊躇ってしまいまして、包み紙用の薄い紙でそれっぽく作ってみました!」
「あ、そうなんだ……」
「そうなんです! ここのレースの部分とかちょっと大変だったんですけど、巧く表現できて良かったです!」
俺の唖然とした返事に、ノリノリで饒舌に語ってくれる聖納。
「その前に、このチョコを作る時に、まずそこで躊躇ってほしかった」
聖納が美術部としての器用さや才能を遺憾なく発揮した結果、ブラにしか見えない紙のラッピングができあがり、聖納の胸にしか見えないドデカいチョコが俺の前に現れたわけである。
どうして聖納はこれを思いついたときに躊躇わなかったのか。もっと躊躇ってほしかったよ。
「んふふ……んふふふふふ……」
聖納が口元を萌え袖で覆いながら笑い声を漏らす。
「喜ぶところかな?」
ツッコミどころが多すぎて、逆にツッコめなくなってきた。
「ちなみに、私も美海ちゃんのように複数のチョコを使っています!」
聖納がそう言うので恥ずかしながらまじまじとチョコを見るけれど、チョコ自体はホワイトというよりもちょっと薄いベージュ色になっているチョコしか見えなかった。
「ん? このベージュ色のチョコだけじゃない?」
「はい。ブロンドチョコレートのほかに、ルビーチョコレートも使いました!」
えっと、何? ブロンドチョコレート? ルビーチョコレート?
ブロンドチョコレートってのは、このベージュ色のチョコのことか?
じゃあ、ルビーチョコレートって?
「ルビーチョコレート? 赤い? ストロベリーチョコレートの親戚?」
あまり聞き覚えのないチョコレートの名前を復唱すると、聖納がかわいく微笑む。
「はい、ストロベリーと似たようなピンク色をしたチョコレートです。でも、ストロベリーじゃないですよ。ルビーカカオというカカオを使っているチョコです」
「ピンク色ってこと? え……あ……まさか……」
胸の形をしたチョコでピンク色の部分なんて1か所しかない。
「ご明察の通りです。あの……ちょっと恥ずかしいので、ラッピングの中が美海ちゃんに見えないように少しだけ外して見てもらってもいいですか?」
ご明察も何も……やっぱり……そこか。
俺の方がずっと恥ずかしいわと思いつつ、俺は聖納の恥ずかしそうにもじもじとしながらも要求してくる動作をただひたすら実行した。
触ることさえ躊躇われるブラ型ラッピングを俺の方だけ少し上げてチラッと見る。
「あぁ……」
見覚えのある形がそこにある。
再現力半端ない……美術部の本気、怖い。
「ひーくん……」
あと、冷めた瞳で俺を見てくる美海も怖い。
美海よ……ドン引きする相手は、俺じゃなくないか?
「本当は一番外のラッピングをするつもりもなかったのですけど、さすがに誰かに見つかったら恥ずかしいなって思って無難なラッピングで包んでしまいました」
聖納は身体をくねくねと捩らせながら、とても楽しそうに経緯を説明してくれる。
「その前に、このチョコを作る時に、まずそこで恥ずかしがってほしかった」
恥ずかしいのは分かる。
けど、そのラインよりも前に、恥ずかしいラインをいくつも踏み越えていることに気付いてほしかった。
……さて、一旦落ち着いて、ここで整理しよう。
美海も聖納も想い出に残るバレンタインにしたいと言っていた。
美海は王道中の王道、ハート型のチョコレートを3種類のチョコで作ってくれて、女の子らしさ全開のものを俺に渡してくれた。美味しかったし、人生で一番初めにもらった本命チョコレートでもあるから、間違いなく思い出のチョコレートになる。
それに対して、聖納はまさかの自分の胸をモデルにした超巨大チョコを作ってくれて、その造形もさることながら2種類のチョコレートで色合いまで完璧に再現していた。さらにはラッピングが黒いブラ型の薄い包み紙という徹底ぶり。まだ味わっていないものの、聖納の料理の腕を考えれば確実に美味い。
……こんなの忘れる方が無理だろ。
胃どころか、脳までもたれそうなチョコだよ!
聖納、「想い出に残るバレンタイン」が先行し過ぎて突き抜け過ぎだろ……。
「仁志くん? 聞いていますか? あれ? 仁志くん? 大丈夫ですか?」
「あ、すまない。大丈夫」
整理を終えた俺はハッと聖納が呼び掛けていたことに気付いた。
聖納はそれを喜びのあまり放心していたと錯覚したのか、なおも嬉しそうに俺に話しかけてくる。
「あの、食べてもらえますか?」
「そう……だよな」
いよいよ実食だ。
しかし、これ、どうやって食べればいいんだ?
触ることさえ躊躇われるチョコに対して、俺はどう攻略すればいいのか皆目見当がつかなかった。
「できれば、齧らずに舐めてもらえると痛くなさそうで嬉しいのですけど」
「え……舐め……る?」
舐めるのか。
絵面がこう……何と言えばいいのか……ひどいことになりそうだ。特に美海から見た絵面は最悪じゃないだろうか。彼氏がほかの女の子の胸を舐めているようなものだし。
「齧りたいですか? たしかに、あのとき私の胸を何度も甘が——」
「舐めさせていただきます」
冷めきった目で俺を見る美海の前で、聖納との夏休みの叡智な内容について暴露されてはたまったものではない。
「はい、特にルビーチョコレートを先に」
「えぇ……分かった……けど……」
俺は美海に聖納のルビーチョコレートを見られないように自分の方に向けて両手で持ち上げた。チョコのズシッとくる重さがたしかに聖納の胸を持ち上げたときと同じ感覚を俺に与えてくれる。
両手を塞いでしまった俺はラッピングを舌でずらし、舐めると言うかしゃぶると言うか、どう表現しても卑猥だよなという感じで精巧に作られたチョコを舐めていく。
時折、俺の視界に映るのは、怒りよりも哀れみに近い表情をする美海と、口の端を上げて頬を上気させる聖納だ。
つまり、すごく居心地が悪い。これ、確実に拷問の1種だよな。
そんなことを思い浮かべながら、ようやくポロっと取れそうになる1個目のルビーチョコレートを口の中に含んで取ってから口の中で最後まで溶かし尽くす。
一旦、もう1つを食べ始める前に顔を離して、ラッピングを元に戻しつつチョコを置いた。
重いのよ、ずっと持つの大変なのよ。
「どうですか?」
「…………」
嬉しそうな聖納、もはや何とも言えない表情の美海。
その状況下で感想を言わねばならない。
正直辛い。しかし、この境遇に理解を示してくれる人はいるだろうか。
「美味しいけど……なんというか……恥ずかしいんだが……」
「ありがとうございます。でも、そうですよね。舐めるだけだと時間もかかっちゃいますね。かじってもらってもいいですよ」
聖納が美味しいという言葉だけに反応する。
俺の恥ずかしいにも理解を示してくれないだろうか。
「少なくともルビーチョコレートを先に全部食べてもらえるとホッとします」
「分かったけど、ブロンドチョコレートは家で食べてもいいか?」
「はい、また感想聞かせてくださいね」
「あぁ……」
聖納の了解を取って、俺はルビーチョコレートだけを先に食べ終わる。
「…………」
美海の視線がずっと痛い。
「ごちそうさまでした……」
こうして俺の耐えがたきを耐えた時間が無事に終わる。
さて、帰ろうか。
「せっかくやし、ちょっとお茶飲まない?」
「そうですよね。仁志くんは特に甘いものを食べたばかりですから」
あ、まだこの時間が続くのね。
一区切りした俺たちはチョコから離れるようにお茶を飲むことになった。
ご覧くださりありがとうございました!




