4-8. 2月……負けられないですね(2/2)
簡単な人物紹介
金澤 仁志:本作主人公。高身長、顔は普通よりちょい下。
能々市 美海:ヒロインその1。低身長の小動物系女子。栗色の長髪持ち。
津旗 聖納:ヒロインその2。胸部爆盛。黒髪で完全目隠れ、眼鏡あり。せーちゃん。
俺たち3人は玄関の隅で立ち止まったまま、話し込み始めていた。
ちらっと近くにあった時計を見てみるとまだ予鈴のチャイムまでは時間があるし、聖納の言葉の続きが気になるから……残り時間で話せるだけ話そうか。
「えっと、負け……られない?」
しかし、何に? 何に負けられないのだろうか?
この場合、順当に考えると美海にか?
聖納の言葉に俺が「???」と頭に疑問符を浮かべていると、意気込んだままの聖納がマフラーを外しながら笑顔を見せてくる。
「だって、仁志くんは家族以外の女の子から初めてチョコをもらえるってことですから!」
「そうなるな」
美海と聖納。彼女が2人もいるのだから、チョコがもらえるのはまず間違いないだろう。
しかも、2つ。
それまでに二股を解消できればその限りではないものの、バレンタインデーまでに二股を解消できる感じがしない。
「せっかくの初バレンタインですから、いつまでも想い出になるバレンタインにしてあげたいです」
たしかに、どんなことになったとしても、確実に想い出に残るだろうな。
「聖納、ありがとう。でもさ、そこまで言われちゃうと、期待度上がっちゃうけど?」
俺の軽口に、聖納がむしろ喜んだ。
前髪の奥に隠れた表情まで想像できて、ニコッと笑っている聖納もかわいいなと思う。
「はい! 期待に応えてみせます!」
そうなると、俺が中学生のとき、『彼女がいたらしてみたかったこと TOP10』にランクインしている『バレンタインで彼女からチョコをもらって、ドキドキしながら開封して彼女の前でチョコを食べて感想を言いつつイチャイチャとその後を過ごす』が達成できそうだ。
しかしまあ、そのTOP10を忘れているあたり、俺も実に適当でいい加減な男だなと改めて自覚する。
「はっ! ウ、ウチだってそう思ってるし!」
すっかり蚊帳の外になっていた美海がハッとした表情で話している中に入り込んでくる。俺の手を悪手でもするかのように握ってきてぶんぶんと振ってくる。
「美海もありがとうな。美海のも楽しみだな」
気付いてほしくて必死になっている感じもかわいいな。
「うん! それで、食べられないチョコってあるん?」
美海がさっそくリサーチを開始し始めた。
俺からすれば、もうそろそろ時間も時間だし、後でグループリンクを使って説明したいところだけど、この流れをぶった切るのも申し訳ない気持ちになる。
これくらいなら時間もかからないだろう。
しかし、チョコの好き嫌いか。
「基本的には好き嫌いがないから、どんなチョコでも好きかな。あ、でも、食べられないわけじゃないけど、強いて言うなら、キャラメル? ヌガー? が入っているものは買ってまで食べないかも」
美海や聖納からもらえるチョコなら、何でも喜んで食べると思う。
想いのこもった2人のチョコを食べない選択肢はないな。たとえ、砂糖と塩を間違えたとしても食べきる根性くらいは見せたい。
「ふむふむ」
美海がスマホを取り出して、真剣な眼差しでメモをポチポチ打ち込み始める。
美海は王道中の王道、ハート形のミルクチョコレートとかを作ってくれそうな気がする。その上で、カラースプレーやチョコペンでカラフルなデコレーションもしていそうだ。
「でしたら、中にジャムやフルーツソースが入っているものはどうですか?」
美海がメモでうんうんと唸っている間に、聖納が俺に次の質問を投げかける。
聖納の場合はもう少し具体的な質問だ。
料理もお菓子作りも上手な聖納のことだからバリエーションも豊富だろうし、俺と同じように美海が王道で攻めてくると考えているなら、聖納はおそらく変化球で俺の好みバッチリに合わせにくる感じがする。
「どうだろ、そもそもあまり食べたいことないから分からないかな」
「ふむふむ」
「なるほど。ウイスキーボンボンみたいなものもですか?」
聖納は何かを包む系のチョコ、ボンボンやトリュフ狙いだろうか。
チョコ以外の味や食感を楽しめるから、それはそれで期待が膨らむな。
「1回父さんから分けてもらって食べたことあるけど、美味しいとも不味いとも思わなかったかな。美味しいのってあるのかな?」
俺がそう聞くと、聖納はもちろんとばかりに首をゆっくりと縦に振っていた。
「美味しいものはたくさんありますよ。なるほど。なんとなく作ろうと思うチョコが見えてきました」
聖納がいつもとちょっと違う妖艶な感じの笑みを浮かべる。
「……ちなみに、それってどんなチョコ?」
「……んふふ」
……それに対して、聖納はただ妖艶に微笑むばかりだった。
って、待て。
聖納は夏休みの2人きりのとき、食べ物に媚薬だか精力剤だかを入れた前科持ちだ。普段作ってくれる弁当には入っていないものの、特別なイベントでもあるバレンタインにはちょっとだけ警戒をしないといけない気がしてきたぞ。
「待て待て、まさか、変なもの入れたり混ぜたりしないよな?」
「ふむふむ……変なもの!? 何それ!?」
美海がメモを取り終えて俺と聖納の会話にびっくりした様子で入ってくる。
俺と美海で変なもののイメージは違いそうだが、そんなことを考えている場合じゃない。
「……んふふふふふ」
「!?」
「!?」
聖納はただただ笑うだけだった。
な、に、を、い、れ、る、気、だ、よ!
「んふふ、冗談、冗談ですよ。ちゃんと正統派なチョコを渡したいですから」
聖納はやんわりと否定してきたが、なんだかなあ。
聖納が暴走すると俺じゃ中々止められないからな。
「驚かせないでくれ……それならいいけど」
今は信じるしかないか。
「ねえ、変なものって何?」
美海はやっぱり想像しきれなかったようで、聖納に純粋な瞳を向けている。
純粋な美海は媚薬とか精力剤とか、そういう言葉を覚えなくていいんだよ。
「美海は知らなくても——」
と俺が言いかけていたが、聖納が普通に美海に耳打ちしていた。
美海が途端に顔を真っ赤にして口をぽかんと開けている。
「んななっ!? び——」
「はい、ストップ。大声で言うものじゃないからな?」
「ん……んん……ふっ……」
俺が咄嗟に美海の口を塞ぐ。
美海も媚薬や精力剤を知っていると思わなかったのでそちらにも驚いてしまった。
美海はもっと純粋だと思ったんだが……。
「聖納……だいたい、前に思ったけど、それ、本当に大丈夫か?」
俺は美海から意識を逸らすために聖納に話しかける。
聖納は口元に人差し指を当てつつ顔を少し俺の方向からずらして、ちょっと考えている雰囲気を見せる。
聖納の様子は悩まし気な雰囲気もあって、目を逸らせずにドキドキしてしまう。
「大丈夫です。怪しいものは入っていないですよ? 精力剤に近いですし」
何が大丈夫なのだろうか。
あのとき、目の前の聖納と叡智することしか考えられなくなったぞ?
「存在自体が怪しいんだが……精力剤って言葉もこの場で言うものじゃないだろ……」
「んふっ」
聖納は笑ってごまかす気満々なのだろうが、さっきから笑い声が怪しすぎる。
そうやって聖納に気を取られていると、美海が俺の手を自分の口元から外した。
「ぷふぇ……せーちゃん……そういうの良くないと思う」
当然ながら、美海が味方になってくれた。
俺と美海が言えば、さすがの聖納も考えてくれるだろう。
「ええ、だから、使いませんよ?」
聖納がそう言ってくれたので、俺は一安心した。
これで俺は心置きなくバレンタインを健全に楽しめるだろう。
よかった、よかった。
「違う」
「え?」
「え?」
そう思っていたが、美海が首を横に振ったので、俺どころか聖納さえも美海の言葉に素っ頓狂な声をあげてしまった。
違う? 何が違うの?
「フェアにしよ。ウチにも分けてほしい。2人で使お?」
……はい? 今、美海、なんて言った?
2人で使おうって言ったか?
「あら、それならもちろん、いいですよ。どちらが学校で仁志くんにいきなり襲われても文句なしってことで」
聖納がそう言うと、美海が無言でコクリと頷いた。
……って、頷くなあああああっ!
学校で襲っていいわけないだろおおおおおっ!?
っていうか、たとえ同意でも学校じゃアウトに決まっているだろうがあああああっ!
「いいわけあるかああああああっ!?」
俺はそういう不純物の混入禁止を伝えて、美海と聖納に約束させた。
2人ともちょっとムスッとしていたが、そこだけは絶対に譲らないようにしたのだった。
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