4-5. 1月……ウチは文系やよ?
簡単な人物紹介
金澤 仁志:本作主人公。高身長、顔は普通よりちょい下。
能々市 美海:ヒロインその1。低身長の小動物系女子。栗色の長髪持ち。
津旗 聖納:ヒロインその2。胸部爆盛。黒髪で完全目隠れ、眼鏡あり。せーちゃん。
聖納と理系文系や進学について話をした翌日。俺は前から予定していた美海との昼飯のために1階のミニホールで待っていた。普段なら教室や体育館裏で一緒に食べることにしているが、美海とも進路の話をしたいので人が少ない1階で昼飯を取ることにしたのだ。
美海も「そういうの新鮮でいいね」と言ってくれて、先ほど「ちょっと用事済ませてから行くね。先に行ってて」と言われて、先に辿り着いて待っている。
しばらくして、うちの高校で今一番身長の低い生徒じゃないかと思われる美海の姿が見えた。
「あ! ひーくん!」
美海がお弁当と水筒をそれぞれの手に持って近付いてくる。
しかし、途中で勢い余ったのか、制御不能になった美海が勢いそのままに俺の身体にタックルをかましてきた。
「み——ぐふっ!?」
身長も小さいし、体重もかなり軽いが、勢いが良すぎるのとちょうど頭が俺の鳩尾から腹くらいにくるのでクリティカルヒットになっていた。
思わず「ぐふっ」と苦しいときの呻き声を漏らしてしまう。
「あ、ごめん……ちょっとコケそうになって……」
美海は上目遣いに申し訳なさそうな表情で謝ってくる。
かわいい、許す以外ない。わざとじゃないし、謝っている姿がかわいいから許せる。
まあ、じんじんと痛むけど、これくらい我慢できないわけじゃないしな。
「そ、そうか……こ、これから気を付けてくれればいいよ」
そう、いつも言っているけど、これから気を付けてくれればいいだけだ。
……これで何度目かは忘れたな、うん。
「うん……ほんと、ごめんね?」
本当に申し訳なさそうにしてくるので、強制的に話を切り替えることにする。
「もう大丈夫だよ。今日はわざわざ1階まで来てくれてありがとうな」
「ううん、ひーくんのお気に入りの場所に一緒に来られて嬉しい」
人目が少ないからか、美海が人目もはばからずにぎゅっと抱きついてくる。
なんだか聖納と似たようなスキンシップが増えてきているような気がする。
「立ち話もなんだから、あっちで飯でも食べながら話そうか」
「うん! 手、繋ご?」
「あぁ」
元々、美海の方が聖納よりも甘えん坊な感じなんだけど、人目を気にしない聖納の方が何かと行動を起こすので甘えん坊のように見えるだけだ。
案外美海の方が腕を組んだり手を繋いだりしたそうな表情でいることも多く、人目がなければべったりとくっついてくる。そのギャップも美海の魅力の1つとも言えるだろう。
「で、話って何なん?」
椅子とローテーブルのある場所に辿り着くと、美海がさっと手を離してお弁当を広げ始める。
ちなみに、美海の弁当は昨年の5月ぐらいからずっと自作で、料理の腕もメキメキ上達していっている。最近では、彩りも考えられている上に、冷凍食品も上手に使い分けていて、効率も良くなっているようだ。
……脱線したな。意識を美海に方に向ける。
「あぁ、話ってのはこの前、聖納と話をしていて——」
「せーちゃんと? ふぅん?」
美海が聖納の名前を聞いた途端に、箸を取ろうとしていた手を止めて、ジトっとした目を向けてくる。
いや、まだ聖納と何を話したとかも言ってないんだが……。
「な、なんだ?」
「別にぃ?」
美海は機嫌が良くない時の言い方で返事をしてくる。
まあ、返事をしてくるだけ、最悪ではないのは分かるけど、ちょっと居心地が悪いな。
「えっと、怒っているのか?」
美海が頬を膨らませ、口を鳥のくちばしのようにツンとさせている。
「……怒って……ないもん」
美海はそう口をもごもごとさせながら、こちらに送ってくる視線もちょっと湿度が高い感じだ。
そうか、そうか、そういうことか、美海はかわいいなあ。
「じゃあ、ヤキモチだな? かわいいな」
俺が頭をポンポンと軽く撫でると、美海は頬を少しだけ赤らめ始めた。
「……むぅ。かわいいでごまかそうとしてない?」
一瞬、手の動きを止めてしまった。
「してない、してない」
再び美海の頭をポンポンと撫でていると口の尖り方が柔らかくなってきて、鳥から人に戻ってきた。
「むぅ……で、話って?」
美海も話の腰を折っていると思ったのか、俺に話すように促してきた。
ひとまず聖納の名前を出さないように気を付けて話そう。
「あのさ……美海ってさ、やっぱり文系進学にしたよな?」
俺は先ほどと打って変わって、真剣な眼差しをして美海にそう訊ねる。
美海も俺の変化を察してくれたのか、先ほどまでのむくれ顔や嬉しそうに笑っている顔ではなく、真面目で真剣な顔つきに変わっていった。
「うん。ウチは文系やよ? ひーくんも知っていることやけど、ウチ、数学、全然ダメやもん」
そうだよな。
分かりきっていたはずの答えを知って、俺はちょっとだけ不安になった。
「そうだよな」
理系と文系ではクラスがきっちりと別れる。
つまり、美海と一緒のクラスになることはない。
大学は文系も理系もあるような大学に2人とも行けばいいけど、お互いにそううまくいくかは全くの未知数だ。
「ひーくんは?」
俺の表情があまりにも分かりやすかったのだろう。
美海も声のトーンが少し落ちた様子で俺に聞き返してきた。
美海もまた分かりきっている答えを求めている。
「俺は理系にした。将来のことを少しだけ考えて」
将来のこと。
その言葉があるだけで、この選択に意味があるように周りに思わせる。
明確な目的があるわけじゃない。
ただ、自分の学力から入れそうな大学を文系と理系でそれぞれいくつか見て、分かる範囲でその大学の……文系の就職先や理系の就職先を追ってみた。
結論は、なんとなく、なんとなくだけど、理系の方がいいんじゃないか、って、それだけのなんともふわっとしたものになってしまった。
それでも、感じたものは確かだ。
「そっかあ……別々になるんやね」
美海は残念そうにそう呟いた。
一緒のクラスになって授業を受けるとか、文化祭で準備や当日の当番を一緒にするとか、球技大会で一緒になってクラスの応援をするとか、そういった楽しそうなイベントの可能性はなくなってしまった。
「そうだな」
少しの間、時間が止まったかのようにお互いに沈黙する。
俺は美海の顔を見て、美海は俺の顔を見る。
どういう言葉を掛ければいいのか。
俺が全く想像できずに微動だにせずいると、美海の時間が急に動き始めた。
「でも、別に大丈夫でしょ?」
美海はニコッと笑う。
「え?」
大丈夫という言葉に、俺はどこから出したか分からない高めの声が出てしまう。
「同じ理系じゃないと、同じ大学じゃないと、なんてないもん」
美海が突然、俺の膝の上に乗り始めた。
さらに美海は、自分を抱きしめろと言わんばかりに俺の両腕を掴んで美海の身体を覆うように交差させた。
「美海……」
俺は美海を優しく抱きしめる。
お互いに温かさが服を越えて伝わっていく。
不安だった何かがゆっくりと溶けて消えていく。
今は美海の後ろ姿しか見えないけれど、なんとなく嬉しそうな雰囲気が伝わってくる。
「大学が違っても、遠距離になっても、ウチらなら大丈夫やもん」
「そうだな」
違う大学、それどころか、遠距離の可能性もそう言えばあるな。
だけど、美海が言うなら大丈夫な気がしてきた。
「ダメだったら……なんとかするもん」
「……なんとか?」
なんとかってなんだろうか。
「うん、なんとか!」
「ははは……なんとかってなんだよ」
なんとかとやらは、今ここにはまだないようだ。
「なんとかはなんとか!」
だけど、なんとかはそのときに必ずそこにある気がする。
「まあ、そうだな。地元か関西か関東か……なんにしても、大学が近いなら一緒に住めばいいしな」
俺がそう言うと、美海の身体がビクンと大きく跳ねた。
あれ? なんかまずいこと言ったか?
「ふえっ……一緒に……うん、絶対に一緒に住む!」
絶対ときたか。
簡単に口にはしてみたが、いろいろとハードルが高い気もする。
特に親。
「そのときは美海の両親に許可をもらわなきゃいけないけどな」
うちの親はどうとでもなりそうだが、美海の両親がなんと言うやら。
まだ見ぬ美海の両親の説得方法を考えてみてもしかたないか。
「絶対に認めさせるんやから!」
しかし、美海はもうそのつもりでしかないようで、意気揚々としていた。
文系と理系で違うなんて、もうどうでもよくなっている。
「ははは、頼もしいな」
「えへへ……」
俺も美海もなんだかおかしくなってきて自然に笑っている。
そうだ、今なら。
「なあ、美海」
「ん?」
和やかな雰囲気で包まれているこのタイミングならと俺は思いきって疑問に思っていたことを聞くことにした。
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