4-Ex1. 1月……下手に悩むくらいなら動け
簡単な人物紹介
金澤 仁志:本作主人公。高身長、顔は普通よりちょい下。
能々市 美海:ヒロインその1。低身長の小動物系女子。栗色の長髪持ち。
津旗 聖納:ヒロインその2。胸部爆盛。黒髪で完全目隠れ、眼鏡あり。せーちゃん。
父さん:仁志の父親。頭部は地肌が目立つ。理屈っぽいが、大らかで茶目っ気がある。
彩:仁志の妹。小学6年生。かわいいけど、イタズラ好きで抜け目がない。
初詣の後に少しだけカフェに寄って、3人で遅い昼飯も食べつつ話し込む。カフェでは露骨にバチバチと火花を散らすこともなくて居心地も悪くなかったが、俺の両隣が空く気配などなく、美海と聖納の2人がそれぞれ俺を占有しているような感じだった。
それから帰ったら、家に着く頃にはすっかり夕方だ。リンクを見るともうそろそろ父さんたちが帰ってきそうな連絡も入っていたので、俺は急いで室内干しの洗濯物を回収し、掃除機をざっと掛ける。
「ふう……まあ、行く前の原状復帰くらいはできたろ」
少なくとも体裁だけはまともにしておく。前回、お盆での留守番では、ゴミ出しを忘れていてゴミの不始末が目立っていたが、ゴミは今朝出しておいたので何の問題もない。
晩飯は自分で用意しなくてもいい。なんか買って帰ると母さんからリンクが飛んできていたからだ。一応の希望を書いてみたが、既読が付かないあたり希望した晩飯は望み薄だろうな。
「ただいま」
「ただいま」
「ただいまー!」
噂をすれば影が差す。父さんや母さんの声の倍は大きい妹の彩の声が響いてくる。俺は出迎えるためにリビングから玄関へと歩いていく。
ちょうど大荷物を肩から降ろす父さんと母さん、さっさと靴を脱いでくたくたとばかりに大きく伸びをする彩の姿が見える。
「おかえり」
俺が出迎えると、彩は荷物をごそごそと漁り始めて、やがて包装された小さい箱が登場する。
「お兄ちゃん、お土産あるよ」
「お、そうか。ありがとな」
見るからに和菓子か何かだろう。
俺が彩から受け取ろうとすると、彩はすっと後ろに箱を引いた。
俺の手が虚空を掴み、俺へのお土産と言われた何かを掠めることさえできなかった。俺が不思議に思って彩を見ると、彩がイジワルな笑みを浮かべている。
「私と半分こね」
お土産が半分こ?
まあ、半分こも大きい箱ならともかく、見立てでは4個入りくらいの何かだと思うんだが……。
「……お土産なのか、それ?」
彩に甘すぎる父さんが彩に言われて根負けしたに違いない。それでもいいんだが、いっそこのお土産なら2つ買ってくれても良かった気もするぞ。
「買って持ってきたんだからお土産だよ」
「そうか」
そうかと思わず言ってしまったが……そうか?
まあ、言い合いになっても無駄だし、一箱全部食べたいかと言われたらそうでもないからよしとしよう。
「ちゃんとご飯食べていたの?」
「それなりに食べていたよ」
母さんがタイミングよく割り込んできて、彩は手洗いうがいのために洗面所へ駈け込んでいく。
俺は少しばかり迷いのある頷きをしつつ、言葉では「それなり」と答える。年末は美海や聖納の手料理を食べたし、三が日はスーパーで買ったおせち料理でどうにか済ませた。
そうなると「それなり」という言葉は、一生懸命作ってくれた美海や聖納に悪いかもしれない。
「ちゃんと留守番していたか?」
「掃除と洗濯、ゴミ出しはなんとか」
父さんの静かな問いに、俺はしっかりと頷いた。
きちんと留守番をしていないと預かったお年玉を回収すると言われている以上、嘘だろうが何だろうがきちんとできたと言わざるを得ない。
もちろん、掃除や洗濯、ゴミ出しはしておいたので、咎められるようなこともないだろう。
父さんは理解したと言わんばかりに首を縦に振った。
「そうか。夕飯の後でお前の部屋に行く」
お年玉以外にも何かあるのだろうか。
まあ、年末年始の報告は必要か。
「わかった」
俺はまだ見ぬポチ袋に思いを馳せつつ、予想通り頼んだものと全然違う晩飯を胃の中にさっさと放り込んで自室に戻った。父さんが来るとすれば、学習机の椅子に座るだろうからベッドで寝転んでおくか。ベッドに座ってほしくないというのもあるが。
そんなこんなでしばらく美海や聖納とグループリンクをポチポチしていると、コンコンコンとノックの音が鳴る。
「入るぞ?」
当然のように父さんだ。
「いいよ」
俺が了承すると、父さんは風呂後の部屋着の姿で現れた。父さんの手にはお年玉が入ったポチ袋がある。
「ほれ、まずは預かったお年玉だ」
「ありがとう……ん? 袋が3つ?」
基本的に「父さん側のじいちゃんばあちゃん」、「母さん側のじいちゃんばあちゃん」からお年玉がもらえるので袋は2つのはずだ。叔父や叔母からもらうこともあるが、その場合は直接会ったときだけだ。
この3つ目はどこから来た?
「気付いたか、3つ目は母さんだ」
「え?」
母さんから?
俺の疑問に思うことを分かっていたようで、父さんはもったいぶることもなく淡々と事実を俺に伝えてきた。
「留守番の成功報酬だそうだ。まあ、何でも値上がりする昨今だ。デート代も嵩むだろうからもらっておけ。まったく、母さんはなんだかんだでお前に甘いな」
金のことで母さんが出すってことは、父さんも了承したってことだ。父さんが母さんの前でそれを言えば、同じことを言い返されるだろうな。
とにもかくにも、思わぬ臨時収入は手放しでありがたい。
「ありがとう」
「んで、年末年始はどうだった?」
予想通り、お年玉だけでなく、結果報告もか。
約束をきちんと果たしたから、正直に話しても問題ない。
「泊まらなかったし、泊まらせなかったよ」
「それはどうでもいい」
「は?」
おいおい、約束したことをどうでもいいとはどういうことだ?
俺は約束を守るために必死だったんだぞ?
「約束を破ると思ってないから心配していない」
「父さん……」
そういう意味か。
俺は父さんからの信頼に応えられた気がして、ちょっとだけ自分が誇らしく思えた。
俺も少しずつ大人のように扱われてきているのだろうか。
「それよりも、避妊はちゃんとしたか?」
俺はズサーっと滑り込みでコケるような真似をした。
「そっちも信じろよ!」
俺の怒声なぞどこ吹く風の父さんが呆れ半分面白半分くらいでヤレヤレとばかりに肩を竦めている。
「その点において、思春期のサルなんぞ信用に値しない」
そこそこ腹の立つ顔で言ってのけるので、俺の怒りのボルテージは上がるものの、ここで怒り散らしてもしかたないので静かに怒ることにした。
「言い方がひどすぎるだろ……ったく……大丈夫だよ」
「じゃあ、何に悩んでいるんだ?」
「は?」
俺は父さんの予想外の言葉に思わず身を強張らせてしまった。
「てっきり避妊に失敗して悩んでいるかと思ったからな。何に悩んでいるんだ? 遊びすぎて金がなくなったか? それとも、あまりにもサル過ぎてフラれたか?」
悩んでいる内容はともかく、悩んでいること自体はお見通しかよ。
俺って本当に分かりやすいのな。
ってことは、美海や聖納にもバレてるのか?
「……俺、やっぱ、二股はダメだと思うんだよ」
「じゃあ、早く1人に絞ればいいだろ?」
おいおいおい、俺が二股を受け入れた1つの要因は、父さんから「最初から決めつけて動くな」とか「最後の最後まで悩んでみろ」とか言われたからだぞ。
「は? 夏に父さんは——」
「たしかに何かしら言ったが、それを免罪符にしてもいいなんて言っていないだろ。あと、そうしろと命令もしたつもりもないぞ。最後に決めたのはお前だ。自分が下した判断に誰かに言われたからっていう情けない言い訳をするつもりか?」
「ぐっ……」
俺が言おうとした矢先に父さんに正論で遮られた。
たしかに誰に何と言われようと最後に決めるのは自分だ。言われたことに納得できないならしなきゃいいだけだ。
だけど、誰かの言葉に縋りたくなることだってあるだろうが。
「……すまん、まだ子どものお前に少し言い方がきつかったな」
「ぐぐっ……」
父さんは謝るが、ちっとも気が晴れない。
正論の上に現実を突きつけられた感覚だ。
「もう半年くらいか? それで下手に悩むくらいなら動け。少なくとも半年考えて変わらない考えなら、どんだけ延ばしたって変わらないだろうしな。いいか、最後に自分の行動を決めるのは自分自身だ」
「……心に留めておくよ」
納得しがたい部分も多々あるが、言われてしまったことにも理解はできる。
また少しだけ、先ほどよりも大人扱いに戻った気もした。
「ほう、言えるようになったな。今のは社会人になっても気を付けろよ? いろいろな事情があるにせよ、最終的に決めたのは自分ってものを分からなくなる輩は多いからな」
「あぁ、分かったよ」
父さんはその返事を聞くと満足そうにして部屋を出た。
途端に静まり返る部屋。
俺は言葉を失っていた。
最後に決めるのは自分。
その決断に責任を取るのも自分。
俺がその言葉を反芻しているとノックの音が聞こえてきた。
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