4-4. 1月……私も同じです!
簡単な人物紹介
金澤 仁志:本作主人公。高身長、顔は普通よりちょい下。
能々市 美海:ヒロインその1。低身長の小動物系女子。栗色の長髪持ち。
津旗 聖納:ヒロインその2。胸部爆盛。黒髪で完全目隠れ、眼鏡あり。せーちゃん。
1月も下旬を迎えると、ほとんど雪まみれになるが、ここ数日は温かい日が続いて雪よりも雨が多かった。今日は曇りで晴れ間さえ見えている。
そんな悪くない日を見計らったかのように、2回目の進路志望調査の用紙を渡された。俺は親にも理系で進学すると伝えていたので、すぐに「理系/進学」と丸を付けて早々と担任に渡してしまう。こうやって1つ1つを確実に決めていくとちょっとだけ、将来のことを考えて進んだような思いが胸に残る。
「お、今日も空いているな」
そんな少し晴れた気持ちで昼休みを迎えて、俺は昼飯を食べるために1階にあるロビーとか小ホールとか呼ばれる場所に辿り着いた。購買のパンや紙パックの自販機が置いてあるこのロビーは昼休みにそれらを買いに来る人がいても、ここで飯を食べる人がいない。
ガラス張りでグラウンドやその奥見える山々が広がっていて、景色は良いと思うんだけどなあ。
そう思いつつ、紙パック自販機で「いちごなオ・レ」を買おうと自販機に近付いた。
「仁志くん、こんにちは」
不意に声を掛けられてビクッと身体を震わせた後に、聞き覚えのある声だと思って顔をそちらに向けると聖納が嬉しそうにそこに立っていた。
「お、聖納、こんにちは……って、あれ? 今日は一緒にご飯を食べる日だっけ?」
聖納に挨拶をしたまではいいけど、今日は一緒に食べる日だという連絡がなかったよな? あれ? 見落とした? そうだとしたらマズいな……。
そう思っていたところで、聖納は首を横に振った。
「いいえ、約束していないですから偶然ですよ。私もちょっと飲み物を買いたくて」
俺は約束がなくてホッとした。
「そっか。あ、飲み物買うのか? それなら、お先どうぞ」
聖納が既に小銭を持って自販機を指差していたので、俺は聖納に先を譲ることにした。俺はまだ小銭どころか財布すら出していないからな。
聖納もその辺りを察したようで、軽くペコリとお礼をしてくれてから自販機を使い始める。
「ありがとうございます。仁志くんこそ、ご飯をここで? 一人ですか?」
聖納は俺にそう話しかけながら、小銭を入れて、「いちごなオ・レ」のボタンを押した。
「そうなんだ。今日はこまっちゃんが別件あるらしくてな」
聖納は取り出し口から「いちごなオ・レ」を取り出しつつ、ちょっと考え込んだ様子を見せる。
「でしたら、もしよかったら、後で昼休みの間にお話をできますか?」
聖納から話? 声色からしてちょっと緊張気味か?
「ん? いいけど?」
俺はなんだろうと思いながら、ひとまず聖納の緊張を解く意味も込めて了承した。
すると、聖納が安堵して顔を綻ばせるので、俺もなんだかホッとする。
聖納はニコッと笑って落ち着いているときが一番かわいいと思う。
「ありがとうございます。では、お友だちとご飯を食べ終わったらまた来ますね」
「あぁ、ここで待っているよ。焦って転ぶなよ?」
俺は急いで教室に戻ろうとする聖納の背中を見てそう声を掛ける。
やがて聖納の姿が見えなくなると、俺は自販機で「いちごなオ・レ」を買った。それから、ロビーにある小さなソファとローテーブルを使って、母さんの作ってくれた弁当を黙々と食べ始める。
その後、食べ終わってゆっくりしていて、昼休みも半分くらい終わったところで聖納が再び現れた。
「仁志くん、お待たせしました」
おそらく、ご飯を食べ終わってから友だちに一言言ってここに来たんだろうな。
「お帰り、聖納」
待ってないよとか、大丈夫とか、ちょっと考えたけど、聖納を見てから一番しっくりくる言葉を言ってみた。思いのほか聖納が喜んでくれているように見える。
「ただいまです。お隣失礼しますね」
聖納は俺の隣に座って、そのままの勢いで腕組みを始めた上に身体をすり寄せてきた。聖納の方を見てみると、セーターを着込んでいるから正面からは見えないものの、ブラウスのボタンが上から2つ3つ開いているから、上から見るような角度だと聖納のものすごい谷間が丸見えだ。
「ちょ、ちょっと、聖納、ここであんまりひっつくのは、それにその格好は……」
こんなん男子に見せたら刺激が強すぎて、速攻で襲われるぞ?
しかし、俺の心配をよそに聖納はさらにぎゅぎゅっと俺と身体をくっつける。
「んふふ……いいじゃないですか。人もいませんし、過激なことをしているわけでもないですし」
「そ、そうか?」
……いや、聖納が思うより過激だぞ?
俺だってやっとの思いで我慢をしているんだから、そんなに誘惑をしないでほしい。
「そう思いますけど? ちなみに、ここも先ほど仁志くんのために大きめに開けてみました。でも、お気に召さないなら閉めちゃいますね」
最高にお気に召しているが、状況的にそう言えるわけもないので泣く泣く頷いてブラウスのボタンを閉めさせた。
俺たちはそう気軽にできないんだから、あまり誘惑して挑発しないでほしいんだが……。
いかん、いかん、頭を切り替えよう。
「まったく……ところで、話って?」
「そう、以前から聞こうと思っていたのですが……」
聖納が上を向くように顔を近付けてくる。
すると、いつも聖納が隠している目が俺にだけ見えた。
「な、なんだ?」
思わずドキッとしてしまう。
相変わらず綺麗な顔立ちで、澄んだ瞳は俺が映って鏡のようにも見えるし、水晶玉のようにも見えて吸い込まれるんじゃないかとも思えてしまう。
額の傷さえなければ、それが心に深い傷を負わせていなければ、聖納はその綺麗な顔を隠すことなく過ごせたかもしれない。
……こんな平凡な俺を好きになることもなかったかもしれない。
「仁志くん、理系進学ですか? 文系進学ですか?」
聖納の口から「進学」という言葉が出てきて、俺はハッとして話に引き戻される。
ちょうど今日出した進路志望調査を聖納も書いているのだろう。
って、そう言えば、俺たち、秋にあった1回目の進路志望調査でも互いに言ってなかったよな。
「え? あ、あぁ、そういやお互いに言ってなかったな」
「そうですね。1回目の進路志望調査があった秋は仁志くんも美海ちゃんもいろいろとありましたし、私もそのことでとても聞ける雰囲気じゃなかったので」
聖納の言葉が真っ直ぐ俺の心を突き刺してきた。
あの頃は俺と美海がぎくしゃくしていて、聖納にも迷惑を掛けた。
「そうだよな……その節は大変お世話になりました」
聖納は「俺の1番になりたい」って言ってくれていたのに、美海との仲直りについても助言をもらった。聖納の心中を考えれば、俺は聖納にかなりむごい仕打ちをしているんじゃないかと自虐さえした。だけど、聖納はそんな俺を見放すことも責めることもなく、今でも好きでいてくれている。
考えれば考えるほど、俺は最低で、そのことで心が痛む。
「いえいえ、いいんですよ。私がしてあげたかったのですから。ですが、正直ちょっと残念です」
「残念?」
聖納はちょっと小悪魔な感じでイタズラっ子のような笑みを浮かべている。
「美海ちゃんが松藤くんとくっついたら、仁志くんには私だけだったのにな、って」
聖納がいつもの丁寧な「ですます」じゃなくなると、それがギャップになって俺の中での聖納との親近感がかなりバグる。要はなんだかキュンとしてしまう。あと、俺の心臓辺りをツンツンと指でつつくのは、仕草がかわいすぎるのでやめてほしい。
美海が一番のはずなのに、それが揺らぐくらいに聖納もかわいい。
「聖納……」
ブレッブレにブレる自分をなんとか落ち着かせる。
「でも、あの時の仁志くんはとても見ていられるような状況じゃなかったので、助け舟を出すのはしかたなかったですね」
聖納はいつでも俺のことを親身になって考えてくれる。
そりゃ暴走して困ることもなくはないけど、その暴走だって俺のことを愛してくれている想いの発露だと分かれば、俺にとって憎める要素なんて一つもない。
「……ありがとな」
「んふふ……話を戻しましょうか」
「あぁ」
「仁志くんは理系進学ですか? 文系進学ですか?」
改めて聖納がそう質問してきた。
隠す理由はない。
「理系だな」
「やった! 私も同じです!」
聖納が本当に嬉しそうに俺にそう告げてきた。
「聖納も理系?」
「はい! 仁志くんと同じ理系ですよ! 仁志くんと同じです! 仁志くんと同じ!」
聖納はその事実を噛みしめるように何度も何度も嬉しそうに言ってくれた。
しかし、聖納が理系って大丈夫か? いや、勉強的な意味ではなく別のところで。
「聖納ならどっちでも大丈夫か。でも、理系って男子多いっていうか、ほとんど男子だぞ?」
そう、聖納は男性が苦手でまともに話せる男が「自分の父親」と「俺」の2人しかいないって言いきっていた。親戚の男性もちょっと目つきがやらしくて苦手とのことだ。
「うっ……大丈夫です。仁志くんがいるなら」
「お、俺?」
俺もやらしい目をしていると自分でも思うのだが、聖納曰く、「そこは愛の力で大丈夫」らしい。故に、俺がいれば大丈夫だと信じきっている。
だけど、クラスが同じじゃないと結構厳しいぞ、それ。
「はい。仁志くんがいれば、ほかは何があっても大丈夫です」
そこまで言ってくれるのか。
「そこまで評価してくれるのはありがたいが……」
「一緒のクラスになれるといいですね」
というか、一緒のクラスじゃないとかわいそうとさえ思える。
「あぁ、そうだな」
「大学も一緒だといいな」
俺は耳を疑った。
「大学もか?」
さすがに俺と聖納の学力では差があり過ぎる。普通に考えれば、聖納は偏差値高めの国公立を狙い、俺は良くても国公立、もしくは地元の私立工業大学だろう。
しかし、聖納がランクを落とせば、俺と一緒になるのは簡単だ。
「ええ……いつまでも一緒に、ですから」
聖納は口元に小さな笑みを浮かべて、つり目がちの目も細くなっていた。
「聖納……」
もしかして聖納が理系を選んだ理由って……俺といつまでも一緒にいるためなのか? 俺が理系を選ぶと思って?
そう思うと、聖納の決意の固さと想いの重さが俺を押し潰さんばかりに圧し掛かってくるのだった。
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