4-10. 2月……バレンタインは戦争やよ!
簡単な人物紹介
金澤 仁志:本作主人公。高身長、顔は普通よりちょい下。
能々市 美海:ヒロインその1。低身長の小動物系女子。栗色の長髪持ち。
津旗 聖納:ヒロインその2。胸部爆盛。黒髪で完全目隠れ、眼鏡あり。せーちゃん。
司書:図書室の受付お姉さん。仁志を「少年」呼びする。
バレンタイン当日。図書室には司書の待機部屋でもある図書準備室という小部屋が奥にある。貸し借りで本棚を一時的に離れている図書や古くなった図書、逆に新刊でこれから本棚に入れられる図書もあって、イベントで使った模造紙や藁半紙も置いてあって、本や紙のいろいろな匂いが小さい部屋に充満していることが特徴的だ。
俺はこの部屋の匂い、好きだな。
「まあ、図書室内は飲食禁止だからね」
「だからって、準備室を貸してくれなくても……受け取るだけなら図書室でもいいですよね」
図書準備室の中でも司書が飲食できるように、本も書類もない区画が設けられており、そこにはちょこんと小さな机と椅子がある。今日は司書がここを貸してくれて、チョコの受け渡し会場になってしまった。
俺は心を落ち着かせようと美海や聖納よりも先に図書室に来てみたら、司書にここへ案内された。心を落ち着かせようとしたのに、普段入らないような場所に来てしまうと、なんだかイケないことをしているようで余計にドキドキしてしまうじゃないか。
「せっかくもらったチョコなんだから、その場で食べたくなるだろう?」
もちろん、図書室は飲食厳禁だ。まあ、お茶や水をこっそりと飲んでいて見つかっても叱られないけど、食べ物だと司書的にも確実NGなようでここに通されたのだろう。
「そうかもしれませんが」
「まあまあ、せっかくだから3人でゆっくりしてくれたまえ」
まだ困惑気味の俺に対して、司書がニヤニヤと笑っている。司書は綺麗な顔立ちをしているから笑顔がとても映えるのだが、いかんせん、ちょっと口の端が上がり過ぎて企み顔になっているのでいただけない。
「……言っておきますけど、しませんからね」
俺には司書が叡智なことを期待しているようにしか見えなかった。
司書は左手で口元を隠しつつ右手の親指をグッと突き立ててサムズアップしている。
「はいはい。ま、今日も閑古鳥が鳴いているから、甘い声があっても目を瞑ってあげるよ?」
やっぱり期待しているようだ。
学校で叡智なことをするわけないだろう。
「だから……」
「あー、はいはい。怒らない、怒らない。多少大きな声で会話してもいいからね」
俺の少し苛立ち混じりになった声を避けるように、司書はそう言い残して図書室の方へと出ていった。
一人になると、ワクワクとドキドキで気が気じゃなくなってきた。
ただチョコをもらうだけだろと言われてしまえばおしまいなわけだが、想いのこもった彼女のチョコとなると俺にとっては全然違う。
「……早く来ないかな」
自分が勝手に先に来たのに、美海と聖納が早く来ないかなととぼけたことを思い始めていた。
それからほんの少しして、図書準備室の扉がゆっくりと開き、そこからひょっこりと顔が飛び出す。
「あ、ひーくんがもういる!」
美海だ。目線がほぼ同じでばっちりと目が合った。
「そうですね」
その後に聖納もひょこっと顔を出す。
2人の顔が扉からひょっこり出ているのはかわいいな。
俺は迎え入れる側として立ち上がった。
「やっぱり緊張するから先に来て落ち着いていたんだよ」
まあ、全然落ち着けていないけど。
「そっか」
「そうですか」
2人は「分かる」と言った感じの声色をして、カバンを大事そうに抱えながら俺の方へと近付いてくる。
「司書さんにその椅子を2人に使ってほしいって言われているから座って」
俺は司書に言われたとおり、奥の1席を俺、手前の2席を美海と聖納に使ってもらうことにした。この配置的に、女の子を奥に追いやるのは逃げられない感じになって雰囲気が良くないからだと理解している。
ただ、そうなると、この場合、俺が逃げられないってことだが。いや、逃げるような展開はないはずだからこれでいいのだろう。
……いいんだよな?
「うん」
「はい」
俺は紳士がするように、2人の椅子を引いて座りやすいようにして座ってもらってから自分が再び先ほどの席に座った。
美海も聖納も緊張しているのか、頬を赤らめている。
この時期、カーディガンで萌え袖になっているのもポイントが高い。2人とも萌え袖だが、美海の方がより似合っている気がするな。
そんなことを思いながら2人をまじまじと見ていたら、2人とも自分の膝にカバンを載せ始めた。
いよいよ、チョコがもらえる。今朝に乃美からチョコをもらったけれど、あれは義理だからな。今、ここでもらえるのは本命チョコだ。
興奮してきたな、俺、落ち着け。
ふと興奮で思い出したので、チョコを取り出そうと俯いている2人に訊ねてみた。
「先にきちんと確認しておくけど……作ったチョコに……使ってないよな?」
その瞬間、2人の動きが止まった。
……おい。
「……使ってないよ」
「……使っていません」
なんだ、その間は。
使っているのか? いや、俺と約束したはず。さすがに約束を破るような真似を2人はしないだろう。
ということは、あれか。使ってないけど、使ったと思わせて、プラシーボ効果を狙っているとか? そうなると、俺が意識すれば意識するほど効いてしまうことになる。
冷静になるんだ。2人を信じるんだ。
「分かった。信じるよ」
俺のその言葉を聞いて、2人の動きが再開する。
……信じていいんだよな、本当に。
俺がそんな内心でいるとき、美海が不意に顔を上げてきた。
「ひーくん、どっちから先にほしい?」
どっちから先に欲しい?
2人同時じゃないの?
「え……俺が決めるの?」
美海は赤べこかと思うくらいに首を縦に勢いよく振っている。
「もちろん! バレンタインは戦争やよ!」
バレンタインは……戦争?
真剣勝負という意味なのだろうか。それとも規模感が大きいとかだろうか。
「うん、意味がちょっと分からないな」
「先手必勝、後手必殺です!」
俺が不思議そうな顔をしたからか、聖納が美海のセリフに補足をしてくれた。
が、分からん。
先手必勝はともかくとして、後手必殺って、誰相手?
まさか、俺、死ぬの? とか思ってしまう。
まあ、これ以上は補足を聞いても分からないだろうから流すか。
「えーっと、まあ、じゃあ、美海からかな」
美海が一番目の彼女。この順序があるからには美海から選ぶのも当然のことだろう。
美海は満面の笑みを浮かべた。
かわいい。いつもながら、満点かわいい。
「ウチからね」
「ドキドキしてきたな」
美海のカバンから取り出されたのは、美海の両手よりも大きいハート形の包みだ。薄めのピンク色の紙で綺麗にラッピングされている上に真っ赤なリボンでかわいく封をされている。
ザ・バレンタインチョコ。
そう思わせる王道中の王道チョコを予想通りに美海が用意してきた。
「ひーくん……大好きです」
「あ、ありがとう」
美海がちょっとだけ恥ずかしそうに、口をもごもごさせながらもちゃんと言ってくれた。
飾らないド直球の「大好き」はすっと俺の心に響く。
「これまで喧嘩もいっぱいしたし、これからもするだろうけど、それでも2人でこれからも一緒にいたい」
「美海……俺もだよ」
一緒にいたい。
喧嘩も美海が言うようにするだろうけど、でも、やっぱり、一緒にいたいと思える。
美海からもそれが聞けて舞い上がりそうになる。
「やから、これ、ウチからのチョコ、受け取って」
「ありがとう……このチョコをありがたく受け取らせていただきます」
美海がおずおずと差し出してくるので、俺もなんだかぎこちない動きのままに丁寧になりすぎて一周回っておかしくなった言葉を言い放ってしまう。
俺の手が美海の萌え袖に触れた後に受け取ったチョコをゆっくりと自分の目の前にまで引き寄せる。
初めての本命チョコ。
じんわりと、何と言っていいのか表現できない気持ちが込み上げてくる。
「えへへ……開けてみて」
美海に促されるままに、ラッピングをなるべく破らないように気遣いながら丁寧に取り除いていく。
透明な袋に包まれたチョコはラッピング同様にハート形で、ストロベリーチョコレートのハートの周りを縁取るようにミルクチョコレートの帯がやはりハートの形をしている。
ハート、ハート、ハートのハート尽くしだし、凝っている感じがすごい。
「チョコもやっぱりハートだな」
「想いが一番伝わると思うから」
間違いなく想いは俺に伝わっている。
伝わり過ぎて、先ほどからむしろ嬉しさが怒涛の勢いで押し寄せてくるので辛いくらいだ。
「文化祭の風船もハートだったもんな」
美海はピンクや赤、それにハートの形が好きなようだ。ステレオタイプと言われてしまうかもしれないが、やっぱり女の子だなって思ってしまう。
美海がさっきからずっと笑顔で嬉しそうにしている。
それだけでも俺はドキドキしてずっと直視ができない。
「うん! えっと……食べてみて?」
「え、もう食べちゃっていいの?」
なんとなくもったいないと思った。
もちろん、いずれは食べるんだけど、1日くらいは眺めて楽しむのもいいかなって思った。
「もちろん! だって、食べた感想も直接聞きたいから」
俺は頷いてから、一応、スマホで写真を撮った。
あ、ラッピングの状態でも撮っておけば良かったな。初めてのことはやっぱり段取りが悪いし、抜けも出てしまうな。
「じゃあ、食べるぞ」
「…………」
じっと美海が見つめてくる。
食べるところを見られるのは恥ずかしいが仕方ない。
俺は内側のストロベリーチョコまで食べられるほどの大きさに口を広げてかじりついた。
ミルクチョコレート、ストロベリーチョコレート……それに、ホワイトチョコレート?
ふと裏返してみると、内側がホワイトチョコレートになっているから二層構造なのだと知ってびっくりした。ホワイトチョコレートの後にストロベリーチョコレートを流しこんで、さらに一回り大きい型でミルクチョコレートを流したってことか。かなり手が込んでいるな。
それに、美味い。ちょうどいい感じに甘くて美味い。
「……美味しい。甘くて、すごく想いがこもっている気がするよ」
「えへへ」
美海は嬉しそうに照れて、萌え袖で口元を隠し始めた。
かわいいしぐさをありがとう。
俺はそのまま美海からもらったチョコを食べきってしまう。
「ありがとう。ごちそうさま。美海からもらえて嬉しいよ」
「えへへぇ」
美海は椅子に座っているにも関わらず、身体がぴょんぴょんと跳ねている。
美海の幸せそうな顔で俺も幸せな気持ちになる。
感情が嬉しい方に上振れしすぎていて、嬉しいの表現が追いつかない。
「やはり、美海ちゃんは王道のハートチョコですか」
ここで今まで見守るように黙っていた聖納が口を開いた。
次は自分の番だと言わんばかりで、俺を急かしているようにも感じる。
「次は聖納だな。聖納のチョコも楽しみだな」
聖納の料理の腕を考えると、味は間違いなく美味いだろう。
ただ、聖納が美海と同じ王道ハートで来るとは考えにくい。
さて、どんなチョコレートが出てくるのか。
「んふふ……私のはこれです!」
聖納が取り出したものは美海のチョコが小ぢんまりとしてかわいいと思えるくらいに、俺の予想を遥かに超えた大きさだった。
ご覧くださりありがとうございました!




