4-9. 2月……義理だぞ?
簡単な人物紹介
金澤 仁志:本作主人公。高身長、顔は普通よりちょい下。
能々市 美海:ヒロインその1。低身長の小動物系女子。栗色の長髪持ち。
津旗 聖納:ヒロインその2。胸部爆盛。黒髪で完全目隠れ、眼鏡あり。せーちゃん。
乃美 梓真:美海の友だち。あーちゃん。
バレンタイン当日。数日前からテレビもネットもバレンタイン特集で賑やかになっていて、今日はもちろん最高潮を迎えていた。
彼女持ちの男子はもちろん、彼氏持ちの女子もなんとなく浮ついている感じが微笑ましくもある。もちろん、俺も傍から見れば同じ穴の何とやらだろう。
いよいよ俺も人生で家族以外の女性からチョコをもらえる日が来るなんて……頭の中がそれでいっぱいになって、自分の顔がニヤケていないかだけが心配だ。
「金澤はいいよな」
「いいよなあ」
ふとその声につられて目線をそちらに寄越すと、クラスメイトAとBが隣の席辺りで俺を見て白けた様子で呟いている。正直、話はするけど、そこまで仲が良いかと言われると微妙なラインだ。
「どうした藪から棒に」
「皆まで言わせるなよ。今日がバレンタインと知っての狼藉か?」
狼藉って、少なくとも目の前にいる2人に乱暴なことをした覚えなどないんだが……。
まあ、意味はともかく、言わんとすることは分かるけど。
「狼藉って……チョコのことか?」
俺がその言葉を口から発した瞬間に、2人が頭を抱え始める。
2人には禁句だったか。
「そうだよ、そう!」
「俺たちにはないしな!」
「だって、人間だもの……彼女がいない側の」
「付け足した言葉がひどいな……」
彼女がいなくても、今日彼女ができる可能性だってあるだろうに。
もうすっかり諦めているようで、意気消沈が目に見えていた。
いや、でも、俺も昨年までそうだったから分かるんだよ。
朝一に来て、周りを見て、俺はこの雰囲気に馴染めていないって、自分だけただの平日って感じがして寂しいよな。
「やかましい!」
しかし、俺はもはやその敵対勢力に認定されてしまったようだ。
嬉しいような寂しいような。
「で、金澤はもうもらったのか?」
「ま、まだだけど?」
不意に直球で聞かれて、はぐらかすこともなく返してしまう。
2人の顔が少し悪意に染まった表情へと変貌する。
「ほう? ってことは、もらえるにはもらえるんだな? ってことは、チョコを持ってきていると」
「能々市さんと津旗さんがチョコを持っていますと密告ったら、金澤はもらえなくなるってわけか」
なっ!
そ、そこまでやるというのか!?
お前ら、祝福をしなくてもいいけど、誰かの邪魔をするのもやめろよ。
もらえないなりに誇りを高く持てよ!
俺が「やめろ」と言おうと口を開きかけた瞬間に、俺と2人の真横からずずいと影ができる。
「そういうことをするような性格だからモテないんだぞ?」
「乃美さん!?」
影の正体は、美海の親友である乃美だった。
少し中性寄りだけども綺麗な顔立ちをしていて、ショートカットにしている髪やぶっきらぼうな物言いがさらに中性的な感じに拍車をかけている女の子だ。
そんな乃美は格闘技経験もあるからか、妙な威圧感も放っていて、並の男子なら太刀打ちできない。
「あ、いや、それはこいつだけの冗談で」
「な、裏切るのかよ!」
「裏切るも何も組んだ覚えはない!」
「くっ……簡単に切り捨てやがって! 表に出ろ!」
「やるってのか!? いいだろう! ……表って廊下か? ベランダか?」
「寒いから廊下に決まってるだろうが!」
俺と乃美を置いてけぼりにして2人の会話が進んでそのまま立ち去っていく。
「戦いが醜すぎる……」
おそらく、乃美から離れるための一芝居なんだろうな。
「だな」
乃美が肯いている。
っと、ところで乃美は隣のクラスなのに、なんでここにいるんだ?
……普通に考えれば、俺に用事……だよな?
「それはそうと、乃美どうしたんだ?」
俺が乃美の方に向き直って用件を聞くと、乃美が右手でポリポリと頬を掻きながら、後ろに回していた左手を俺の方へと動かした。
「あぁ、これ」
乃美の左手にあったのは赤い紙と緑のリボンでラッピングされた手のひらサイズのものだ。
「え? 何これ?」
色合い的にクリスマスプレゼントだが、そんなわけもあるまい。
「開けりゃ分かる」
俺は「開けりゃ分かる」と言われて、乃美からポンと渡された包みのリボンを引っ張って中を見てみる。
そこにはぐにゃぐにゃと不揃いな形で転がっている茶色の固まりがいくつかあった。
まあ、チョコだよな、これ。
「もしかして、え、まさか、チョコ?」
「……義理チョコな。金澤にやるよ」
義理チョコ。
え、乃美が俺に義理チョコ!?
以前は乃美に「クソザコチキン野郎」と罵倒されてしまっていた俺だが、たしかに最近は聞いてないな。2学期に「もっと頼っていい」とも言っていたし、乃美の中で友だちくらいには俺もランクアップしているのだろうか。
「え、本当に? ありがと!」
義理チョコがもらえたこともそうだが、関係性が良くなっていることに俺は嬉しさを覚えた。
「……義理だぞ? 捨てるのもなんだかなって思ったし、自分で食べるのもそれはそれでなんか違う気がするし、だったら、みーちゃんから金澤が今まで義理ももらったことないって聞いたから恵んでやろうかと思ってな」
珍しく早口でまくし立てるように言う乃美だが、まあ、義理チョコでも渡すのは恥ずかしいだろうし、そうなるのも分からんでもないな。
しかしまあ、乃美って、律儀というか真面目というか、それこそ義理堅いというか、なんだかんだで優しいんだよな。
「そうなんだよ、義理でも嬉しいよ。ひょっとして、これ手作り?」
こんなに形が不揃いってことは手作りだよな? 湯煎で溶かして型に流し込んだだけかもしれないけど、乃美自身でひと手間を加えてくれているようだし、手作りでいいんだよな?
ってことは、手作りしたい相手がいるってことか。
しかも、こんな感じじゃなくて、もっと綺麗な形で渡したい相手。
「そう、だけど……これは——」
「分かっているよ、本命の失敗作だろ?」
乃美にも本命、好きな人がいるのか。
「……あぁ、そうだ」
そうだよな。乃美も女の子だしな。
渡したい相手がいたって不思議じゃない。
「乃美の本命をもらえるやつは幸せだろうな」
「そ、そうか?」
乃美が珍しく自信なさそうな感じだ。
ここは勇気づけた方がいいな。
きっとこれから本命に渡すんだろうし。
「ん? そうだろ。乃美はちょっとぶっきらぼうなところがあるけど、優しいし、綺麗だし、頼れるから安心するしな」
……ぶっきらぼうは余計だったか。
ふとそう思って乃美の方を見ると、褒められ慣れてないのか、目線が完全に泳いでいるし、俺の言葉で顔どころか耳まで真っ赤にしている。
「っ!? そ、そうか……言っておくけど、義理だからな! 勘違いするなよ!?」
おぉ、かわいいな。乃美に直接言ったら怒られそうだから言わないけど。
だけど、この乃美の意外な一面、これが本命に見せられたらかなりのギャップでグッとくるんじゃないかと思った。
しかし、俺が勘違いしないように再三言ってくるあたり、昔、義理チョコを渡して誤解されたことがあるのだろうか。乃美から義理だとしてもチョコをもらったら、男が舞い上がるのも無理ないか。
それでも俺に義理チョコを作ってくれるのは義理堅いとしか言いようがない。
「分かってるって、ありがと……美味しいな」
俺がひょいと乃美のチョコを一粒口の中に放り込む。
ミルクチョコレートの甘い味と香りが舌の上で広がっていく。
シンプルに美味い。
「美味しいならよかったよ」
「あぁ、美味い。これなら本命も絶対に喜ぶって」
「それなら良いんだ。じゃあな」
「本当にありがとな」
乃美はちょっと嬉しそうな感じで自分のクラスへと戻っていく。
これで友だち感がアップしたとは言え、さすがに異性だから本命が誰かを聞くのは野暮だよな。
だったらせめて友だちとして、乃美の思いが本命に伝わるようにと、俺は乃美のチョコを口の中で溶かしながら祈っていた。
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