4-7. 2月……負けられないですね(1/2)
簡単な人物紹介
金澤 仁志:本作主人公。高身長、顔は普通よりちょい下。
能々市 美海:ヒロインその1。低身長の小動物系女子。栗色の長髪持ち。
津旗 聖納:ヒロインその2。胸部爆盛。黒髪で完全目隠れ、眼鏡あり。せーちゃん。
今日から2月。個人的には一番雪の日も多いと思う月だし、積雪量も半端ない。もっと言うと、家の前の雪かきをかなりの頻度で手伝わされる月でもある。とはいえ、母さんや彩だけで雪かきをさせるのもそれはそれで何とも言えなくなるので手伝わざるを得ない。
そんな2月に、俺は今日も今日とて雪で埋まった歩道ではなく、自転車で車道脇というかほぼ車道を強行突破して学校に来た。いつもの倍以上は疲れてしまうから、朝の時点でもう既に疲れている。
「ひーくん、おはよ!」
俺は自転車を自転車置き場に置いてから玄関の方へと向かっていると、校門付近でバスを利用して登校してきた美海と出会った。
美海はベージュ色のダッフルコートに灰色のマフラー、キャメル色の手袋と重装備にも関わらず、足元は少し折って短めにしているスカートと黒タイツという比較的軽装だ。
……寒そう。
女子もズボンじゃダメなのだろうか。ジャージとか着込んだ方が温かい気もするが。と思って美海に言ってみたこともあるけど、美海曰く「それは負けなんやよ」らしく、何に負けてしまうのかは分からないが譲れないとのことだった。
それはともかく、美海はなんだか嬉しそうだ。
「美海、おはよう。なんかいいことあったのか?」
「んえ? どうして?」
美海はきょとん顔で俺を見てくる。
マフラーで顔が隠れたり、髪がふわもこっとしていたりして、かわいさが倍増している。
これだから、冬はたまらない。夏の薄着もドキドキしてしまうけど、冬のふわもこも愛くるしい感じがして実に良い。
……何を一人で興奮しているんだ、俺は。
「いや、機嫌が良い感じだから」
「そうかな? むしろ、これからかな」
「これから?」
今日はなんかあったっけ?
いや、なんもないな。部活で何かあるのか?
「え? ほら、2月に入ったやん?」
俺がピンと来てない表情をしていたからか、美海の表情が険しくなる。
あれ? 俺になんか関係ある?
いや、なんも覚えないけどな……。
「そうだな。この時期はほぼ雪しかないよな。一緒に登下校できないから残念だな」
自分で言っていて、これは嬉しいことじゃないから違うよなとか反省する。
さらに美海の表情が険しくなる。口元はマフラーで見えていないけど、きっと「へ」の字になっているに違いない。
「それはそうやけど、ほら、でも、2月っていいよね」
マズい……2月がいい?
な、なんだ? 朝から美海の機嫌を損ねるのは避けたいんだが……。
「2月っていい?」
「ほら、ね? 2月やし」
もう会話にすらなってない。
俺と美海で前提条件が大きく違うとしか言いようがない。
とりあえず、「2月」というキーワードが大事らしい。
「……なんかあったっけ? あ、月末の学期末試験で久々に勝負してみるか?」
そう、2月には学期末試験が行われる。
もしかしたら、久々の勝負で願い事をするって話だろうかと思い、そう言ってみるが……美海の顔を見る限り、どうやらハズレのようだ。
美海の頬が空気を入れている風船のように、徐々にぷくっと膨れてくる。
「それ、せーちゃんに負けて、ひーくんがランプの魔人になるだけやん」
ぬあああああっ!
言い方あああああっ!
「うぐぐ……いつまでも負けていられないんだけど、まあ、そうだよな……」
たしかに、美海と勝負するなら聖納とも勝負することになるし、聖納と勝負したら全敗がほぼ必至だけど……もっとこう手心がほしい……。
「って、そうやなくて! もう!」
「え? どうして急に怒るんだ?」
ついに美海が本格的に声を荒げてきた。
怒っている。
なんか約束したっけ?
「え……ほんとに分からんの?」
どうやら怒りを通り越して呆れに変わってきた。
ってことは、約束とかでもないな。そんなものを忘れたら呆れるわけもない。
「……なんだっけ」
ついに玄関の中まで入ってしまう。
下駄箱ロッカーの列が違うので、一旦離れて仕切り直すか?
「美海ちゃん、それだけ仁志くんは今まで縁がなかったってことですよ」
突如、後ろから声がして驚きつつも振り向くと聖納がいた。
聖納も紺色のダッフルコート、灰色のマフラー、焦げ茶色の手袋をして、スカートこそ折りたたまずに膝下まで伸びているが、黒タイツでしか覆っていない脚が寒そうなことには変わりない。
聖納がマフラーを口元に当てると顔が全く見えなくて、それでも聖納って分かるのは前髪もそうだけど、そのダッフルコートでも隠しきれない爆盛りの胸部のおかげだとも言える。
しかしなあ……もっと温かい格好をしてほしい。女の子は身体を冷やしちゃダメって言うからな。冷え性にもなりやすいって聞くしな。
「あ、せーちゃん、おはよ」
「お、聖納、おはよう」
「仁志くん、美海ちゃん、おはようございます」
俺たち3人は人の流れを邪魔しない場所で立ち止まった。
「で、俺に縁がないこと?」
俺がよく分からないままに聖納の言った言葉を返すと、聖納がコクコクと頷いた。
「ふふふ……美海ちゃんもストレートに聞けばいいのに」
「それは……そうやけど……なんか負けた気がするんやもん……」
負けた気って……勝ち負けの問題か?
しかし、どうやら、美海と聖納は分かっているようだ。
この短い間に2人の意思疎通ができているってことは、本当に俺に縁がないってこと?
「えっと、俺を置いてけぼりにしないでくれるか?」
聖納は俺の言葉を聞いて、ビシッと俺の方に指差しをしてくる。
「仁志くんも仁志くんですけどね。急に鈍感になるのはまるでラブコメの主人公みたいですよ?」
急に鈍感って……ラブコメの主人公ほど鈍感なつもりはないけどな。
あれはさすがに異常だろ。なんであんなに好き好きアタックされているのに自分が好かれているって気付かないんだよ。せめて、なんか好き好きアタックされているけど、モテたことないから警戒しているくらいの感じでいろよ。
って脱線したな……ん? ラブコメで……2月?
あ……あああああっ!
「あ、あぁ! 2月、バレンタインか!」
あるじゃん!
学園系ラブコメで最大級のビッグイベント!
聖バレンタインデー!
ドキドキしてチョコを渡したり受け取ったり、「義理なんだからね」って言われながら本命を渡されたり、チョコの争奪戦があったりするような絶対に外せないイベントが!
って、俺、ラブコメの主人公じゃないんだから、そんなピンとくるわけないじゃん……。
「そう!」
「正解です」
ようやく美海への正解を引き当ててホッとすると同時に、もの悲しい気持ちも訪れてくる。
聖納の言っていたように……俺は今まで生きてきて、バレンタインデーなんて、無縁オブ無縁よ?
「……正直、今まで縁がなさすぎて、そんなイベント、前日か当日にでもならないと意識しないって……」
「ひーくん……」
「仁志くん……」
ピンと来なかった理由を説明し始めると、楽しそうだった2人の雰囲気が変わる。
「今までチョコをもらったのって、母さんと彩くらいだし……クラスの女の子とかから……義理チョコさえ1度ももらった覚えないし……」
「ひーくん……」
「仁志くん……」
そんな切なそうな目で俺を見つめないでほしい。
そんな切なそうな声を俺に向けないでほしい。
「バレンタインの楽しみと言えば、終わった翌日くらいに3割引になっているちょっと高めのチョコを自分買いするくらいだしな……」
「ひーくん……」
「仁志くん……」
自分から言っていてどうにも哀れだと思わんでもないが、美海と聖納にここまで哀れみの雰囲気を向けられると何とも言えないな。
「名前だけ呟いて急に哀れむのはやめてもらいたい……泣くぞ……」
「ごめん」
「ごめんなさい」
俯き加減で謝られる。
「謝られても哀しいことに気付いた……」
これはこれで辛い。
10分前くらいに戻って、初手からバレンタインだと気付いてしまう自分になりたい。
と一瞬思ったけど、それはそれでチョコをねだる卑しい男になる気もした。
どっちにしろ悲しい生き物になってしまうじゃないか。
あぁ、だから、ラブコメの主人公は鈍感で我関せずっぽい感じになるのか。
「でも、そういうことなら、これは負けられないですね」
そんな哀れみで包まれた場の空気を入れ換えるように、聖納がグッと両手の拳を握って意気込み始めた。
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